約束
「ここは…どこだ」
目を覚ました私はゆっくり上体を起こし辺りを見回した。
そこはいつもの血や埃にまみれた部屋ではなく、清潔でオレンジの光が優しい暖かな部屋だった。
「確かレムという女がルルームと戦ってルルームが逃げたんだ。私はその後…」
ふとももの辺りに違和感を感じた、掛けられた布をめくると脚全体に小さな火傷が幾つかあった。私は自分がどんな目にあったのかを理解した。
「おはようございます」
しばらくすると部屋にレムが入ってきた。レムは私の脚の火傷を見ると、悲しげな表情を浮かべ頭を下げた。
「ごめんなさい…あなたに怪我を…」
レムの声は震えていた、まだ全然知らない他人なのに彼女のごめんなさいという言葉は私の穴だらけの心を少し満たした。
「いや別にあやまる必要はない、私は死なないからね。」
レムの表情が少し明るくなった気がした。
「それより教えてくれあなたは何で私を助けたんだ?」
「それは…あなたが」
「いつまで待たせるつもりだ」
いつの間にか扉の前で大柄な男が腕組みをして立っていた。男はレムを押しのけ私の前に立った。
「リールちょっと待ってください、ヴェルはまだ…」
「黙れ、使えない雑魚が。おいヴェルとか言ったな?もう治っただろ、行くぞ。」
リールと呼ばれた大柄な男はドカドカと足音を立てながら部屋を出た。私はリールと呼ばれた男について行く事にした。
「気をつけて…ヴェル」
私が部屋を出る瞬間レムの悲しげな声が聞こえた。
リールに連れて来られた場所は先程いた暖かな雰囲気の部屋とは違い、黒い壁に様々な種類の武器がかけてある物騒な部屋だ、私はある事を想像しながら溜息をついた。
「リールだっけ?あなたは私を弄るのかい?」
リールは何も答えない、だがリールから感じる気配は私を弄ってきた獣達と似ていた。
「遅くなったね、すまない」
重苦しい空間には似つかわしくない声と格好をした男が入ってきた。私の前に立つと男は髭をいじりながらジロジロと私を見た。
「これが再生能力を持つ人間か、若いのに覇気がないね。あっリール君連れて来てくれてありがとう、もういいよ」
失礼しました、とリールは言い部屋を立ち去る、様々な武器が並ぶ部屋で妙な格好をした男と二人きりという状況は私の心に少しだけ恐怖を与えた。
「そんなに緊張しなくてもいいよ、君を殺しはしないから。ただお願いがあるんだ、ねっお話しようよ。」
男は部屋の真ん中にある椅子に座る、私も男の向かいにある椅子に座った。私が椅子に座った瞬間全身にピリッとした痛みが走った。
「私の名前はルドン、よろしくね」
「あぁよろしく。」
握手をした後、ルドンはふぅ、と腑抜けた声を出し近くにあった剣を取っていじりだした。
「聞きたい事があるようで悪いけどこっちから話すね。君には僕達の軍に入って兵士として戦ってほしいんだ。」
ルドンは剣をいじりながら話を続ける。
「僕達の国グローリアは最近隣の国から嫌がらせを受けていてね、恐らく1年後には戦争になるんだ」
私はルドンの言葉を聞き理解した。
「そうか死なない私を兵として戦地に送りこめば多少は勝率が上がるというわけか」
「それもあるけどもっと別の理由があるんだ。」
それは何だ、と聞こうとしたがルドンは何も答えるつもりはないといった様子で剣で遊んでいる。
しばらく黙っていると遊び飽きたのか剣を捨てルドンが口を開いた。
「まあ分かるけどこれを聞いたら悩みも吹き飛ぶよ」
ルドンは厭らしく口を歪める。
「マカロ」
気がつくと私はルドンを床に押さえつけていた。だがルドンは予想していたようで涼しげな顔をしている。
「お前マカロに何をした」
「まだ何もしてませーん、まだね。ルルームを追って君の住んでた見世物小屋に行くと、マカロちゃんが子犬みたいに震えていたんで保護したんだよ。ねっ僕の言いたい事、頭が良い君ならもう分かるよね」
「…分かった」
私はルドンから離れた、ルドンは服を正しこちらへ向くとニッコリ笑った。
「ありがとう分かってくれると思ってたよ、もう大好き」
吐き気がする、ルルームと同じ気持ち悪さを感じた。
「ルドン、お前に言われた通り軍に入ってやる、だがその代わりマカロには関わるな」
「いいよ。約束しよう。」
これ以上ルドンの顔を見るのが嫌だったので私はさっさと部屋から出る事にした。
部屋の扉を開けると外にはレムがいた。
「おやおやレム君じゃないか、ヴェル君が心配だから来たのかい?」
「はっはい…」
「ちょうど良かった、これからヴェル君は僕達の軍に入る事になった、そうだな…世話は君に任せよう」
「なっふざけないで下さい!何故ヴェルを軍に⁉︎」
熱を帯びたレムの声が響く、部屋に立て掛けられた武器が少し歪んで見えた。レムの周りには複数の火の玉が浮かんでいた。
「あらら?まさかの上司に反抗?こわーいでちゅ…まったく、本当に使えんな君は」
ルドンが手を叩くとレムの周りにあった火の玉が一瞬で消えた。
レムは力が抜けたのかその場にへたり込んだ。
「なっ…」
「早く行きなさい、じゃないと君の存在を消しちゃうぞ〜」
ルドンは笑っている、だがその笑顔は私が今まで見てきたどの顔より狂気を孕んでいた。
「っ…分かりました。」
私はレムに手を貸しその場を去った。
「疲れたなあ」
ギシギシと鳴る壊れそうな椅子の上で欠伸をした。
「凄いなあの子」
僕の目の前にはヴェル君がさっき座っていた椅子がある、だがこれは本当の姿じゃない。指をならし椅子にかけた術を解くと、何人も葬って来た毒毒しい本来の姿を見せた。
「ビックリビリビリ椅子を座って生きた人間はいないんだよね、この椅子に座ると身体中に電流と猛毒が一気に回って死んじゃうだけど、ずっとピンピンしてるんだもん本当にビックリ」
僕はこの部屋にかけた術を解いた。部屋にある武器や壁は本来の姿に戻る、部屋には何も喋らない沢山の人間と僕だけが残った。
「バレたらここ追い出されるなあ、片付けよう…リール君いる?」
「はい…」
リール君は音を立てず僕の隣に現れた。
「いつものー」
リール君は頷くと本来の姿に戻り屍をムシャムシャと食べ始めた。
愛犬が餌を食べる様子を愛おしく思った。
リール君は全て食べ終わると僕の隣でスヤスヤと眠り始めた。
「はあ…幻の再生能力を持つ人間ヴェル…彼はこの国を世界を変えてくれるかな、どう思うリール君?」
僕はそっと彼の頭を撫でた。