第六十九話『懐かしい季節』
なにもせずとも時間は過ぎる。時間が過ぎれば季節がめぐる。
そして、彼女達はなにもしなかったわけではなかった。
秋から親衛隊達は積極的に活動を開始し、城の中でも城の外でも成果を残した。こなした任務は数知れず、感謝の言葉を言われた回数も両手の指では足りない。
任務と平行し、厳しい冬の間に訓練で腕を磨いた。ずぶの素人が大半だったはずの彼女達は、軍の兵士達と比べても戦力が抜きん出ている。レナーテの指導によるところが大きいだろうが、脱落することなくついてきた彼女達の努力が何よりの理由だった。
少人数に対する徹底的な指導をこなし、着実に成果を上げ始めている彼女たちに対する評価は高い。上層部の中には、奇妙な試験によって集められたという理由から、冷たい視線を送るものもいる。しかしそれが霞んでしまうほど、城の中での彼女たちへの評価が高い。
そして彼女達の周りでは秋が終わり、冬が通り過ぎ、懐かしい春がやってきた。
彼女たちは春に採用され、春に訓練を始めた。あの時はほぼ全員が他人だった。年齢も違えば住んでいたところもバラバラだ。出身の国は同じでも、山を一つ越えれば風習は大きく変わる。考え方も性格も違う者達が集まり、同じものを食べ、同じもので過ごした。時間が過ぎるにつれ、一つ季節を乗り越えるごとに、彼女たちは仲間になって行った。
苦しい時を支えあい、楽しい時を共に分かち合った。衝突することもあったが、それをきっかけで仲間になったものもいる。これまで過ごしてきた時間が、彼女たちを一つにまとめている。
一年がたち、いよいよ彼女たちの正式採用が決まるときが来た。噂では、最終判断として、最後の試験が課せられると言われているが……。
「それだってどうせ消化試験みたいなもんだと思うがね。よっぽどのへまでもしなきゃ当確だろうよ」
ディアナが壁に寄りかかって座りながら、そんなことを言った。
「で……でも、よっぽどのことをしたら不採用ってことだよね?」
近くに座っていたフレイヤが不安げに言う。ディアナはそれを聞いて笑う。
「そうだねぇ。速攻で武器を手放して泣き出しでもすれば不合格になるかもしれないね」
その言葉にフレイヤは青ざめるが、エーフィとニーナはクスクスと笑った。
この場には四人がいた。ディアナとエーフィが話をしているところに、ニーナとフレイヤがやってきたのだ。話題は噂に聞く正式採用試験の話だった。
「そういえば私たちってまだ仮採用だったんだよね~。すっかり採用されたつもりでいたけど」
「そうですね。必死に訓練や任務をこなすことばかり考えていて、正式採用のことを忘れてしまっていましたね」
ニーナとエーフィがしみじみとそういった。これにはディアナが呆れたような声を出す。
「やれやれ、頭の仲間でのんびりしてるような奴と話してると調子が狂っちまうよ。あたしは一年前からここを目標にやってきたってのにさ……」
「へ~、意外だね~。ディアナでも正式採用されるか不安になっちゃうことがあるんだ?」
「違う違う。あたしが興味があるのは親衛隊長の任命だよ。噂じゃ、正式採用のタイミングで親衛隊長も決めるって話だ」
これにはエーフィが首をかしげる。
「正式採用されると同時に発表されるのですか? まだ親衛隊の具体的な業務もよく分からないのですよ? いきなり隊長を任命されても困るのでは……?」
「王族の警護が主だというのは同じだろうが、主から下される仕事をこなすのが王族の親衛隊だ。具体的な仕事なんてないんだよ」
「それにしたって、仕事に対する適性を見てから隊長を決めるものなのでは? ノルベルト様が指揮を取られるというなら、そんなに急いで隊長を決める必要も感じられません」
ディアナはにやりと笑ってエーフィを指差す。
「確かに隊長の任命時期に決まりはない。主になる王族が直々に任命するから、時期がばらけちまうんだな。だが、ノルベルト様は前回の男の親衛隊正式採用の時に、親衛隊長を指名している。だから今回も、正式採用と同時に隊長を任命する可能性が高いのさ」
