カナリアの思い
「食べるかい?」
鉄の部族の村に行く馬車の中カナリアが青い林檎をこちらに差し出した。
ありがとうと差し出された林檎を受け取り少しかじる、味は少々酸っぱい。
「すまないな、そんなものしか無くて…」
「いや、美味しいよ。」
「昔はこの辺も緑が豊かで果物も沢山あったんだがな…」
馬車の窓から外を見る。外は丸焦げの死体の様な木がポツポツと立っている、地面に生えた草や花は抉られ、それはまるで髪をむしり取られた老婆の様な大地だった。
「酷いだろう。首都から離れた場所はどこもここと同じ感じだ。」
「そうか…何故こんなに荒れているんだ?」
「ボマという生体兵器の所為だ、あの化物はかつて東にあったブランという国が開発したものだ。ブランは自身の開発した兵器を暴走させてしまい滅んだ。そして残ったあの兵器は他国に侵入し人間を襲っているのさ。」
カナリアは頭を抑え溜息をつく。
「今回鉄の部族が反乱を起こしたのはそのボマの駆除を国が行わなかったからだ。鉄の部族の村の近くに、ボマの巣があるのを国は知っていながらずっと放置していた。幾ら頼んでも国は兵を寄越さない、だから反乱を起こしたのだろう。」
確かにあの化物が近くに巣を作っている様な場所には誰も暮らしたくないだろう、鉄の部族が反乱を起こす理由が少し分かった。
「なあカナリア、少し聞いていいか?」
あぁ、とカナリアは小さく頷く。
「鉄の部族が反乱を起こす理由は分かった、だが国はそれを予測できたはずだ。何故国は動かなかったんだ?」
「それは…」
そこで言いかけ、カナリアは立ち上がった、その目は殺気に満ちている。
「どうしたんだ?」
「ヴェル、話は後にしよう。あいつらに囲まれている。」
「まさか…」
「あぁ、あの化物だ。」
馬車の御者にここに敵がいるという事を伝え俺とカナリアは降りた、馬車は空中に浮き急いでその場から立ち去った。
外は霧に囲まれて数メートル先も見えない、だが時々あのキリリリという音が不気味に響きボマがいるという事を認識させた。
俺はいつでもあの斧を出せる様にナイフを持った、横にいるカナリアは左手に細身の槍を持ち、様子を伺っている。
「ボマの数は4体…どうやらここに小さな巣を作っているみたいだな。」
「そんなにいるのか?」
「大丈夫だ、この程度なら君の力を借りるまでも無い。」
カナリアは槍の穂先で地面をなぞりながら前に進む、槍から砂と鉄がぶつかり合う音がチリチリと響く。
「そこだな!」
カナリアは槍を投げる、そして肉の切れる音と共に女の様な悲鳴が聞こえた。
その悲鳴を合図に霧が晴れ、そして目の前に異様な姿をした化物が現れた。
体中に目がある女、手から複数の足が生えた老人、言葉では言い表すのも躊躇ってしまう程の姿を持つ化物がこちらを睨んでいた。
「すまないが死んでもらうぞ…」
カナリアはそう言うと腰につけた細身の剣を取り出し化物に向ける。
奇妙な叫び声を上げカナリアに襲いかかる化物、それを眉一つ動かさずカナリアは一体づつ確実に殺していく。
カナリアの剣技は刀身の細さを利用したもので、細い刀身だからこそあるバネを使い相手の力を受け流し利用して切るという物だった。
地面に転がる化物の死体、それを踏み潰しながら剣を振るうカナリアの姿は鬼という言葉が相応しかった。
数分もしない内に化物の死体の山が築かれた、カナリアは剣を納め深呼吸をしている。
「カナリア…凄いな。」
「いいや、まだあそこに一体いる。」
カナリアの視線の先には家の跡らしき瓦礫があった。
瓦礫に向かうと巨大な赤い蛹が地面にへばり付いていた。
「これはボマの蛹だ。ボマは生きた人間に卵を産みつけそれを宿主にして成長する。この家の跡を見る限り、さっきのボマはここの住人だろう。」
蛹に剣を突き刺す、カビと血の混ざった嫌な匂いが音を立てて漏れ出した。
俺とカナリアは蛹と死体の山に火をつけた、轟々と燃える火を見つめカナリアは悲しげな表情を浮かべる。
「ヴェル、君はさっき何故国は動かなかったと聞いたな。」
「あぁ。」
「それは国がボマを増やす為だ。」
「どういう事だ?」
「西の隣国バラマと1年後には戦争になるのは知っているだろう。その戦争にボマを使う気なんだ。国は圧政をする事で反乱を待ち、誰かが反乱すればその人間を殺してボマの宿主にする。そして戦争に使うのさ、本当に腐っている…」
「そうだったのか…」
自分が何も知らなくて情けない、そして心の中に国に対する怒りが湧いてきた。
カナリアはこちらを見て少し笑った、何か可笑しいのだろうか。
「ヴェル、君は良い人間だ。それに君の彼女も優しい素直な人間だな。君達の様な人が居ると自分が人間だった頃を思い出す。」
「何を言っているんだ?人間じゃないか。」
カナリアは自嘲気味にケラケラと笑った。
「いや、私は人間じゃないよ。国に命令され罪の無い人を殺してきた化物だ…だけど私は…」
カナリアはそこで言い止める。
カナリアが何を言おうとしたのか分からない、だが感覚的な物を感じ取った。
「カナリア…鉄の部族は絶対助けよう、どうすればいいか分からないが俺に出来る事があるなら何でも言ってくれ。」
「ヴェル…ありがとう」
カナリアは小さく頷く、赤く燃える火に照らされたその顔はどこか儚げだった。




