第三十五話『笑われた料理』
モニカたち親衛隊が城での生活をはじめて間もない春の日。城の厨房に料理人たちが集まっていた。
その中央にはテーブルが置かれ、料理が並んでいた。
「だははははッ! なんだよこりゃ、これが料理かよ」
「野菜と肉を切り刻んで炒めりゃ料理になるってものじゃないぜ。これだからちょっとかじった程度の奴はよー」
「っはは! タレに一工夫してるみたいだが、それを合わせる具材がこんなざまならどうにもならねーな」
料理人たちは料理を一口食べると途端に笑い出す。その笑いに称賛の色が混ざっていれば、それは気にするべきものでもない。しかし、料理人たちの笑い声には、嘲りの気配が色濃く混ざっていた。
そんな爆笑する料理人たちの中にニーナが立っていた。明日から本格的に弟子入りするということになっていたので、今日は顔合わせのために挨拶に来たのだ。
よろしくお願いしますと頭を下げると、目の前に包丁を突き出された。
『これで料理を作ってみろ』
料理長らしき人間はそう言った。試験の時に顔を見たのをなんとなく覚えていた。
まだ正式に弟子入りすらしていない自分に料理を作らせてくれるとは、何とも気前がいい話だなーと思いながら料理を作った。
そして結果がこれ。料理に箸をつけたものが笑い、香りを嗅いだものが笑った。いや、それより前に、料理をしている時からすでにあちこちから失笑めいたものが聞こえていた。それほど大きな声ではなかったから気にせず料理をしたのだが、こうして大声で笑われたのでは無視するわけにもいかない。
ニーナは顔を上げた。
「ふふ~ん! みんなして固い顔して料理をしているんだもん。私の料理でみんな笑顔にしてあげたんだから、感謝してよね~」
ニーナは自身も笑顔を作りながらそう言った。
周りからは『生意気な奴め』とか『こんな料理を出すこともためらわない恥知らずだ』とかいう言葉が投げかけられる。
そんな言葉をかけられても、ニーナはニコニコとほほ笑んでいた。握り拳を袖の中に隠しながら……。
正直言ってとても悔しかったし腹が立った。神様が許してくれるなら、今すぐ全員を殴り倒してやりたいとすら思った。
それに、いま目の前の料理人たちが笑ったのは、父の考案した料理なのだ。
そりゃあ、自分の料理はまだまだ父親には追い付いていない。刀工だって甘いし、火の調節だって完全にできているとは言えない。その上ニーナはミスが多い。料理の味や見た目はまだまだ未熟だ。それでも、間違いなく父が考え、ニーナを今まで育ててくれてきた料理だ。
父親が好きかと言われれば別にそこまで好きというわけでもない。第一、後継ぎが生まれたからと家を追いだそうとしていたのは父なのだから、不満に思ってすらいる。
それでも親を馬鹿にされるというのは誰だって不愉快なものだ。それをいま目の前の人間たちはしたのだ。きっとここでニーナがしかめっ面をしたとしても同情してくれる人はいると思う。
「今日はもう帰れ」
にこにこ顔で怒りを押し殺していると、料理長がそう言った。
「基本的にお前に仕事をやるのは朝だけだ。お前には親衛隊の訓練があるからな。夜に来たって仕事はやらんし相手もしない。夜はお前に無駄に仕事をやって黙らせてる暇もないくらい忙しい」
暗に仕事をくれるのはニーナを黙らせておくためだといっている。わざとこういう言い方をしているのだとすぐわかった。
「わかりました~。今日は訓練初日でへとへとだからきっとすぐ寝れるね。明日は何時ごろに来ればいいの~?」
「お前次第だ」
料理長はそう言ってメモを渡してくる。それを確認すると食材の名前と重さなどが書いてあった。
「お前は中央都市出身なのだから土地勘はあるな? ここに来る前に食材を買ってこい。門の前に馬車を用意させるからそれに乗って街に行って買ってくるんだ。出かける時間も買う場所もお前が決めろ。訓練の時間に間に合わなければここへは来るな。どうせお前に買わせる食材などなくても料理はできる」
絶対に必要な重要なものは任せないということだ。これすらも時間稼ぎ……というよりいやがらせなのだろう。できるだけ時間を使わせて厨房から遠ざけようとしているのだ。
メモを改めてみてみるが、品目からもその意図が感じられる。どうせ馬車はつけてくれても荷物運びの手伝いはつけてはくれまい。一人で運ぶには多すぎる食材の数を見ているとこっちが笑いそうになる。
「お任せ~。朝一で全部買ってくるからお楽しみに~」
そのニーナの言葉を聞いているのかいないのか、料理人たちはろくに食べなかったニーナの料理から離れて、自分たちの作業を始めていた。
「お野菜はあのおじさんのお店が量も多くて質がいいし、この肉の種類ならおばさんの店だよね。この お魚は……あそこが明日は仕入れる日だったはず。もし仕入れがなかった時のことを考えて第二候補も考えておかないと……。ん~、これだとやっぱり暗いうちに城を出ないと間に合わないな~」
明日乗せてくれるという馬車の人間には出発の時間を告げてきた。きっと不満な顔をされるに違いない と思ったが、割とすんなり了承してもらった。夜中に馬車を走らせるのはよくある話らしい。ただし、本当に運ぶだけで、手伝いは一切してくれないといっていたが……。
出発の時間を決めているのにまだメモを確認しているのは、自分を納得させるためだ。この量を買うならどうしても暗いうちに出掛けなければならない。諦めようニーナ。そう自分に言い聞かせて憂鬱な気分を紛らわせているのだ。
出発は日もまだ出ていないくらいの早朝。これから部屋に戻ってすぐに寝たとしても五時間寝れるかどうかだ。普通の人間ならまだ寝たいと思うには早すぎる時間だ。そんな時間に寝るという時点で憂鬱なのに、それをこれから同室の人間に納得してもらえるように説得しなくてはならないのだ。どうしたって憂鬱にならざるを得ないというものだ。
同室の人間はフレイヤと言っただろうか? 自分よりは年上に見えたが、それほど気が強そうには見えなかった。早く寝たいというお願いに応じてもらえるだろうか?
