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第2話

「君、お友だちと遊ばないの?」


 土手の中腹に座り、河原で遊ぶ同い年くらいの子どもたちをぼんやり眺めていた俺に、その人は話しかけていた。

 知らない女の子だ。今思えば12歳くらいだったろう。

 もっとも当時まだ5つの俺にとっては、充分年上の「お姉さん」だったが。


「いいの。どうせ戦隊ごっこで、わるものにされるから」

「どうして?」

「ぼくの名前、『あくと』だから……『あくとは悪党』なんだって」

「そうかなあ? いいお名前だと思うけど」


 そういいながら「彼女」は俺の隣に腰を下ろした。

 見知らぬ年上のお姉さんに話しかけられてちょっと驚いたものの、俺はそのまま彼女ととりとめのない会話を交わした。


「君は悪者のままでいいの?」

「ううん。ぼく、大きくなったら、ヒーローになりたい! ほんもののヒーローになってみんなを守るんだ!」

「ふふふ。なら、私が君に魔法をかけてあげる」

「まほう?」

「何を隠そう、お姉ちゃんは魔法使いなんだよ?」

「ウソだ~」

「ウソじゃないよ。君はいつかきっと本当のヒーローになれる。自分を信じ続けてさえいれば、ね」


 彼女はにっこり笑ったが、その目は真剣だった。

 だから俺も、何となくこの「お姉ちゃん」が本物の魔法使いじゃないかと信じ始めていた。

 それからどうしたかは、よく覚えていない。

 彼女に会ったのはその一度きり。

 結局名前は聞かなかったか、聞いても忘れてしまったのだろう。



 頬に当たる堅く冷たい感触で意識が戻った。


「……う~ん……?」


 元の地下道に戻ったかと思ったが、上体を起こして周囲を見回すと、また違う場所だった。

 まず床はコンクリートではなく、少し湿り気を帯びた石畳。視線を上げれば、同じく石材を積み上げた壁。

 そこは学校の教室ほどの広さの部屋だった。

 窓はなく、壁際にある燭台に数本の蝋燭が灯されている。一応照明はあるものの室内は薄暗く、辛うじて部屋の端まで見通せるくらいだ。


(石造りの部屋? ……これじゃ、まるで)

「おい」

「わぁっ!?」


 驚いて振り向くと、そこにはたったいま夢の中で会った「お姉ちゃん」が立っていた。


「あれ? 君は……」

「もう忘れたのか? メオだ」

「あ、そうだった」


 ようやく完全に目が覚めた。俺はズローバ星人の少女(もっともこの姿は一時的なダミーらしいが)に誘拐されて、ついさっきまで光に包まれた空間に拘束されていたのだった。


「あれからどうなったんだっけ……っていうか、君と無理やり合体させられたんじゃなかったか?」

「いや、まあそれはそうなんだが……」


 メオはなぜか気まずそうに視線をそらした。


「あのあと、少々おかしなことになってな。合体は50%ほどで停止した」

「何だ、そりゃ」

「記憶だけコピーして元の人格はリセットするつもりが、思いのほか精神的抵抗が強くてな……そのうえ、おまえを捕らえていた宇宙船のセンサーが周辺空間の歪みを検知して」

「リセットだぁ!? 人の人格をいったい何だと……いやそんなことよりここはどこだ? 君の宇宙船の中か?」

「いや、違う……私にも分からない」


 表情の変化に乏しいので分かりづらいが、彼女の顔には先ほどまでとは一変して戸惑いの色があった。

 宇宙人でさえ困惑させるような「何か」が起きたということだろうか?


「ほんの一瞬、意識が途切れたと思ったら……既にこの場所にいた。何か予期せぬ事態が起きて、私とおまえは空間転移した……としか説明しようがない」


 そうだ、今は身体が自由に動くようになってる!

 それに気づいた俺は急いで胸ポケットのスマホを取り出したが、GPSの位置情報はエラー。そしてスマホ自体も圏外だった。


「電波が圏外なのはともかく、GPSまで使用不能なんて……どうなってんだ?」


 とりあえず周囲の状況をもっとよく調べようとスマホのライトをオンにした俺の前に、メオが片手を突き出した。


「そんな貧弱な照明では役に立たん」


 少女の掌から強い光を放つ光球が浮き上がり、天井付近に停止すると電灯のように部屋の隅々まで照らし出した。


「わっすげー! 魔法みたいだ」

「魔法だと? そんな非合理なものではない。我々ズローバ星人が思念体に進化する過程で身につけた、意志の力で実体空間に干渉する能力……我々は『スキーマ』と呼んでいるが、そのひとつだ」


 うーん、俺から見れば魔法としか思えないけど。

 ともあれ、メオが生み出した光球のおかげで、部屋の内部をもっとよく観察できるようになった。

 思ったとおり、石壁に囲まれた広い部屋だ。一方の壁際には怪しげな祭壇らしきものが置かれ、石畳の床には白い塗料で「魔法陣」としか形容しようがない円形の紋様が大きく描かれている。

