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第6話

 スケルトンとの戦闘で傷ついたグリアムの腕にユディアが掌をかざし、回復魔法とおぼしき呪文を唱えている。

 トニーノは腰巾着から取り出したパイプをうまそうにふかし始め、俺とメオ、ティアルマは煙の来ない場所に腰を下ろして小休止を取った。


「アクトとメオちゃん……だっけ? よかったら、これどうぞ」


 腰の物入れから何やら小さな布包みを取り出したティアルマが、俺たちの方へ差し出してきた。

 包みを開くと、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。中から出て来たのは大きめに焼いたクッキーのような食べ物だった。


「果物や穀物を混ぜて焼いた堅焼きパンよ。これ一枚で栄養満点だし、けっこうお腹も膨れるわ」

「あ、どうも」


 一口かじってみると、少しパサパサしてるが……意外とうまい!

 俺は時間がない時などよく食事代わりにする、ブロックタイプのバランス栄養食を思い出した。さしずめ、あれの異世界版ってとこかな?


「ごめんね。たき火を起こす時間があれば、干し肉を使って温かいスープも作ってあげられたんだけど」

「いや、これだってけっこうイケるよ!」

「よかった。さあメオちゃんも召し上がれ」


 うんうん。こういうの、いかにも「冒険者」って感じでいいなあ。

 密かに感動する俺の隣で、メオも黙々と堅焼きパンを食べている。

 ダミーボディって食事もできるのか……。


〈特に有害物質は含まれてないな。妙な添加物がない分、日本の食品より体にいいかもしれん〉


 何やら毒味役みたいなことをしてくれてるらしい。

 まあ俺が死んだら彼女も困るわけだから、当然かもしれないが。


「水もあるわよ? 水分はしっかり補給しなくちゃ」


 続いてティアルマが手渡したのは、たぷたぷ音がする革袋だった。

 これは知ってる! 昔、外国で水筒代わりに使ってたやつだな。

 でも、中に入ってるのはたぶん生水だよなあ。

 ……水あたりとか、大丈夫だろうか?


〈その心配はない。さっきエレディクスを起動させた時点で、おまえの体細胞も改造して、身体能力を大幅に向上させておいた。もちろん細菌やウイルスに対する抵抗力もな〉


 えっ、ホント?

 自分じゃ今までと変わりないように思うけど。


〈たとえば、今の姿のままでもあのミノタウロスと殴り合えるくらいの力になっているはずだ。もっと強くすることもできるが、度が過ぎると人間として正常な日常生活を過ごせなくなる恐れがあるからな〉


 マジかよ!?

 俺は驚いて、思わず自分の掌を見つめた。


「どうかした?」

「いや……こっちのこと」


 俺は水を一口飲んで気を取り直すと、革袋をメオにも渡した。

 改めて、向かい合って座る女剣士に目を向ける。


「ティアルマたちは、この依頼が終わったらまた旅に出るのか?」

「いいえ。あたし以外の2人は家に帰るでしょうね」

「家?」

「グリアムの本業は西にある別の町の大工。トニーノも普段は近くの村で農家をやってるそうよ」

「あれ? だって、冒険者ギルドに」

「確かに2人ともギルドの登録メンバーだけどね、冒険者は副業なの。まあ依頼の報酬だけじゃ生活も不安定だし、近頃は兼業でやってる人も多いわね」


 そうなのか。

 冒険者の世界も意外と世知辛い……どこの世界も、プロで食っていくのは難しいんだなあ。


「ティアルマはどうするの?」

「そうねえ、次の行き先はまだ決めてないけど……そうだ! あなたたち兄妹を故郷の国まで送ってあげるっていうのはどう?」

「えっ? い、いや、俺たちは……」

「遠慮しなくてもいいのよ? そんなに遠い国が故郷じゃ、帰りの道中だって何かと物騒だろうし。護衛は必要よ」

「そ、そこまで甘えるわけにはいかないよ! 何にもお礼できないし」

「お礼なんかいらないわよ。こう見えてもギルドの口座にけっこう貯金してるから、お金には困ってないの。だからこの機会に、のんびり異国を旅してみるのもいいかな? な~んてね。フフフ」


 ……弱ったな。

 たまたま通りすがりで助けた俺たちなんかにそうそう構ってもいられないだろうと思いきや、このティアルマという冒険者はどうやら「困った人を見たら放っておけない」タイプらしい。

 もちろんその気持ちはありがたいが……俺たちが帰るべき場所は、異国ならぬ異世界の地球なのだ。

 ラパノスとかいう町に着いたら、さっそく帰る方法を調べなければならないが、そこまで彼女につきあわせるのはさすがに申し訳ない。

 だいいち俺たちの正体を打ち明けて、信じてもらえるかどうかも分からないし。


「おっと、まずはこの遺跡から無事に脱出しなくっちゃね。まあ今の話も、ラパノスに着くまでよく考えておいて」


 ティアルマはそういって微笑むと、荷物をまとめて立ち上がった。

 休憩時間の終わりだ。


「ここって、ダンジョンのどのへんかな?」

「現在地は地下3階。他のモンスターと遭遇しなければ、出口まではだいたい1オラルってところね」


「1オラル」というのはこの世界の時間の単位らしい。日本でいう「1時間」に相当するのだろうか? むろん同じ長さであるという保障はないが。



 移動の隊列はティアルマが先頭、グリアムが最後尾について前後を警戒、その他のメンバーを守る形となった。

 俺とメオは、ユディアと共に隊列の中央を歩くようにいわれた。

 トニーノが何事か細々と記された分厚い帳面を広げ、ティアルマに進む方向を指示している。ダンジョンに入ってからここに来るまで記録してきた道順を、逆にたどって帰っているのだろう。

 俺たちの隣を歩く司祭の少女は胸のペンダンに手を当て、小声で祈祷文を唱え始めた。祈りの文句から察して、どうやら周囲に潜んだ敵を察知する魔法らしい。

 やがて到着した階段を昇り地下2階に上がると、通路の幅もぐんと広くなってきた。

 出口が近い証拠だろうか? 