「私暗くないと眠れないんだよね~。明かりを消させてもらえるかな?」
とても小さな願いなのだが、これからずっと同室で暮らしていくとなれば重要な問題だ。明かりのあるないだけで毎晩喧嘩をしなくてはならないとなったら余計に疲れることになるのだから。
ニーナは部屋の前にやってきた。明かりはついている。フレイヤはまだ起きているらしい。
「あたりまえか~」
そんな風に呟きながらドアに手をかける。何と言って説得したものかまだ決まっていない。出会いがしらに土下座をするのも悪くないかな? そんな風に考えながらドアを開いた。
「すぅ……すぅ……」
部屋の中にかわいらしい寝息が響いている。フレイヤはすでに寝ていた。
床に服が散らかっているのを見るに、部屋に戻ってくるなり適当に着替えて倒れこむように眠ってしまったらしい。あの厳しい訓練の初日なのだ。ろくに動くこともできずに寝てしまうというのは何もおかしなことではなかった。
「……はは」
ニーナの口から小さく笑いがこぼれる。ニーナを気遣って早目に寝てくれたというのでは絶対ないことは分かっている。でも、ここに来るまでの憂鬱なもやもやが一気に晴れたのは事実だ。
「お休みフレイヤ」
言いながらニーナは服を脱ぐ。フレイヤにならって脱いだ服は床に投げ出してしまった。
「おっと、そうだ」
服を着替えてさっそく眠ろうとしたが、もう一言言っておきたくてフレイヤのベッドに向かう。
「ありがとう、フレイヤ」
早めに寝ることを了承してくれたお礼に、崩れた布団をかけなおしてあげてから、ニーナもベッドにもぐりこんだ。
* * *
「おじさん。おはよ~」
「ああ、おはようって……あれ? ニーナちゃんは親衛隊として城で暮らし始めたんじゃなかったか?」
ニーナはぱっちりと目が覚めて急いで門の所へ向かった。すると、そこにはちゃんと馬車が待っていてニーナを出迎えた。
行き先を告げ、馬車に乗り込んで到着時間をぶつぶつつぶやいていると、それよりもっと早く着くことができると指摘された。何でも、近道を知り尽くしているからかなり早く街を回ることができるのだとか。それならそうと早く言ってほしい。おかげで、店の人間が起きているかどうか心配しなくてはいけない時間に到着してしまった。
「しっかり親衛隊としての生活を始めたよ~。でもおじさんが恋しくて顔を見に来ちゃった~」
「はははは! 相変わらずお世辞がうまいねぇ。そういや、ニーナちゃんのお父さんが、娘が城の厨房にまで就職したって自慢してたなぁ。今日はお使いってわけだ。よっしゃ、まけてやるから何を買いに来たのかいいな」
察しのいいおじさんをありがたく思いつつ、ニーナはメモを渡した。
「よっしゃ、どーれ、どれ……?」
瞬間おじさんの顔が固まり、ニーナを見た。ニーナはそれににこやかにほほ笑み返し、言った。
「おじさんまけてくれるんだよね~? それ全部。私いつもの相場はばっちり覚えてるから楽しみだな~」
「あっはっは! 愉快愉快~。みんなのあんな顔が見れるならお使いも悪くないな~」
ニーナは買い物を終え、上機嫌で城への道を馬車で移動していた。
ニーナの見せたメモを見るたび、町の人たちは舌を巻いたような顔をしてニーナの顔を見返してきた。それが何とも滑稽で、ニーナはメモを突き出すのが愉快になっていった。
「さ~て……」
城の門をくぐり、馬車はニーナが買った荷物を降ろしていなくなる。
「どうしましょうね~これ」
山山山、食材の山がそこにはある。
メモを見るだけで舌を巻いてしまうような量なのだ。実際に形となって目の前に現れればそれは当然山となる。しかもそれをこれから一人で運ばなければならないとなれば目が回る。
「どうしましょうって、運ぶしかないんだけどね~。はあ……」
せっかく間に合うように起きたのだ。厨房に運ぶのにだって絶対に間に合わなければならない。ため息をつくなら、食材を運びながらだ。
自分に持てるだけの量を持って厨房に向かう。何度か往復して、全部運び終えてから厨房のドアをたたいた。
「た……たのも~……」
消え入りそうな声だった。それでもしっかりノックの音が聞こえたらしく、扉は開かれた。
「……」
