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マメ太の恋

作者: 小沢とも

マメ太は今年2才になる、黒い芝犬の男の子だ。

この春、小学1年生になったばかりの飼い主のリンちゃんが、マメ太の両目の上にある黒い斑点を「お豆みたい!」と言って、それ以来、マメ太はマメ太という名前になった。


最近、マメ太には悩みがある。

恋の悩みだ。

恋の成就以前に、マメ太にとってはその相手が悩みの種だった。

「よう、マメ。しけたツラして、どうした?」

バサバサ、カツッと音がして、マメ太の犬小屋の上に黒い影が止まった。

「ああ、クロさん。…ちょっとねぇ」

言葉を濁して、マメ太ははぁ〜、とため息をついた。

マメ太の犬小屋の屋根に止まったのは、一羽のカラスだった。

元は、マメ太のエサを狙ってやって来たクロだったが、他の犬と違ってマメ太が吠えて追い払ったりしなかったことから、今ではすっかり友好的な関係を築いている。

「なんだなんだ?恋の病か?」

からかうように言うクロに、マメ太はビックリして元々丸い目を更にクリンと丸くした。

「すごい、クロさん!よく分かったね」

感心して声を上げたマメ太に、適当に言って的中してしまったクロの方が、狼狽えてしまう。

「そ、そうだろ、そうだろ。そんなこったろうと思った。…で?相手はどこのどいつだ?」

取り繕うように胸を張ったあと、興味津々でマメ太の方に首を伸ばす。

「お隣の家の子だよ」

答えて、マメ太はまた、「はぁ〜」とため息をついた。

「その子のことを考えると、お腹とか背中がモゾモゾしてね。じっとしてられなくて、ゴロゴロ転がり回っちゃうんだ」

背中を地面に擦り付けて、ジタバタ転がるマメ太に、リンちゃんのママが「あら、マメ太。背中がかゆいのね。ノミでも付いたかしら」などと言って、ブラッシングをしてくれたりするのだが。

そうではないのだ。

ブラッシングはそれなりに気持ち良いから、マメ太もそこは逆らったりしないで大人しくされるがままになっているが。

「お隣?マメんちの?」

クロはキュッキュッと首を左右に揺するようにして、マメ太の家の両隣を見比べる。

「…でも、どっちも…」

犬なんて飼ってないじゃないか、とクロが続けそうになるのを、マメ太が「ほら、あそこ」と、右隣の家の2階の窓を指して言う。

「クロさんにも見えるでしょ?窓のところの、真っ白い」

もちろん、地面に立つ柴犬より、犬小屋の屋根に止まっているカラスの方が視線は高い。首を伸ばすまでもなく、クロにも隣の家の2階の窓に、白い影が見えた。

「………おい、マメ」

十分な沈黙を置いて、クロは慎重にマメ太を振り返る。マメ太は、うっとりした眼差しで2階の窓を見上げていた。

「ありゃ、ネコじゃねぇのか?」

「可愛いよねぇ」

2人の声が重なる。マメ太の耳には、クロの声は届いてないようだった。


マメ太の隣の家には、幼稚園に通うナナちゃんと言う女の子がいる。

昨年まで、マメ太の家のリンちゃんも同じ幼稚園に通っていて、2人で仲良く幼稚園バスに乗っていて、マメ太も散歩がてら、よく一緒にバス停まで見送りに行っていた。

今年、リンちゃんが小学校に上がり、マメ太も幼稚園バスの見送りには行かなくなってしまったが、それでもナナちゃんは、幼稚園に向かう道すがら、マメ太に声をかけるのを忘れない。

―マメ太、おはよ。行ってき〜ます。

―マメ太、ただいま。給食、カレーだったよ!

そんな風に、いつでも声をかけてくれるナナちゃんが、マメ太も大好きだった。

そのナナちゃんの部屋に、くだんの白猫がいる。

窓際でじっとマメ太を見下ろしてる時もあれば、全く姿を見せないこともあり、時にはナナちゃんのお出かけバッグの中におとなしく収まって、どこかに出かけて行く時もあった。

「ミーコって言うらしいぜ」

白猫の名前を聞きつけてきたのはクロだった。ナナちゃんが白猫をそう呼んで抱き上げているのを、たまたま見かけたのだ。

「ミーコちゃんかぁ。可愛いなぁ。ふわふわで」

「そりゃ、マメよりはふわふわかもしんねぇけどさ」

マメ太の毛並みだって、ツヤツヤしていて悪くない。クロはそう思ったが、面と向かって褒めるのも気恥ずかしくて言葉を濁した。

「…つか、お前。さっきから何してんの」

いつものように犬小屋の屋根に止まって、クロはマメ太を見下ろした。マメ太は、クロと話す時だけはピタリと動きを止めてクロを見上げるが、会話が止まると、すぐに凄い勢いでグルグル回り始める。

「ミケさんに聞いたんだ。猫に好きになってもらうには、ネズミぐらい取れなきゃダメだって。でもほら、ボク、繋がれててネズミは無理だからさ。そしたらミケさん、じゃあせめて、自分のシッポぐらい捕まえられるようになりな、って」

