「お護りモンスター」<エンドリア物語外伝47>
「お護りモンスターですか?」
「見たことないのか?」
リュウさんがオレに聞いた。
リュウさんはアロ通りにある老舗の古魔法道具店で働いている。まだ、30歳だが店主のロイドさんがいないときには店を任されるほどの知識豊富な土系の魔術師だ。
「ないです」
「そうか。まあ、ニダウは魔術師が少ないからな」
「使い魔みたいなものですか?」
「違う。魔法生物なんだが……おっ、時間だ。そろそろ帰らないと」
「わざわざすみません」
「午後に来るそうだ。よかったら、見に来いよ」
「買えるかわかりませんが、顔は出させてもらいます」
リュウさんが店を出ていくのと入れ違いに、納戸にいたシュデルが店に戻ってきた。
「シュデル、お護りモンスターを知っているか?」
「知っています」
「どんなモンスターなんだ?」
「知っていますが、見たことはありません。知識だけになりますが、それでよろしいですか?」
「頼む」
オレがシュデルに聞いたタイミングで、ムーが店に帰ってきた。
「ちょうど、よかったです。ムーさん、店長にお護りモンスターのことを教えてあげてくれますか?」
「ほよしゅ?」
「お護りモンスター、グルータイプモンスターのことです」
「グルーしゅ?なしてしゅ?」
「そう言えば、理由を聞いていませんでした」
ムーとシュデルが、オレを見た。
「今日の午後、ロイドさんの店にお護りモンスター売りが来るそうだ。一匹買わないかと言われた」
「すごいです!お護りモンスターを買われるんですね!」
「まだ決めていない」
「店長にはぜひ一匹つけておいた方がいいです」
「一匹ってことは、やっぱりモンスターなんだよな?」
ムーが商品の子供用椅子のに座った。
「グルータイプモンスターは使用者の身体のどこかにつけるタイプの魔法生物しゅ。入れ墨みたいなもんしゅ」
「入れ墨?タトゥーってことは、皮膚の下にモンスターが入いりこむのか?」
「肌に張りついているだけしゅ。使用者が危なくなるとモンスターが助けてくれるしゅ」
「1回だけか?魔力は必要ないのか?」
「モンスターによるしゅ。グルータイプモンスターが安いのは、卵から何が出てくるのがわからないからしゅ」
「卵?」
「材料と製法は決まってるしゅ。それを魔法で作った卵にいれて3~5年熟成させるしゅ。使用者が1時間ほど手で卵を暖めると卵が割れて、モンスターが出てくるしゅ」
「人を襲うモンスターとかでてこないのか?」
「出てくるモンスターは決まっていて30種類のうちのどれかしゅ。大当たりのモンスターなら何年も張り付いて何度も助けてくれるしゅ。外れだと一回も助けてくれないで消えちゃうしゅ」
「クジみたいな卵だな」
「でも、店長、当たりなら、ずっと店長を助けてくれますよ。値段も安いですから、1個買ってみてはいかがでしょう?」
「いくらくらいするんだ?」
「相場は金貨5枚です」
「いらない」
「一度も使えないような大外れは滅多にないそうです。2、3回は助けてくれるみたいですから、買っておいたほうがいいです」
「金貨5枚だぞ、5枚。その金があったら、オレは肉を買う」
「店長…………」
「絶対に買わないからな」
「兄ちゃん、どれにする?」
買わないと宣言したが、見ると欲しくなった。
ロイドさんの店先に並べられたモンスターの卵は、光沢があったり、キラキラと輝いていたりで、人目を引く。
桃海亭を出るときシュデルが『買うことをお勧めします』と言って渡してくれた金貨5枚もある。
「中身はわからないですよね?」
赤いバンダナを額に巻いた卵売りが笑った。
「そいつは、かえってからのお楽しみってやつさ」
まだ若く、20代前半に見える。
明るい口調で感じは良いが、卵を扱う手つきが、乱暴なのが気になる。
「そこの卵はどうかしたんですか?」
ひとつだけ、箱の隅に置かれた卵。
他の卵が輝くような白さなのに、灰色でくすんでいて泥を拭いた後がある。
「落としちまったんだよ。それで泥で汚れてさ。こいつなら安くしておくぜ」
「いくらです?」
「金貨1枚でどうだ?」
手の取ってみた。
ヒビはない。ムーの魔法生物を何度も見ているが、丈夫で簡単には消えない。
「こいつで」
「あいよ」
麻の荒い布目の袋に入れて渡してくれた。
「買ったのか?」
店から出てきたリュウさんが、オレの手にある布袋を見た。
「見たら欲しくなって」
「今日はこいつが売っているが、お護りモンスター売りはこいつの親父さんなんだ。年に1回くるから、良かったら買ってやってくれ」
代理で卵の扱いに慣れていなかったらしい。
「警備隊の詰め所に用事があるんだ。途中まで一緒に行かないか」
誘われて、一緒に歩き出した。
「そういえば」と、リュウさんがオレを見た。
「ハニマンさんはいつ帰ってくるんだ?」
恐ろしい名前をサラリと言った。
「故郷に戻ったとは聞いているけれど、ハニマンさんのことだから、またすぐ来るんだろ?」
すぐに返事ができなかった。
リュウさんがハニマン爺さんのことをどこまで知っているのかわからない。キケール商店街を飄々と歩いていた陽気な爺さんだが、正体は東の大帝国リュンハ帝国の前皇帝だ。
「オレにとって、チェスの好敵手、いや、本当は師匠と呼びたいくらいなんだ。爺さんと打つチェスは楽しいんだ。まもなく、爺さんの好きなルタの果実の季節だろ。暑いくらいの陽射しを浴びながら、爺さんとルタをかじりながら打ったら最高だろな」
夢を語る30歳土系魔術師性別男が、ニダウのチェスチャンピオンだったことを思い出した。
「ハニマンさんから連絡はないのか?」
爺さん、リュウさんから本気で慕われているらしい。
「今は、ちょっと難しいかもしれません」
魔法協会からの裏情報で、爺さんの現状は聞いている。
逃げ出さないよう厳重な監視下のもと、たまった大量の仕事をやらされているらしい。
「そうか、早く来ないかなあ」
ルタの旬は来月だ。厳重な監視をブッチギって切って現れる、ということは、ないと思いたい。
