002 冒険者ギルド
「ここがツァフォン王国最大級を誇る冒険者ギルド『メイツ』だわ!」
アイリに手を繋がれてやってきた場所は、活気づいた街の中心部、ギルドと呼ばれる施設だった。
施設のエントランスには老若男女問わず大勢の人々でごった返しである。喧騒が好きではない俺としてはあまり居心地のいい空間とは言えなかった。
俺とアイリはギルドに入ると、待合用の木製の椅子に向かって歩いていく。
ふと、周りからひそひそ話が聞こえてくる。
「お、おい……あれ、アイリさんじゃないか? すげぇ格好になってるな……」
「うおおっ! アイリさんのあんな姿、初めて見たぜ! ラッキー……」
「お前ら不謹慎だぞ。アイリさんが苦戦するなんてよっぽどのことだというのに……けしからん。……それはそうと隣の男は誰なんだ。ま、まさかボーイフレンドではあるまいな」
「そんな……!? 今までそんな気配無かったのに……うおぉぉん!!」
ちなみにアイリは、未だに半裸のままである。
事務的で人の多い場所だけに、一人だけ下着姿の少女がいるのは異様に目立っていた。男冒険者どもの視線はほぼ例外なくアイリに向かっている。周りの女冒険者と比べても顔やプロポーションは優れているだけに、注目は尚さらである。
周りからのちやほやには慣れているのか、アイリは平然として俺とともに椅子に座った。そうして話を始めた。
「まず、この世界には『ローグダンジョン』という不思議な場所が各地に存在するの。ローグダンジョンはモンスターが住む迷宮であり、放っておくと近隣の地域に悪影響が出てしまう困った存在だわ」
「悪影響というと、今朝のゴブリンキングがまさにそれだな」
「ええ。そんな危険なローグダンジョンを冒険して治安を維持するのが、わたしたち冒険者の仕事。そしてその冒険者が集まる場所が、この冒険者ギルドだわ」
「フン。それにしてはどいつもこいつも無能そうに見えるがな」
ピクリと周りの冒険者たちが反応した。俺はそれに意を介することなく、言葉を続ける。
「だがダンジョンを冒険するというのは気に入った。この俺を楽しませてくれそうじゃないか――ギルドに入ってやろう」
「カッコいいー! シト様が入ってくれればギルドも安泰ね! ――あ、受付の順番がきたみたいよ! 行きましょ!」
アイリが立ち上がって、俺の手を引っ張った。俺は受付カウンターの前の椅子に座り、目つきの鋭い受付嬢と対面する。
受付嬢が座ったままぺこりと挨拶をし、淡々とした口調で話し始めた。
「冒険者ギルド『メイツ』へようこそ。今回はどのようなご要件で?」
「冒険者として登録しにきた」
「かしこまりました。必要事項をこちらの書類に書いて、ご提示ください」
流れるような動作で書類と羽根ペンを差し出された。
俺はその書類に、自分の名前、性別、年齢(19歳)、その他もろもろの個人情報を書いていく。ただし記憶から思い出せないところは適当な嘘情報だ。
詰まることなく途中まで書いていると、最後の方によくわからない項目があった。
「ん? この『パーティ』とはなんだ?」
「ああ、これはね――ギルドのメンバーのなかにはパーティと呼ばれる小規模のグループを結成している人たちがいるの。パーティにいるひとはそのパーティ内の人々とセットでクエストを受けられるようになったり、有能なパーティにはギルドから専属のルームが用意されたりするのよ」
「そういうことか。フン、下らない。俺に仲間なんて不要だ……」
俺がパーティの欄に『無所属』と書こうとすると、
「なにいってるの!? シト様はわたしたちのパーティに入るのよっ!」
がしっ! と俺の両肩を掴んで鬼気迫る表情でアイリは言った。まるで捨てられたくないと哀願する小動物のような目つきで見つめてくる。
俺はたじろぎつつも言葉を返す。
「……お前こそ何を言う、俺はひとりでも十分だ」
「そんなのおかしいじゃない! だってシト様、わたしを奴隷にしたでしょ!? 奴隷の面倒を見るのがご主人様の務めなんだから、いっしょにいなきゃおかしいわ!!」
愚かにもアイリは大声でそんなことを言った。
奴隷という言葉が引き金になったようで、アイリの親衛隊かなにかであろう周りの男冒険者どもがガタッと立ち上がった。
「ど、奴隷だと!? あの野郎、まさかアイリさんの弱みでも握って……!?」
「そういうことか……アイリさんがあんな姿になっているのは、辱めを受けたから……」
「許さねぇ! 俺たちのアイリさんを何だと思ってやがる!」
「うぐぐぐ……! アイリさんにどんなエッチなことを……ううう! 殺す殺す殺す殺す……!」
どやどやと俺を取り囲むように怒りの顔が集まってきた。俺は目をつむった。面倒なことをしてくれたな、この女。
そうしてそのうちのひとり、筋肉質な男が俺の肩を握ってきた。
「アイリさん、こいつは俺らに任せてくだせぇ――おい、若いの。テメェちょっと面貸してもらおうか?」
やれやれ。こういう頭の悪いやつらがいるから、人の多い場所は嫌いなんだ。
俺は男の手首をつかむ。
ドゴォオオォオオッ!
