望まなかった転移
長期で続けるかどうかは未定です。
5話くらいまで様子みます。
『異世界転生』というものがある。
最近では知っている人が増えてきたこのワードだが色々なパターンがある。
例えば誤って召喚されて、例えば死んでから神様の気まぐれで、例えば瞬きした瞬間、例えば……という風に最近では様々なパターンで物語の主人公たちは異世界に行き、大冒険をスタートする。
異世界で勇者になったり、ハーレム築いたり、ばか騒ぎしたり、幸せな家庭を築いたり、不幸になったり、生きたり、死んだり……その物語でどんな結末を迎えるかは作者のみぞ知ると言ったところだ。
ザックリと異世界転生がなんなのかというと《凡人が異世界で能力使って主人公になる》だ。
ここまで語ったのだが……ぶっちゃけ俺はこの異世界転生というものがあまり好きではない。
理由は簡単だ……単純に“飽きた”。
俺だって最初は斬新な発想で面白いと思ったさ。
だけど色々な異世界転生モノの作品に手を出して1年もすれば気づく。
どの小説も似たように異世界に行って、しっかり定番のパターン通りに話が進む。大体の物語は最初のうちに可愛いヒロインが出てく出てきて、どこかで主人公は挫折し、かと思えばどこかで主人公が覚醒する。そんなパターンの小説がバカみたいに多くなってきた。
今では本屋に行けば必ず異世界転生の本が大量にに並んでいる。
『〇〇が異世界に行って〜』みたいなタイトルの本が大量に陳列してある棚を見るとそりゃ嫌にもなってくる。
王道展開といえば聞こえはいいが、俺に言わせれば有名作品の二番煎じでしかない。
ぶっちゃけ最近は「わざわざ異世界に行かなくてもよくね?」とか思う始末だ。まあ、前にツイッターでそんなこと呟いたら引くぐらい炎上したけど……。
さあ…ここまでボロクソ言っているが、なぜ異世界天性の話題になっているのかというと………
「マジか…………。」
俺がその異世界転生をしたからである。
小石に躓いて、水溜まりに顔を突っ込んだと思ったらここにいた。
もちろんその水溜りが光り輝いていたり、女神様の出てきそうな湖だったわけでもない。ただ天上がりのアスファルトに出来た、都会の汚染物質を大量に含んだ雨水だ。
そこに顔からツッコミ鼻を強打したため、八つ当たりに躓いた石を蹴っ飛ばしてやろうと顔をあげたら目の前には巨大な桜があった。
その桜は俺が住んでいた日本のものとは比べものにならないほど大きく全長は10M以上あるように見え、満開に咲いた花はまるで全てを吸い込んでしまうのではと思わせるほど深く、美しい色をしている
しかしそんなことはどうでもいい。
問題はここがどこかという事だ。
地に手を当てても人工的で冷たいアスファルトの硬さではなく、暖かな土の柔らかさが返り……更に、辺りを見回しても見慣れた街頭がわりにしかならない無駄にデカイビルはなく、どこまでも無限に続く草原が広がっている。
「いや、だから今はどうでもいいんだって!」
俺は思わず声をあげる。
意味がわからない……ここがどこかは置いておいて、なんで俺なんだ?
そもそも、異世界転生なんていうのはあくまで二次元の話で現実にあり得るはずがない!……と頭で理解していても、余りにもリアルな手のひらに残った土の感触や鼻をくすぶる桜の花の香りが激しく現実だと主張してくる。
とても信じられない…信じたくないが現実………なのだろう。現実にこんなことが起こりうるとは信じたくなかった。俺はあまりにも突然のことに動揺が隠せない。
とりあえず自分の荷物をチェック。
服装はパーカにジーパンというファッションセンスのかけらもない格好で、手持ちの荷物はスマホに充電器、それと手帳にペンが二本あとは財布とゲーム端末が2個。それを入れてるウエストポーチだけか…………。
あまりにも心もとない……!
もっと女神様から授かった特殊能力とか武器とか欲しいんですけど!?