警備隊の詰め所の前で別れて、桃海亭に戻った。
「買われたのですね」
シュデルがうれしそうだ。
「おつり」
金貨4枚渡した。
シュデルが不思議そうだ。
「金貨1枚で買えたのですか?」
「落として汚れた卵を買ったら、安くしてくれた」
「落とした?割れなかったのですか?」
「ヒビはなかった」
袋から取り出した。
買ったときと同じで、灰色でくすんでいる。手に持って回してみたが、ヒビは見あたらない。
「店長、暖めましょう」
シュデルの目がキラキラしている。
「1時間も暖めるんだろ」
「どうせ、店は暇です。食堂でお茶でも飲みながら、暖めてください」
客はひとりもいない。店をシュデルに任せて、オレは食堂に入り、椅子に座って両手で卵を包み込んだ。
モゾッと卵が動いた。
まだ、1秒だ。
「気のせい、気のせい」
これで、かえったらオカルトだ。
パリン。
「わっ!」
「どうしました!」
店からシュデルが飛んできた。
割れた卵。
卵の中にある物を見て、オレもシュデルも目を見張った。
「どういうことだ?」
「さすが、店長です」
「どういう意味だよ?」
「他の人ではこうはならないと思います」
割れた卵が出てきたのは、卵。
一回り小さい深紅の卵が転がり出てきた。
「どうするんだ?」
「暖めてください」
「大丈夫なのか?」
「大丈夫です」
「『大丈夫』の根拠はあるんだろうな?」
「店長ですから」
「根拠になってないだろ」
シュデルのキラキラした目に押されて、もう一度包み込んだ。
「次も卵だったら、オレは暖めないぞ」
「わかりました。その時はムーさんの布団に入れてください」
包み込んで、すぐに卵が動いた。
手を少し開いて、のぞきこんだ。
ユラユラと深紅の卵が揺れている。
「また、割れそうですか?」
「動いてはいる」
ユラユラと動いた卵は、オレの左の手のひらにピタリと張り付いた。
「なんか、変だ」
「卵はどうなったんですか?」
手を開いた。
卵は左の手のひらに、食い込んでいた。
「なんだよ、これ!」
手を振っても落ちない。
「ちょっと、引っ張ってくれ」
シュデルがでている部分を引っ張ってくれたが、卵はどんどんオレの手のひらに潜り込んでくる。見る間にオレの左手のひらの中に消えていった。
「卵が……」
「店長、痣が」
手のひらに赤い楕円の線が浮かび上がってきた。
「これです。これが、グルーモンスターがついた証拠。お護りモンスターが店長についたんです」
「これだとお護りモンスターじゃなくて、お護り卵だぞ」
「些細なことです。気にしなくて大丈夫です」
卵が入ったところも、線が浮かび上がったところも痛くもカユくもない。
「あとでムーに聞くか」
「それが良いと思います」
場所は左の手のひら。痛くもカユくもなかったので、オレはそのまま放置した。
「ムー、ちょっと見てくれ」
翌朝、寝ぼけながらスープを飲んでいるムーの前に、手のひらを広げた。
「お護りモンスターの卵の中から卵が出た…………あれ?」
楕円形の線は変わらないが、線の内側に点が2つある。
ムーがオレの手のひらに顔を近づけた。
「…………魔法生物しゅ。ここに目があるしゅ」
ムーの短い指が、点を指した。
卵に見えたが、お護りモンスターの形状らしい。
「こいつはどんなモンスターなんだ?」
「とっても珍しいお護りモンスターしゅ。物理攻撃だけじゃなく、特殊な攻撃からも護ってくれるしゅ」
「すごいな。当たりのモンスターだよな?」
「ちょい、違うしゅ」
「外れか?」
「大当たりの大外れしゅ」
眠そうな顔をスープにつっこんだ。
ズズズッーーーー。
「おい、どっちなんだ?」
スープをすすり終わると、顔をテーブルクロスで拭いた。
「24時間で消えるしゅ」
「24時間しかもたないのか?」
眠そうな顔でうなずくと、部屋に戻っていった。
入れ違いに、シュデルが食堂に入ってきた。
「いま、ムーさんが………あっ!」
「どうかしたのか?」
「テーブルクロスで顔をふきましたね」
「オレじゃないぞ」
「わかっています。最近のムーさんのトレンドらしく、僕がやめて欲しいと頼んでいるのに『朝ご飯が楽に食べられて、顔も洗えるしゅ』とやめてくれないんです」
シュデルの全身から怒りのオーラが見える。
金貨1枚で、24時間。
いま、シュデルに話すと『さすが店長です。見事に外れを引き当てますね』とか言われそうだ。
あとで話せばいいかと店に移動したオレは、飛び込んできた人影にぶつかりそうになった。
「ムー・ペトリを連れてこい」
いきなり怒鳴ったのは、魔法協会災害対策室長のガレス・スモールウッドさん。
「一秒をあらそう事態だ。すぐに連れてくるんだ」
切羽詰まった顔をしている。
軽口をたたいている状況じゃなさそうだ。
オレは2段飛ばしで階段を駆け上り、ムーの部屋の扉を開いた。
また、寝ている。
床に広げた布団に、腹を出して爆睡している。
「起きろ!」
怒鳴りながら、襟首をつかまえて廊下に投げた。
「ふぎゅぅー!」
廊下の壁に尻から激突。
オレはムーを投げたと同時に、廊下に飛び出した。
酸っぱい臭いと焼ける臭いが広がった。
オレのいた場所にドロドロの黒い粘液が広がっていて、そこから、濃緑色の煙が立ち上っている。液を吐いたのは本棚の間にいる蜘蛛に似た魔法生物だろう。
「ほら、行くぞ」
ムーを小脇に抱えて、階段を2段飛ばしで降りた。
「お待たせしました」
スモールウッドさんの前にムーを置いた。
ムーは半分寝ているようで、身体がグンニャリしている。
「お前も来い」
「何か準備はいりますか?」
「いらない。外に馬を待たせてある」
食堂にいるシュデルに声をかけた。
「ムーと出かける。店を頼む」
「わかりました」
スモールウッドさんについて外に出た。魔法協会の魔術師が数人待っていた。見たことがある顔が混じっている。戦闘部隊のようだ。
「馬には乗れるな」
魔術師がオレの前に、馬を引っ張ってきた。
「はい」
ムーを先に乗せて、続いてオレが乗った。
手綱を握ると、同じく馬に乗ったスモールウッドさんが走り始めた。