「がはァッ!?」
「「――ッ!?」」
そして座ったままの体制で背負投げし、筋肉質な男を床に叩きつけた。
男は白目をむいて気絶した。
俺はため息をついて、集まってきたやつらを睨む。
「つまらないことで騒ぐな。静かにできないなら、お前ら全員黙らせるぞ」
「うっ……!」
その一言に冒険者たちは体を震わせた。そうして蜘蛛の子を散らすように俺の周りから消えていった。
アイリはキラキラした目で俺を見つめる。
「すごい……! シト様って剣だけじゃなくて肉弾戦も強いのね! わたしびっくりしちゃった……ひっ!?」
「俺が今一番黙らせたいのはお前だ」
感心しているアイリの胸ぐらを掴み、二度と不用意な発言をしないようにと目で脅しつけた。
アイリは言い訳するように必死に言う。
「だ、だってシト様といっしょにいたいんだもんーっ!」
「ふざけるな。俺は1人でダンジョンに行きたいんだ。奴隷なら俺の命令を素直に聞け」
「シ、シト様の気持ちはよくわかったわ! ――でも、ダンジョンを冒険したいなら尚さらわたしたちのパーティに入るしかないのよ!」
「何だと? どういうことだ」
「ギルドのシステムを説明してあげてくださいっ!」
アイリは受付嬢に助けを求めるように言った。
騒動があったのにもかかわらず眉一つ動かさない受付嬢は、淡々とした口調で俺にこのギルドのことを説明する。
「当ギルドのシステムとして、冒険者とクエストにはAからFのランクがつけられています。冒険者は、適正ランク以下のクエストしか受けられません。新米の冒険者はFランクからスタートし、薬草集めやお使いなどの簡単なクエストをクリアしていくことで冒険者ランクを上げていくことが義務付けられています――ダンジョン冒険は基本的に上級クエストなので、ランクを上げてからでないと受けることは難しいでしょう」
「おいおい……そんな話は聞いていないぞ。ダンジョンを冒険するのが冒険者じゃないのか?」
「申し訳ありません。しかしダンジョンは命の危険が伴う場所であるため、ギルドメンバーの安全を考慮してこういったシステムを取っております。ご了承ください」
「俺は雑用をやるために冒険者になりたいわけじゃないんだが……」
「そうよね! シト様は雑用なんてやっていい器じゃないわ! ――だからね、もし最初からダンジョンを冒険したいなら、高ランクのパーティに入るしかないの。そうすれば登録したての冒険者でも、パーティランクに合ったクエストを飛び級で受けられるようになるわ」
「そうなのか?」
「はい。アイリ様の所属するパーティ『ホープ』は最高のAランクパーティですので、すべてのクエストが受けられるようになります」
「Aランク……? こんなやつがか?」
胸ぐらを引っ張ってアイリの顔を近づけ、矯めつ眇めつするように眺める。見れば見るほど信じられない。
顔が近いことに緊張しているのかアイリは顔を赤くし、まるで自分を売り込むようにまくし立てた。
「そ、そうなの! わたしはAランクの冒険者! シト様の足を引っ張るようなことは絶対にないわ! 冒険のいろはだって教えあげる! だからねっ、いっしょに冒険しましょ……?」
俺は考え込む。ダンジョンを冒険したいという好奇心と、こんなやつといっしょにいなければいけないという面倒くささが、両天秤にかけられる。
アイリは俺にまっすぐな瞳で上目遣いをしてきた。
俺もその目をまっすぐ見つめ返す。
数秒考えて、俺はアイリの胸ぐらを離して押しのけた。壮大に床にすっ転ぶアイリを尻目に、俺は言う。
「やれやれ……わかったよ。アイリと同じパーティに登録しよう」
「きゃあぁぁぁあぁぁあーー! やったやった! ありがとうシト様っ! 大好き!」
「勘違いするな。俺はダンジョンを冒険したいだけだ」
「うんうん、わかってる! それでもすごい嬉しいわ!!」
