017 VSリュコス【10F】
【10F】
洞窟から抜けると、満月の夜だった。
ダンジョンを駆け巡った3本の光の線は人間の形に戻り、3つの青い魔法陣とともに、俺とアイリとメルナの3人は10階に集結する。
原っぱを踏みしめて俺は周りを見渡す――そこは今までのような入り組んだフロアではなく、ひとつの大きな部屋だ。荒々しい崖の壁に囲まれていて、あたりいったいには巨大な岩々が転がっている。
洞窟を進んでいるあいだに日が暮れたのだろう。天を仰ぐと、満月が俺たちを見下ろしていた。
「気をつけろ。直感だが……なにかヤバい空気が漂っているぞ」
「ええ。瘴気で肌がピリピリするわ。モンスターの魔力が集中しているみたいね」
「あっ! みなさん! ティズさんがいますよ!」
メルナの言った方向に、俺とアイリは視線を移した。
そこには誇らしげな顔をしてふんぞり返っているティズの姿があった。
「むふーっ! お前たち、遅いのだ! ティズが一番なのだーっ!」
「ティズ! 無事だったかしら」
「当然! パーティ一の実力派のティズにかかれば、カース山脈だってちょちょいのちょいなのだ! わーーはっはっは!」
ティズは勝気に笑った。装備を見てみると、攻撃力4の『ファルシオン』と防御力4の『タージェ』とまあまあ充実している。余裕を持って10階まで来られたのだろう。口先だけの子供ではないようだ。
スッ。
「……ん?」
俺のいる場所に、人影が差した。
横を向いてみると、大きくそそり細長い岩柱があった。その尖った岩柱の頂上に目を向けると、ひとが立っていた。
俺はハッとする。
「みんな! 離れろ!」
「「!!」」
俺たち4人は俊敏な動きで岩柱から離れ、その頂上に目を向ける。
夜の満月を背景に、頂上に立っている人物は、俺たちに向けて言葉を放った。
「ククククク……! ずいぶん来るのが遅かったじゃねェか?」
闇夜に覆われていてその人物の顔は見えない。だが俺たちはやつのことを知っている。犬のような耳と、魔物の尻尾がちょろちょろと揺れ動くそのシルエットによって。
「テメェらの感じている1秒はこのオレサマにとって1日なんだぜェ? テメェらがどれだけノロマな認識で生きてやがるのか、もう一度知らしめてやるよ。クク、キヒヒ……!」
「フッ。また出会えたな――」
満月の光が、銀髪の少年の顔を照らす。にぃぃぃと嫌らしく嗤うその顔が光で浮き出る。
俺は吐き捨てるように、叫んだ。
「――畜生め!!」
「ギャハハハハハハハハハハハーーーーッ!! イエスイエスイエースッ! 会いたかったぜェ! 千年待ちわびた気分だぜェ! 勇者サマよォオオオオオオ!!」
ウォオオオォーーーーーーーーン!!
リュコスが満月を見上げて遠吠えを上げた。体が白く光り出し、姿かたちが変化していく。
バッと岩柱の頂上からジャンプして、地面に向かってくる。
「あの時のオレサマと同じだと思うなよ!! カース山脈はオレサマのホーム! このリュコス様の本気を見せてくれるぜェエエェエエエエエエエ!!」
ドガァアァアン!!
「ぐっ!」
激しい着地の衝撃で砂埃があたりに舞う。俺は腕をかざしつつ、変身したリュコスを目で捉える。
砂埃が晴れ、目の前にリュコスが出現した。
「……なっ!?」
「ウソ……!?」
「グァアァアルルルゥゥウ……!」
「――デカい!?」
巨大化している。
俺たちはリュコスを『見上げた』。目の前に現れたリュコスは、以前見たときとは比べ物にならないほど大きくなっていた。立っている俺たちが見上げなければならないほどのビッグサイズだ。
これがリュコスの本気の姿か――あまりの迫力に呑み込まれそうになる。
そしてリュコスは、戦いのゴングを鳴らすように大声で吠えた。
「ガァアアオアァオァアアオォオオーーーー!!」
「「!!」」
「ファファファファ……!」
「クァァァクゥゥゥ……!」
「フフフフフ……!」
「カラカラ、カララ……!」
ランタン、フォーミアン、ウィッチ、リッチ……フロア内にモンスターが出現し始める。
どうやらついに始まったようだ――ボス戦・リュコスとの戦いが!
