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第4話

「あんまり無茶するなよ? 天井が崩れたら俺たちもお終いだ」

「分かってる。亜久斗は危ないからそこにいろ」


 まっすぐ前方に伸ばされた少女の両手から紫色の放電光が迸り、ミノタウロスを包み込んだ。

 爆破の衝撃を伴う光球ではなく、電撃による攻撃に切り替えたらしい。稲光が蛇のごとく怪物の赤銅色の筋肉にまとわりつき、肉の焦げる嫌な臭いが俺の鼻をついた。

 一瞬、ミノタウロスは戸惑うように動きを止めたが、牛のような声で一声吠えると、すぐに前進を再開した。


「効かないか……ヒグマでも仕留められるくらいの電撃だったが」


 メオはといえば拳を構え、両足で軽くステップを踏み始めている。

 ……って、素手でやりあうつもりか!?

 俺は慌てて止めようとしたが、彼女は既に長い髪をなびかせ駆け出していた。

 ミノタウロスが大きく鼻の穴を広げた。

 俺の太腿くらいはありそうな太い腕を振り上げ、遙かに小さな少女を殴りつけようと振り下ろす!

 彼女は巧みなフットワークでそれをかわすや、天井近くまで飛び上がり、怪物の側頭部めがけて回し蹴りをたたき込んだ。

 バシィッ! 鈍い打撃音が反響し、怪物の巨体が大きく傾いた。


「マジかよ……!?」


 思わず息を呑む俺の眼前で、メオは至近距離からミノタウロスをぴたりとマークし、目にもとまらぬ素早い身のこなしで敵が振り回す両腕を避けつつ、容赦なくパンチとキックをヒットさせていく。

 怪物の動きが止まり、苦しげに片膝をついた。

 攻撃が効いているのだ。

 あの小さな身体からは想像もつかないパワーである。

 よしっ。このままいけば勝てるかも?

 そう思った矢先、ミノタウロスが一際高い咆哮を上げ、その全身からぶわっと蒸気が立ち上った。

 かまわずハイキックを打ち込むメオの右足首を、それ以上の速さで伸ばされたグローブのような手がつかんだ。

 やばい!

 スケルトンには再生能力があったが、こいつにも自分の動きを瞬間的にブーストする特殊能力が与えられているのだろう。

 牛頭の怪物がのっそり立ち上がる。

 軽々と持ち上げた少女の身体を、無造作に石壁に叩きつけた。


「うぐっ……!」


 顔面から壁に打ちつけられたメオはひと声うめいたが、意識を失ったのか、そのままぐったりと身動きしなくなった。


「やめろ!! 殺す気か!?」


 思わず駆け寄って叫んだ俺の声は、ミノタウロスの耳に入ってないようだ。

 今度はメオの首を片手でつかんで宙にぶら下げると、相撲でいえば「喉輪のどわ」の体勢でギリギリと締めつけはじめた。

 首つり状態となった彼女はもはや抵抗することもできず、力なく垂れた手足を小刻みに痙攣させている。

 とっさの思いつきで、俺は胸ポケットから取り出したスマホを怪物の方へかざし、カメラのフラッシュを炊いた。

 少しでも奴の気を逸らせれば――と思ったのだ。

 効果はあった。いやありすぎた。

 フラッシュの閃光がひらめいた瞬間、ミノタウロスはメオを放り捨て、鼻息も荒く俺の方へ突進してきたのだから。

 床に倒れた少女の姿が、壊れたTV画像のように乱れ――。


(……消えた?)