「アキトさんとメオさんは、デモニカの顔を見たのですか?」


 ふと祈祷を止めたユディアが、おずおず尋ねてきた。


「ああ。俺より2つか3つ年上で……そう、かなりの美人だったな。黙ってさえいればの話だけど」

「それは意外です~。信徒の皆さんから聞いた噂で、もっと大人の人かと思っていたのです」

「俺もてっきりおっかないババアかと思ってたぜ。そんな別品べっぴんなら、ぜひお目にかかりたいもんだ」

「鼻の下伸ばしてんじゃねえぞ、グリアム。いくら若くて美人でも、相手は名うての魔女なんだ。おまえなんか、デレっとしてる間に魔法かけられておだぶつだな!」


 またまた軽口を叩いたグリアムが、今度はトニーノに突っ込まれる。

 このお兄さん、悪い人じゃないけど、普段からこういうお調子者キャラなんだろうなあ。


「もしラパノスに着いたら、ちょっと手間になるけど冒険者ギルドの支部に寄ってくれない?」


 先頭を歩くティアルマが、前方を警戒しつつ俺の方へ声をかけた。


「あなたたち兄妹の証言をギルド専属の絵師に聞かせて、デモニカの似顔絵作成に協力してほしいの。わずかだけど謝礼も出ると思うわ」

「ああ、いいよ。あの魔法使い、指名手配でもされてるの?」

「この国……エスラード王国の領内で起きたいくつかの魔族がらみの事件に、彼女の関与が疑われてるわ。ただこれまで『デモニカ』って名前は知られても年齢や容姿がはっきりしなかったの。アクトたちが協力してくれれば正式な手配書もできて、彼女の首には賞金がかけられることになるでしょうね」


 うーむ……。

 そうだとすれば、デモニカにとって自分の顔や居所を知られるのは非常にまずいはず。俺たちが地上に出る前に、何らかの方法で妨害してくるのは間違いない。

 配下の魔獣が襲ってきたとして、俺はあのエレディクスとかいう姿に変身すれば何とかなりそうだが、一緒にいるティアルマたちも確実に巻き込まれる。

 これってヤバくね?


「あの……気をつけた方がいいよ。デモニカは魔法を使って俺たちを監視してる。きっとまた襲ってくると思う」

「心配しないで、あたしたちが守ってあげるから。さっきもスケルトンの群れに襲われたけど撃退したのよ」

「もっと手強いモンスターがいるんだ! たとえば俺たちを襲ったミノタウロスとか――」

「それって、人間の体に牛の頭が乗った魔獣のこと?」


 ふいにティアルマが立ち止まり、こちらへ振り返った。


「そうそう! そこのグリアムより一回り大きくて」

「それが本当なら、あなたたち、どうやって逃げてこられたの?」


 やべっ、口が滑った!


「そ、それは、その……妹と一緒に、必死で走ったから……」

「あの魔獣、図体に似合わず足が速いわよ? 馬にも乗らず、魔法使いでもない一般人が逃げ切るのは……まず無理ね」


 女剣士の顔から笑みが消え、無言で腰の剣を抜いた。


「何だか怪しいな……おまえたち、本当はデモニカの仲間なんじゃねーか?」


 背後のグリアムが戦斧を構え直す気配。

 トニーノは慌てて腕を伸ばし、ユディアの肩をつかんで俺から引き離す。

 まずい、すっかり警戒されてしまった……。


〈面倒なことになったな。こうなったらスキーマでこいつら全員眠らせよう。別に我々だけでも外に出られる〉


 いや、それはまずい。

 俺たちが狙われるのは当然として、このダンジョンに踏み込んだ人間は無差物にデモニカの攻撃対象になると考えるべきだろう。

 メオの提案どおりにした場合、この場に置き去りにしたティアルマたちの安全が保障できなくなる。


「ちょっと待ってください皆さん! な、何か近づいてきますっ!!」


 全員の視線がユディアに集まった。


「出口方向からモンスターの反応ですっ! 5体、7体……えっもっと来る!?」


 どうやらデモニカ側に先回りされたらしい。

 間もなく、俺たちの前に新たな魔獣の群れが姿を現した。


 スケルトンが少なくとも10体以上、ミノタウロスも5、6体いる。

 骸骨兵は骨格の上に錆びかけた鎧を着込み、牛頭の大男たちは手に手にごつい斧や槍で武装していた。

 その後方に、馬ほどの図体を持つトカゲのような怪物が1体。

 そして、その隣に――。


「ざ~んねんでした。無事に出られると思って?」


 デモニカだ。

 黒衣をまとった例の女魔法使いが、長い錫杖を地面に突き、妖しげな笑いを浮かべていた。


「まさかミノタウロスを瞬殺するとはねぇ……こりゃ予定変更だわ。アタシの実験の前に、まずは異世界アンタらの魔法についてじっくり聞かせてもらわなくっちゃね」


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