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第5話


「これって映像で呼び出せる?」

〈できるぞ。亜久斗が「見たい」と考えればそれで見られる。インターフェイスはおまえむけにカスタマイズしたから、すぐになじめるはずだ〉


 メオの言葉どおり、すぐ地図に重なって小さな窓が開き、上階の様子が映し出された。

 なるほど、思考インターフェイスってやつか。

 目に映る光景がそのままモニター画面となり、頭の中で考えれば欲しい情報が表示される。表示形式も俺が使っていたパソコンやゲーム画面に近いイメージなので分かりやすくていいな。

 窓の中に映っているのは、ここと同じく蝋燭で照らされた薄暗いダンジョンの廊下に、半月刀と盾を構えたスケルトンが3体。

 デモニカが俺たちにけしかけたのと同じアンデッドどもだ。

 そしてそいつらと戦う人間たちの姿も見えた。

 前衛に立っているのは、頭に角飾りのついた兜を被り、重そうな戦斧を振り回す若い男の戦士と、赤いマントをひるがえして両手持ちの剣を振るう若い女。

 その後方から、猟師風の革服を着た中年男の弓使いと、白いローブをまとったまだあどけない少女が支援にあたっている。


遺伝子情報ゲノム分析結果、99.9%地球人と一致……やはり人間か。しかしなぜこんな場所に?〉


 メオは腑に落ちない様子だが、俺はすぐにピンと来た。


「この人たち、冒険者だ!」

〈何だそれは?〉

「一口で説明するのは難しいけど、まあ旅人と探検家とトレジャーハンターと傭兵を兼ねたような人たちのことさ。時に財宝を求めてダンジョンに挑み、時に村を守るため命がけでモンスターの群れと戦う……まさにファンタジー世界の花形職業だね」

〈いずれにせよ、我々には関わりのないことだ。このポイントは迂回していこう〉

「いや、援護しよう。たとえ異世界でも、同じ人間がモンスターと戦ってるんだ! 見過ごせないよ」

〈やれやれ……なら好きにしろ。今のおまえなら、あの程度のモンスターなど指一本でも始末できる〉


 宙に浮いた2頭身メオが、面倒くさそうにかぶりを振って肩をすくめている。

 しかし、この姿だとやけに感情表現豊かだなぁ。


〈ただし。今のその姿を、あの連中にどう説明する? こっちがモンスターと間違われて、攻撃されても知らんぞ〉

「うっ……ま、まあ何とかなるさ」


 俺はマップで最短距離を確認しつつ、階段を昇り目的の廊下に急いだ。

 視界の邪魔にならない位置に拡張現実の窓を開き、そこから冒険者たちが戦う映像をモニターする。


「俺が行くまで、何とか持ちこたえてくれよ……って、あれ?」


 戦闘は予想外の展開を見せていた。

 当初、冒険者たちの主力はプロレスラー並にガタイのいい男性戦士かと思っていた。重そうな戦斧を軽々と振り回す彼は確かに強そうなのだが、いかんせん攻撃が大ぶりでさっぱり当たらない。