俺は羽根ペンを手に取って、パーティの欄に『ホープ』と殴り書きした。
そうして受付嬢に資料を渡す。受付嬢は俺にぺこりと一礼し、それから書類に目を通すと、手を差し伸べて入口付近を示した。
「シト様を冒険者ギルド『メイツ』に登録いたしました。クエストはあちらの掲示板からお引き受けできます。今後ともよろしくお願いいたします」
「やったわ、シト様! これで冒険者よ! じゃあ、まずはわたしたちのルームに行きましょ!」
「だから手をつなぐんじゃない」
俺はアイリに手を引っ張られてギルド施設の奥の方へと連れて行かれた。
*
「ただいま!」
廊下を歩くこと数分、『ホープ』という表札をぶらさげた扉をアイリは開いた。
「……って、あら? 誰もいないのかしら?」
ルームの大きさは、多人数の人間が不自由なく同棲できる程度のサイズだ。床はフローリング式で、大きなテーブルと三席の椅子が部屋の中心を占めている。壁際には引き出しやらベッドやらが敷き詰められており、そのほかの家具や小物類もすこし乱雑に置かれていた。
全体的な雰囲気として、なんというか女子寮っぽい印象だ。
「うふふ、入っていって。これからシト様はここで暮らすのよ!」
「花の香りがする部屋だな……アイリ。参考までに聞くが、パーティのメンバー構成はどうなっている?」
「どうなってるって?」
「主に男女比が聞きたい」
「それならシト様とわたしを含めて合計4人になるけれど、男1人に女3人になるわね」
「……それは最高だな。最高に面倒くさい」
「あっ! でも他の女の子を従わせちゃダメだからね! シト様の奴隷はわたしだけの特権なんだから!」
「……何に嫉妬してるんだお前は」
どうりで女子寮っぽいと思った。これはかなりの精神的ストレスを負ってしまいそうだ。子供嫌いな人間が教師をやるようなものだぞ。
アイリは部屋の中央にあるテーブルに向かった。テーブルの上に手紙が置いてあったようで、それを黙読する。
「あら。困ったわシト様。ほかの2人はクエストを受けてて夜まで帰ってこられないみたい。せっかく挨拶しようと思ってたのに」
「それは残念だな」
「ということは、しばらくふたりきりになれるということよね……♥」
アイリはぽっと頬を赤くした。
そして何を思ったか、突然衣服を脱ぎだした。若くて瑞々しい素肌が晒され、纏うものは上下の下着とブーツだけ。昼間にするにはあまりにも似つかわしくないハレンチな格好になる。
もじもじと恥ずかしげに、それでいて大胆に己の肉体を見せつけて、俺に言う。
「シト様……他のふたりが帰ってくるまでに、わたしのダンジョンを冒険して……♥」
「フン」
「ほぎょぉおおおおッ!?」
股の間を蹴り上げてやった。
アイリは倒れて股間を押さえながら悶絶する。まるで陸地に上げられた魚のようにピチピチしてみせた。
しかしその表情は次第に恍惚なものへと変わっていく。
「あぁぁ、ありがとうごじゃいましゅぅううぅ♥」
「…………」
本格的にダメだコイツ。
しばらくしてアイリは立ち上がると、ルーム内にあるクローゼットに向かった。どうやら破れた衣服から着替えなおすために服を脱いだらしい。紛らわしいこと言いやがって。
青と白を基調としたアーマーつきのワンピースを着て、背中まで伸ばした明るい金色の髪を服から出す。17歳という年齢の割には豊満な部類の乳房は、胸アーマーにぴったりフィットしているおかげで服の上からでも形は浮き彫りだ。動きやすさを重視してかスカートの丈は短く、太ももを大きく露出している。靴は茶色のブーツだ。全体を通してみると、ベーシックな女冒険者というような印象である。
装飾品として、首に石製の十字架型ペンダントと、腕に金色の腕輪をつけている。これらは元からつけていたものだ。
着替えを終えて、アイリは言う。
「冗談はさておき、本題に入りましょシト様」