「高速飛竜で現地まで飛ぶ。乗っている時間は20分ある。そこで説明する。いまはとにかく急いでくれ」
「わかりました」
戦闘魔術師たちが高速飛翔でオレたちを先導する。
オレとムーを戦闘魔術師が抱えていけば早いと思うのだが、その気配はない。
オレの疑問に気づいたらしいスモールウッドさんが前を向いたまま話し出した。
「戦闘魔術師は、君たちを運ばない」
「何かありましたか?」
「トラブルに巻き込まれそうだと拒否された」
「ひどいしゅ」
オレにしがみついているムーが言った。
「そうです。いくらオレ達でも、こんな短い距離で巻き込まれたりしません」
「ボクしゃん、一緒にしないでしゅ。悪いのはウィルしゃんだけしゅ」
馬から投げ捨てようか一瞬迷った。
「ここに待たせたのですか」
ニダウの町の門を抜けると、そこに高速飛竜がいた。日中は乗り合い馬車が使っているところだ。早朝だから馬車はいないが、魔法協会は通常はここから10分ほど離れた警備隊の訓練場を飛竜の発着場にしている。
「急いでいると言ったはずだ」
スモールウッドさんがオレたちを急かせた。
ニダウの門のところに魔法協会エンドリア支部のガガさんとアーロン隊長の姿が見えた。会釈したオレに、2人とも手で、早く行けと急かした。
2人とも事情を知っているようだ。
オレとムーが飛竜に乗るとすぐに離陸した。
6人乗りの高速飛竜に乗っているのは、騎乗員1名とスモールウッドさんとオレとムーの4名。浮かび上がった飛竜は、スピードをどんどんあげていく。魔法で推進力を高めているようだ。
「デムシロン火山を知っているな?」
前の席に座っていたスモールウッドさんが、振り返ってオレとムーを見た。
「知っています」
「知ってるしゅ」
「ウィル、どれくらい知っている?」
知識量が少ないオレの方に振ってきた。
「デムシロン火山はロラム王国の北に位置する2000メートル級の山です。火山活動は現在見られません。今から150年ほど前、キデッゼス連邦とリュンハ帝国との壮絶な魔法戦闘で、火口付近に空間裂傷が入りました。両国は一時休戦をして、魔法協会と力を合わせて裂傷をふさぎ………まさか」
「裂傷をふさいでいた蓋を、一昨日誰かがはがしたようだ。魔法協会本部に昨日の朝に連絡が入った。現在、魔法協会で動かせる魔術師を総動員して裂傷をふさいでいる」
「誰がはがしたんです?」
「調査中だ。わかっても表にでるかはわからない」
蓋をはがせるほどの魔術師となれば、名の知れた魔術師のはずだ。事件の根はかなり深いのかも知れない。
「ムー・ペトリ。なんとかできないか?」
「無理しゅ」
「そこに裂傷の資料を持ってきた。魔力量の多い魔術師や結界や魔法陣を得意とする魔術師を集めている。なんとかしてくれないか?」
置かれていた資料をパラパラと見ている。
「空間に魔法陣を書いて一時的に押さえ込むことはできるしゅ」
「やってもらえるか?」
「魔法陣が書ける魔力量の多い魔術師が5人いるしゅ。でも、蓋がないから、もって1週間しゅ」
「1週間。時間稼ぎにはなるか」
「蓋は1週間じゃ、作れないしゅ」
「わかっている。だが、空間があいた状態だとデムシロン火山があるロラム王国やリュンハ帝国は空間裂傷の影響を受けてしまう。既に周囲2キロ圏内は生き物が住める状態ではない。これ以上広がるのだけは、どうしてもさけたい」
「1週間の魔法陣にボクしゃんの全魔力使うしゅ。しばらく、大魔法使えないしゅ。それでもいいしゅ?」
スモールウッドさんの眉間がよった。引き締めた唇に血がにじんでいる。
「…………わかった。魔法陣を頼む」
苦しそうな声だった。
「スモールウッドさん、なぜ、今になってムーに頼むんですか?」
気になっていた。
裂傷が開いているのが発見されたのが一昨日。ムーに頼むつもりならば、遅くとも昨日には迎えに来ているはずだ。
「占いの結果だ」
「占い?」
「ほよしゅ?」
予想外の答えだった。
ムーもキョトンとしている。
「我々魔法協会とすれば、ムー・ペトリに頼むのは最終手段だ」
ムー、魔法協会に信用されていないらしい。
たまに事件を大きくすることはあるが、受けた依頼の約半分くらいだ。数字にすれば50パーセント。ムーの召喚失敗率よりは、はるかに低い。
「連絡を受けて魔法協会はすぐに魔術師達をかき集めて裂傷の影響が広がらないように結界を張った。その間に蓋をする方法を調べた。当時の資料もあり、研究者も数多くいたので方法はすぐにわかった。だが、蓋を作るのに1年近い時間がかかることもわかった。裂傷を早急になんとかする方法がないか、研究者達に探させると同時に魔法協会にいる占いのできる魔術師たちに頼んで解決方法を探してもらった。7人に頼んだのだが、全員が『桃海亭に依頼すれば解決できる』と言ってきた」
「その占い、正しいんですか?ムーがいるから適当に言ったとかありませんか?」
スモールウッドさんが苦笑した。
「魔術師を少しは信じてくれ」
「でも、ムーができるのは時間を1週間のばすだけですよ」
「私はムーではなく、モジャではないかと考えている」
モジャ。モップ型の超生命体。万能ともいえる力を持っているが、オレたちの世界に影響を及ぼすような行為はしない。ムーを溺愛しているので、毎日桃海亭に現れる。滞在時間は短いが住んでいると言っても過言ではない。
オレはモジャに言われたことを思い出した。
「あ、これだったんだ」
「これしゅ」
「スモールウッドさん、モジャは手を貸してくれません」
「どういうことだ?」
「一昨日モジャに言われたんです。人間が起こしたことだから、人間が解決するようにと。きっと、裂傷が開いたことに気がついたから言ったんだと思います」
「モジャでないとすると…………」
考え込んだスモールウッドさん。
オレやシュデルという考えは、初めからないようだ。
「……そう言えば、我々が占いを信じた理由が別にあったのだ」
「理由ですか?」