「えっと、買い物終ってきたよ。これメモだから確認してみて……」
そういってニーナはメモを渡す。受け取った人間は数秒それを見たかと思うと、何人か人を呼んで食材を運び始めた。間違いはなかったらしい。
「それで……お仕事がもらえるって話なんだけど~?」
「……」
その人間は無言で黒板を指差した。『厨房横の広場で野菜洗い』とある。これから朝の仕事はあそこを見て確認すればいいらしい。
広場には倉庫があって、そこに食材が置かれているのだったか? それなら今自分が買ってきた材料は広場に向かうのだろう。食材の後をつけていけば今日の仕事場につけるというわけだ。
ニーナは自分の食材を追いかけていく。
「……わぁ」
それなりに驚いたが、疲れていたせいか予想ができていたせいか驚きの声は小さかった。城すべての人間の料理を作るのだから、洗う野菜の量も尋常ではないのだろうと予想はしていた。しかし、その予想を超えてしまったから、その予想を超えた分だけ驚きの声が口からこぼれる。
積み上げられた野菜の籠の山。ためしに一つ持ってみるが、訓練で使う模造武器と比べても重い。
「……よっし、洗おうかな~」
準備を整えてニーナは野菜に向き合う。何というか腹が決まった。中途半端な量が用意されていれば気も沈んだだろう。しかしこれだけたくさん用意されていると、逆に『洗ってやるとも!』という風に闘志がわいた。
「望むところだ~! 洗ってやるぞお前たち~」
棒読みで一言宣言してから冷たい水に手を付ける。
「……もしかして、今この瞬間城の中で一番がんばってるのは私なんじゃないかな~?」
ふとそう思い、誇らしいのかバカバカしいのかわからないが、ふっと笑った自分がいた。
* * *
「……ありがとうございました~」
仕事が終われば訓練だ。仕事、訓練、睡眠。この三つをぐるぐると繰り返しながら毎日過ごしている。
そして今訓練が終わった。あたりは暗い。今日は訓練が長引き、すっかり夜になってしまったのだ。
「今日はあそこに行こうかな……」
ニーナはそう呟いて立ち上がり、一人他の面々とは違う方向に歩き出した。
「……ふふ、ざまあみろ~」
おどけた口調でニーナはそう言った。このくらいの時間にここに来ると、ニーナは決まってそう言って笑むのだ。それ以上何をするわけでもない。後は部屋に帰って眠るだけ……。
「……ん」
部屋に帰る途中厨房が目に入った。明かりはついていない。明日は準備をする必要がそれほど多くない料理だからもう切り上げて誰もいないのだろう。
「そうだ!」
そこでニーナは気付いた。今なら厨房が使いたい放題だと。
実のところ、ニーナは厨房に弟子入りしたというのに包丁すらまともに握らせてもらっていない。なぜかというと、食材を調達し、雑用の仕事をしている途中で、訓練に行かなくてはならない時間になってしまうからなのだ。
それ自体は仕方ないと思っている。料亭などに弟子入りすれば、一年以上雑用しかさせてもらえないなんて言うのはざらにある話だ。
しかし、ニーナの仕事場は主に広場だ。そこで仕事をしていても、厨房の中は見ることができず、ニーナは技術を盗むことすらできないのだ。これはニーナにとって誤算だった。本当に雑用をするだけで時間が過ぎるというのは嫌なのだ。
いま目の前に空っぽの厨房がある。こっそりと料理をして元の通りに戻せばばれることはあるまい。食材は今日の残りを使えばいい。どうせ明日には捨ててしまうのだから、自分が使ったとしても文句はないだろう。
「でもこっそり作って自分一人で食べるのもな~。……あ、それなら」
「フレイヤ起きてる~?」
ニーナはドアを開けながらフレイヤにそう声をかける。フレイヤは多分親衛隊候補の中で一番体力がない。訓練の後は気絶するように寝てしまうことも多かった。
「……大丈夫だよ。お風呂に入ってきたところだから」
そうはいっているが、いまにも眠りに落ちてしまうそうな声だった。急いだ方がいいだろう。そう思ってニーナはドアを開く。
言ってはなんだが、ニーナとフレイヤの部屋は散らかっている。どちらも部屋を片付けるのがどうにも苦手な人間なのだ。
