変化
薄暗い控え室で私は用事された衣装に着替えている。衣装は女が男を誘惑するために着るような際どい服だ。ルルームに客が喜ぶからと無理矢理着せられているが、男の私がこれを着るのはやはり違和感がある。
「出番だぞヴェル。」
「ルルームか。」
見世物小屋の経営者ルルームがにやけながら入って来た。
ルルームは舐めるようにこちらを見るといきなり笑いだした。
「やっぱりその格好最高だ、お前は女装がよく似合う。さぁ俺の可愛いお人形ちゃん、今日は久しぶりにお客さんが沢山いる。しっかり稼いでおくれよ。」
ルルームの酒臭い口が私の顔に近づきねっとりとそう囁いた。
衣装に着替え終わり私は控え室の片隅にある錆びた檻に入った。檻の中は私の臭いで溢れている。
「それじゃヴェル、行こうか。」
ルルームが指を弾いた瞬間私は薄暗い部屋から一転、光が眩しい別の部屋にいた。
ルルームの能力は空間を操る力、私をさっきの薄暗い部屋からこの部屋に移動させたのだ。私の周りには血に飢えた獣のような人間がナイフやハンマー等の武器を持ち集まっていた。
「いやあ皆様お待たせいたしました。これが我が見世物小屋ブラッドパンプキンの最大の見世物!再生能力を持つ人間ヴェルです!」
いつの間にかルルームが隣にいた。
「どなた様も日々の鬱憤やストレスが溜まっているでしょう?その激しい思いを!欲望を!どうぞこの再生人間ヴェルにぶつけてください!斬ってもよし潰してもよし何でもあり!皆様存分にお楽しみください!」
檻の鍵が外された。檻の扉が完全に開けば獣達は襲いかかり私はいつもの様に弄られ玩具にされる。嫌だとは思わない、私を襲うことにより満足した表情を浮かべる人間を観察するのが私の趣味だ。
満足した表情はとても滑稽で阿呆らしい、そんな小さな生き方の人間を見て私はいつも笑ってしまうのだ。
扉がギシギシと音をたてる、もうじき完全に開くという合図だ。獣達の荒い鼻息がこちらに伝わってきた、限界なのだろう。
「ではごゆっくり」
扉が完全に開くと同時にルルームがそう言った。獣達は血眼になり私に向かって走ってきた。
最初に私を弄る人間は中年の男だった。男が手に持ったナイフを私の首めがけ振り下ろす。
変わらない、いつもと同じだ。そんな事を私は考えていた。だがその考えを変える出来事が起こった。
男のナイフが私の首に触れようとした瞬間部屋のドアや窓を突き破り火の玉が入ってきて私以外の人間を襲ったのだ。部屋はたちまち火の海となり人々は恐怖の叫び声をあげた。
「なんだなんだこれは…くそ帰」
「そうはさせませんよ、ルルーム。」
ルルームは舌打ちをした。火の玉によってボロボロになったドアを蹴破り赤髪の女性が入ってきた。
「溶魔女のレムか。まさかお前が来るとは」
「はいお久しぶりです、あなたを殺しにきました、そしてヴェルを取り戻しに来ました。」
レムと呼ばれた女は何が起こったのか分からず呆気にとられていた私を見るとニッコリ笑った。
「そりゃ困るな、ヴェルは稼ぎ頭なんでね。盗られたら困るんだよ!」
ルルームは何もない空間から拳銃を取り出し何かを囁き数発撃った。
弾はパニックになっている人々をすり抜けレム目掛けて一直線に進む。レムは手の平から火の玉を作り出し私とルルーム以外の人間を全て燃やした。
「それで私を殺せるとでも?」
余裕といった表情を浮かべるレム、しかし突然レムの体から銃弾が飛び出し彼女は倒れた。
「殺せると思ったから撃ったんだよ!俺は空間を操る能力だからな。一発は囮でお前に燃やさせた。残りの撃った弾はお前の心臓にまで転移させて、お前が余裕ぶっこいた瞬間にバーンだ」
ルルームは倒れたレムに近づき馬鹿!馬鹿!死ね!と罵倒しながら蹴った、レムの体から鈍い音が聞こえた。
「この女の所為で金がパァーだ糞ったれ。帰るぞヴェル」
レムは動かない、私は何故か自然とレムに向かって歩いていた。
「おいヴェル何してんだ!まさかまだお仕置きが足りねえか?帰ったらマカロと一緒にお仕置きだなぁ?」
その言葉を聞き私はすぐ歩みを止めた。
「そうだそれで良いんだ。いい子だなあヴェル。聞き分けのいい子は好きだぜ」
ルルームが私の頭を撫でる、なんとも言えない気持ち悪さが私を支配した。
「その子から手を離しなさいケダモノ。」
火の玉が私を撫でてるルルームの腕に直撃した。
「ああつ…あ…あ…あ…」
ルルームの叫びが響いた。
「この糞女、死んでねえのか!俺の腕を…よくもやってくれたな!」
「あの程度で死にません、私の心臓は溶岩で出来ていますから。ね、もう終わりにしましょう。」
レムが指を鳴らすとルルームの足元から火柱が上がった。
灼熱の炎がルルームを襲う、だがルルームは空間を操り捻じ曲げたのか火を拡散させ直撃を回避した。
「腸煮えくりかえるな、この技を使わせるなんて。」
ルルームはそう言うと真っ黒焦げになった腕を自分でひきちぎり、何かを叫んだ。
すると雷を切り裂くような音と共にルルームの背後から巨大な髑髏が現れた。
「溶魔女さんよ、今回はあんたの勝ちって事にして俺は逃げる事にするぜ、ヴェルはあんたのもんだ。だがそいつは金になる、だからまた俺が連れ戻す。それまで精々楽しんでな」
髑髏が口を開きルルームはその中に入った。そして髑髏とルルームは霧のように姿を消した。
「ルルームが消えた?もしかして私は自由なのか?やった…やったぞ。自由なんだ」
私は心が何かに満たされていくのを感じ、喜びのあまりに叫び、盛大に転がった。
「自由なんだ!これで…そうだ!マカロ!あいつにも知らせねば!」
「無駄ですよヴェル。」
私が立ち上がろうとすると、火の玉が私の腹を直撃し貫通した。
「な…に……」
「すみませんこれも命令なのです。少し眠っていてください」
朦朧とする意識の中、悲しそうに私を見つめるレムの瞳は昔どこかで見た事があったような気がした。
「お休みなさい、ヴェル」
レムがそう呟くと目の前が真っ赤に燃えた。