俺たちは一様に剣を構える。
「みんな! 全力で行きましょ!」
「はい! アイテムも使い切るつもりで行きましょう!」
「今度こそやっつけるのだ!」
「フン。『今度も』だろう?」
アイリが、後方のメルナに指示を出す。
「メルナ! 確か『探知の魔導書』を持ってわよね?」
「は、はい! あります!」
『探知の魔導書
効果:この階のトラップの位置がわかるようになる。』
「それを開いて! トラップの位置を把握して事故をなくすのよ!」
「わかりました……!」
メルナはインベントリから探知の魔導書を取り出した。
魔導書を開くと、フロア全体が光に包まれる。そうして光がなくなると、トラップの位置が見えるようになった。
「ほう……不安要素を消していく寸法か」
「メルナ! 混乱の魔導書も開いて!」
『混乱の魔導書
効果:部屋にいるモンスターを混乱させる。』
「モンスターは混乱すると特殊な行動ができなくなるわ! 厄介なウィッチやリッチを封じるのよ!」
「わ、わかりました!」
メルナは今度は混乱の魔導書を開いた。フロアに無数のきらきら星が飛び散る。星々がモンスターにまとわりついて頭の上をくるくる飛び回り、そうしてモンスターたちはすべて混乱した。
「「アウアウアーー!!」」
「モンスターたちの動きがふらふらになったのだ! これでこっちのものなのだ!」
「ガァアァアアオォオ!」
「! リュコスがまっすぐ向かってくるわ!」
「くっ、混乱の魔導書を開いたのに……! やはりボスに状態異常は効かないようね!」
「リュコスは俺がやる! お前たちはザコを倒せ!」
「「おお!!」」
ダッと俺は駆け出した。右手に持ったバルムンクを構え、疾走してくるリュコスに真っ向から迎え撃つ。
だが俺が振るうのはこのバルムンクじゃない。魔王の三化身を倒すために貰い受けたあの剣で、仕留めにかかる。
「デカくなったおかげで当てやすそうになったじゃないか! まるで外す気がしないぞ!」
「ガァアアァオアオオ!!」
右手から混沌の光を発す。右手に持ったバルムンクが変化する。
それは漆黒の大剣ブレイブソードへと生まれ変わり、突っ走ってくるリュコスに狙いを定める。
「ガァアァオオオオオオオ!」
「喰らえぇええぇえぇぇえ!!」
ニタリ――リュコスの表情が、嗤ったように見えた。
そして刹那、俺はブレイブソードを振り落としてリュコスの体を狙う。真っ向から突っ込んできたのだ、この剣筋を交わすことなんてできるはずが――
「グァア!!」
ぐるりん!
「!!?」
リュコスの全身が翻った。何が起こったのか一瞬わからなかった。それほどまでに鮮やかな動きで俺のブレイブソードを避けたのだ。
フェイントだと――!?
俺は血の気が引くのを感じた。そうだ。リュコスは以前に俺のブレイブソードを食らったのだ。その驚異を知っているのだ。知能の低そうな畜生のくせに……対策をしてきたのかコイツ!
