第7話
「あなたたち、やっぱりデモニカの……!」
俺とメオを睨むティアルマの顔つきが、一層険しくなる。
「違うったら! 今の言葉聞いただろ? まだ話してないことがあるのも確かだけど、少なくともあの魔法使いにさらわれてきたっていうのは本当だよ!」
「ミノタウロスを瞬殺って……あなたも魔法使いなの?」
「それは……何といったらいいのか……」
「もういい亜久斗。いちいち口で説明するより、実際に見せた方が早い」
メオが口を挟んだ。
もはや開き直ったのか、演技をやめて元の口調に戻っている。
「そうだな……じゃあこれから俺が、いや俺たちがどうやって魔獣をやっつけたか、この場で再現するから。それ見たら信じてくれよな? 俺は君たちの敵じゃないって」
デモニカの命令を受けた魔獣の群れは、既に前方10m近い距離まで迫っている。
わずかに逡巡していたティアルマだが、やがて意を決したか、俺に突きつけていた剣の切っ先を引いた。
「……いいわ。見せてちょうだい」
「では、話がまとまったところで……メオ!」
「いつでもいけるぞ。おまえの意志で装着時の姿をイメージすればいい」
それだけじゃ味気ないな。
「俺の掌にある『スフェラ』だっけか? アレって光らせたりできるか?」
「やろうと思えばできるが……しかし何のために?」
「ほら、さっき君も言ってたろ? 思考インターフェイスを操作するには明確なイメージが必要だって。まあ景気づけと思って、ひとつ頼むよ!」
「やれやれ、ワガママなやつめ」
メオ(ダミーボディ)の姿がふっと消えるのを確認したあと、俺は右手を握りしめ、自分の左肩の辺りに当てた。
思い切りそれっぽいポーズを決め、大声で叫ぶ。
「エレディクス、インストール!」
右手の甲が強い光を放ち、俺の全身に疑似物質の黒い鎧が装着されていく。
そうそう、これだよ、これ!
こういう変身シーンって一度やってみたかったんだ!
かくして俺は先刻と同様、ズローバ星人が「エレディクス」と呼ぶ黒い戦士の形態へと変わっていた。
周囲ではティアルマをはじめ4人の冒険者たちが、あっけにとられた面持ちでこちらを凝視している。
この世界の人たちの目に、今の俺の姿ってどう映ってるんだろうか?
まあ一斉に攻撃されないだけマシかもしれないけど。
「しかし敵の数が多いな。大丈夫か?」
〈問題ない。その気になれば単独で地球人の軍隊ともやり合える〉
拡張現実(AR)モードのナビキャラ姿となったメオが、俺の視界の端にフワフワ浮かびながら平然と答えた。
〈もっとも場所が場所だからな。あまり破壊力の大きな兵器は使えないが〉
「なら一点突破でデモニカの身柄を押さえよう。魔獣どもは彼女が操ってるんだから」
〈白兵戦用兵器だ。好きなのを選べ〉
俺の視界に使用可能兵器の一覧がずらりと表示された。
「射程距離:0」の条件で絞り込み、その中から「プラズマソード」を選択。
エレディクスの右手首から、刃渡り70cmほどのまばゆい光の刃が伸びた。
ショートソードと呼ばれる片手剣とほぼ同じ長さだが、軽く振っても全く重さを感じない。ファンタジー世界にはあまり似つかわしくない武器だが……やってみるか!
デモニカ目指して走り出した俺の前に、スケルトンが立ちふさがった。
俺は右手を振って、プラズマソードを真横になぎ払う。
骸骨兵の体は刃が触れた部分から「ジュッ」っと音を立てて溶断され、、鎧もろとも真っ二つになった。
石畳に落ちたスケルトンの上半身がジタバタもがくが、それ以上手も足も出せない。高熱で蒸発してしまった部分までは、さすがに再生できないようだ。
「ちっ、また妙な魔法を……!」
デモニカの顔が、遠目に分かるほど露骨にしかめられた。
彼女の側から見ると、エレディクスに搭載された宇宙人の兵器も全て「魔法」としか理解できないのだろう。かくいう俺も最初にメオの特殊能力を見た時はやっぱり「魔法」かと思ったから、彼女を笑うわけにもいかないが。
「引っ捕らえるのよ! あと後ろにいる冒険者どもに用はないから始末しておしまい!」
後続の魔獣どもが俺の正面にわっと襲いかかってくる。
――と思ったら、その中から1体のミノタウロスと5体ほどのスケルトンが分かれ、俺の傍らを擦り抜け後方の冒険者パーティーの方へ向かった。
ヤバい!