ディアナは鼻を鳴らして微笑む。
「あんた達はどうせ当確の正式採用だけ気にしていればいいさ。隊長の座はあたしが頂く」
「あ、それで子供たちのお世話にも精を出していたんだね~」
ニーナの間延びした声でディアナがガクリと崩れる。
「子供好きな人ってイメージいいし、ノルベルト様の耳に届けば好評価になりそうだよね」
「誰が子供好きだって? 糞ガキどもなんて嫌いに決まってるだろうが!」
「でも一番長く相手をしていた私より子供たちから来た手紙が多いんですよ? ちょっと嫉妬してしまいます」
エーフィが恨めしそうにディアナを軽く睨んだ。
幼稚園でのディアナの仕事ぶりは、モニカとエーフィにより仲間たちに伝えられた。花好き、子供好きという話が広まり、ディアナの評価はすっかりかわいいものになってしまっていた。今ではディアナが毒舌を吐いたところで気にする者はほとんどいない。たまにモニカが突っかかって行ったり、フレイヤが震えたりする程度だ。
「手紙といったって、落書きが書いてあるゴミばっかりじゃないか。嫌がらせだろあんなもの」
「と言いつつ、しっかり机の中にしまっているんですよね」
「二度と見ないで済むように、使わない場所に投げ込んでるだけだよ」
そのディアナとエーフィのやり取りが、照れ隠しにしか見えなくて、その場の全員が苦笑する。
「……ごほん! とにかく、親衛隊長は私がもらうよ。あんたら、とんでもない僻地に飛ばされたくなかったら、今のうちに私のご機嫌をいっぱいとっておいた方がいいかもよ? 遠征の仕事が来れば、気に入らない顔から真っ先に飛ばしてやるからねぇ」
ディアナはそう言って脅すが、ニーナはニコニコと笑ったままだ。エーフィは笑みを一つこぼしてからディアナに近づく。
「なるほどなるほど、私も愛しいディアナのもとを離れたくありません。ご機嫌取りはどうすればいいのですか? 抱き着いて頬にキスでもしましょうか?」
「バ、バカ! ただでさえ暑苦しいからだしてるんだから引っ付くんじゃない!」
エーフィはディアナにじゃれ付き、ニーナはほほえましそうにしばらくその様子を眺めていた。
しばらくじゃれあっていると、叱責するような声と共にクララとモニカとカルラがやってきた。
「あ、いたわねディアナッ! あなたフレイヤを脅して買い物に行かせようとしてたでしょ!」
「はぁ? いきなりあらわれて何言ってるんだよ太陽おでこ。私がそんなコスイことするわけないだろう? 第一泣き虫ならここに……」
フレイヤがいなかった。さっきまでニーナの横で小さくなっていたはずなのに、小さくなりすぎてアリにでも食われてしまったか?
「フレイヤなら二人がじゃれあってる時どこかに行っちゃったよ~? お手洗いかと思ったんだけど?」
ニーナがそう言って視線をモニカに移すと、モニカが肩をすくめた。
「三人で話しながら歩いてたら、フレイヤがレナーテ教官に詰め寄ってるのが見えたんだよ。何事かと思って近づいたんだけど」
「……ディアナ様のためにあんパンを買って来たいからと言って、外出許可を取ろうとしてた」
カルラが淡泊にそう言いながらスケッチブックを見せてくる。そこには必死にレナーテにすがりつくフレイヤが描かれていた。
何人かがため息をついてディアナを見返すと、ディアナは悪びれずに頬に手を当てる。
「いや、冗談を真に受けるほうが悪いだろう……」
そういってディアナは重い腰を上げて歩き出した。フレイヤを探しに行くのだろう。
彼女たちはバラバラのように見えてまとまっている。成長していないようで確実に強くなっている。
毎回、親衛隊の仮採用期間には脱落者が出るというのに、今回は一人も出なかった。それは前回の男の親衛隊の時もそうだった。
王族直属の親衛隊には、主の性格が色濃く出るものなのだと言われている。ノルベルトの親衛隊が楽しそうなのもその影響だろうか?