「俺のブレイブソードを空振りさせるために、突っ込んできた『フリ』をしてきただと……ク、クク……!」
冷や汗とともに、笑みが溢れてしまう。
ブレイブソードは効果が切れて、元のバルムンクへと戻ってしまう。一度だけしか使えないスキルだというのに、その一度だけを外してしまった。
敵を軽んじていた俺の失敗だ。
リュコスは俺の顔に臭い息を吐きかけるように、唾液にまみれた口を大きく開いた
手痛い反撃がやってくる――
「シトさぁぁんっ!」
メルナの声が聞こえた。
かと思うと、俺の体はいきなり吹き飛んだ。
「っ!? うおおっ!」
「ガウゥ!?」
リュコスの噛み付き攻撃が外れる。俺の体は空中に放り出され、回転しながら直線上に飛んでいく。
ドン! 背中に壁を打ち付けて勢いは止まり、上下逆さまになった視界で俺はメルナのほうを見やった。
メルナは杖を手にしていた。その杖には、ヒュルヒュルと風が舞っている。
「ウィンドロッドを振りました! 魔法弾を当てた相手を直線上に吹き飛ばす杖です……ご、ごめんなさい。こんな方法でしか手助けできなくて……」
「いや……構わない――それよりその杖はどこから?」
「ティズさんが分けてくれたんです……!」
「杖を扱うのはメルナがいちばん上手いのだ! 渡してよかったのだ!」
「そうか……まぁ、礼を言おう」
俺はバツが悪くなりつつ、体制を戻して立ち上がる。
なんとかリュコスの攻撃は免れた。しかし俺にとっては、一度しか使えないブレイブソードを外してしまったことが非常に手痛い。
前回のようには仕留めることができなくなってしまった――まったく、お前はどこまで俺を楽しませてくれるんだ。
「グァアァアルルルゥウウウウゥ……!!」
ギロリとリュコスはメルナを睨んだ。もう少しで俺に攻撃できそうだったのにすんでのところで邪魔をされ、忌々しそうなうめき声を上げている。
それからリュコスの視線は、最も近くにいるアイリへと向かった。
「ガァアアウウウ!!」
リュコスは、アイリへと走っていった。
「来たわね……! ファミリーシールド!!」
俺たち全員の前に透明の盾が現れる。
アイリはブロードソードを構えて、向かってくるリュコスに対抗した。
「いくら素早く動けても攻撃の間合いは同じ! あなたの攻撃が届くなら、わたしの攻撃だって――」
「ガアアウウウゥウウウ!!」
ズバシュゥウウーー!!
「ぐっ……! と、届くのよっ!!」
ザァアアアァァーーーーンン!!
「グアアァアァアァーーッ!!」
「やりました! 初ダメージです!」
アイリがついにリュコスに攻撃を当てた。リュコスは鋭い爪で切り裂いてきたがダメージは半減しており、アイリの反撃が確実なかたちでヒットする。
そのままアイリは、肉を切らせて骨を断つ覚悟でリュコスの身を削る。
「シ、シト様、大丈夫……! シト様は1人じゃないわ! わたしたちもいっしょ、リュコスを倒すためにサポートするから!」
「ガアァアアアオオォオオ! グアァアアァァオオオォーー!!」
ズバシュウゥウゥウ! バギィィイイイイィィ!!
「きゃああぅううっ! はぁ、はぁ……! だからわたし、諦めない……! 限界まで攻撃して、後に続けさせる……!! ――はぁぁぁっ!!」
ズバシャァアアァアアァ!!
「グァアアァアアァアアァ……ッ!!」
「はぁ……はぁ、ふ、ふふ……! 効いてるみたいね……!」
自分が死ぬことを恐れないアイリと、それに焦りを感じ始めたリュコス。
リュコスとしては最小限のダメージで抑えたいだろう、一秒を急ぐようにアイリに攻撃する。
「ガァァアアブゥウウウゥウウ!!」
バギシュウゥウゥゥ!!