「占いをした7人のうち5人が同じことを言ったのだ。『桃海亭ならば解決できる。ただし、今日の昼過ぎまでだ』、そう言われて、急いで迎えにきたのだ」
「昼過ぎ、何かあったかな?」
「ムー・ペトリ。何か心当たりはないのか?」
ムーをすがるような目で見た。
言われたムーは、目を閉じて下を向いていた。
「ムー・ペトリ?」
寝ているように見えるが、見慣れているオレにはわかった。
「待ってください。いまムーは考え中です。考えがまとまったら、自分から何か言うと思いますから」
「しかし、時間が」
「ムーの力が必要なのは間違いないですよね?だったら、ムーを信じて待ってください」
考えていたのは5分ほどだと思う。
待つ方には長い時間だった。
顔を上げたムーの目つきが鋭くなっていた。
「そういうことしゅか」
「何か言い案が浮かんだのか?」
「魔力量がいっぱいあって、腕がいい魔術師を18人用意するしゅ」
「なぜ18人も必要なのだ。先ほどは5人と言っていなかったか?」
「魔法陣をトライアングルの頂点の3カ所に設置するしゅ。各箇所に6人いるしゅから最低でも18人必要しゅ。ボクしゃんは中心で制御するしゅ」
「何の魔法陣の話をしている?」
「ボクしゃんを信じるしゅ」
ムーにしては力強く言った。
「わかった。他にいるものはあるか?」
「ロウントゥリー隊長、欲しいしゅ」
恐ろしい要求を出した。
「ムー、それだけはやめてくれ」
「彼ならば、既に現場にいると思う。至急会えるように手配しよう」
「他の人じゃダメなのか?」
「ダメしゅ」
オレのささやかな希望を切って捨てると、ポシェットからメモ帳を取り出した。
「ムー。なんで、ポシェットを持っているんだ?」
オレが部屋から引きずり出したときには持っていなかった。
「馬に乗っているとき、届けてくれたしゅ」
「誰が?」
ムーがポシェットの口を、大きく開いた。
ムニョムニョと動いているのは、チェリースライム。
「こいつが?」
「はいしゅ」
真紅のスライムが自分の入るポシェットを持って、ムーを追いかけてきた。
「わからない。こいつが何を考えているのか、オレにはさっぱりわからない」
オレが頭を抱えている隣で、ムーはメモ帳に何かを一生懸命書いていた。
「悲しい風景ですね」
数日前まで緑に覆われていた山は、茶色に色を変えていた。むき出しの土と枯れ木と枯れ草が一面に広がっている。
「この辺りは魔法で空気の清浄を行っているから、大丈夫だ」
高速飛竜から降りて、火口の近くまで歩いた。
火口は直径約80メートル。火口の縁に立って見下ろすと、すり鉢状にくぼんだ火口の真ん中に、空間裂傷があった。
地面から50センチほどの空中に、上を向くように裂け目が開いていた。裂け目の直径は2メートルほどと大きくはない。開いた裂け目の向こう側は黒い闇が広がり、時々光る何かが見える。
「いまは、彼らが結界で裂け目の影響が広がるのを防いでくれている」
火口の縁にずらりと並んだ魔術師達がいた。
全員、長いロッドを手の持っている。そのロッドに向かって詠唱を続けている。
「よう、来たか」
はねるように近づいてきたのは賢者ダップ。
「オレの範囲じゃないのによ、魔力が足りないから来いだと。お前ら、早く終わらせろよ」
「精一杯の努力はさせていただきます。保証はしませんけど」
「あー、面倒くさい。裂傷じゃ、ゆで卵もできないんだぜ」
ブツブツ言いながら、遠ざかっていった。
2、30人の魔術師がやってきた。
「スモールウッドさんの連絡を受け、こちらで待機していました」
ムーがトテトテと近寄った。
「こいつと、こいつと、こいつ。あとはダメしゅ」
「ムー、これ以上のレベルはほとんどいない」
スモールウッドさんが悲痛な声で言った。
「賢者でもかき集めるしゅ」
スモールウッドさんが黙った。
おそらく、『これ以上』となると、スモールウッドさんより地位が上の人になるのだろう。どのように動かすか考えているのだろうが、魔法協会は序列社会だ。スモールウッドさんに動かせるかはわからない。
あと15人。
オレは火口から離れて、石を蹴っているダップに大声で言った。
「ダップ様!腕のいい魔術師を18人、お願いします」
手を横に振った。
拒否らしい。
オレは、手首足首を回して、膝を屈伸、身体を前屈後屈、首回し、肩回しをした。
息を吸って、出せる限りの声で叫んだ。
「ダップ様、貸しを返してくださいーー!」
横に飛び退いた。
1秒遅れていたら、高速飛翔してきたダップのラリアットで首が折れていた。
ダップの攻撃をさけるため、位置を確認しながらバックステップで逃げまわった。
裂傷の影響を押さえるために周りでは詠唱を続けている。ダップは魔法を使わないというオレの読みが当たった。
攻撃は手足のみの格闘戦、とはいえ、オレは反撃できるほどの腕はないから逃げるだけだ。
凄まじい勢いで攻撃してくるダップに1分ほど追いかけ回された。
「……道具屋、どういうつもりだ」
「貸しがあるのは事実ですよね」
たっぷりあるはずだ。
ただ、ダップは借りだとは思ってくれていない。
「もう一度、死ぬか?」
「最低でも15人、頼みますよ」
ダップが戦いの構えを解いた。
「お前、本当にわかっていなんだな」
ダップが周りを指でグルリと指した。
「いいか、道具屋。ここにいる賢者を全員集めても8人もいないぞ」
「あの、空間裂傷といえば、ものすごく危ない状況ですよね。魔法協会の賢者がみんな集まっているんじゃないんですか?」
「ラルフ・リミントンがここにいると思うか?」
ラルフ・リミントン、北方に住むお人好しの賢者。研究者と聞いている。
「いないかな」
「賢者っていうのは、頭がいい奴がなるんだ。戦いたい奴は、ああなるんだ」
指したのは戦闘部隊のロウントゥリー隊長。
ムーと何か話している。
「いや、オレが欲しいのは戦闘要員ではなくて、魔法がそこそこ使えて、魔力がたくさんある人でして」
「いるだけ、集めてやってもいい」
「よろしくお願いします」
ダップがニヤリとした。
「こいつは道具屋、お前への貸しだ。いいな?」