 また後方から援護の矢を放つ弓使いも、お世辞にも命中率が高いとは言い難い。素人の俺から見ても、この2人の戦いぶりは危なっかしい。

 にもかかわらず、戦況は冒険者側がスケルトンの群れを圧倒していた。

 もう1人の前衛を務める女剣士が大活躍していたからだ。

 年齢は俺とほぼ同じくらいの女の子だが、素早い身のこなしで1体のスケルトンに間合いを詰めるや、流れるような剣さばきで確実にダメージを与えていく。

 別の骸骨兵が刀をかざして横合いから斬りかかってくるが、これはマントをひるがえし、あたかも闘牛士のごとく巧みにさばいた。

 剣で斬られたスケルトンの傷がみるみる再生していく。

 白いローブの少女がメイス(飾り付きの棍棒)を高く掲げ、早口に呪文を詠唱した。

 骸骨兵の傷口が淡い光に包まれ、ボロリと崩れる。

 おそらく彼女はこの世界の聖職者。神聖系の魔法でアンデッドの再生能力を封じたのだろう。

 膝の骨を砕かれ目に見えて動きの鈍ったスケルトンを男戦士に任せ、女剣士が残りの敵に向かう。

 彼女の技量に加えて再生能力への対策もできているのなら、もはやこの戦いは勝負があったようなものだ。

 俺は走るスピードを緩めた。


「どうやら援護の必要はなさそうだな。メオ、このナントカ装甲って外せるのか? やっぱりこの姿を見られると面倒くさい」

〈頭の中で装甲を外すところをイメージしてみろ。周囲に危険がなければ、それでアンインストールされる〉


 いわれたとおりイメージするが、なかなか思い通りにいかない。


「外れないよ?」

〈リクエストのイメージが曖昧だと、制御AIが正しくコマンドと認識しないぞ。まあこれは練習するしかないな〉


 時間がないので、今回はメオに頼んで「アンインストール」してもらった。

 何かコツでもあるのだろうか? イメージか……馴れるまでにはまだ少し時間がかかりそうだ。

 元通り人間の姿に戻った俺は、自分の体に異常がないかチェックしようとなで回し、ある違和感に気づいた。


「あれ? 服が……」


 最初にこの世界に召喚されたとき、俺が身につけていたのは(下着を別とすれば)Yシャツと学生ズボン、それにスニーカーだった。それがいつの間にか、あちこち継ぎのあたった木綿のシャツと茶色い革のベスト、厚手のズボンに編み上げの長靴にすり替わっている。


〈あの冒険者とかいう連中の服装を参考にこの世界の日常衣服を推測、疑似物質で構成し急遽インストールした。まあ多少の誤差はあるかもしれんが〉

「なるほど。いかにも『モブ一般人の若者』って感じだな」

〈このあと彼らと接触するのはかまわんが、我々が地球から来たということはまだ伏せておいた方が無難だろうな〉

「うん、俺もそう思う」


 そもそも「自分たちは地球という異世界から召喚された」などと打ち明けたところで、彼らに信じてもらえるだろうか?

 メオのことだってそうだ。もしこの世界の天文学が地球の中世レベルで止まっているのなら、「宇宙人」という存在について説明するだけでひどく苦労することになるだろう。



 廊下の向こうに4つの人影が見えたとき、既に3体のスケルトンは全滅していた。

 同時にこちらの姿も、彼らのパーティーに見つかったようだ。


「誰かいるわね」

「人間だぞ! おーい!」


 俺は敵意がないことを示すため手を振ったが、冒険者たちは武器を完全には下ろさず、警戒した様子で慎重に近づいてきた。

 無理もないな。こんな地下ダンジョンの奥で丸腰の一般人がうろうろしていたら、俺だって怪しいと思う。


「君は誰だ? そこで何をやっているのかね?」


 パーティーの中では最年長の弓使いが、最初に声をかけてきた。


「えーと、俺は、その……」

「お兄様ぁ!」

「へ?」


 背後からの声に振り向くと、さっき姿を消したはずのメオ(のダミーボディ)が再び実体化している。

 ただし着ている服装はあの未来的な全身スーツから一変、俺と同様にモブ一般人風の木綿のワンピースドレスに変わっていたが。


「ご無事でよかった! ああ、お兄様の身に何かあったら、私、どうしようかと――」


 俺の腕にひしとすがりつき、目に涙を浮かべて抱きついてきた。

 同時に彼女のテレパシーが頭の中に響く。


〈この場は私が何とか言いつくろう。亜久斗も適当に話を合わせろよ〉


 俺のことは険しく睨んでいた冒険者たちの視線が、彼女を見たとたん、急に優しげなものに変わった。

 この世界の人間が何歳くらいで社会的に成人するかは知らないが、少なくともメオの外見(12歳くらい)ならばまだ「子ども」、すなわち「一般的に保護すべき対象」と見なされるようだ。


「あなたたち、何か事情がありそうね」


 赤マントの女剣士が、下ろした剣を腰の鞘に収めながら話しかけてきた。

 髪を短く切り、凜とした雰囲気を漂わせた少女である。もし俺のクラスにいたら男女問わず人気者になりそうだ。

 マントの下は厚手の生地で作られたワンピースドレス。丈は短めで、足には革のロングブーツを履いていた。


「よかったら話してくれない? あたしたちが力になってあげられるかも」

「私たち、この地から遠く離れた異国で暮らしていた者です。兄ともども悪い魔法使いにさらわれて、この地下迷宮に連れ去られてまいりました。何とかスキを見て逃げ出したものの、今度は道に迷ってしまいまして……」


