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第1話

 ふと気づいたとき、俺は白一色のまばゆい光の中に浮かんでいた。


(え? え? ここはどこ?)


 慌てて手足を動かそうともがくが動かない。いわゆる金縛り状態というやつだ。


(何だってこんなトコに……俺、今まで何してたんだっけ?)


 気を落ち着けようと深呼吸し、今日一日どう過ごしていたかを思い出す。朝はいつもの通り登校し、授業を受け、放課後は友だちとゲーセンに寄って……。


 それから?


 そうそう。つい時間を忘れてゲームにのめり込んでしまい、ゲーセンを出た頃にはすっかり日が暮れていた。あまり遅くなると母さんに叱られると思い、近道となる線路下の地下道を通り抜けて家に帰ろうとした……。


 と、ここまでは思い出すことができた。

 ちなみに俺の家の近くにある線路には踏み切りがなく、代わりに30mほどの地下通路をくぐって横断できるようになっている。夜になると人気もないコンクリートの通路を切れかけた蛍光灯が照らす、何だか薄気味悪い場所だ。


(思い出した! 地下道に降りたところでいきなり目の前が明るくなって、あまりまぶしくて目をつむって……それから?)


「気分はどうだ? もう意識ははっきりしているのだろう」


 正面からかけられた言葉に驚いて顔を上げると。

 いつの間に現れたのか、俺の目の前には見覚えのない少女がいた。

 年齢は12歳くらい。ストレートの黒髪を背中まで下ろし、人形のように顔立ちの整った女の子だ。

 歳に似合わぬ強い意志を湛えたつぶらな瞳が、正面から値踏みするように俺を見つめている。彼女の身長は俺より頭ひとつ分くらい低いから、つまり俺と目線が合う位置に「浮かんで」いるということになる。


「君、だれ?」

「我が名はメオ。この惑星の外から来た……おまえたち地球人の言葉を借りれば宇宙人ということになる」

「宇宙……人?」

「宇宙人、異星人、エイリアン……まあ好きに呼ぶがいい」

「うわっやっぱり! ガチで宇宙人かよ!?」

「……やけに素直に受け入れたな」


「メオ」と名乗る少女はやや意外そうに小首をかしげた。


「『ウソをつけ』とか『信じられない』とか、もっと反論されるかと思ったが」

「だってさ~、このシチュエーションって、どう考えてもエイリアン・アブダクションじゃん」


 いきなり非日常な事件に巻き込まれてちょっとハイテンション気味の俺は、金縛り状態の中で唯一自由になる口を動かし、いぶかしげなメオにうわずった声で説明した。


「それに、君のその服装……現実の世界でそんな格好する女の子なんて、コスプレイヤーか宇宙人以外あり得ないだろ?」


 そのときメオが着ていたのはその年頃の女の子が着るようなティーンズファッションではなく、細身の身体にぴったりフィットした薄手の全身スーツであった。色は青っぽい。レオタードやウェットスーツのようにも見えるが、その生地は布でもゴムでもビニールでもない、すべすべして柔らかそうな素材でできている。

 要するにSFアニメのヒロインがよく着てるアレだ。


「人間のコスプレイヤーは通りすがりの高校生を誘拐したりはしないから……つまり君は宇宙人! いや? よく考えれば宇宙人を騙った未来人か異次元人って可能性も……」

「そういうややこしい可能性までいちいち検討しなくともよい」


 メオは頭痛を堪えるかのように指先でこめかみを押さえた。


「まったく……おまえがいい年こいてアニメや漫画や特撮、ネットゲームなんかにうつつを抜かすオタク野郎というデータは本当だったな」

「ひでえ、オタク差別だ! ……って、何でそんなこと知ってるの?」

「おまえのことは色々と調べさせてもらった。宇津野亜久斗うつの・あくと、16歳男性。県立匠南高校1年B組に在籍――」


 メオは続けて俺の生年月日や住所や両親の名前、スマホ番号にメアドに果てはマイナンバーまで、各種個人情報を淡々と告げた。


「――特定の部活動には所属せず、授業が終わればまっすぐ帰宅。今日は遅かったがどうせゲーセンだろう?」

「ど、どうやってそこまで調べたんだ!?」

「ふっ。我々のテクノロジーをもってすれば地球人の原始的な情報ネットワークに侵入することなど造作もない。何ならおまえのパソコンのハードディスク内に大量に保存されていた恥ずかしい画像コレクションも見せてやろうか?」

「わわっ、それだけはやめて!」

「ともあれ自分の置かれた状況は理解できているようだな。いちいち説明する手間が省けていいことだ。では本題に入ろうか」

「で……その宇宙人が俺に何の用? こういうとき狙われるのって科学者とか政府の偉い人だろ? いっちゃ何だけど俺の父さんは普通のサラリーマンで、俺自身も有名人でも何でもない一介の高校生だけど」

「おまえの現在の社会的ステータスはさほど重要ではない。我々ズローバ星人は進化の過程で肉体を捨てた思念生命体。老いも病も知らぬ事実上不老不死の生物だが、この状態のままでは色々と不便なことも多くてな」