答えると、再びマメ太はグルグル走り回る。右回りがダメだと、左から。でも、どう考えても、マメ太の小さなシッポをマメ太が捕まえられるわけがなかった。

「ミケのばあさんか」

意地悪そうなノラ猫の顔を思い出して、クロは嫌な顔をした。正確な年など、クロもミケも分からないが、少なくともクロの記憶にあるミケは、最初から結構なおばあさん猫だった。そのくせ、すばしっこさはちっとも衰えず、この近所はずっと昔からミケの縄張りらしい。

「そりゃ、お前…」

からかわれただけだろう、と言いかけるクロを、マメ太は走り回りすぎてはぁはぁ上がった息で見上げる。

「あとね、鳴き声もだって。教えてもらったんだけど、そっちもまだまだなんだよね」

聞いてて、と言うと、マメ太は「あお〜ん!」と吠えてみせた。

「どうしてもミケさんみたいにはできないんだよね」

難しい顔をして、「あお〜ん、あ、お〜ん」と何度も繰り返す。しまいには、リンちゃんのママが窓から顔を覗かせて。

「あら、マメがずいぶん吠えると思ったら、またカラスね!すぐにマメのエサを狙いに来るんだから」

憤慨して窓から姿を消し、今度は玄関を履くホウキを片手に外へと出てきて、クロを追い払いにかかる。たまらず退散するクロに、「ごめ〜ん」とマメ太が地上から見上げて謝っていた。


マメ太の恋が始まった春が終わり、今年も猛暑の記録を塗り替えるような暑い夏が過ぎて、秋口を迎えた頃。

ナナちゃんの家は、全体がバタバタと落ち着かなくなった。

マメ太に声をかけて幼稚園に通うナナちゃんも、学校に向かうリンちゃんまで、なんだか元気がない。

マメ太はシッポを捕まえる訓練と、猫の鳴き声の練習を欠かさず、全く冷めないマメ太の情熱をクロが呆れ半分で見守るのも、すっかり日常になっていた。

そんなある日。

ナナちゃんの家の前に大きな車が止まり、リンちゃんの家族も門口を出て、その車の近くでナナちゃんの家族と向き合っていた。

マメ太もリードに繋がれ、ナナちゃんの近くまで連れて来てもらっていた。

「あのね、マメちゃん。ナナちゃんたち、遠くにお引っ越ししちゃうんだって」

涙を我慢して、真っ赤になった目をしたリンちゃんが教えてくれたが、マメ太には「お引っ越し」の意味がよく分からなかった。キョトンとリンちゃんを見上げるマメ太を、ナナちゃんが横からギュッと抱きしめてきた。

「ナナね、この家にもう住まないの。マメちゃんのお隣さんじゃなくなるの」

ビックリしてナナちゃんを見上げたマメ太に、ナナちゃんはそっと白いものを差し出した。

「これね、ナナのお気に入り。ミーコっていうの。マメちゃんも気に入ってて、いつもナナの部屋の窓に飾っておくと、マメちゃんがじーっと見てるって、リンちゃんのママが教えてくれたんだ」

ふわふわの白い猫が、マメ太の鼻先に押し付けられる。

「ミーコはとっても大事なお友達なの。だから、もう1人のとっても大事なお友達にプレゼントするんだ。ナナのこと、絶対忘れないでほしいから」

マメ太が半年近く恋い焦がれた存在が、信じられないぐらい近くにあった。いつも真っ白な体に、今日はピンクのリボンがかけられている。ミーコはナナちゃんの大事なぬいぐるみだったのだ。

ナナちゃんの家の庭木に止まって事の次第を眺めていたクロは、ああ、と納得したようにため息を漏らした。道理でミーコからは、何も感じ取れなかったのだ。こちらを嫌うそぶりも、興味を示すそぶりも。窓越しだからだと思っていたが、そうではなかったのだ。

マメ太がくぅーん、と甘えるような声をあげ、クロはマメ太を見下ろした。マメ太はミーコの首筋をそっと口で咥えてナナちゃんから受け取り、ナナちゃんを見つめている。ナナちゃんはもう一度、マメ太をぎゅっと抱きしめてから、両親に促されて車に乗り込んだ。

トラックが出発し、その後ろを、ナナちゃんを乗せた乗用車が走り出す。道路の曲がり角を曲がって車が消えると、リンちゃんが我慢できなくなったようにママに抱きついて泣き出した。

マメ太はミーコと一緒に、いつまでも、車が消えた道を見つめ続けていた。


※ ※ ※


「よう、マメ。今日はなんか、食いもん残ってねぇのか?」

「あ、クロさん」

バサバサ、カツッという音が屋根の上で聴こえて、マメ太が犬小屋からひょっこり顔を出した。

「リンちゃんがくれたビスケット、残しておいたよ」

エサ箱をコロン、と前足でひっくり返すと、その下からビスケットが1枚出てきた。

「気がきくじゃねぇか。じゃ、遠慮なく」

クロが屋根から地上に降りると、マメ太の背中の向こう、犬小屋の奥に白い影が見えた。あの日、隣の家の女の子からもらった猫のぬいぐるみだ。

あの日から、マメ太の犬小屋にはミーコがいて、眠る時は大事に顎の下にしまって寝ている。もちろん、他のオモチャのように、噛んだり振り回したりはしない。ほのかに残るナナちゃんの匂いと、ふわふわの毛皮に包まれて、マメ太はいつでも幸せな夢を見るのだ。

マメ太の恋が連れて来てくれた、温かくて優しい夢だった。


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