逃走-1- 《ロゼリィア・エミリア》
どれくらい走っただろうか。
出口はまだ見えない。
けど出口なんて無い方が良いのかもしれない。
この深い森だからこそ
逃げられる。
逃げ続けることが出来る。
しかし
それでは意味がない。
どうにかして追っ手を巻き
大陸を出なければならない。
身体は渇き、足の繊維はボロボロに切れていた
体の端の感覚はほとんど無かった。
既に2時間以上追っ手から逃げ続けていた。
街を出た時、空は鮮やかな紅色に染まっていた。
今はどっぷりと日が沈み、周りの木々と相まって、辺りは深淵の闇に包まれていた。
この闇にも感謝しなければならない。
相手は皇国の特殊部隊だ
2時間以上も撒いてられるのはほとんど奇跡に近いだろう。
乾季のおかげなのか、足跡も残らずにここまで来れている。
だか問題もあった。
段々目が開くなってきている。
頭蓋骨の両端が、ドクドクと痛む。
口の中の水分がネチャネチャと
粘着質なものに変わっていく。
身体が乾いていた。
明らかに、いつもの体調ではなかった。
おそらく、脱水症状だろう。
皇国の連中は私を確実に追い詰め、距離を縮めていた。
このままでは時間の問題だろう
『捕まってはならない…!』
今、私がここに居るのは名前も知らない何人もの仲間の犠牲のおかげだ。
彼らのためにも、なんとかして祖国に
『コレ』をとどけなければなれない。
森を抜けたその先に、港がある
海にさえ出てしまてばどうとでもなる。
私は無い体力を振り絞り
走る速度をさらに上げた。
ーガサ
近くの茂みから音が聞こえた。
僅かだが右耳で感じた音の方が大きかった。
動物ではない
人の気配だった。
すぐさま身体を左側に切り、走り去る体制に入った
が
向こうのが一枚上手だった
草の茂みから私の気配を察知し、猛烈に近づいてきた。
すぐさま私の目の前に
追っ手が立ち塞がった。
『逃げられない…!』
敵は一人、男性のようだ
暗くてよく見えないがエモノは刃渡30センチ程の短剣。闇に溶け込みやすいように黒い服を纏っている。
腰を落とし低めに構え、いつでも攻撃を繰り出せる態勢になっていた。
『やるしかない!』
私は腰のナイフに手を伸ばした
しかし
私がナイフを掴むよりも早く
敵がこちらにめがけて、短剣を繰り出した。
驚きはしたが、
私はまだ思った以上に冷静だったみたいだ。
『避けれる…!』
剣を引き抜くために仰け反っていたのが功を奏した
眉間にめがけて飛んできた刃を
足を半歩前に出すことで態勢を下げ、ギリギリのところで回避する。
短剣が顔上を掠めていった
私はナイフを取るのを止め
相手の伸ばしきった右腕を、両手で掴む。
私が右腕を掴んだ瞬間、敵の身体が強張ったのが分かった。
きっと私が攻撃を避け、反撃に打って出たことに驚いたのだろう。
このスキを逃すわけにはいかない。
敵は、剣を突き出し、前のめりになっているため、非常にバランスが悪い。
女の私でも充分に投げ飛ばせるだろう。
後ろ側の足である、左足を軸に身体を左回りに勢い良く捻っていく。
下半身の動きに上半身がつられていく。
身をかがめ、相手の体重を利用し、頭の上から地面にめがけて
思いっきり腕を振り抜いた。
振り抜く瞬間、腕や足が悲鳴をあげているのがわかり、顔をしかめる。
敵の体は宙に浮かび
弧を描くように地面へと頭から叩きつけられる。
叩きつけられた瞬間、男が嗚咽を上げた
そして、その衝撃が全て私に伝わり切る前に
手を離し、その場を離れようとした
もう一度、相手が立ち上がってくるかもしれないからだ。
しかし、打ち所が悪かったのか首が良くない方向に曲がっていた。
表情までは確認出来ないが
おそらく、起き上がれないだろう。
仰向けに寝転がっている敵を一瞥し、
私は再び深い森の中を前進する。
今の攻防の音を聞きつけ、あたりの人間が近づいてくるかもしれない。
早く移動しなくてはならなかった。
走っていると
木の枝や草が私を引っ掻き
生傷が増えていくのが、分かった。
獣の鳴き声や虫の羽音、様々な音が耳に届いてくる。
先程の集中のおかげか頭は冷え
考えは冷静になっていた。
しかし、そのせいか、自分の身体が傷つき、いたんでいるのかも分かった。自然と顔が引きつってくる。
「あっ!」
足元のアーチ状の大きな根っこに引っかかり
前のめりに乾いた土の上に倒れてしまう
先程までの集中はいったいなんだったのか
こんなところで転んでしまう自分が
恥ずかしかった。
倒れた衝撃で首から円柱状の筒が
キンと音を立てて地面に転がっていく。
手を伸ばし、拾おうとするが
届かない。
立ち上がり、再び筒を拾おうとする
が
ズキンと立ち上がる瞬間に膝が軋むような感覚を覚えた。
転んだせいなのか、それともぶっ通しで走り続けたせいなのか
右膝が赤く腫れあがっていた。
キリキリと痛み、今までのようには動けない。
どっちにしろ、このままでは捕まるのが目に見えている。
身を隠し、体力の回復を待つほうが賢明かもしれない。
円柱状の筒を拾い、再び歩き始めた。
まず隠れる場所を探そう。
森を出て、空き家か洞窟で息を潜めていよう。
体力も限界に近い。
右足を引きずりながらゆっくりと慎重に移動していると
もうすぐ森が終わるのが分かった。
太い木々の幹の間から森の外に出れた。
一歩二歩と森から離れていく。
港まではまだ距離があるが
森さえ越えてしまえばあとはただの一本道だ。
森の外は、中とは違い月明かりでほんのりと明るかった。
ほうっと…一呼吸して、息を整えた。
月は三日月だった。
辺りには光源がないせいか
いつもより月は輝いていた。
その周りには綺麗な星空が広がっていた。
『あと、少しだ…そこまで行けば、私の役目も終わる』
ピーッッ!
甲高い笛の音が鳴り響く。
「いたぞー!」
ブワッと身体中の鳥肌が立つのが分かった。
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