魔王軍参謀デュークの苦難
「これより我々魔王軍は、人間達の連合軍と停戦協定を結ぶ為に、防衛作戦を最重要項目とさせて頂きます。皆様、ご意見やご質問等、ございますでしょうか?」
魔族の青年のよく通る声が、作戦会議室に響き渡る。
すると、説明が終わるや否や、今の今まで言いたいことを我慢していた部隊長達は、一斉に感情を露にする。
「デューク! 最早優勢となった我ら魔族が、何故下等な人間どもと手を取り合わねばならんのだ!?」
「そうだ! 先代の魔王様が勇者と相討ちになって早18年! 我らは乱れた軍の統率を正し、劣勢となった戦局をようやく覆した!
それが何故、今になって停戦協定など……!」
「それに先日、城への侵入者を許したばかりではないか! 貴様の防衛網が甘かったせいではないのか!?
……ははぁ、さては貴様、それで自分に自信が無くなったか!? 飛んだ腰抜けの神童だな、ええ!?」
城に召集された魔王軍の部隊長達が、口を揃えて作戦参謀である魔族の青年──デュークに抗議する。
すると、その喧騒を予期していたかのように、会議室に姿を現す者が一人。
「皆、デュークを責めるな。これは私の我儘で決定した事なのだ」
その青年が会議室に足を踏み入れ、言葉を発すると、刹那の間に場の空気が一変した。
何故なら、その人物は──
「ま……っ、魔王様!?」
部隊長の誰かが戸惑いの声でそう言った事で、場の全員がその人物──若き現魔王・ガルフェスへと視線を向け、その存在を知覚する。
すると次の瞬間、部隊長達は皆一斉に立っていたその場所へと跪く。
「デューク……、ここからは私が説明しよう」
「申し訳ありません、お手数をお掛けします」
「いや、これで良いのだ。こうでもしなければ、納得しないだろうしな」
ガルフェスはデュークとそれだけ交わすと、デュークが退いたその場所に立ち、一同を見渡す。
そして、一度だけ深呼吸をすると、部下達に向けてこう言った。
「皆、異論反論多々あると思う。だが、デュークはこれまで、私の願いを叶えるための最良の策を考え、それを実行していただけなのだ。
そして……、先日、停戦協定を結ぶために必要な準備が全て揃ったのだ」
その真剣な表情から紡がれる言葉に、部隊長達は混乱していた。
──すると、その中の一人が、恐る恐る手を上げる。
「三番隊隊長……、ガリューか。質問を許そう」
その人物──ガリューに対し、ガルフェスは真剣な表情を変えぬまま、そう言った。
「……では、恐れながら、質問させて頂きます。魔王様は、何故人間と停戦協定を結ぼうと……?」
誰もがその質問に対する答えを待ち望み、耳を澄ませる。
そして、魔王の口から放たれたその言葉は、とても意外な物であった。
「…………。私は、血を見るのが嫌いなのだ……」
その言葉によって、黙っていた部隊長達にこれまた別種の沈黙が訪れたのは、言うまでもない。
◇ ◇ ◇
青空の下、デュークは一人のホムスの少女と共に、道無き道を歩いている。
中々に容姿端麗なその少女は、ある者が見れば震え上がり、またある者が見れば尊敬の眼差しで見るだろう。
すると、デュークと同い年のその少女は、途中でふと、デュークにこう言って話しかけた。
「ねぇ、お父さん」
──と。
そう聞いて、まずは誰もが違和感を覚えることだろう。
赤い血の流れるホムス、ビースト、オーガ、エルフ、ドワーフ、クーリアと言った"人間"と、特定の共通する外見を持たず、青い血が流れる"魔族"。
この二つの生態系の間に、子供などできるはずがないのだから。
だが、デュークはため息をつくと、「お父さんと呼ぶなって言ってるだろ」という、あらぬ疑惑が浮かび上がりそうな発言をする。
そして、強めの口調で少女に向けて、言い放つ。
「確かに俺はお前の父親だが、お前の父親じゃない!
俺は魔族、お前は人間! 少し気を許したからって調子に乗るな!」
第三者が聞けば、支離滅裂な内容にしか聞こえないような言葉。
しかしそれは、デュークが抱えてしまっている、誰にも言えない秘密に起因するものであった。
そして、尚もデュークは冷たい言葉を言い放つ。
「確かに俺は、前世で勇者だった! お前の母親と結婚もした!
先代魔王様に、刃を向けたりもした! だが、それはあくまで前世の話!
俺は、魔王ガルフェス様に忠誠を誓った、魔王軍作戦参謀兼最高司令官・デュークだ!!」
──これこそ、デュークが抱える秘密そのもの。
デュークは、先代魔王と相討ちになった勇者の生まれ変わりだったのだ。
しかし、その勇者の娘──イリスは頬を膨れさせてこう言った。
「嫌だ。お父さんはお父さんだもん」
「この……、生意気な減らず口を!」
その子供のような反論に我慢が効かなくなったデュークは、イリスを黙らせるべく隷属の魔法を発動するため、魔術式の詠唱を開始する。
今のイリスは、特殊な手錠によって一切のスキルや魔法、そしてデュークへの攻撃行為を封じられた状態にある。
そのイリスに隷属魔法を施すことなど、赤子の手を捻るようなものであった。
ただし、たった一つの"魔法の言葉"に対する耐性の低さを除けば、の話ではあるが。
「……お父さんなんて、大っ嫌い」
すると、その言葉を耳にするや否や、デュークの思考が完全に停止した。
頭の中で耳に届いた言葉が何度も木霊し、その言葉の意味を次第に脳が理解する。
そして、その直後。
「わ……、悪かった! お父さん何でもするから、許してくれないか? この通りだ、な? な?」
先程までの高圧的な態度は、一体どこへ行ってしまったのだろうか。
デュークはイリスに対し、顔の前で手を合わせて腰を低くし、謝罪を開始していた。
そして、何秒か経って我に帰ったデュークは、魔族で血が青い故に、顔を真っ青に染めてこう言った。
「ああもう、お前と居ると調子が狂う!!
……ほら、とっとと行くぞ! イリス、お前は魔王軍の人質だということをくれぐれも──」
だが、余程恥ずかしさで焦っていたのだろう。
その時迂闊に彼女の名前を呼んでしまった事にデュークが気付いたのは、イリスがこう言った時であった。
「あ、やっと名前呼んでくれた! お父さん、大好き!」
イリスはそう言って、デュークの隣に寄り添う。
自分でも自覚できていなかった思わぬ事態に、デュークはただただ青面し続けていた。
そして、この旅の最中、デュークは何度も葛藤し、様々な苦難にぶつかる事となるのだが、それはまだ先のお話。
身体は魔族。心も魔族。だが、何故か前世の勇者の記憶を引き継いで生まれてしまった、魔王軍の作戦参謀を務める青年・デューク。
その旅の道連れとなるのは、勇者の娘にして、聖剣に選ばれて次代の勇者となった少女・イリス。
この奇妙な運命に導かれた二人の旅は、まだ始まったばかり──。
ぱっと思いつきで書いた読切です。
お読みいただき、ありがとうございました。
2016/7/28
まさかのレビューを頂きました(;゜д゜F)
薄影メガネさん、DERFYーさん、ありがとうございます!