「ズローバ」というのが彼女の母星の名前らしい。とはいえ、外見上は地球人の女の子と全く見分けがつかないのだが。


「でも君、肉体あるじゃない。人間の女の子そっくりに見えるけど」

「本来の我々に性別は存在しない。この姿は疑似物質粒子で一時的に構成したダミーボディ……まあ『質量のある立体映像』とでも思え」

「へえ、器用だなあ。さすがは宇宙人」

「ちなみにモデルはさっきおまえの記憶をサーチして拾った地球人の娘だ」

「俺の記憶? いやそんな女の子知らないよ」


 それを聞いたメオは細い眉を微かにひそめた。


「おかしいな? てっきり知り合いかと思ったぞ。おまえだって顔見知りの相手の方がコミュニケーションを取りやすいだろうが」

「だって俺に妹はいないし、かといって親戚の子や友だちの妹、小中学校の同窓生でもなさそうだし……だいいち!」

「だいいち?」

「俺、別にロリ趣味とかないけど、君みたいな可愛い子に会ったなら忘れるはずないって!」

「どうでもいいわっ! ……まあこんな小娘の姿を借りるのも、あとわずかのことだがな。フフフ」


 そういって意味ありげな含み笑いを浮かべるメオ。

 ……何だか嫌な予感がしてきた。


「それより続きだ。実体空間で活動するために我々は別の生物の肉体を借りる。そうだな……地球人の言葉でいえばさしずめ『ホスト』というところか」

「そ、それ知ってるっ! 前にSF漫画で読んだから……地球で暮らすために人間の体に寄生するってアレだろ?」

「おい。私の前で『寄生』という言葉を使うな」


 何か気に障ったのか、突然メオは怒りの形相に変わった。


「二度目はいわん……殺すぞ」


 あどけない顔に似合わぬ鋭い眼光に、俺は鳥肌が立つような思いを味わった。

 正直びびった。今まで相手が年下の女の子の姿を取っていたのでさほど脅威に感じなかったが、その正体はあくまで宇宙人なのだ。下手に怒らせたら何をされるか分かったもんじゃない。


「ご、ごめん……じゃあ何ていえばいい?」

「なら『合体』とでもしておこうか。私は地球に派遣されて以来、この惑星のあらゆる生物を調べてきたが、発達した大脳や道具を操る器用さ、そして環境への適応性の高さなどから人間こそが最高のホストになり得るという結論に達したのだ」

「何のためにわざわざ地球まで来たの?」

「決まってる。この星を侵略するためだ」


 あっさり怖いこといったよ!

 そういや「ズローバ星人」って、名前からしていかにも悪そうだし。


「ただし野蛮な行為は嫌いだ。武力の行使はできる限り最小限にとどめ、穏やかにことを進めたい。そのためには地球人の文明や社会についてじっくり腰を据えて調査する必要がある」

「その地球侵略って、いつ始まるんだ?」

「事前調査が完全に終了するのに、地球時間にしてあと300年はかかるだろうな」

「気の長い話だね……」

「不老不死の我々にとっては、さして長い時間ではない」


 ズローバ星人という連中はおそろしく慎重な性格なのか、でなけりゃ死ぬほど暇をもてあましてる種族なんだろうなあ。


「これより調査は第2段階に入る。すなわち地球人の心理や文化をより深く理解するため、実際に人間と合体し社会の一員として生活する必要が――」

「あの……俺をさらった理由って、やっぱり俺の体を」

「察しがいいな。合体といっても人間なら誰でもいいわけではない。これまで採取した地球人1万人分のDNAを分析した結果、私の思念体と最も相性が良いのは亜久斗よ、おまえの体と判明したのだ」

「ちょっと待て! 君に合体されたら俺はどうなるんだよ?」

「別におまえの人格まで奪う気はない。普段は無意識下に潜伏、必要に応じてたまに肉体を使わせてもらうだけ……おまえは人間の高校生として、今まで通りの生活を続けていればよいのだ。何も問題なかろう?」

「そういわれてもなあ……」


 どうやら殺されたり食われたりする心配はなさそうだが、いくら遠い未来といっても侵略目的の宇宙人に体を貸すのには抵抗がある。

 それに相手が宇宙人であっても、思春期男子の私生活を毎日24時間他人に覗かれるというのはいかがなものか?

 どういって断ろうかとあれこれ考える俺の様子を、メオは数秒間しげしげと見つめていたが、やがて腕組みし、ふっと軽いため息をもらした。


「ふむ、これは予想通りの反応だな……やはり拒絶するか」

「あっ分かる? あのさ、せっかくだけど、この話は別の誰かに……」

「出来れば穏便に同意の上で協力を取り付けたかったが……やむ得ん、強制合体だ」

「えっ!? ちょっ待っ」


 目の前に浮かんでいた少女の姿が、一瞬で消え去る。

 次の瞬間、俺は急激な眠気に見舞われた。


「安心しろ。体は傷つけないし苦痛もない」

「安心できるかーっ!! いやホントに待って! 俺の話も聞い……て……」


 何とか言葉になったのはそこまでだった。

 ネトゲで徹夜した翌日の授業中のごとく襲ってくる強烈な睡魔にあらがえず、俺の意識は心地よい眠りの中に墜ちていった……。

第1話お読み頂きありがとうございました。次回より異世界が舞台となります!

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