大晦日
十二月三十一日、今日は大晦日。今日で長いようでとても短く感じた二〇十四年も終わる。
振り返ってみると、今年は非現実的な意味で充実した一年だったと思う。
大学に受かって、鬼石島から鬼石港に一人で出てきて、シェアハウス“ゴブリン”で変わった人たちとだけれど一緒に、けれど一人で生活し、周りの環境も一気に変わって……。なにより、一番オレに変化を与えてくれたのは鬼灯稔という不思議な少年だった。
“鬼人”という非現実な存在の人ともたくさん触れ合えたのももちろん稔のおかげだし、人間ではないのに今まで普通に人間として生きてきたオレなんかよりもずっと人間らしい彼らからはたくさんのことを学んだ。学んだ、のだが……こうやって綺麗に一年を振り返ってはいるが、ふと我に返ってみるとどうしてと綺麗にまとめられない、まとめてしまうとなぜか悔しさを覚えた。
「ふええぇ……」
オレの身体に自分の身をぐったりと委ね、全身の力を抜きに抜いた、この一年オレの――花本篤志の環境を変えた少年が完全にだらけきっている姿を見ていると、二〇十四年の総まとめとして“彼のおかげ”みたいな感じで終わらせるのは悔しい、というより腹立たしかった。それくらい、鬼灯稔はいつになくぐうたらしてした。
「稔ぅ、重い」
「あううぅ、篤志さん。ふええぇ」
「なあ、ちょっとは退いてやろうって気にはならねぇの?」
「うああぁ……。動くのがめんどくさいですぅ」
鬼灯稔という少年はオレの大切な親友だ。出会った当初はまさかこんなにも親密な関係になるとは微塵にも感じなかったが、あの頃はもっとキリッとしていた。背筋も伸び、けれどどこか冷たくさみしい雰囲気を背負っていたそんな彼だった。が、今はそんな姿が微塵にも感じられない。
毎日のようにぐうたらとしては炬燵に入って暖を取り、暖を取るのはいいがそこを住処にしては一歩も動こうとせず、トイレに行くのもオレに抱っこを求める始末。
「はぁ、さむさむだと動くのが億劫になります」
「さむさむじゃなくてもオメェは一歩も動かねぇだろ」
「はっ、そんなことないですよ。僕は、ほら……シュッシュッシュッて、ほら、動けますよっ」
言って稔は腕だけを素早く動かしてみる。これが彼なりのぐうたらではないという証拠らしい。
「でさ、稔。今日はなんの日か知ってるか?」
このままぐうたらな稔を相手にしていても埒があかないので、オレは今日、大晦日のことを振ってみる。すると稔は少し身体を起こして首を捻った。
「今日は、大晦日ですよ」
「大晦日だから、なんかこう……なんかないの?」
「お蕎麦は食べましたっ」
「いや、そうじゃなくて……」
「お蕎麦だけじゃ、篤志さんは物足りないですか」
「いや、だからそうではなく……」
大晦日といえば年越しそば。そんなこと誰だって答えられる。違う、オレが求めているのはそういうことではない。
「だからさ、あと一時間もしないうちに今年が終わるじゃんか」
「はっ、そういえばそうですね」
「それで、こう……なにか、改めてお世話になりました的なことってないのかなーって思ってさ!」
別にオレはなにも期待していない。期待はしていないが、稔が今年一年オレの知ってるところ知らないところで大活躍していたことはさておき、こう、なんというか、下心が働いているわけではないがせっかく膝の上にいるのだから大晦日サービスをしてくれないのかなぁという淡いうずうず感というものはある。
この一年、オレは稔と友だちという域を超えた仲になってしまったと思っている。彼にそういう感情があってかはわからないがキスもされたし、毎晩一緒に寝てるし、風呂だって気兼ねなく一緒に入れるような関係になった。今だってこんなにも身体を密着させている。感情のない稔としては無意識無自覚の中でやってるのかもしれないが、オレにとってはまさにドキドキな状態だ。
「篤志さん」
ふと、稔がこちらを向いてオレのことを呼んできた。
「ん?」
こう見えて自分は感情を押し殺すのが上手だと自負している。なので、今まで湧きに湧きあがっていた下心を一気に殺す。
「篤志さん。今年一年、あなたにとってどんな年でしたか」
「え?」
抑揚のない口調で問うてくる稔。
「僕は、とても有意義な一年でした。新しいことに出会い、新しい人に出会い、貴重な体験ばかりしてきたような、今までにないきらきらとした一年でした」
そして、唐突に彼は言う。オレは、ただ聞いているだけでなにも答えられない。
「だから、来年も同じようにあなたと一緒にきらきらとした一年を過ごしたいです。……篤志さん、今年はお世話になりました。来年も、よろしくお願いします」
そう言って、稔は白く冷たい手でオレの手を握り、そこに唇を当てた。瞬間、胸の奥から脳天に向かって一気に高熱が噴き上げてくる。
「も、もううぅ! 稔反則!!」
あれだけさっきまでぐうたらしていた稔から唐突に告げられた言葉に、オレはすぐさまそう言い返した。悔しい、さっきまで完全脱力していた稔にこんなことを先に言われるなんて悔しい。悔しい!
「はあ、僕はもう言うべきことは言ったのでぐうぐうたらたらしますね。ふえええぇ」
そして、人の気も知らず稔は再び脱力してぐうたらモードに入る。オレの挨拶なんて聞く気すらないくらいに。
「んもおお……。っと、稔はあぁ……」
せっかく頭の中に浮かんでいた彼への言葉を一旦保留にさせ、オレは力の抜けた稔の頭をグシャグシャと掻き乱してやる。それには、ふええええっ。と情けなく悲鳴をあげてくる。
「もうっ、何するですかっ」
「全部稔が悪い!」
「僕何も悪くないですっ」
「わーるーいーでーすーっ!」
こうして、オレと稔は年が明けるまでちょっとした口論を続けていた。でも本気の喧嘩ではないし、これが原因で仲違いするものでもない。
オレは、稔と出会って、稔と友達になってとてもよかったと思う。こんなにも自分の事を大切に思ってくれる人なんて、今の時代おそらくいない。だからこそ、自分も彼のことを大切にしたい。大切にして、必ず彼を人間にしてやるんだ。
「篤志さんはホントにだめだめですぅ」
「誰がダメダメだ! このふにゃふにゃ!」
「はっ、僕はふにゃふにゃではありませんっ。そういう篤志さんはへなちょこですっ」
鬼灯稔はオレの大切な親友だ。だから、こうして一年の節目に一緒にいられることがとてもかけがえなく思う。
こんな時間が、これからずっと続けばいいのに。オレは彼と軽い口論を繰り広げながら、稔の分まで笑いながらそう思い、願うのだった。