事前告知はなかったが、正式採用試験は目前に迫っていた。
* * *
その日は、朝から澄み切った綺麗な風が吹いていた。窓を開ければ、部屋いっぱいにその空気が吹き込んでくる。
瞼が重たいはずの春の朝は、その風のおかげでぱっちりと目を覚ますことができた。
「はー、ふー……」
窓を開け、一番にその風を浴びたモニカが、大きく深呼吸をした。
「今日は早めに行こうか?」
クララとカルラを振り返るなり、モニカは優しくそう言った。
今日は何かが起こりそうな気がする。そう予感したのはモニカだけではなかったようだ。クララとカルラはこくりと頷いて同意し、早々に支度を整えて部屋を出た。
「あ」
何人かの声が部屋を出た瞬間に揃った。モニカ達がドアを開けると、他の二つの部屋でも同時に仲間たちが顔をのぞかせたのだ。
「おはよう」
朝の挨拶までも声がそろってしまう。変な間が少しだけ空いた後、今度はバラバラに笑い声が上がった。
「馬鹿な笑い声上げてないでさっさと行くぜ。早くどけよエーフィ、でかい饅頭二つが邪魔で通れないだろうが」
雰囲気に耐えきれなくなったディアナがそう言い放って廊下を歩いていく。仲間たちはさらに軽く笑ってその後ろをついていった。
いつもより早くついた訓練所で、朝一の掃除をしながらレナーテを待つ。しばらく待つと、いつもと変わり無い時間にレナーテはやって来た。整列して待っていた親衛隊達はわずかにどよめいてレナーテを迎えた。レナーテの後ろにノルベルトの姿を見つけたからだ。
去年の今ごろに、一度だけノルベルトが訓練に見学にきたことがあった。あの時も何事かと驚いたが、あのときとは状況が違う。今日この日、この場所にノルベルトがやって来たことに親衛隊達はある予感を感じた。
「こうして全員が集まっているところに会いに来るのは久しぶりだな。城の中ですれ違うことはたびたびあるがな」
すれ違うどころではなく、今でもたびたびベルとして親衛隊を連れ歩いている。それだけの接触があるのに、ニーナだけはいまだにベルがノルベルトだということに気付かない。
「さて、お前たちが仮採用されてから一年がたつ。そろそろ仮の文字をなくしたい頃だろう?」
親衛隊たちの予感が当たった。やはりノルベルトは本採用試験を行うためにやってきたのだ。彼女たちは、ノルベルトの言葉にわずかに色めき立つ。
「親衛隊の本採用については、王族に一任されている。仮採用期間の親衛隊達とあまり接触せず、技量を知らない王族は本採用試験を実施することが多い。……俺の場合は良く知っているがな」
苦笑いがあちこちで零れる。
「つまり、俺がお前たちを全員採用すると宣言すれば、試験謎する必要が無いというわけだ。しかし、そんな流されるように採用されてもしっくりこないだろう? だから、試験を用意した」
その言葉に、レナーテが一歩前に出て箱を置いた。中からは紙がこすれる音が聞こえた。
「中に番号が書かれたクジが入っている。紙に書かれた数字のところに自分の名前を書きいれろ」
レナーテはさらに看板を運んできて、全員に見えるように紙を張った。その紙にはトーナメント表が描かれていた。
「最終試験はトーナメントだ。この一年間自分が磨いてきた戦闘技術を用いて頂点を目指せ」
最終試験はシンプルだった。ただ勝つことを目指せばいい。それだけ。
だが、トーナメントだというなら、かつ人間もいれば負ける人間もいる。総当たり戦なら負けても次勝てばいいが、トーナメントなら一つ負ければそれで終わりだ。
勝つことを目指せというなら……負けた場合は不合格……?
「さあくじを引け」
深く考える間もなく、彼女たちはくじを引かされた。
一戦目はクララとカルラ。二戦目はニーナとエーフィ。三戦目はモニカとフレイヤ。ディアナは七番を引いたため、二回戦からの登場となった。
「クジ運がいいみたいだねぇ。優勝有利だ」
少しつまらなそうにディアナがこぼした。
ノルベルトはくじ引きが終わると、訓練場の隅に移動して椅子に座った。そして机に頬杖をついて親衛隊たちを見据えた。後は高みの見物ということなのだろう。
ノルベルトが移動した後、レナーテが前に出て指示を飛ばす。
「トーナメントの順にはじめていくぞ。クララとカルラ前に出ろ」
「はい!」
「……はい」
呼ばれた二人が前に出て、それ以外の人間が脇に控える。
「始め!」