「きゃあぁああぁあぁああぁあーーーーっ! うっ……! はぁぁ……っ!!」
アイリのHPは風前の灯となった。あと一発攻撃を喰らえば力尽きてしまうだろう。
リュコスは急いでトドメの一撃を喰らわせようとする。
「……ガウウウゥゥ!」
「――――♪ ――――♪ ――――♪ ――――♪」
「!?」
その時、後方にいるメルナが歌を歌った。
まるで音階のような緑色のベールが、アイリの身体を包み込む。傷だらけの素肌をさらす衣服が再生していき、アイリの表情にも活気が宿る。
「……すぅぅ。ヒーリングメロディ、アイリさんに歌いました! も、もう少しだけ耐えてください!!」
「メルナ、ありがとう! わたしはまだまだ倒れないわ!」
「グ、ググゥゥ!!」
メルナのヒーリングメロディは絶妙なタイミングだった。あと一撃で倒せるタイミングを見計らって、アイリの体力を全快にしたのだ。
これにはリュコスも歯ぎしりを立てて唸り声を上げる。
さらにメルナは大声で言う。
「まだわたしには、シトさんからもらったスキルの魔導書もあります! だからもう一度ヒーリングメロディを使えます!」
「あらあら、わたしを過労死させる気? しょうがないわね! その代わり後始末はちゃんとつけるのよ!」
「はい!」
ファミリーシールドで固くなっている状態で、回復の手段をいくつも残している。アイリが与えるダメージ量はかなり多くなる算段だ。攻撃力の高いブロードソードで複数回攻撃できるチャンスを作れば、いくらリュコスとて余裕は保てまい。
「ガウウゥゥウゥゥゥゥ…………ッ!!」
リュコスは低い唸り声を上げて、一歩バックステップした。
アイリはそれを追いかける。
「逃げるつもり? そんなことしたってわたしのHPは削れないわよ! 正々堂々勝負しなさい!」
しかしリュコスの視線の先にあったのは、アイリではなかった。その後ろにいる彼女に向けて、怒りのこもった目でギロリと睨んでいた。
そしてリュコスは――
「ガアァァアァァァアーーーー!!」
「!? なっ、どこへ行く気!!」
「…………! まさかメルナのところへ向かうつもりか!」
「なんですって!!?」
「!!」
攻撃対象をメルナに変えた。ウィンドロッドによる支援や、ヒーリングメロディによる回復。さらにスキルの魔導書の所持を明かしたことで、メルナに対するヘイトが閾値を超えたのだろう。
今の戦況はメルナを中心に動いている。そのウィークポイントがヤツに気づかれてしまったのだ。
「くっ! メルナの装備はぜんぜん整ってないんだぞ! 接近戦ができる状態じゃない!」
メルナの持っている防具は最弱のバックラーだし、武器に至っては剣を持っていない。とてもリュコスを相手にできる装備ではない。
「ティズ! メルナを守りに行って!」
「む、無茶言わないでほしいのだ! ここから追いつくわけないのだ!」
アイリは頼みの言葉を口にしたが、ティズは混乱したザコどもを相手にしていて手一杯だ。
メルナを守りに行けるメンバーはいない。
俺は大声で、メルナに叫ぶ。
「メルナ! 逃げろぉおっ!!」
「ひ、ひぃああぁぁぁあぁ……っ!!」
今ここでヒーラーのメルナを失うわけには行かない。メルナはアイテムも大量に持っている、後方支援がなくなるのはパーティにとって大損害だ。
「グゥウウゥゥゥゥゥゥゥォオオオ!」
リュコスの走る速度はマックス。ヤツも、パーティの要を破壊することの重要性を理解している。
この勝負、メルナを守れるかどうかで決まる――!
「マズい、どうにかしてメルナを守らないと……! なにか……なにかないのか!?」
アイテムはほとんどメルナに預けてしまっている。近くにもアイテムは落ちていない。メルナから最も遠く離れた俺にできることは、何一つないのか。
満月の光が、鈍色の鉄に反射した。
「……!」
それはかつて見たことのある忌々しい罠。
俺のすぐ目の前に――バネのトラップがあった。
「これは、バネのトラップ……! 待てよ……これを利用すれば……」
俺はハッとする――思い出した。そういえばこの階でボス戦が始まる当初、トラップを踏まないようにとあらかじめ探知の魔導書を開いていたんだ。だからふだん見えないトラップが見えるようになっている。
「これを踏んでメルナの前に着地できれば……!!」
メルナを守れる位置に飛べば、俺がリュコスを足止めできる。
成功すれば、俺がリュコスの相手をすればいい。俺のHPが危うくなれば、後方に逃げさせたメルナにスキルの魔導書を使ってもう一度ヒーリングメロディを使ってもらうこともできる。
これしかない……リュコスを倒すにはこの活路を見いだすしかない!