高い高い貸しになる。
が、他に方法が見つからない。
「わかりました」
ダップが高速飛翔で飛んでいった。その勢いのまま、10数メートル先の偉そうな爺さんの頭を殴った。爺さんがダップを怒鳴ったが、ダップが胸ぐらをつかんで怒鳴り返して、そのまま、オレのところにまで引きずってきた。
「こいつが手伝ってくれるそうだ」
「よろしくお願いします」
爺さんのハゲ頭にコブができている。ムスッとしているが手伝ってはくれそうだ。
その調子で8人集めてくれた。
「ムー、そっちはどうだ?」
ロウントゥリー隊長から10メートル離れた場所から声をかけた。
まだ、死にたくない。
「打ち合わせは終わったしゅ。あとは18人揃えばできるしゅ」
最初に3人、次に8人、ダップを含めると12人。
あと6人。
「もう、ここにはいないぞ」
ダップにあっさりと言われた。
「どこに行けばいますか?」
「魔術師っていうのは、大陸中に点在しているからな。数を揃えるなら魔法協会本部かラルレッツ王国だが、本部は執行部クラスになるから、現場に来るような奴ではいないぞ」
「ラルレッツ王国からはダメですか?」
「ラルレッツ王国は魔術師を派遣して食っている国だからな。腕のいい魔術師は本国にはいない可能性が高いな」
簡単には集まりそうもない。
「おっと、ひとつ忘れていた。あそこがあるだろ、あそこが」
「あそこ、ですか?」
「いいタイミングだぜ。見ろよ」
ダップが目で指したのは、こちらに向かって飛翔してくる大型飛竜の編隊。
「あれは?」
「黒の王国、リュンハ帝国」
大型飛竜が10頭、編隊を組んで、整然と飛んでくる。
どの飛竜も体の側面に真っ赤な布がはためていて、リュンハ帝国を表す黒いドラゴンの紋章が描かれている。
「でてきやがったぜ、戦鬼どもが」
火口の位置はロラム王国だが、リュンハ帝国とも隣接している。自国への被害を考えれば、助けに来たとしてもおかしくないのだが、現れ方が物々しすぎて恐怖すら感じる。
10頭が編隊を組んだ状態で着地した。先頭のドラゴンの扉が開き、魔術師が数人出てきた。階段を下ろし、赤い布を引く。彼らがひざまずいたところで、扉から小さな影が現れた。
いきなり、頭を押さえつけられて、地面にはいつくばるような形になった。
オレの頭を押さえたダップもひざまずいている。顔が地面にくっつきそうな状態で周りは何も見えないが、どうやら詠唱している魔術師をのぞいて、全員ひざまずいているようだ。
「出迎えを感謝するとおっしゃっております」
十数秒後、ダップが力を抜いた。
周りもモゾモゾと起きあがっている。
「ありがとうございました」
ダップに礼を言った。
無作法者のダップが頭を下げたのだ。やんごとないお方が現れたのだろう。あそこで頭を下げてもらえなければ、オレはただではすまなかった。
「いきなり、来るんじゃねえよ」
ダップが憎々しげに言った。
「お知り合いですか?」
「お前んとこの爺さんだろ」
大型飛竜から少し離れた場所に、リュンハ帝国の魔術師達が集まっていた。中心にいるのは小さな人影。
目を凝らして、よく見た。
戦闘魔術師らしい護衛に囲まれているが、オレのところに居候していたハニマン爺さんに間違いない。
高そうな黒い厚手の生地に豪華な刺繍がされている。刺繍も黒だが光沢があるのでよくわかる。首に巻いているのは高位の首飾り。それとは別に身分を表す宝飾類や装飾型の護符をいくつもつけている。
厳めしい顔をしているので、ダップに教えてもらわなければ、ハニマン爺さんだとはわからなかった。
「こうしてみると、前皇帝という感じですね」
「何、のんきなことを言っているんだ。あいつに頼め」
「はい?」
「あと6人、爺さんなら何とかなるだろ」
「そう言われましても、あそこに近づくと、オレの命が消えそうです」
爺さんの周囲にいる護衛は、一般人が近づけば問答無用で殺すだろう。
「急がないと、おっ」
ムーがトテトテと爺さんの方に歩いていった。護衛が爺さんの前に立ちはだかったが爺さんがどかした。
ムーと爺さんで何か話している。話が付いたのか、今度はオレの方を見た。爺さんが手で、おいでおいでをした。
「呼んでいるぞ」
「行きません」
「行かないのは、まずいだろ」
「呼んでいるのはオレじゃなくて、ダップ様です」
「まあ、オレも呼ばれているんだろうな。一緒に行ってやる」
「イヤです。行きません」
「あきらめろ。どうせ、逃げきれはしない」
ダップがオレの右腕をがっしりと握った。
「イヤだーー!」
馬鹿力でオレを引きずっていく。
「行きたくない。見逃してください。あとは任せます。オレは一般人です」
必死であがいたが、ダップの力は常人離れしている。地面にはオレの踵で書いた2本の筋が引かれていく。抵抗むなしく、爺さんの前まで連れてこられた。
「久し振りだな、ウィル」
「お元気そうで何よりです」
「何か言うことはないか?」
「息子さん達は元気でしたか?」
自分でも変だと思うが、うまい言葉が思いつかない。
「手紙」
「はい?」
「息子に迎えを頼むと手紙を書いてくれたそうだな。その礼はしないとな」
爺さんがフォフォと笑った。
「ヒィーーーーー!」
逃げようとしたが、ダップがまだ腕をつかんでいる。
爺さんはムーの方に向き直った。
「こっちを、まず終わらせるぞ」
そういうとムーが持っている3枚の紙片から1枚抜いた。
「こいつは北西で発動させる魔法陣だ。この魔法陣の制作制御は、わしが受け持とう。残り5人の魔術師もわしが連れてきた人員から用意する。あとは、そっちで頼む」
ダップがうなずいた。
「オレが東を受け持とう。南西はオレの知り合いの賢者に頼む。専門が魔法陣だ。任して大丈夫だ」
残りの2枚をダップが抜いた。
「ボクしゃん、中心で制御するしゅ」
「浮遊中、停止できるようになったのか?」
ダップの問いに、ムーは首を振った。
「戦闘魔術師のひとりが浮遊魔法でボクしゃんを支えてくれるしゅ」
