切り餅オバケが現れた!
この作品に出てくる「切り餅オバケ」は、なろうで活動中の餅角ケイさんをモデルにしたキャラクターです。ケイさんには事前に許可をいただいた上で掲載しております。
縁側に大きな切り餅が落ちていた。ティッシュ箱ほどの大きさで、茶色い焦げ目がついている。陽子が拾い上げてみると、思ったよりも軽かった。
「こんにちは」
切り餅が喋った。焦げ目のように見えたのは、顔だったのだ。指でつつくと笑う。爪の先でぐいぐい押すと、奇妙な表情で吐息を漏らす。
「不気味だわ」
しかしこんなに大きな餅はなかなか手に入らない。陽子は物置へ行き、火鉢を探した。
古い火鉢を奥から引っ張り出してくると、切り餅がなくなっていた。きっと弟たちの仕業だ。陽子は部屋へ走っていった。
「風太!」
遅かった。下の弟は両手で餅を引きちぎり、歯形をつけては放り投げていた。きゃっきゃっと笑いながら、よだれまみれになった餅の欠片を差し出してくる。
「何てことしてくれたの!」
陽子は弟の手をはたいた。弟の顔がくしゃっと歪み、大声で泣き出す。泣きながら餅のほうへ這っていき、また口に入れようとするので、陽子は取り上げた。
よく見ると、それは紙粘土だった。
「好きなだけ食べてなさいよ」
紙粘土を顔に押しつけると、弟はさらに激しく泣いた。陽子は急いで部屋を出て、ふすまを閉めた。転げ回る音が聞こえたが、構わず走り、上の弟の部屋へ行った。
「月ノ介。ちょっと風太見ててくれる?」
「今、いそがしいです」
上の弟は窓際に座布団を敷いて座り、天井を眺めている。どう見ても暇そうだった。
「いいから来て」
腕をつかんだが、上の弟は立ち上がろうとしない。見ると、膝の上に切り餅が乗っていた。すっかりくつろいだ顔をして、鼻歌まで歌っている。
「あんたが持ってたのね。返してちょうだい」
しかし、餅は弟の膝にくっついたまま離れない。引っ張っても、むにっと伸びて変な顔になるだけだ。
「いやがってますよ」
「生意気ね。ただの餅のくせに」
ただの餅なんかじゃない、と餅が言った。
「私は切り餅オバケのモチカ・ド・ケイ。かつてはゴーストハンターの片腕として、世界を旅してきた。宇宙人に会ったこともある。私に捕まえられない獲物はない」
「たとえば何を捕まえたの?」
「首吊り死体に、メタボ死体。同性愛者の死体なんかもお手の物だよ」
「要するに死体フェチじゃん。変態が」
陽子が手を伸ばすと、弟が餅をかばうように立った。
どきなさい、と陽子は言った。
「あぶって焼いて破裂させてやるんだから」
「そんなことはさせません。ケイは僕のものです」
餅は弟の後ろに隠れ、嘲るような笑みを覗かせる。陽子は弟の襟首をつかんだ。
「月ノ介。言う通りにしないとどうなるかわかってるわね?」
「人類がめつぼうします」
「滅亡するのはあんただけでいいわ!」
陽子は口を開け、喉の奥から真っ赤な炎を吐き出した。その途端、弟の後ろから餅が飛び出し、蛇のように伸び上がった。先がばっくりと割れ、鋭い歯をむいて陽子に襲いかかる。
たかが餅、と思ったら大間違いだった。煮ても焼いてもいない生餅は、とんでもなく固いのだ。
「ぎゃっ!」
ふくらはぎに噛みつかれ、陽子は飛び上がった。さらにお尻を噛まれ、何とか振り落としたものの、スカートの裾を千切られてしまった。
お前も死体にしてやる。
低い声が頭の中に響き渡った。陽子は歯を食いしばり、餅から離れた。
「覚えてなさい。月ノ介なんかに味方して、絶対後悔するわよ」
陽子は足を引きずり、自分の部屋へ戻っていった。
* * *
姉が行ってしまうと、月ノ介は小さく息をついた。餅は甘えたように、足に顔をこすりつけてくる。
「よかったです。姉さんにとられなくて」
「ありがとう。月ノ介は優しいね」
餅はほんのりと頬を染めて言った。
月ノ介は餅を台所へ連れていった。まな板の上に乗せ、包丁を出してくる。
餅は夢心地の表情で月ノ介を見上げていた。月ノ介は微笑み、包丁を振り下ろした。
数十分かけて、餅をずたずたに斬り刻んだ。そして、乾麺と一緒に熱湯の中へ放り込む。タイマーをセットして、弟の部屋へ向かった。
「風太」
弟は顔に涙と鼻水をつけたまま、ひゅうひゅうと眠っていた。辺りにはぼろぼろになった紙粘土が散らばっている。月ノ介はそれを片付け、弟にタオルケットをかけてやった。
「もうすぐ、餅うどんができますからね。小さく切ったから、風太も食べられますよ」
夢を見ているのか、弟は眠りながら笑っている。
台所から、くつくつと餅の煮える音が聞こえてきた。この音と、とろとろに溶けた餅の舌ざわりが、月ノ介は好きだった。
「ぜったいに、焼くより煮るほうがおいしいです。そうおもいませんか」
弟の夢の中で、切り餅オバケがうなずいている。そんな気がした。