 そう思う間もなく、俺は激しい衝撃を覚え、そのまま数m後方へ吹き飛ばされていた。


「痛ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」


 痛いのなんの。

 よくアニメや漫画のバトルシーンで、敵の攻撃を受けて吹っ飛ばされた主人公が歯を食いしばって立ち上がるシーンを見るが、あんなの現実には絶対に無理だと改めて思った。

 交通事故を想像すれば分かる。実際に体が宙を舞うほどの衝撃を受けたら、普通の人間は激しい痛みで、まず立ち上がれない。

 全く力が入らない右腕は折れたかもしれない。頭がガンガン痛み、ひどく吐き気がする。

 そのくせ気絶することもできず、俺はその場に倒れたまま生まれて初めて味わう全身の激痛に身体を丸め、ただただ涙を流してうめき声を上げることしかできなかった。

 なぜかミノタウロスはそれ以上攻撃してこない。

 デモニカは俺たちを「魔獣と合体させる」とかいってたから、配下のモンスターにも生け捕りを命じているのだろう。


(何だよこれ? カッコわりい……)


 敵の魔法使いや怪物より、むしろ自分のふがいなさにムカついた。

 ガキの頃はTVの特撮ヒーローに憧れ、成長して中高生になってからは異世界ファンジーの勇者に憧れていた。

 それが、いざ本物の異世界に来てみれば、最初のステージのモブ敵相手にあっさりゲームオーバーかよ?

 いやこれはゲームじゃない。現実の人生は、やり直しもコンティニューもできないのだから。


〈亜久斗、生きてるか?〉


 耳元で聞き覚えのある声が響き、突然体の痛みがウソのように引いた。


「メオ!?」

〈とりあえず痛みはブロックした。肉体の損傷もすぐ治してやるから安心しろ〉


 周囲を見回しても彼女の姿はない。

「声」は俺の頭の中に、直接響いているのだ。SF漫画によく出てくるテレパシーってやつか?


〈愚か者め。危ないからそこにいろといったろう? 飛び出してくるヤツがあるか〉

「で、でも、君が……」

〈あれはダミーボディだ。何体潰されようが別に惜しくはない。だが今おまえに死なれたら、不完全とはいえ既に合体している私の思念体まで大ダメージを受けて、下手すれば一緒に死んでしまうではないか。おまえが死ぬのは勝手だが私まで巻き添えにするな〉


 あ、そういうことか。

 こいつのことを一瞬でも「身を挺して主人公をかばうヒロイン」と思ってしまった俺が馬鹿だった……。


「じゃあどうしろってんだよ? このままじゃ、俺たちあの魔法使いにまた捕まってモルモットにされるぞ?」

〈敵の戦闘能力はだいたい把握できた。ダミーボディでは少々手こずる相手だな……やむを得ん、『エレディクス』を起動する〉

「エレ……何だって?」

〈異星文明調査には危険がつきものだからな。こんなこともあろうかと母星から持ってきた『兵器』だ。ただし、これを使うにはおまえの協力が必要となる〉

「俺の?」

〈具体的には体細胞及び遺伝情報ゲノムに変更を加える権限……まず肉体レベルでの合体を完了させねばならない〉


 彼女の言葉を理解するのに、一瞬の間を要した。


「っておい!? うまいこといって、また俺の体を……!」

〈人格や精神には一切手をつかない。私を信じろ! それとも、魔法使いのモルモットの方がいいか?〉

「……」


 究極の選択を突きつけられ、俺は返答に窮した。

 侵略者インベーダーであるメオの言葉を信じてよいものか、俺には正直分からない。

 ただひとつはっきりしているのは――。

 今ここで何もしなければ、俺は確実に後悔するだろう。

 同じ後悔するなら、自分にできることを全部やった上で後悔した方がずっとマシだ。

 俺は腹をくくって答えた。


「分かった……協力する」


 そのとたん視界が暗転し、暗黒の中に意味不明の文字だか記号だかが字幕のごとく大量にスクロールされた。

 メオとは別の無機質な声が脳裏に響く。


〈ホストのゲノム書き換え完了。ホストと思念体の精神同調を確認。戦術級実体空間干渉兵器タクティクス・スキーマ・ウェポン『エレディクス』起動〉


 何だ? 何が始まった?