それをロウントゥリー隊長に頼んだのだろうかと考えたとき、オレ達の方に飛んでくるロウントゥリー隊長が見えた。
「ダップ様、放してください」
「大丈夫だ。腕をつかまれている奴を殺すほど、あいつは優しくない」
「なら、絶対に放さないでください」
ロウントゥリー隊長が唇の両端がつり上がっている。楽しそうだ。
「じゃあ、頼んだしゅ」
「依頼の件は引き受けた。計画を実行にうつす前にカナリアを納得させてくれ。暴れられると困る」
「わかったしゅ。ウィルしゃん、隊長のいうことをきくしゅ」
「イヤだ!」
「納得してくれたしゅ」
「暴れるなよ、私のカナリア」
鳴きたい、いや、泣きたい。
隊長がこれほどご機嫌なのだから、絶対にろくなことじゃない。
「さて、オレは行くぜ。魔法陣の準備には10分といったところだ」
「わしも準備に入ろう。10分後にあそこで会おう」
爺さんが亀裂の入っている火口を指さした。
「ボクしゃんも準備がいるしゅ」
ムーがオレを見て、ニマリと笑った。
「ウィルしゃん、ちょっとだけ屈んでしゅ」
「こうか?」
短い指がオレの額をデコピンした。
すっーーーと意識が遠のいていくのがわかった。
「見ろ、壮観な光景だ」
ロウントゥリー隊長の声に、目を開いた。
足下に広がる光景が、目に飛び込んでくる。
目覚めたオレは火口上空20メートルほどの高さにいた。なぜか、隊長の小脇に抱えられている。
「いま魔法陣が完成したところだ」
火口の亀裂の真上、地上10メートルほどの高さの空中に巨大な魔法陣が描かれている。魔法陣の二重丸の中に三角形、その頂点に5メートルほどの魔法陣。どの陣も形は違うが、ヘキサグラムが書かれており、角のところにひとりずつ魔術師が立って呪文を唱えている。巨大な魔法陣の中心にはムー。戦闘魔術師が支えている。
「あれで亀裂がふさがるのですか?」
「いや、ふさがらない」
「一時的に押さえ込むということですか?」
オレの問いにロウントゥリー隊長は答えなかった。
下を見ている。
ムーが顔を上げて、オレ達を見た。
「準備ができたようだ」
「何の……わぁーーー!」
急降下した。
魔法陣を通り抜け、亀裂に向かって飛んでいる。
このままだと亀裂に突っ込む。
「放してください!」
「わかった」
放された。
宙に放り出されて、オレは亀裂に向かって落ちていく。
魔法陣のすぐ下の位置でフワフワと浮かんでいるロウントゥリー隊長が笑顔でオレを見ている。
亀裂が急激に迫ってくる。
もう、逃げられない。
オレの人生が終わる。
「ばっかやろーー!」
目一杯怒鳴った。
亀裂に入る直前、何かがオレの肩に当たった。薄いゴムにたたきつけられたような感触、身体が跳ね上がった。
「さすがだな」
浮かんだオレの身体を拾いあげたのはロウントゥリー隊長。
「な、何が」
「急ぐぞ」
超高速で急上昇した。先ほどまでいた上空20メートルくらいで停止する。
「行くしゅーー!」
ムーの声に呼応するかのように詠唱が一気に高まった。魔法陣を組んでいる魔術師だけでなく、火口にいる魔術師たちも何か唱えている。
ドオォーーンという地響きがした。
火口がへこんでいる。
亀裂が消えている。
「よっしゃあ、終わったぞーーー!」
ダップの声に、喜びの歓声が沸き上がった。
「そろそろ、おろしてください」
「わかった」
隊長がオレから手を離した。
「えっ?」
落ちていく。
「う、わわっ!」
身体を回転させて、下を向いた。
つかまるものがない。
木もなければ、建物もない。
地面が急速に近づいてくる。
目の前が赤くなった。
「イッテェー!」
顔に何かが当たった。
身体が跳ね上がった。5メートルくらい跳ね上がったところで、身体を回転させて足から着地した。
着地した場所は火口の中心。数十秒前には裂け目があったところだ。
「今のは何だったんだ?」
「お護りモンスターしゅ」
ムーがいた。
魔法陣が消えたあと、真下のここに降りたらしい。
「お護りモンスター………」
左手を広げてみた。
赤い楕円の線はまだ残っていた。だが、卵ほどの大きさだった楕円は1センチくらいに縮まっている。
「一瞬だけ広がって、ウィルしゃんを受け止めたしゅ」
「オレを受け止めたから小さくなったのか?」
「違うしゅ。今、ウィルしゃんを受け止めたモンスターは手の中しゅ」
「だったら、何で小さくなったんだ?」
「残りはここしゅ」
ムーが地面を指した。
「蓋にしたしゅ」
「へっ?」
「ウィルしゃんのお護りモンスターを蓋にして、亀裂を押さえ込んだしゅ。これで10年くらい大丈夫しゅ。その間に魔法協会が蓋を作るしゅ。ばっちりしゅ」
ムーが胸を張った。
「オレのお護りモンスターを蓋に………」
ムーがやったことを、口に出して言ってみた。
「まず、オレを死ぬ寸前まで追い込んで、お護りモンスターを出現させ、そいつで蓋をした。間違っているか?」
「あってるしゅ」
けっ飛ばした。
ゴツゴツの地面に転がった。
「痛いしゅ!」
「痛いのは生きている証拠だ!オレはもう少しであの世に旅立つところだったんだ!」
「お護りモンスターがいたしゅ!」
「モンスターがオレを助けてくれるとは…………そうか、そういうことか」
ようやく繋がった。
「占いの『今日の昼過ぎまで』という時間制限は、オレのお護りモンスターの消えるまでの時間か」
「そうしゅ」
ムーが時間制限のことを聞いて、作戦を変更したのはそのことに気がついたからだ。
「待てよ。お護りモンスターは間もなく消えるんだろ?そうしたら、亀裂をふさいでいる蓋も消えないのか?」
「大丈夫しゅ。モンスターは型枠の代わりに使ったしゅ。亀裂の形状に合わせて物質を硬化させて、張り付けてあるしゅ。消えても硬化した物質が蓋として機能するしゅ」
ムーが胸を反らしているところを見ると、すごい魔法らしい。
オレには、まったくわからないが。
「今回の作戦の弱いところはウィルしゃんのお護りモンスターがちゃんと出現してくれるかだったしゅ。ばっちりだったしゅ」
「いま、なんていった?」
「今回の作戦の……」
「そこじゃない」