(どうすんだよ……特に元の世界に仕事とか未クリアのゲームとかやり残したことはいっぱいあるし、こんな見ず知らずの訳分からん世界よりは過ごしやすい世界だったろ……。)
仕事も特にうまくいってなかった訳じゃないし。食べ物にも寝床にも困らなかった。恋愛運こそ無かったが、そんな俺がなんでこんな目に……。
「はあ〜……。」
しかしこんなところでだだこねても現状が変わるわけではない。そのくらいは俺でも分かる。こんな時にはどう行動を起こすべきなのかは、ラノベの主人公たちが示してくれている。
まずは情報収集だ……村や町で適当に情報を集めてこの世界の基本設定について知るべきだろう。
しかし問題がある。
「どうすんだよ……これ。」
村や町の影が見当たらない。
本当にでかい桜と地平線の先まで草原が広がっている…ただそれだけだ。
人工物らしきものは何もなく、都会で生まれ育った俺には馴染みのない大自然が俺を囲んでいる。正直こんな意味もわからない状況に投げ出されて困惑しているが、このままではヒントどころか食料すら得られない。まずはこの場から動いて人を探そう。
俺は何処へ向かうべきか見当もつかないが、取り敢えず歩き出した。ずっとまっすぐ進んでいれば何か目ぼしい物が見当たるかもしれないからな。
「……日記でもつけるか。名の役にも立たないかもしれないけど…。」
俺はペンと手帳を取り出し、日記を書き出す。
1日目……晴れ
『久しぶりに日記を書く。多分小学校以来だろう。こんな世界にいきなり放り出されたのだが、自分では驚くほど落ち着いて行動できている…と思う。正直これからどうすればいいか皆目見当もつかないが人が見つかることを祈って歩き始めた。今は食料のことだけが心配だ。』
「よしこんなもんか………。」
とにかく人と街を探そう。
いつ帰れるかわからないが、とりあえず日記は毎日つけていこう。
俺はペンと手帳をウエストポーチにしまい歩き出す。
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「はあ…ああっ……。」
足を前に出す。どのくらい歩いたのだろうか?
頭が回らない。視界がぼやける。体が重い。吐き気がする。かなり重みが増したように感じるウエストポーチから手帳とペンを取り出す。手帳は毎日つけていたので確認すれば把握できるはずだ。
2日目……晴れ
『昨日は一日中歩き続けたが何も見つからなかった。ただ動物入るようだ。ここまでで鹿のような三本角の生物を数頭か見つけてきた。しかし俺一人で捕獲を試みたが追いつくことすらできず、逃げられてしまった。なので昨日から地べたの草を食って、なんとか食いつないでいるのだが……腹を壊したりしないよな?」
3日目……曇り
『今日歩いていたら水溜りを見つけた。喉が渇いていたので助かった。あんなにただの水がうまく感じたのは初めてだ……本当に助かった。しかし食料問題は解決していない……どうしたらいいんだよ。」
4日目……曇り
『腹が減った…………何か食物が欲しい。こんな名前も知らない草を頬張ったところで腹は膨れない。足が自分のものではないかのように動かないし、手に持つペンは鉛のように重い。早く食料がわりになるものを見つけなければ本当に……。』
5日目……曇り
『腹が減った。』
6日目……曇り
『 き つい 』
7日目……
『も う むりだ 視界が ぼやける
まじで 死 』
今は8日目か…………。
手帳に記された日記から自分の追い詰められ具合が分かる……なんだか自分のことだが笑えてくる。
「あっ……うぐっ。」
全身に何かがぶつかってくるような衝撃が走る。
雨が降っていることに今気づいた。
手帳を書いていたのだが、急に足が動かなくなり、吸い込まれるように地べたへ倒れ込んだようだ。雨に濡れた大地は初日に感じたような温かみはなく、俺の体温をどんどん奪って行く。今まで傘やカッパで当たり前のようにしのいでいた雨がこんなに人の生存能力を奪って行くものだなんて知らなかった。今ならなんとなく分かる。
(死ぬなぁ……これ。)
まさか異世界転生して8日目でゲームオーバーだとは思わなかったなぁ……。
仲間を守った訳ではなく、敵と相打ちになったわけでもなく、大勢の人を守るために生贄になったわけでもなく……餓死か。
こんなダサい死に方するような異世界転生モノあったかな?
激しく打ち付けられる雨の音がする中、やたらクリアに聞こえる音がある。絞り出すようなその音がなんなのか一瞬思案し、気づいた。
「う……ううっ、あああ!」
俺の声だ。
死にたくない。こんな所で死にたくない。
俺にはまだやりたいことも、できなかったこともいっぱいあるのにこんなところで誰にも知られないまま死ぬのは嫌だ!
「なんで俺がこんな目に合わなきゃならねぇんだよ!俺はただ真面目に働いていただけなのになんでこんな仕打ちを受けなきゃいけないんだ!どうして……どうして俺なんだ!」
叫ぶ。俺をこんな訳も分からない世界に召喚しやがった誰かに向けて俺は怒号をあげる。
喉が裂け、口の中に血の味が広がるが関係ない。体力を消耗して死ぬのが早くなるだろうが関係ない。こんな声誰にも届かないだろうに、誰かに聞いてもらいたくて俺は涙を振りまきながら喚き叫ぶ。
「どうして…死にたくない、死にたくねぇよ…………。」
叫ぶ声は段々と小さくなり、比例するように意識が遠のいて行く。もう無理だ。間違いなく死ぬ。声を出す力どころか指先一つ動かない。
視界も暗くなり、やがて雨の音すら聞こえなくなった時、俺の頰に何かが触れた。この形は……人の手だ。それも幼い。
冷え切った体にとって、その手は太陽の光の様に暖かく感じられる。
もう聞こえなくなったはずの耳が、まるで鈴のように綺麗に透き通った声を拾った。
「安心しろ……『もう』其方を死なせわせんぞ。」