 即興ででっち上げたらしい身の上話をとうとうと語るメオ。

 まあ俺たちが「兄妹」という一点を除けば、あながちウソではないのだが。

 しかし、なかなかの熱演だな。

 俺と二人の時はぶっきらぼうだったのに、普通の女の子っぽく話せるじゃん。


〈地球人の映画やドラマのデータを参考にした演技だ。彼らからこの世界の情報をより多く引き出すためにも、好感度を上げておかなければな〉


 俺の内心のツッコミに、メオがテレパシーでしれっと答えてきた。

 見かけがどんなに可愛くとも、正体は侵略者インベーダーだけあってあざといな……。


「その魔法使い、どんなヤツだ? 名前は何という?」


 角付きの兜を被る戦士が尋ねた。


「はい。魔法使いはまだ若い女の人で……名は確か『デモニカ』と」

「――デモニカだって!?」


 メオの証言を聞いた冒険者たちが、一様に色めき立った。


「知ってるんですか? 彼女のこと」


 俺も興味が出て来たので、聞き返してみる。


「知ってるも何も……人間でありながら魔族に与する、悪名高い魔女だよ」


 弓使いが教えてくれた。


「近頃この地方で活動しているらしいと噂に聞いてはいたが……まさかこの地下遺跡がヤツの拠点だったとはな」


 なるほど。俺たちをこの世界に召喚した張本人だけあって、こちらじゃ(悪い意味で)かなりの有名人らしい。

 確かに初見の印象でも「ちょっと危ないお姉さん」とは思っていたが……実はけっこうヤバい相手だったのかも?


「そういえば、彼女の口から魔王ゼオバルドって名前も出てましたが」

「全ての魔族を統べる王、ゼオバルドは我々にとって最大の敵だが、ヤツはいま遙か北の魔王都にいるはずだ。この地方に駐屯する魔族の大物といえば、魔将アグライム……だから、デモニカ自身はアグライムの配下ということになるな」

「皆さんは、こちらで何を?」

「近くの町の町長から、冒険者ギルドを通して依頼されたんだよ。町の近辺で、最近モンスターの出没が多くなってる。どうやらこの地下遺跡から湧いてるらしいから、駆除も兼ねて調べてくれってな」