「冗談みたいな性格しといてなに真面目な空気作ろうとしてるんだ」
「実はわたし、クエストを受けている最中なの。ほら、シト様が助けてくれた今朝のこと」
「ああ、ゴブリンキングの件か。そういえばそうだったな」
「あのゴブリンキングはね、本来は『アバン洞窟』というダンジョンのボスモンスターなのよ。それがなぜかダンジョン外に出てきたことで調査依頼が出されていてね」
「ふむ、それでお前はあの村に来ていたわけか。だがゴブリンキングを倒したんだからクエストはもう完了したんだろう?」
「それがそういうわけにもいかなくて、アバン洞窟の調査もクエストの内容に含まれているのよ――ダンジョンのボスであるゴブリンキングが脱走したとなれば、今そのダンジョンはどうなっているのか? なぜゴブリンキングは脱走したのか? その調査が必要なの」
「……なるほど。言われてみれば事件性があるな」
「ザコモンスターならよくあることなんだけれど、ボスモンスターがダンジョンから出てくるのはすごく珍しいことだからね。Aランククエストとして、ギルドに依頼が出されたわ――ここ一年で多発するようになったらしいのよね、こういった大きなモンスター被害は」
アイリは深刻な様相でそういった。今朝のことを思い返してみるに、ゴブリンキングが脱走したせいで村一つが滅ぼされたのだから大事件と言わざるを得ないだろう。
アイリは窓から外を眺めながら言う。
「みんな薄々感じているわ。今この世界の水面下で、なにか良くないものが動いているんじゃないかって。きっとその影響でモンスター被害が多発しているんだわ」
「…………下らない噂だな」
「そうよね、下らない噂だわ。かつてこの世界を破滅させようとした魔王が復活するなんて……世間ではそう言われてるけど、そんなことあるわけないわよねっ」
「魔王……? うぐッ……」
その言葉を聞いたとたん、急に頭が痛くなった。『魔王』。なにかわからないが、とてつもなく大事なことを俺は知っていた気がする。
「ぐ、おおぉ……ッ!」
「! シト様!? どうしたの!?」
「……お前には、関係ない……ぐぐッ! ふぅ……ふぅ……なんでもない。なんでもないんだ」
思い出すことができない。忘れてはならないことのはずだった気がするのに……ダメだ。魔王。どうしてその言葉が引っかかったのかわからない。
アイリは心配そうな顔をしつつも、俺の返事を受けて話を戻した。
「シト様がそう言うなら……いいけど――つまりね、わたしはクエストを受けてて、これからアバン洞窟に向かいたいと思っているのよ。……それで、どうかしら? せっかくだからそのアバン洞窟を、わたしといっしょに冒険してみない?」
「お前といっしょというのは気に入らないが、ダンジョンは冒険してみたい」
「やったぁっ! じゃあまずは冒険の支度をしに行きましょ!」
俺の罵倒を気にすることなくアイリは無邪気に喜び、そうしてふたりしてルームを出ていった。
*
「冒険者たるもの、まずはツールを揃えないといけないわ」
そういってアイリが連れてきたのは、街のショップ屋だった。
「ダンジョンを冒険するためには絶対に用意した方がいい3種のツールがあるの。すなわち『マップ』と『ステータス』と『インベントリ』。この3種がないとロクにダンジョンを冒険できないからね」
「マップとステータスとインベントリ……なんだそれは?」
「かんたんに説明するわ――まずは『マップ』。これを持っているとダンジョン内で歩いた道が記録されるようになるの。道に迷わないためにはこれは必要不可欠なものね」
「ほう、それがあれば迷子にならないわけか」
「つぎに『ステータス』。ダンジョン内ではモンスターを倒すとレベルがアップして、体力や強さが上がるようになるのだけど……自分が今何レベルか? 次のレベルまでにあとどれくらい経験値がいるか? そういうことを教えてくれるのがステータスなのよ」
