020 最大の敵=空腹③【13F】
【13F】
13階に俺たちはやってきた。アイリと俺に比べて、まだ食料を確保できていないメルナとティズは歩く足がおぼつかなくなってきていた。
後ろを歩いているふたりは、ふらふらになりながら話す。
「メルナぁぁ……」
「なんですか、ティズさん……?」
「ティズが持ってるこの腐ったパンたち……よく見てみるのだ。なんだかだんだんおいしそうに見えてきたのだ……」
「あ、本当です……わぁぁ、おいしそうな腐ったパンが4個も……! どうして今まで食べなかったんでしょう……?」
「なのだなのだ。この緑色のカビなんてきっとクリーミーに違いないのだ……!」
「えぇ。このツーンとした酸っぱい香りも芳醇ですよねぇ。いい匂い……ごくり」
「ふたりとも!? 正気を取り戻して!!」
腐ったパンを眺めてよだれを垂らしているメルナとティズに、アイリが全力で止めに入った。
俺もふたりに向けて言葉を投げかける。
「おい、見ろ。アイテムが落ちているぞ」
「「食べ物!?」」
「杖だが」
「なんだ、食べ物じゃないんですか……」
「杖なんか食べられないのだ……」
「勝手に期待しといて勝手に裏切られるな」
『リベンジロッド(7)を拾った!
効果:自分の受けたダメージを相手にも与える。』
紫色の毒々しさを帯びた杖を俺は拾った。なかなか使えそうな効果を有しているが、今のところこれを使えるのは俺とアイリだけだろう。
ちらりと3人の方に視線を移す。
「ほら、ポーションを飲んで食いつなぎなさい。ミドルポーションは余ってたはずでしょ?」
「えぇっ、そんな……もったいないですよ。HPだって満タンなのに……」
「気にしないの。餓死したら元も子もないじゃない――それにHPが満タンの時に回復系のポーションを飲んだら最大HPが上がるわ。今飲むメリットはあるから。ね?」
「そうなのだ。飢餓状態になったらHPの自然回復もなくなるのだ……飲むなら早いほうがいいのだ」
「……そうですね。アイテムの出し惜しみは禁物ですよね」
メルナとティズはミドルポーションをゴクゴクと飲んだ――スタミナを満たすことができなければHPの減りも速くなる。自分のHPを削って効果を発揮するリベンジロッドを使えるのは、この場においては俺が一番適しているだろう。
カチ、カチ。
「!」
通路の方から、黒い影が差した。
俺は大声で言う。
「お前ら! モンスターが来たぞ!」
「「!!」」
アイリ・メルナ・ティズの3人は一斉に通路のほうを向く。
だがそのモンスターは通路にいる地点から、爆弾のようなものを砲撃してきたのだ。
ボガァアァアァァアアァン!!
「きゃああぁあああぁぁあぁあーーーーっ!」
「ひぎゅううぅううぅうぅぅぅうぅ……っ!」
「ふぎゃああぁあああぁあぁぁぁーーーーっ!」
砲撃された爆弾はアイリにヒットした。その衝撃で爆弾が爆発し、近くにいたメルナとティズまで巻き込んだ。
俺は急いで攻撃してきたモンスターに振り向く。
「カチリ、カチ、カチカチ」
「機械のモンスターだと!?」
そのモンスターの名前は『ボマー』。全身が青と黒で塗り固められたロボットである。上半身はずんぐりした人型のようで、下半身はキャタピラというフォルムだ。腹の部分に砲台が装着されており、先端の穴からは白い硝煙がくゆっている――あの砲台から爆弾を発射してきたのだろう。
アイリは叫ぶ。
「みんな……離れて! あいつの攻撃は爆弾だわ! 一度の爆発で周囲まで巻き込んでくるわよ!」
「ひゃあぁあぁっ! 服! 服に火が燃え移ってますぅぅっ!」
「シ、シトはこっち見るななのだ!」
3人はそれぞれすこし距離を置いた。アイリとメルナの衣服は燃え上がって乳房が露出してしまっている。ティズに至っては胸のウロコが外れて、手ぶら状態だ。
固まっている対象がいなくなったからか、ボマーは、最も近くにいる俺の方を向く。ガコンガコンと機械音を鳴らしながら爆弾の発射準備をしているようだ。
「俺に攻撃する気か……ならばさっそく使わせてもらおう! リベンジロッド!」
そういって俺は先ほど拾ったリベンジロッドを振った。
ポン!
「カチチチ、カチリ、カチカチ」
リベンジロッドはボマーにヒットした。魔法弾が当たると機械の体が紫色に染まっていく。
そうしてボマーが攻撃をしてきた。
ボガアアァアァアァアァァン!
「ぐぉおおぉおおっ! く……ぐぅ!」
俺が爆弾を受けるのと同時に、
「ガヂヂヂヂヂヂヂヂ! ガガガ! ガガガ!」
攻撃したボマーにも同様の爆風が襲った。
俺はマントの中に手を入れる。
「フッ、ちゃんと効いているようだな……これでトドメだ!」
ビシュッ!
俺は32カラットの宝石を投げた。
「ガガガガガガガガガガーー!!」
リベンジロッドと宝石投げのコンボでボマーは爆発四散する。遠距離攻撃をしかけてくるモンスターを相手に、うまいこと対応することができた戦い方だった。
アイリは頬に両手を当てて叫ぶ。
「きゃぁぁぁあああぁーーーー! さすがシト様だわぁぁーーーー! カッコいぃいいいぃぃーーーー!!」
「このくらい当然だ」
「謙遜しないでっ! 宝石投げのテクニックをこんなすぐに活かすなんて、そうかんたんにできることじゃないわ! わたしも教えた甲斐があって嬉しいっ!」
「わかったから離れろ。暑苦しい」
キスしそうな勢いで近づいて来るアイリをなんとか止める俺だった。
そんなある意味和気藹々としたムードを発する俺とアイリとは対照的な気持ちになっている子が、ひとりいた。
「……もうヤなのだ」
「ティズさん?」
「もうヤなのだぁぁあぁーーーー! 食べ物はぜんぜん見つからないし、複数人をまとめて攻撃してくるモンスターは出てくるし! ひとりで冒険してた時のほうがよっぽど順調に進めていたのだ! ――もうティズはひとりで行くのだ!!」
「え!? ちょ、ティズさぁんっ!?」
「ちょっと! ティズ!?」
アイリやメルナの言葉も無視して、ティズは「ぷんすか!」とひとりで行ってしまった。
俺たちは顔を見合わせる。
「……やれやれ、自分勝手なやつだ」
「ティズさんイライラしてましたね……やっぱりパンが見つからないから……」
「ティズをひとりで行かせるのは危険だわ。かといってこの階のアイテムをスルーするわけにはいかないし……」
「俺が行くしかないか」
「「え!?」」
俺がティズのもとを追おうとすると、ふたりが素っ頓狂な声を上げた。
メルナは驚いたように、アイリは叫ぶように言う。
「シ、シトさんが行ってくれるんですか!? なんだか珍しいですね……」
「そんな、シト様! まさかメルナの次はティズなの!?」
「モンスターが強くなっているのは見てわかるだろう。前線に行けるのは俺以外いない。違うか?」
俺がそういうと、ふたりとも納得したような表情を見せた。
俺はマップを見た。@のマークがひとつ無くなっているのを見るに、ティズは早くもホールを見つけて次の階に進んでしまったらしい。
俺はティズに合流するべく、ホールに入っていったのだった。
次回の更新は3/3の午後7時です。