「でも、さっきスケルトンと戦って確信したわ。ここにいるのは単なる野良モンスターじゃない。『魔獣』……つまり魔族に操られた怪物どもだってね」

「こいつは面白くなってきたぜ! ひとつ俺たちであの魔女の首を獲って、ギルドの連中をあっと驚かせてやるか?」

「待ってグリアム。敵がデモニカとなると、今の人数や装備じゃ心許ないわ。今日のところはいったん引き上げて、町長とギルドに報告しましょう」


 女剣士に釘を刺され、男戦士はバツが悪そうに頬をかいた。

 そうだなぁ……言っちゃ何だけど、下っ端のスケルトン相手に手こずるレベルでいきなりステージボス戦に挑むのは、俺から見ても無謀としか思えない。

 しかしこれではっきりした。

 歳は若いが、このパーティーの実質的なリーダーは彼女だ。戦闘以外の交渉なんかでは、年上の男たちの顔を立てているようだが。


「そういうわけで、あたしたちはこれから帰るわ。もちろん、あなたたちも責任もって町まで送り届けるから、安心してね」

「ああ、感謝します! 何てお礼をいったらよいのか……」

「きっと辛い目に遭ってきたのね……でも大丈夫よ、あなたにもお兄さんにも、もう指一本触れさせないから」


 安心させるように言い聞かせながら、女剣士がメオを優しくハグした。

 うらやましい。子どもはこんなとき得だ……。


〈身長162cm、B82・W56・H83……ふむ、歳の割に発育はいいな。この世界の食糧事情は悪くないようだ〉


 いや、いちいち計測しなくていいからメオ。

 女の子に対して失礼だろ! 俺的にはちょっと嬉しいけど……。


「そうそう。あなたたち、名前は?」


 俺たちが名乗ると、冒険者たちも各々自己紹介を始めた。


 女剣士の名は「ティアルマ」。

 男の戦士は「グリアム」。

 弓使いは「トニーノ」。


 彼ら3名は冒険者ギルド所属の冒険者で、今回の依頼に応じてパーティーを組んだ、つまりは彼ら同士もまだ初対面に近い間柄らしい。


「ユディアと申します。どうぞよろしくお願いしますね」


 最後に、それまで後ろの方でおとなしくしていた聖職者の少女が名乗り、礼儀正しくお辞儀した。

 パーティー中ではきっと最年少だろう。


「彼女はね、まだ13だけど、町にある神聖イスティアナ教会の司祭様なのよ。すごいでしょ?」


 得意げにティアルマが付け加えると、ユディアは顔を赤くしてあたふた手を振った。


「あの、あの、そんなことないですっ! 私なんて、まだ全然未熟者で――」

「今回のパーティーに魔法使いが参加できなかったから、急遽あたしたちに協力してくれたの。本当に助かったわ」

「いえそんなっ! 神に仕える者として、町の皆さんの平和を守るのは当然の務めですっ」


 身長はだいたい150cm前後。13歳にしてはかなり小柄だな。

 でもこれはこれで悪くない。見た目の幼さ&ドジっ娘風味の性格と司祭という宗教的権威のギャップがなかなかにそそる。

 真新しい司祭服が体のサイズに比べてちょっとぶかついてるのも、的確にこちらの萌えポイントを突いてくるではないか?

 ちょうど今プレイ中のゲームに、あんなキャラが――。


〈いいか亜久斗。妄想に耽るのは勝手だが『ロリ司祭様ハァハァ』なんて心で思っても絶対に口に出すなよ? どこの文明でも宗教関係はデリケートだぞ〉


 すかさずメオが突っ込んできた。

 思ってねーよ! 今のはあくまで(オタクとしての)一般論だし!

 ってか、俺のことを何だと思ってるんだ……。


〈そんなことより〉


 そんなことかよ!?


〈この司祭の娘、さっきの戦闘で妙な「力」を使っていたな〉


 ああ、見かけは子どもでも聖職者だからな。ゲームじゃ白魔法とか神聖魔法とか呼ばれてるアレだろ?


〈亜久斗が「魔法」と呼ぶあの力……おそらく我々ズローバ星人が使うスキーマと同じものだろう。なぜこの世界では、人間がスキーマを行使できるのだ?〉


 そんなに不思議か?

 俺にしてみりゃ異世界の聖職者が魔法を使うのは「当たり前」という感覚だけど……メオは宇宙人だからそうでもないのかな?


〈うむ。喩えとして適切かどうか分からないが……魚が空を飛ぶのと同じくらい不自然だ〉


「お二人は異国の方なのですね。何か信仰をお持ちですか?」


 俺たちの(テレパシーによる)会話などつゆ知らぬユディアが話しかけてきた。


「え、俺? えーと、仏教徒……になるのかな?」


 そう答えてみたものの、これまで宗教を身近に感じるなんて、それこそお盆に両親どちらかの実家に帰省して、お墓参りする時くらいだが……。


「ブッ教……存じませんね。不勉強でお恥ずかしいのです」

「うんまあ、知らなくて普通だよ。遠い遠い、ホントに遠ぉ~くの国だから。アハハ」

「我が神聖イスティアナ教会では、国籍や信仰する神にかかわらず全ての皆様を歓迎致します。ぜひ一度遊びにいらして下さいねっ」

「君のいる教会って、どこにあるの?」

「これから帰るラパノスの町です。この地方では一番大きな町で、とってもよいところですよっ」


 ラパノスか。

 どうやらそこが、この世界で最初に訪れる町になりそうだ。

 俺たちの相談に乗ってくれるような魔法使いが見つかればいいが……。


「とりあえず休憩にしましょう。怪我した人はユディアに回復させてもらって。それから出口に向けて出発よ」


 ティアルマは仲間たちに声をかけたあと、再び俺たちの方へ振り向いた。


「そうそう。あなたたち、お腹は空いてない?」


 そういわれて、俺はすっかり忘れていた空腹を思い出した。

 宇宙人と合体した後でも、やっぱり腹は減るものらしい。


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