 それを目にして、俺の疑惑は確信へと変化した。


「間違いない……これは異世界召喚だ!」

「何だそれは?」

「知らないの? 異世界ファンタジーの定番だよ」

「いせかい?」

「細かい設定は作品ごとに違うけど……簡単にいえば地球そっくりで、でも地球とは別の世界。なるほどGPSが使えないわけだ、ここは地球じゃないんだからなぁ」

「並行宇宙みたいなものか? しかし、何だって我々がいきなりそんな場所に転移したんだ?」

「異世界召喚ってのはね、異世界の魔法使い……たいてい美少女なんだけど、その子が地球人の主人公を魔法で召喚するストーリーさ。主人公は彼女の頼みで魔王と戦ったり、その世界の危機を救ったりするわけだ」

「ばかばかしい。それは地球人が娯楽のために作ったフィクション、単なる作り話だろうが」


 非難と軽蔑の入り交じった冷ややかな面持ちで、メオが俺を睨みつけた。


「いやいやフィクションだって馬鹿に出来ないよ? ほら、昔からよくあるじゃないか、SFや漫画の内容が現実になるって。たとえばこのスマホだって、昔の人が見たらSF漫画のアイテムとしか思わないだろうし」

「だからといって魔法使いだの異世界だのと……荒唐無稽に過ぎる」

「それをいうなら、学校帰りに宇宙人にアブダクションされるのだって、世間的には充分荒唐無稽だと思うけど……」

「百歩譲っておまえの仮説が本当だとしよう。ならば我々をここに『召喚』した魔法使いとやらがいるはずだな? そいつはどこにいる!?」


 言い争う俺たちの言葉を遮るかのように、甲高い笑い声が石室に響き渡った。


 見れば石壁の一部がスライドして開き(つまりそこが出入り口だったわけだ)、細身の人影が室内に踏み込んでくる。

 漆黒のマントを羽織った若い女。年齢は俺より少し上で18、9歳くらいか。

 マントの下はやはり黒のワンピースドレス。

 赤みがかった髪を長く伸ばした、かなりの美人だ。

 片手には大きな飾りのついた錫杖を握っている。


「っしゃあ! 魔法使いの美少女キターッ!!」

「まさか……」


 ドヤ顔でサムズアップを決める俺に対し、メオは口を半開きにしたまま呆れ顔で黒衣の女を凝視した。

 女の唇が動き――。


「duOalh@hGIbLR$RK……WeRH&Ia$qtNBfus%uEcy%DEh」


 俺には全く理解できない言語で二言三言、呟いた。

 そして部屋を照らす光球(メオがスキーマで生み出したものだ)を見上げ、怪訝そうに顔をしかめた。


「@xCyLWKbCAvH*UDNT! k@BUDSZdUb@y%+l!?」


 今度は俺たちに向かって話しかけてきた。問い詰めるような口調や表情から考えて、どうやら「おまえたちも魔法使いか?」と聞かれているらしい。


「……貴様、何者だ?」


 ほとんどけんか腰で一歩踏み出そうとしたメオを、俺は素早く制止した。


「大丈夫だ、彼女はきっと味方だよ」

「なぜそう言い切れる?」

「言葉さえ通じれば、俺が何とか交渉してみるんだけどなあ」

「分かった、翻訳スキーマを使ってみよう。脳の構造が似たようなヒューマノイド(人型生命体)なら……たぶん日本語に翻訳できるはずだ」


 言葉の方はメオが何とかしてくれそうなので、俺は魔法使いに向き直り、軽く頭を下げた。


「はじめまして。俺、地球の日本って国から来た宇津野亜久斗うつの・あくと。この子はメオっていいます。どうぞよろしく!」

「あらご丁寧に。あたしはデモニカ……まあ別に覚えなくていいけどね」


 よし、通じた!