〈疑似物質装甲、インストール開始〉


 周囲に光り輝く多数のオーブが出現し、俺の体に張り付くや黒光りするパーツへと実体化していくイメージ。

 数十秒ほどの間に思えたが、現実にはコンマ1秒にも足りぬ一瞬の出来事だったらしい。

 再び視界が戻ると、警戒するようにこちらの様子をうかがうミノタウロスが、すぐ目の前にいた。

 起き上がった俺の全身は、今や闇のように黒い「鎧」に覆われていた。

 といっても重量や動きづらさはみじんも感じない。普段着を着ている感覚と、ほとんど変わらなかった。


〈起動は成功した。外観を確認するか?〉


 メオの声だ。

 いつの間にか現実の視界(ダンジョンの光景)に重なるようにして、あの少女ダミーボディを二頭身萌えキャラ化したような姿でフワフワ宙に浮いている。

 ダミーボディと違うのは、実体は存在せず「俺の目にだけ」見えているところだ。いま流行りのAR(拡張現実)ってやつか?

 続いて、現在の俺の姿――スキーマ・ウェポン「エレディクス」の外観も拡張現実映像となって浮かんだ。

 一言でいえば黒いフルプレートアーマーをまとった戦士である。

 ただ何というか、その……。


「すごく……悪役っぽい……」


 基本的なフォルムは逞しい人間型なのだが、ぎょろりと鋭く剥いた両眼、牙を思わせる頬当て部分、刃物のように尖った爪――何とも禍々しく凶暴そうなビジュアルである。


「何だよコレ? まるでこっちがモンスターじゃねーか!」

〈失礼な! 機能性はもちろん、敵に与える心理的恐怖まで計算してデザインされた、我がズローバ星の叡智の結晶だぞ〉

「あの、できればもっとヒーローっぽいやつを……」

〈贅沢いうな〉


 ブモォオオオオッ!!

 間近に迫った野太い咆哮で、俺ははっと我に返った。

 突然姿が変わった俺を「敵」と判断したのか、ミノタウロスが猛り狂って突進してきたのだ。

 全身から蒸気を噴き出しながら殴りつけてきた。

 だが効かない。

 さっきは車にはねられたような衝撃を受けた同じパンチが、今は子猫にじゃれつかれる程度にも感じられなかった。


〈時間が惜しい。さっさと片付けろ〉


 そういわれても、何をどうしていいのか分からない。


「こ、こうか?」


 再び繰り出されてきた敵のパンチを、とっさに右腕で払いのけたら――。

 ボキッ。丸太のような怪物の腕が、あっさり直角に折れ曲がった。


「うおっ!?」


 驚きつつも、俺は反撃のためジャブ気味にパンチを放つ。

 拳がヤツの顔に当たった。

 何か柔らかいものを殴ったような感触。

 敵の牛頭がグシャっと鈍い音を立て粉々に砕け散った。


「え? もう終わり?」


 石畳に大の字に倒れて絶命したミノタウロスの死骸は、体だけ見れば人間のため、まるで首なし死体だ。

 勝つには勝ったが、どうにも後味が悪い。


「別に、ここまでやるつもりはなかったんだが……」

〈パワーの無駄遣いだったな。慣れれば、おいおい調節できるようになる〉


 目の前に、ダンジョンのマップと思われる画像が浮かび上がった。


〈おかげでレーダーや各種センサー類も使えるようになった。最短コースを通ってさっさと地上に出よう〉

「なーんだ。こんな便利なものがあるなら、早く使えよ」

〈だから、さっき合体を完了しようと提案したろうが〉


 そういえば、そうか。

 メオは約束どおり俺の人格を残してくれたものの、肉体の方は今度こそこの侵略者インベーダーと完全に合体してしまったのだ。

 複雑な気分だ……。

 ともあれ、こんな陰気な場所に長居は無用。早く地上に出て、ゆっくり休める場所を捜そう。先のことは、それから考えればよい。

 気を取り直してマップを確認しようとした、そのとき。


「……誰かいる?」


 上下左右、壁の向こうも含めて周辺の状況を探るエレディクスのレーダーが、ひとつ上の階で複数の生き物の気配を察知していた。

 モンスターとおぼしき赤いマーカーが3つ。

 問題は、そのすぐ近くに「human(人間)」と表示された青いマーカーが4つあることだ。

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