だがバネのトラップを踏んで着地できる場所はランダムだ。メルナの前に着地する可能性は非常に低い――それでもここで指をくわえて見ているくらいなら、1%の可能性だろうが賭けてやる!
「とう!」
俺はジャンプして、全体重をバネのトラップに預けた。
カチリ。
「うおぉおおぉおおぉおおっ!?」
全身が、空中に放り出された。
まるで逆転の出目が出ることを祈って放り投げられたサイコロの気分だ。
俺の作戦――吉と出るか、凶と出るか。
「ぐっ!」
体が地面に衝突した。俺は急いで立ち上がり、自分が着地した場所を確認する。
「シ、シトさん……!」
「メルナ!」
メルナの声が聞こえた。メルナの近くに着地することができた。
だが残念なことにサイコロの出目は――凶だった。
「クソ……よろによって、メルナの『後ろ』に着地しただと……!!」
メルナの前ではなく、メルナの後ろに着地した。
それはつまり、絶対にメルナを守れない位置に着地してしまったということだ。
「ガウウゥウウゥ! ガウウウゥゥゥーー!!」
「くっ……! 今行くぞ、メルナ!!」
向こう側から走ってくるリュコスに対抗して、俺もメルナの方へ走っていく。
間に合わない。リュコスの方が圧倒的に素早い。メルナがこちらに逃げていることを考慮しても、絶対に間に合わない。
それでも行かないと……!
「メルナァァアァアアァ!!」
「ごめんなさい……シトさん。後は、任せました」
「!!」
メルナはそう微笑んだかと思うと、こちらに逃げることをやめてリュコスの方へ振り返った。そうして覚悟を決めたように仁王立ちをし、その場で立ち止まった。
アイリとティズが叫ぶ。
「諦めちゃダメよメルナ! シト様のとこに逃げて!!」
「メルナがいなくなったら誰がみんなを回復するのだ!!」
メルナは動かない。向かってくるリュコスに盾を構えるのみ。
そしてついに――
「ガアアゥウォオオオオオオォオオオーーーー!!」
ガブシャアァアアァアアァア!!
「ひぎゅっ……ぅうああぁああぁあぁあああーーーーっ!!」
リュコスの噛み付き攻撃が、メルナに炸裂した。
バックラーという貧弱な装備に加え、アイリのファミリーシールドもすでに切れている。メルナのHPはたった一撃で半分も削れた。
「グググ、ガァアアァアア!!」
パーティの要であるメルナを始末できる。そう勝利を確信したように、リュコスはにぃぃと嗤い顔を見せつけた。
声を出すことも困難な状態のメルナは、絞り出すような声で言う。
「ひ、ひ……引っかかり……ましたね……」
「!?」
勝利を確信したのは、メルナも同じだった。
リュコスは気付かなかった。メルナにトドメを刺すことに夢中で、その他の場所に視界が行かなかった。
だから俺の接近を許してしまったのだ。
「!! シト様!? その手に持ってるのは!?」
混沌の光はすでに発し終えた。俺の右手にあるのは、漆黒の大剣――
「ブレイブソード!? なぜなのだ!? さっきリュコスに外したから使えないはずなのだ!?」
「……ああっ! スキルの魔導書だわ!!」
そのとおり。
リュコスがメルナに攻撃している間、実はメルナが俺に向けてスキルの魔導書を渡していてくれたのだ。そう――「ごめんなさい……シトさん。後は、任せました」、あのセリフとともに。
リュコスが大喜びでメルナを攻撃している隙に、俺はブレイブソードを再び発動していたというわけだ。
メルナは必死に言う。
「シトさんのおかげ……です……! シトさんが私の後ろに着地してくれたから……スキルの魔導書を渡すことが……できました……!」
「悪いな、メルナ……結局俺が使うことになってしまって」
「いいんです……だって、みんなが勝つことが一番ですから……!」
「グゥォオオオ……! グォオオオォオオオオ!!」
リュコスは唸る。
俺は大きくジャンプし、全身を仰け反らせてブレイブソードを構える。
「さあ、ド畜生! 避けられるもんなら避けてみろ!! メルナを倒そうとしたことが『フリ』だったとしたならな!!」
「ガウゥォオオオォオオオオォーーーー!!」
リュコスもジャンプし、俺に真っ向から跳んでくる。
そして――
「!!」
「!!」
バギッシュゥウウウゥウゥゥゥゥ!
