ずっと一緒にいてあげる
最初は四十九日までだと思っていた。でも半年経った今も彼女はあたしたちの家に住んでいる。彼女が去ろうとする気配もない。ただ一日を数えるような生活になっていた。だが、拓もあたしと同じような目に遭っていたのか彼の体が日に日に細っていくのが分かった。
物音がすると絶対にそちらを見る。ちょっとした風が抜ける音さえ、反応するようになった。静かなのが嫌で見もしないのにいつもテレビをつけているようになった。
彼女から身を守る術をあたしは知らない。誰にどう相談していいのかも分からなかった。
あたしたちは綾が目の前に現れると、距離を置くようにもなった。どちらが言い出したかも分からない。ただ自然とそうなっていたのだ。
今まで何を話していたのか分からないくらいに会話もなくなっていった。顔を見合わせると、互いに目をそらす日々が当たり前になっていく。
最初にそんな生活に根をあげたのは拓のほうだった。
綾を睨むと、強い口調で言った。
「お前が憎いのはこいつなんだろう? こいつと離婚したらこいつについていくんだろう?」
根源を無視し、あたしを綾のいけにえにしようとしている彼に言いようのない憤りを覚えていた。
「あたしを裏切る気?」
あたしの言葉に拓はあたしを睨む。
「だいたい、お前が綾と友達ってことを黙っていたからいけないんだろう?」
「二股をかけていたのはそっちでしょう? 言わなかったくせに」
あたしたちには新婚の頃のような気持ちはなくなっていた。
会話ができなくなったあたしたちの行き着いた先は顔を合わせるだけで言い争い、互いに責任を押し付けあう関係。互いに自分だけ彼女から逃れる方法を探していたのかもしれない。
タイミングを狙ったように、綾の言葉が届く。
「憎い? そんなことあるわけないでしょう?」
彼女は微笑むと、あたしたちを順に眺める。そして、間を置いて、笑顔を浮かべる。
「二人ともすごく大好きだよ」
ちょっと照れているのか、声が上ずっている。
その十年前なら喜んであろう言葉に全身に鳥肌が立つのに気づく。
拓も同じものを感じたのか、彼の顔も引きつっていた。
「あたしのために喧嘩しないでよ。心配しなくても別居しても拓にもはるかにも会いに行くから。だから、仲直りをしてね」
また屈託のない笑顔を浮かべる。
一生彼女につきまとわれるかもしれない。そう思った自分の考えを否定したくて、精一杯の勇気を出して、彼女に問いかける。
「いつまでここにいるの?」
綾は首をかしげて微笑んだ。
「どうしようかな?」
そこで一息つく。
そしてあたしたちを順に見る。
その瞳から笑顔が消える。捨てられた子犬のように寂しげな目であたしたちを見ていたのだ。
「もしかしてここにいたら迷惑?」
態度だけではなく、言葉でも、絶対に迷惑と言えないような聞き方をしてくる。
「……そんなことないよ」
「よかった」
語尾にハートマークでもつけてしまいそうな甘い声を出す。
彼女の目からはそんな寂し気な気配が消え、あたしに腕を回してくる。あたしの腕がひんやりと冷たくなる。
彼女が物や人間に触れることができることはわかった。だが、彼女が時々計らうように、力を込めることができるのだろうか。そう思ったとき、綾が腕を解き、右手であたしの腕を鷲づかみし、爪を立てる。まるで、実体のある人のように力強い、食い込むような感触が残る。その部分は赤い痕跡が残る。
うめき声を出したあたしに綾は笑顔を浮かべる。
「はるかが知りたいのはこういうことだよね?」
そのとき気づく。
彼女はあたしの心の中まで読んでいるのだ。
恐怖も。
罪悪感も。
戸惑いも。
それを知っていて楽しんでいる。
綾はあたしの耳にそっと囁く。
「あたしたち親友だもの。ずっと一緒にいてあげる」
彼女の視線だけが拓に移る。
「もちろん拓もね」
彼女は首をわずかに傾げて、笑みを浮かべる。
「……ずっと、ね」
静かな空間に同調するかのような静かな声。
彼女は屈託のないとても可愛い笑顔を浮かべていた。
終