「はうしゅ?」
「『ちゃんと出現してくれるか』と、言わなかったか?」
「言ったしゅ」
足に力を込めて、ムーを蹴飛ばした。
ゴツゴツした地面を、5回転してとまった。
「痛いしゅ!ひどい!」
岩が頭にぶつかったのか、手で頭を押さえている。
「出現しない可能性があったということだよな。出なければ、オレは死んでいたんだぞ!」
「そいつに関しては、道具屋、お前が悪い」
上空からゆっくりと降りてきたのは賢者ダップ。
「オレが?なぜです?」
「道具屋は卵料理をするか?」
「金があって、卵を買えるときはします」
「卵を割ると、たまに黄身が2個あるのがあるよな?」
「はい」
「もし、黄身が5個あったら、どう思う?」
「ものすごく得をした気分になります。黄身を壊さないように目玉焼きにして食べます」
「引用する例を間違えたな」
「はい?」
「お前の薄い脳味噌でもわかるように言うぞ。お前が買ったお護りモンスター、すんげー珍しいモンスターなんだわ」
「もしかして、高く売れたんですか?」
「ちょっと、黙ってろ」
オレはうなずいた。
「お護りモンスターの製法は全部同じだ。出てくるモンスターも30種類くらいだ。だが、本当は50種類くらいある。残り20種類は何百という卵に1個くらいしかでないから、名前もついていない。お護りモンスターは普及している品じゃないから、数年に1個見つかればいいくらいだ。この先は言わなくてもわかると思うが、お前が買ったのは、そのうちのひとつだ。数年に一度しか現れず、24時間で消えてしまうモンスターの能力が詳しくわかっているはずがないだろう。チビも、予想で動くしかなかったんだよ」
オレが買ったのが希少な卵だったのはわかった。
わからないのは『道具屋、お前が悪い』の部分だ。
オレの表情を読んだダップがあきれたように言った。
「まだ、わからないのか。裂け目が開いた途端、あり得ない確率の卵を引き当てたんだ。そいつは道具屋、お前自身の体質のようなものだ。恨むんだったら、自分を恨むんだな」
そう言うと高笑いしながら、ダップは上空に昇っていった。
「偶然に決まっているだろ!体質ってなんだよ!そうやって、オレに責任を押しつけるな!」
飛去っていくダップに向かって怒鳴った。
ムーがオレを手で軽くたたいた。
「なんだよ」
「大丈夫しゅ」
「何が大丈夫なんだ?」
「みんな、そう思ってるしゅ」
オレは渾身の力で、笑顔のムーを蹴飛ばした。
「今日もひどい日だった」
スモールウッドさんは後始末があるということで、ニダウに向かう高速飛竜に乗っているのは、騎乗員とオレとムーの3人。
「疲れたしゅ」
ムーも席に座って、ダラリとしている。
左手を開いた。
小さな赤い丸。
オレの命を2度も救ってくれた。
「もうすぐお別れだな。助けてくれて、ありがとな」
出現したのがオレが死にかけている状況ばかりだったので、どんな姿のモンスターなのか今でもわからない。
話しかけたせいか、小さな点が2個現れた。
「本当に感謝している。もっと、長く一緒にいられたら良かったのにな」
24時間は短すぎる。
点が瞬きするように動いた。
そして、消えた。
何もなくなった手のひらをしばらく見つめていた。
「なあ、ムー。魔法生物はあの世に行けるのか?」
「知らないしゅ」
「そうだよな」
「でも……しゅ」
「でも?」
「行けたら、天国しゅ」
「そうだよな、天国に行けるよな」
窓の外にはダイメンにそびえる5本の柱が見てきた。
もう少しで、ニダウだ。
帰ったら、シュデルに話してやろう。
何があったのか、お護りモンスターがどんなに頑張ってくれたのか。
「あの……」
騎乗員が後ろを向いた。
「これをスモールウッド災害対策室長から預かっております」
差し出されたのは、金袋。
ずっしりと重そうだ。
「桃海亭への礼金だそうです」
「もらっていいのか?」
「もちろんです」
金袋をつかもうとしたオレの手は、なぜか宙をつかんだ。
代わりの金袋をつかんでいたのは、シワだらけの手。
「へっ?」
「こいつはわしがもらっておこう」
シワだらけの手が、金袋をローブの左袖に押し込んでいる。
「なんで、いるんだ?」
純粋な疑問だった。
ここにいるはずのない人間だ。
オレは自分の目でしっかりと確認したのだ。
豪華なローブを着た姿が大型飛竜に乗り込むところを。そして、その大型飛竜が高速で去っていくのを、オレは手を振って見送ったのだ。
「わしに影武者がいないはずがないだろう」
そう言ったのは、リュンハ帝国の前皇帝ナディム・ハニマン。
安っぽい黒いローブに着替えている。
「帰ったのは影武者なのか?」
「途中で入れ替わって、お前たちが乗るより前に、後ろの席の陰に隠れておった」
「何考えているんだよ。仕事がたまっているんだろ。今度こそ、息子たちが怒り狂うぞ」
爺さん、フォフォと笑った。
「安心せい。息子共公認のバケーションだ」
「なんだ、それ?」
「ちょっとした功績をあげての、1ヶ月間わしの自由にしていいことになっておる。また桃海亭の世話になるから、よろしく頼む」
「息子公認なら、王宮に行けよ」
「桃海亭にはわしの部屋があるからな。狭いのが難点だが住み心地は気に入っている」
「部屋って、あれはオレの部屋だろ」
「早朝から深夜まで仕事漬けで疲れた。明日の朝は寝坊をするから、起こすなよ」
ウーンと延びをした。
黒いローブの袖から、オレから取った金袋がのぞいている。
「とにかく、その金を返せよ」
爺さんがフォフォと笑った。
「これは軍資金よ」
軍資金。
大型飛竜の編隊が目に浮かんだ。
ダップも言っていた。『戦鬼ども』と。
「爺さん、何に使う気だ?」
「遊ぶために決まっておろう」
「へっ?」
「どうやって遊ぶか、考える時間はたっぷりあったからの。金もできた。明日から遊び倒すぞ」
「ちょっと、待ってくれ。それは桃海亭の生活費で………」
「気にするな」
「気にするに決まっているだろ。桃海亭には金がないんだよ。前にオレ達が取ってきたスクロールも国に持ち逃げしただろう」