「さっそくだけど、デモニカさんってこの世界の魔法使いですよね? 俺たちを魔法で召喚したのもあなたでしょう」


 女はきょとんとした顔で二、三度まばたきした。


「やけに察しがいいわねぇ……もっと動転して言葉も出ないかと思ってたけど。まあそっちも同じ魔法使いらしいから、話が早くて助かるわぁ」

「それで、俺たちに何のご用です? やっぱり魔王討伐とか、ドラゴン退治とか……とにかくこの世界が大ピンチなんでしょ?」

「はぁ? 何いってんのアンタ」


 何がおかしいのか、デモニカは黒手袋をはめた手を口許に当てクスクス笑った。

 うーむ。「魔法使い」「美少女」までは予想通りだったけど、俺が期待していたキャラと何か違うな……。


「逆よ。アンタたちはこれからあたしが用意した魔獣と合体して、新型の魔獣兵になるの。我が主、偉大な魔王ゼオバルド様の配下として奉仕するためにね!」


 手にした錫杖を俺たちの方へビシっと突きつけ、彼女は何やら芝居がかったポーズで告げた。

 ヤバい。「召喚した相手が敵キャラ」というケースは想定してなかった。それに性格もかなりアレっぽいし……。


「おい、どうなってる? この女は味方じゃないのか?」


 俺は一歩下がり、そっとメオに耳打ちした。


「……ごめん。この人悪役系だった……しかもいきなり魔王の部下だなんて無理ゲーすぎる」

「代われ」


 俺と入れ替わるように前に出たメオが、デモニカに向き合った。


「いま『魔獣と合体』とかいったな? そんな目的でわざわざ地球から我々を召喚したのか? この世界にも人間がいるなら、それで用が足りるだろうに」

「答える義理はない……と言いたいところだけど、まあ哀れな生け贄にも己の運命を知る権利くらいはあるわよねぇ」


 見た目は自分より幼いメオを露骨に馬鹿にした態度で、デモニカは紅い唇を舌先で嘗めた。


「この世界に住む人間どもは全員生まれながらにして『神の祝福』って厄介なのを受けててねぇ。殺したり食ったりするのは簡単だけど、魔法で魔獣化させたり魔獣と合体させたり……つまり命そのものを魔法で操作することはできないのよ。まあ死体をゾンビ化させるのは可能だけど、それじゃザコ戦力にしかならないしね」

「それで異世界の人間を……なるほど」

「といっても、まだ仮説の段階だけどね。実際に召喚したのはアンタら二人が初めてだから、色々と実験させてもらうわよぉ~。ウフフ」

「いや。申し訳ないがこの少年にはもう『先約』が入っていてな。肉体であれ精神であれ、勝手にいじられると困るのだ。というわけで、その実験とやらは他をあたってくれ」

「あら、逆らうつもり?」

「そちらの世界の事情など知ったことではない。私は地球上において母星で受けた重要任務を遂行中なのだ。さあ速やかに我々を元の世界へ戻せ。それでこの件は不問としてやる」

「お嬢ちゃん、まだ自分の立場がよく分かってないのねぇ」


 デモニカが妖しく微笑んだ。何を思ったか、俺たちに道を譲るように壁際に飛び退き、早口で呪文らしき文句を唱える。


 扉の向こう、やはり石造りの廊下から、黒い影が2つ近づいてくる。

 それは幅広の半月刀を構えた、2体の骸骨だった。


「スケルトン!? すげーっ、CGでも人形アニメでもない、生のスケルトンだ! 初めて見た!」

「骨格だけで生きてる? 何だ、あの非常識な生き物は」

「アンデッド系の定番モンスターだよ。墓場や戦場から盗んだ人間の骨を魔法で動かしてるんだろうな」


 俺の解説を聞いてもメオは納得できない様子。


「それなら人間の兵士を雇えばよいだろう? わざわざ手間暇かけて骨格を遠隔操作する意味があるのか?」

「さあ……見かけはああでも、モンスターなんだし。人間の兵士よりは強いんじゃないか?」

 その間にもゆっくり近づいてくるスケルトンたちを、俺は改めて凝視した。

 骨格だけで身の丈180cm以上ありそうだ。生前はさぞ屈強の大男だったんだろう。RPGなんかじゃモブ敵といえ、こうして実際に向き合うと結構な威圧感である。


「とにかく、あんなゲテモノと遊んでいる暇はない!」


 メオが両手を上げると、掌の上に再びまばゆい光の球が生じた。2つの光球は少女の手を離れるなりそれぞれ別のスケルトンへ向かって飛んでいく。

 同じ光球でも、さっき作ったのが照明用なら今度は明らかに攻撃魔法――いやズローバ星人の言葉でいえば「スキーマ」だったか。

 光球が至近距離からスケルトンのあばら骨に命中、派手な爆音と共に石室が地震のように揺れ、部屋の中を白煙が包んだ。

 俺は慌てて顔を伏せ、掌で口と鼻を覆った。天井から細かい石片がバラバラと落ち、部屋全体が崩れるんじゃないかと心配になる。

 やがて煙が晴れたとき、石畳の上には粉々に打ち砕かれたスケルトン達の残骸が転がって……と思ったのもつかの間、散らばった骨片は生き物のごとく寄り集まり、たちまち元の骸骨兵士へと再生していった。


「ホホホ! スケルトンの再生能力も知らないなんて不勉強なのねぇ、チキュウの魔法使いって」


 デモニカが哄笑する。

 あのモンスターはこちらの世界でも「スケルトン」と呼ばれているようだ。もっともこれはメオのスキーマで翻訳される際に「現代の日本人が理解しやすい単語」として置き換えられているのかもしれないが。


「どういうことだ?」

「アンデッドだけに物理攻撃への耐性が高いんだ。ゲームだと聖水とか神聖系の魔法が効いてたけど……」

「どちらにせよ、いま手元になければ意味がない。次はもっと威力を上げて……いやそれでは天井が崩れるか」


 わずかに思案し、再びメオが光球を放つ。ただし今度の標的は、出入り口と俺たちの間をふさぐ位置にいた1体のみ。

 威力も最初に撃ったものより低く、命中した骸骨兵を射線上からはじき飛ばす程度だった。

 宇宙人の少女が俺の右手を強くひっぱる。


「逃げるぞ、亜久斗! とりあえずこの建物から脱出する!」

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