「こっちはいいから! あなたはデモニカを!」
地下迷宮の壁にティアルマの声が響く。
一瞬迷うが、彼女も手練れの剣士であることを思い出す。
ここはティアルマの腕を信じることにして、俺はそのまま振り返らず突進した。
今度はミノタウロスが高々と持ち上げた斧を振り下ろしてくる。
その迫力にビビりそうになるが、とっさに体を落とし、プラズマの刃を跳ね上げ気味に振るった。
大きな振り子のような斧刃を真っ二つに溶断し、返す刀でミノタウロス本体も袈裟懸けに斬り倒す。
ともかく刃が触れた側から有無を言わさず相手をぶった斬ってしまうため、たちまち俺の周囲には溶断されたモンスターの体のパーツが積み重なった。
すごい威力だ! しかしこれ、人間相手には危なすぎてとても使えないな……。
「役立たずどもめ……」
配下の魔獣が次々倒れる様に業を煮やしたか、デモニカは錫杖をかかげ、隣に控える大トカゲの脇腹を軽く叩いた。
それまでおとなしくしていたトカゲがのっそり顔を上げ、こちらを睨む。
ルビーのようなその両眼が、おもむろに強い光を放ち――。
突然、俺の両足が動かなくなった。
「うわっ!?」
慌ててエレディクスの足下を見ると、足首から膝までのあたりが灰色に石化している。しかもその異変は徐々に腰の方へと広がっていた。
「しまった! こいつ、バジリスクだ!」
ひと睨みで人間を石に変えてしまうという伝説の魔獣を思い出してゾッとする。その姿は媒体によって「足の生えた蛇」だったり大トカゲだったり、はたまた鳥に似ていたりとはっきりしないが。
もしこいつがこの世界におけるバジリスク(もしくはそれに相当するモンスター)なら、単なる力押しでは勝てない。何かやり方を考えないと。
「ホホホ! 少しばかり腕が立つようでも、このデモニカ様の手にかかればこんなものよ。さあおまえたち、捕らえておしまい!」
生き残りのミノタウロスが、太い鎖の束を手に身動きできぬ俺の方へと近づいてくる。
「こいつの弱点は確か……鏡、鶏の鳴き声、イタチの体臭……ってあるかそんなもんっ!」
〈落ち着け。エレディクスのボディに異常はないぞ〉
「でも、現に足下から石になってるよ!」
〈ふむ。ちょっと待ってろ〉
間もなく俺の視界に、わけのわからない数式(?)が大量にスクロールされた。
〈なるほど。一種の催眠術……光通信により思考ウィルスを侵入させて幻覚を見せているのか。下等生物の分際でなかなか器用な真似をするな〉
「感心してる場合か!? 何とかしないと」
〈いまワクチンプログラムを走らせる。ついでに同じウィルスをヤツの視覚器官に送り込んでやろう〉
間もなく体が動くようになった。石化していた足下部分も元に戻っている。
一方、こちらを睨むバジリスクの瞳の光がふいに消え、急に動きを止めた。
「ちょ、ちょっとどうしたのよ!?」
驚くデモニカが錫杖で魔獣の脇腹を小突くが、ヤツはもう動くことはないだろう。
伝説のバジリスクが鏡を見せられたように、エレディクスから逆送された思考ウィルスのため「石」になってしまったのだから。
気を取り直した俺は思い切りプラズマソードを振るい、拘束しようと近寄っていた魔獣の群れをばっさり溶断した。
「貴様ぁ、よくも……ッ!!」
先刻までの余裕ある態度はどこへやら、デモニカは悪鬼の形相で錫杖を振り上げた。
「おとなしく捕まってりゃ命だけは助けてやったものを……もう許さない! 消えろっ!!」
錫杖を飾る複数の宝玉が、イルミネーションランプのごとく輝いた。
ゴウゥ――ッ!!