「あれは実に役立った」
「使ったのか?」
「使っている、だな。繰り返し使用できるタイプだからな。仕事の合間に息抜きにあちこちを見ていたとき、あの空間の裂け目を見つけたのよ。火口の小さな裂け目だから通常では見つけられなかっただろう。もし、わしが見つけなければ大変なことになっていたのは必定。その功績でこの1ヶ月のバケーションよ」
爺さんがうれしそうに、金袋の入った袖をなぜている。
「功績をたてたなら、息子から遊ぶ金をもらってくればよかっただろう」
「息子が自由になるのは、国民より集めた血税よ。遊ぶことに使うのは心苦しい」
「オレ達の金で遊ぶのは心苦しくないのか?」
「ない」
袖をつかもうとした。が、逃げられた。素早く追ったが、また逃げられた。
爺のくせして、動きも判断も速い。
「ニダウについたら、この金でルタを山ほど買って食う」
本当にルタが好きらしい。
「爺さん、ルタの旬は来月の末だ」
ガーンというを字が、爺さんの頭の上に浮かんだ。
「今の時期は漬け物用のルタしか売ってないぞ」
「リュンハは気温が低くてルタは育たん。旬が来月だったとは知らなかった」
爺さんが、肩を落とした。
「ルタで思い出した。リュウさんが爺さんとチェスを打ちたがっていた」
「そうか、わしと打ちたいと言っておったか」
爺さんが相好を崩した。
「暑い日差しの下で冷えたルタを食いながら、爺さんと打てたら最高だと言っていた」
「冷えたルタとは、うまそうだな」
爺さんがポンと手を打った。
「ニダウには地下保冷庫があったな」
「自分で冷やしに行けよ」
「年寄りは階段がつらいんのを知らないのか」
袖をつかもうとして、また逃げられた。
「爺さんなら大丈夫だ」
「年寄りは労るものだ」
「とにかく、金を返せ」
伸ばした手をひょいとかわされた。
それからも、オレと爺さんの攻防は続いた。
ニダウに着いて飛竜から降りたとき、金袋はまだ爺さんの袖に収まっていた。
「お帰りなさい、ハニマンさん」
桃海亭の扉を開けて、3人で店に入るとカウンターにいたシュデルが笑顔で言った。
「ただいま。わしの留守中に何かおきなかったかい?」
「色々なことがありました。お聞きになられますか?」
「それは楽しみだ。その前に茶をいれてくれないか」
「はい」
奥に通じる扉にシュデルが手をかけた。
「ちょっと待て、シュデル。今の会話おかしくないか?」
「どこかおかしかったですか?」
「『お帰りなさい』『ただいま』は、住人同士の挨拶だろう」
「店長もお帰りなさい」
そう言うと奥に入っていった。
「シュデル、おい、逃げるな」
ハニマン爺さんはカウンターに入り、足の高い椅子に座った。
シュデルの代わりに店番をするつもりらしい。
「爺しゃん、戻ってきたしゅ」
オレの隣いるムーが、満面の笑顔になった。
「ムーも爺さんがいるとうれしいのか?」
「フフフッしゅ」
「おい、笑い方が不気味だぞ」
「天才に負けっぱなしは許されないしゅ。再戦を申し込むしゅ」
「まさか、また商店街で魔法戦闘をやろうっていうんじゃないだろうな」
「新必殺技でギタギタボロボロにして、ボクしゃんの勝ちしゅ」
「頼む。やめてくれ」
シュデルがトレイに冷たい飲み物を乗せてきた。コップが4つある。オレ達の分も持ってきてくれたらしい。
「そういえば、ハニマンさん、一緒に帰られたのなら、店長のお護りモンスターを見られましたか?」
「見たぞ。残念なことに消えてしまったがな」
「もう、消えたのですか?」
「素晴らしいお護りモンスターだった。今回の事件にも大きく関係しておる」
「どのようなモンスターだったのですか?」
オレは慌てて割って入った。
「その話はオレがするから」
ムーがゾウさんの絵のついたコップを取った。
「フフフッしゅ、ギタギタしゅ」
爺さんは一口飲んで、のどを湿らすと再び話し始めた
「美しいピンク色のモンスターだった。一瞬で薄い膜に変化してウィルを弾いていた」
「店長を弾いたのですか?」
2人の会話が弾んでいる。
オレは蚊帳の外にいる感じだ。
「空間亀裂に落ちそうになった時と地面に激突しそうになった時、2度も命を助けておった」
「店長の命を救ったのですね。卵を買うことを勧めて良かったです」
今のシュデルの言葉は、聞き流せなかった。
「いや、あれを買ったから、オレは死にかけることに……」
「尊い行いをしたモンスターだ。魔法生物にあの世があるかわからんが、あれば天国の扉をくぐったことだろう」
「そうですね。あ、すみません。涙が……」
シュデルが袖で目を押さえた。
「爺さん、いまのはオレが飛竜の中で…」
飛竜の中、何か他に大切なことがあったような。
「思い出した。金袋を出せ」
爺さんに、手を差し出した。
「そうだった。シュデル、わしが遊ぶ金だ。預かっておいてくれ」
爺さんは袖から出した金袋を、シュデルに渡した。
「わかりました」
「いや、そいつは桃海亭の生活費だ」
「飢えそうな時には、使ってもいいからな」
「大切にお預かりします」
オレがさらに言おうとしたとき、桃海亭の扉が全開した。
狭い入り口から人々がなだれこんできた。
「おい、ハニマンさんが帰ってきたんだって!」
「本当だ。ハニマンさんがいる」
「待っていたんですよ。来月にはニダウの祭りがあります。商店街も参加しますから楽しみにしていてください」
「先週、うちの店、改装したんです。見に来てください」
「アドバイスしてもらって作った例のあれ、すごく売れているんですよ。また、相談に乗ってください」
「ハニマンさん、元気そうで良かったです」
商店街のほとんどの店からやってきている。
狭い店内が人でギュウギュウだ。
「しばらくいる予定だ。また、よろしく頼む」
ハニマンさんの声に歓声が上がった。
オレは四つん這いになって、カウンターを目指した。
カウンターには便せんと封筒がある。
商店街の人々の足をかき分け、床を進みながら、今度は何と書いてリュンハ帝国皇帝陛下に爺さんを回収してもらおうかと考えていた。