「レベルか……確かに、自分の強さを知るのは大事なことだ」
「さいごに『インベントリ』。これはダンジョン内で拾ったアイテムを収納するためのツールね。見た目は小さくても、中は四次元になっているからたくさんのアイテムを収納できるわ」
「ふむ、たくさん物を持てれば色んな場面に対応できそうだな」
「マップ、ステータス、インベントリ。これらはいろんな形状で存在するわ。マップは紙型が主流だけど、メガネ型や記憶魔法型のマップもある。ステータスやインベントリも同じで、いろんな種類があるの」
「色んな形状か……参考までに、アイリが持っているのはどんなものなんだ?」
「わたしは紙型のマップ、腕輪型のステータス、衣服型のインベントリよ」
ということは金色の腕輪とワンピースがそれに当たるのか。しかしあのワンピースにはポケットがないぞ。いったいどこからアイテムを取り出すというのだろう。
まさか胸の谷間やスカートから取り出すのだろうか……マップも衣服のなかに入ってあるのだろう。
「機能性や値段で選ぶのもいいけれど、見た目重視で選ぶのも楽しいわよ。好きなものがあったら言ってちょうだい。わたしが買ってあげるから」
「そうだな。女に金を払わせるのは気が進まないが、今だけは借金するとしよう」
「そんな! 返さなくたっていいわよ、わたしが払いたいだけなんだから! ここで恩を売っておけばわたしへの好感度が……じゃなかった。ご主人様のお役に立つのが、奴隷の役目だからね! いっぱい貢いであげる!!」
俺は店内に置かれてある商品を見渡しながら奥へ歩いていく。本人もよしとしていることだし、どうせ貢がせるのなら思いきり値段の高いものを……などと考えながら、魅力的な品々を閲覧していく。
「おっ」
フード付きの黒色のマントに俺は手を伸ばした。これもひとつのインベントリらしく、マントの内側からアイテムを出し入れできる構造なのだと紹介されている。
これなら即座にアイテムを取り出せそうだし、背中につけるマントなら両手を自由にさせていられる。デザインもいいし、俺の琴線に響いた。
「マップとステータスはアイリと同じものでいい。だがインベントリはこのマントにしよう」
「これね! さすがシト様、センスがいいわ! わたしもシト様にはこれがぴったりだと思っていたのよ!」
適当な事を言いつつ、アイリは嬉しそうに笑みを浮かべながら俺の選んだマントを手に取る。
そうしてマントと、「おっそろい♪ おっそろい♪」と歌いながらマップとステータスを持ってレジに置いた。店員のおばさんは俺の方を一瞥し、にんまりとした目でアイリを見る。
「おやぁ? アイリちゃん、後ろの彼は誰? もしかして……ボーイフレンドかしら」
「なっ! なななななななっ! やだ、おばさんっ! そんなこと言われたら……わたし恥ずかしいわ! あの方はただのご主人様よ!!」
「あらあら! そんなプレイまでするほどの仲なのね! お熱いわ~!」
女同士のアホな会話に頭を痛めつつ、清算が終わるのを俺は待った。
精算を終えると、アイリは購入した商品を俺に渡した。
俺はマント・腕輪・地図を身に付ける。
「どうだ?」
「わぁぁ! すごく似合うわ! シト様素敵っ!!」
「これで冒険の準備は整ったな」
冒険者として揃えるべきツール3種、マップ・ステータス・インベントリを俺は身につけた。この世界で生きていくための冒険者に俺はなったのだ。
アイリが俺の手を握って、そしてずんずんと歩いていく。
「それじゃあいよいよローグダンジョンを冒険しましょ! 目指すはアバン洞窟だわ!」
初めての冒険の予感に、俺の胸は不覚にも高鳴った。
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