ズバッシャァアアアァアァァァァ!
「……!」
剣と牙が、交わった。
俺とリュコスは攻撃を終え、それぞれ背中合わせに着地した。
アイリが不安そうな声で言う。
「ど、どうなったの……? 攻撃は、当たったの……!?」
「……ぐっ!」
「シト様!!?」
がくりと俺は膝をついた。
ブレイブソードは効力を失い、元のバルムンクへと戻る。
リュコスの攻撃は俺にヒットした。鋭い牙で腹をえぐられ、俺はガハッと胃液を吐き出す。
地面に手をつき、えぐられた傷を抑えながら、俺は辛うじて言う。
「ど、どんな相手でも一撃で仕留める……これが俺のスキル……」
ドサァァアァ!
リュコスの巨体が、夜の原っぱに倒れ伏した。
「ブレイブソードだ……!」
ドカン!
ドカン! ドカン! ドカン! ドカァァアァン!
リュコスの体が爆発した。ダイナマイトのような派手な爆発が連続して起き、そして一際大きな爆発が起きたあと、リュコスは消滅した。
俺はフッと笑う。
「リュコス――討伐!」
「!!」
俺は勝利宣言を口にした。
「シト様ぁああぁぁあぁぁぁあぁぁあーーーーっ!! やった! やったぁあぁぁーーーーっ!! リュコスを倒したぁあぁあぁあぁあーーーーっ!!」
アイリがぴょんぴょんと飛び跳ねて喜びの声を上げた。
ボスモンスターを倒したことで力が抜け、俺は四つん這いの体制から倒れ伏した――と思ったその直後、近くにいたメルナが俺の身体を支えてくれた。
「シトさん、お疲れ様です……! 本当に強敵でしたね……シトさん、すごく、すっごく、カッコよかったです!」
「……フン。お前も、そんな顔するんだな」
「えへへへへ……♥」
メルナは頬を赤く染めて、乙女のように柔らかく微笑んでみせた。
ちなみにリュコスの攻撃を受けたことによって、今のメルナは服にダメージを負っている。パツパツだった法衣の胸部分が破けてしまい、奥ゆかしさを感じさせる黒のブラジャーとともにパーティ一大きい巨乳がさらけ出されていた。
そんな巨乳を傷ついた俺に押し付けるかのように、むぎゅぅぅと抱きしめてくる。
「もが、もが(おい、こら)」
「シ、シトさん……っ♥ 私、なんだか胸が熱くなってるんです……わかりますか♥ 私、シトさんのことが、す、す、……♥」
「もがががが(離さんか)」
俺の顔を谷間に埋めようとするメルナに、駆け寄ってきたふたりが雰囲気をぶち壊した。
「こらーーーーっ!! メルナ、何やってるのよ!! わたしのシト様をたぶらかしちゃダメーーーーっ!!」
「シ、シト! メルナから離れろなのだ! そ、そんな変なことしちゃダメなのだっ!!」
「ひゃっ!? あ、あ、ち、違うんです、これは……!」
「ぶはっ。……やれやれ」
ふたりに叱られて我に返ったメルナは一気に羞恥心を感じてあたふたと慌てた。
俺は谷間から抜け出て、気を引き締めなおすように立ち上がる。
ボスモンスターを倒したことで、フロア内のモンスターはすべて消滅した。次の階層へのホールが出現する。
「下らないことをしている場合じゃないぞ。俺たちはまだ、最初のボスを倒したに過ぎないんだ」
「そうね……でも、シト様がいるならどんな困難だって乗り越えられるわ!」
「そうですよ! シトさんがいるなら絶対大丈夫です!」
「この先もっと辛くなるのだ……ここからはティズもみんなといっしょに行くのだ!」
4人の意思が結束した。
俺たちはまた気持ちを新たにして、次の階へと進んでいったのだった。
次回の更新は2/23の午後7時です。