俺の視界が真っ赤な炎で染まる。
左右の石壁の向こうからどっと炎の奔流が押し寄せ、エレディクスの周囲を押し包んだのだ。
「えっ、これも幻覚!?」
〈いや、実際に周囲の温度が急上昇してるぞ。まあこの程度の熱波ならビクともしないが、それにしても……〉
初めて敵が放った本格的な「攻撃魔法」を目の当たりにして、メオも驚いているようだ。
〈建物を破壊せず、標的の我々だけ正確に攻撃してくるとは……これがこの世界の「魔法」か? 実に興味深い〉
「だから~、感心してる場合じゃないって」
〈分かっている。この熱波が途切れた時に反撃だ〉
「あっ待った! いくら悪者でも相手は人間なんだ。殺したくない」
〈一応、対人用の非殺傷兵器もあるが……さすがに魔法使い相手の戦闘など想定していない。効果があるか分からんぞ〉
二十秒ほど経過した頃、俺たちを包んでいた炎の嵐がふいに途絶えた。
獲物の生死を確認するため、デモニカが魔法攻撃を一時中断したのだろう。
その瞬間を狙い、俺はエレディクスの両眼(アイカメラと呼ぶべきか?)から目くらましの閃光を放ち、同時にワイヤー式スタンガンを発射した。
デモニカの周囲に魔法陣を思わせる光がいくつも浮かび上がり、スタンガンの電極を弾き返した。
「やっぱり……防御魔法か」
「ハッ! 効かないわね!」
女魔法使いの錫杖が、さっきとは別パターンで光を放つ。
と、周囲の虚空から数知れぬ黒い人間の腕(らしき物)が現れ、エレディクスの手足にまとわりついてきた。何だか水中でも歩いているように動きが重くなる。
「また幻覚か!?」
〈いや今度は物理的な存在だ。しかしよくわからん攻撃だな〉
「さっきみたいにパパっと分析できないの?」
〈おそらく我々ズローバ星人と同様、意志の力で疑似物質を操作しているのだと思うが……分析には時間がかかりそうだ〉
地球人から見れば遙かに進歩した科学力を持つ宇宙人といえども、未知の力である「魔法」は未だ完全に理解しきれないようだ。
デモニカの顔に、再び余裕の笑みが戻った。
「死霊どもの腕に抱かれる気分はいかが? このまま冥府へ引きずり込んであげましょうか!?」
げっ、薄気味悪い。とにかく何とかしないと。
改めて、人間相手に使えそうな非殺傷兵器の一覧を視界に呼び出す。
スタングレネード、麻酔弾、催眠ガス……何だかどれもあっさり防御されそうだなあ。
ん、何だこれ?
……へえ、こんなことも出来るのか。
「ウフフ、しばらくそうしてなさい。アンタたちのことは、余計な冒険者どもを片付けた後でまたゆっくり――」
そこまでいって、デモニカの言葉が途絶えた。
女の顔が一瞬こわばったかと思うや、白目を剥いてその場にばったり倒れた。
「よし、うまくいった」
〈本来の使い方とは違うが、よく考えたな〉
俺が目を留めたのは、エレディクスの機能のひとつ「重力制御」だった。
昔読んだ空戦もの漫画で、戦闘機パイロットが操縦中に失神するエピソードを思い出し、デモニカの立っていた空間に死なない程度の急激なGをかけたのだ。
その結果、彼女の体内の血液は急速に下半身に降り、貧血を起こして失神した。いわゆるブラックアウトである。
俺が好きなのは異世界ファンタジーものだけど、やっぱり好き嫌いせず色んなジャンルの作品を読んでおくものだな!
〈で、どうする? この女〉
「とりあえずティアルマたちに任せよう。指名手配中だっていうし」
〈しかし生身の人間でありながら我々のスキーマに似た力を使いこなすとは面白い。DNAサンプルとして、髪の毛一本だけ採集しておきたいが〉
「まあ、それくらいなら……」
石畳に倒れたデモニカに向かい、一歩近づこうとした、その時。
いったいどこに潜んでいたのか、ミノタウロスともスケルトンとも違う小柄な人影が、俺の眼前に飛び出した。
攻撃を受けたエレディクスのボディがわずかに揺れる。
ダメージは全くといってないものの、人間業とは思えない強烈な一撃だ。
「新手の魔獣か!?」
だが「敵」の姿を確認し、俺は困惑した。
こちらの懐に飛び込み、無言のまま素手で攻撃してくる相手は、俺と大して歳の違わない人間の少女だった。
露出度高めな革製の衣服から覗くしなやかそうな手足も、紛れもなく人間のものだ。ただしその容貌には猫のごとく縦に割れた瞳、三角形に尖った大きな耳、口許から突き出た鋭い犬歯など、妙に獣じみた特徴を備えていたが。
こ、これは半獣人――いやケモノ娘か!?
どうやらデモニカの一味らしいが、正直どうリアクションしたらよいものか分からず、俺は両手でガードの姿勢だけ取って様子見することにした。
ケモノ娘の方も、こちらにまるで戦意がないことに気づいたらしい。
ふいに踵を返したかと思うと、倒れたデモニカの元に駆け寄り、自分の肩にひょいと担ぎ上げ、そのままダンジョンの奥へと走り去ってしまった。
「……逃げられた……」
〈地球人とはまた違うタイプの人型生命だな。この世界独自の生物だろう〉
「亜人種ってやつだな。モンスターと同じく異世界ファンタジーの定番キャラだよ」
ひょっとして、この世界にもエルフとかドワーフとか人魚なんかがいるんだろうか? 地上に出られたらぜひ確かめたいものだ。
「――と、気を抜くのは早い!」
俺はすぐ我に返った。
親玉のデモニカは撃退したものの、同じフロアでティアルマたち冒険者パーティーが残りの魔獣たちと戦っているのだ。