009 レディーゴー!①【1F】
ギルドから出発して幾時間、時刻は昼頃。俺たちはついに山のふもとに到着した。
「この先がカース山脈。30階ダンジョン……そして魔王の三化身が待ち受けるのか」
この世界に転移してきた使命を果たすため、ダンジョンホールを見つめる。
3人も各々の思いを馳せて、ダンジョンホールを見つめる。
これから待ち受ける数々の困難を夢想し――そして俺は表情に笑みを浮かべた。
「フッ。楽しい冒険の始まりだ」
この世界を救うための戦いを、今始めよう。
俺たちはホールにむかって歩む。
「行くぞ!」
「「おおっ!!」」
俺、アイリ、メルナ、ティズ――ホープの4人は、カース山脈のダンジョンに突入した。
*
【1F】
視界がまどろむこと数秒、俺たち4人はカース山脈にやってきた。
ダンジョンといってもそこは洞窟ではなく、山である。高くそびえ立つ木々が壁の役割を果たし、開けた原っぱと整備されたような山道の通路がいくつもある。この地形が、カース山脈の背景のようだ。
俺たち4人はひとつの部屋にまとまって登場した。みんなはまずダンジョン内の様子をきょろきょろと見渡す。
この部屋にモンスターやアイテムはないようだな。それじゃあアバン洞窟のときのように、ゆっくり探索を始めるとするか――そう俺が思っていると、アイリが場を仕切るように右手を上げた。
「みんな、準備はいいかしら? いつもの掛け声行くわよ!」
「はい!」
「なのだ!」
「いつもの掛け声? おいアイリ、何のこと」
「レディー……ゴー!!」
ゴーの合図とともに、ティズとメルナが走って部屋を出て行った。それぞれ別々の通路に向かい、離ればなれになってしまった。
俺は何が起こったのかよくわからず、その場に立ち尽くしてしまう。
そんな俺の手をアイリが握り、無理やりリードする。
「シト様っ、行きましょ!」
「行くってどこへだ? そもそも今の合図はなんだ」
「とりあえずわたしについてきて! 早く行かないと遅れちゃうわ! 大丈夫、順を追いながら説明していくから!」
「よくわからんが、またお前と同行しなきゃならんのか。……やれやれ!」
アイリに引っ張られて、俺は部屋を出て行った。メルナとティズが行っていない通路を行く。
通路を通って別の部屋にやってきた。アイリは慣れた手つきでマップを確認する。部屋には□と■がひとつずつある。つまり――
「シト様、アイテムがあるわ! わたしはモンスターを討伐するから、そっちお願い!」
「いいだろう」
「来なさい、ドッグ!」
「ガァルルウルゥウゥゥ!!」
なにかよくわからないが急ぎ気味のアイリと逆方向に行って、俺はアイテムを取りに行く。
アイリはドッグにむかって走っていき、
「てやぁああぁぁーーっ!」
「グアアァァァアーーッ!」
「ぐぅっ! なんのぉぉーーーーっ!!」
「キャウウゥンッ!!」
勇ましいさまでドッグを連続のハイキックで倒した。
ドッグを倒したことでふたりのステータスからファンファーレが鳴る。
「やったわシト様! レベルアップだわ!」
「もうレベル2か。ずいぶん早いな」
「シト様! なんのポーションを拾った!?」
「ミドルポーションという回復薬だ」
『ミドルポーション
EFF:HPが少し回復する。』
「いいアイテムだわ! 次の部屋に行きましょ!」
「フゥ……。さっきから何を急いでいるんだお前は。あんまり生き急ぐと人生損するぞ」
アイリが通路に向かって走っていき、俺は肩をすくめてから後を追った。
いったいアイリは何を急いでいるのだろうか。レディーゴーの合図で一斉にダッシュしてから休む暇がないじゃないか。
俺とアイリが通路を走っていると、ステータスから再びファンファーレがなった。
「あ! やったわ! レベル3になったって!」
「なに? ……本当だ。だが俺たちはモンスターを倒していないぞ?」
「他の部屋に行ったメルナかティズがモンスターを倒してくれたのよ!」
「……! そういうことか。だから開幕、メルナとティズはバラバラに分かれたのか」
「そう! これがダンジョンをパーティで冒険するときのセオリーだわ!!」
合点が行った。なるほど、手分けしたのはそういう意味があっての行動だったのか。
俺たちは今回4人パーティでダンジョンを冒険している。ここで、パーティのレベルが共有されるというシステムを思い出すと合理性が見えてくる。つまり4人で団体行動を取るよりも、手分けしてモンスターを狩りに行ったほうが効率よくレベルアップできるというわけだ。
「パーティでダンジョンに入ったら、まず分かれる! これが鉄則よ!」
「理解した。4人での冒険は、ふたりで冒険していた時と勝手が違うようだな」
「もうひとつ、マップを見て!」
「マップ? ……これは!」
マントに手を入れてマップを取り出してみると、俺とアイリの行っていない場所がすでにマッピングされていた。
アイリは言う。
「マップもパーティ共通! パーティで冒険してる時はね、ほかのメンバーが歩いたところもマッピングされるようになるの!」
「分かれるメリットはここにもあるということか! すると……1階のフロアはすでに全部回りきったことになるぞ!」
マップには、すべての部屋と通路が網羅されていた。なんということだ。三手に分かれて行動しているから、一階ごとにかける時間が驚く程に短縮されている。
しかも一度入った部屋にはもうアイテムもモンスターもないことがわかっている――探索したその冒険者がアイテムもモンスターも回収しているのだから、それは当たり前だ。つまりマッピングされた部屋には、行く必要がないということである。
そして――
「マップにはホールの場所も載っているぞ! もう次の階に行けるじゃないか!」
「シト様! ふたりはもう2階に行ってるらしいわ!」
「ああ、フロア内の@がふたつだけになっているな!」
マップに反映されるのは自分がいるフロアだけらしい。1Fにいるこの時点では、2Fの様子はわからない。だがふたりが先に行っているということは、2Fのマッピングもすでに始まっていることになる。
入った瞬間からフロアの構造がわかっている。これはとてつもなく大きい恩恵だぞ。
よく見てみれば、マップの端にはメンバーの名前と現在いる階層が表示されている。俺とアイリは1Fだが、メルナとティズは2Fだ。
しかしアイリは焦るように言う。
「急ぐわよシト様! はやく次の階に行かないとアイテムを取られちゃう!」
「取られる……!?」
「一番乗りの人によ! アイテムは見つけたもの勝ち、それがパーティのルールなのよ!」
「!? なっ! ということはふたりのほうがアイテムをたくさん持っていることになるのか!?」
「そういうこと!」
「くっ、そうか……だからレディーゴーだったのか!」
レディーゴーの合図は、競争の始まりを示していたのだ。パーティ内で誰がもっとも多くアイテムをゲットできるか。それは、ダンジョンをもっとも進んでいる人物に集まっていくロジックになっている。
ならば俺とアイリはドベだ。メルナとティズに先を越されてしまった。
まるで洗礼を受けた気分になり、俺は口角を上げた。
「フン……楽しませてくれるじゃないか! 相手はモンスターじゃなく仲間とはな!」
「これがパーティプレイの掟よ! 頑張りましょ、シト様!」
アバン洞窟でゆったり探索していた時とは大違いだ。これは急いで探索しなければならない。
俺たちふたりは急いでホールに入って、2階へと進んだ。
次回の更新は2/6の午後7時です。