だが逆に良かった。部屋を片付けるという行為はどうにも理解しがたい。部屋というのは自分がのんびりくつろげる空間のことを言うのだと思う。この部屋はどうだ? ベッドに寝っころがった状態から手を伸ばせば、ありとあらゆる道具を手に取ることができる。散らかっている部屋ではなく、機能的な部屋だといってほしいくらいだ。足の踏み場がないことを除けば、これ以上快適な部屋はない。……とニーナは思っている。
フレイヤ自体は部屋を片付けようと思っているらしかった。しかし、訓練で疲れ果てた体ではそれがおっくうらしい。それにそもそも部屋をどう片付ければいいのかわからないのだそうだ。
どうやら結構お嬢様な生活をしていたようで、部屋は親が片づけてくれていたのだとか。時には父親が片づけてくれることもあったというのだから驚きだ。自分なら、もし父親に触られたとわかった私物があれば、間違いなく捨てると断言できるものがたくさんあるぞ。
ともかく、フレイヤが部屋を片付けろとうるさい人間でなくてよかった。四六時中部屋を片付けろと言われたならば、そっちの方がニーナには耐えられなかったかもしれない。
「お料理を作ってきたんだけど、一緒に食べない~?」
ニーナはそう言いながら、足でガラガラと床の物をどかしながら、料理をテーブルまで運んだ。
そして、椅子に座って料理を食べ始める。食器の片付けは……まあ明日やれば大丈夫だろう。
「一緒に食べていいの……? それじゃあ一つ……」
フレイヤも香りに誘われてテーブルに着く。そしてスプーンで料理をすくって口に運んだ。
「お、おいしい! おいしいよニーナ!」
「えへへ~、それほどでもないよ~」
フレイヤにおいしいといわれたものの、それを素直に喜べないでいる自分がいた。その理由はニーナ自身が口にしていた。それほどでもないのだ。
料理は、標準以上の味がすればおいしいといってもらえるものだ。ましてや料理店で出されたわけでも、お金を取ったわけでもない。無償で与えられた料理なら、標準レベルの味がすれば誰だって「おいしい」といってくれる。
だがだめなのだ。料理を作り、それでお金をもらっている人たちからすれば、ニーナの料理など話にならない。事実、この城の厨房の人間はニーナの料理を笑い捨てた。
今ニーナが作り、持ってきた料理はその時と同じものだ。料理人に笑われて悔しかった。だから、素人にふるまっておいしいといってもらって自分を慰めたかったのだ。なんとなくそれを自分で分かってしまっているから素直に喜べない。
おいしい……か。そりゃあまずくはないだろう。ニーナも自分で味見はしたからそれは分かっている。でも、どうせそのおいしいはお世辞に似たもので……。
「うぅ、おいしい……おいしいよニーナ……」
「っえ? な、泣いてるの? フレイヤ?」
いつの間にかフレイヤは涙をこぼしていた。涙のしずくがニーナの作ったスープの中に落ちる。
「だって、料理が本当においしいんだもん」
スプーンを加えたままフレイヤはそう言ってニーナを見返した。瞬間ニーナは固まってフレイヤの眼を見る。一滴涙がこぼれるところだった。その涙はお世辞でも嘘でもない。
ポッとニーナの頬が赤く染まる。
「……あーほらほら、拭いてあげるから顔をこっちに向けて」
そういってニーナは自分が年下だよな? と思いながらハンカチでフレイヤの涙を拭いてやる。
「ありがとう……ありがとうニーナ……うぅ」
フレイヤは涙ぐみながら料理を食べている。別にいつもよりうまくできたというわけでもないのだが、そんなにおいしかったのだろうか?
(それにしても、いくら料理がおいしいからって泣くなんてかわいい人だな……ふふ)
心の中でそうつぶやいたニーナの心は、ようやく本当に喜んでいた。
(ああ、おいしい。料理がちゃんとおいしい。私生きてる! 訓練で体はぼろぼろになっちゃってるけど、私まだちゃんと生きてるんだ! ううぅぅ……)
実はフレイヤは、料理がおいしく感じられることで、生きる喜びをかみしめて泣いていたのだということをニーナは知らない。
だが、フレイヤが料理をおいしいと思ったのは事実だし、それによってフレイヤが喜びの涙を流したのもまた事実だ。




