第三十話『逃亡する賊』
賊たちは城の警備兵たちをことごとくかわし、東に向かって走った。相変わらず賊たちは一言も声を上げず、息も乱さないので、王警備兵たちはその賊たちに不気味さを感じていた。
しかしそれももうすぐ終わる。もうすぐ城の端まで追いつめられるのだ。そうすれば高い城壁が賊たちを閉じ込める。
そして狙い通りに賊たちは城の端まで逃げた。しかし、賊たちは軽々と城壁を登り始めてしまった。
兵たちが驚きをもって城壁まで近寄ると、ロープが三本城壁の上からたらされている。あらかじめ用意されていたのだろう。塀はそのロープを握りしめて舌打ちをした。
このロープを登ってやろうかと思ったが、三本のロープは上から投げ出されて兵たちの足元に落ちてきた。やはり走って追いかけるしかない。
兵たちは城壁の裏に向かって走り出した。囲むように動けばとらえられるはずである。しかし賊たちは、もうすでにこの城壁の裏からは遠く離れてしまっている。
* * *
賊三人は馬に乗って逃走していた。あらかじめ城壁の裏に馬を待機させていたのである。見つかった時のことを想定して、逃走経路を確保していたのだ。城の兵たちも急いで駆け付けるつもりであるが、とても間に合うまい。
「さーて、うまく逃げられたかねー?」
「もう追いつけないだろう。森に向かって馬を走らせれば追いかけることすら難しい」
三人の賊は一人を先頭にし、二人がその後ろに続くように逃走している。右後ろの賊のつぶやきに、左後ろの賊が答えた。その声には、王族を撃ち漏らした悔しさは感じられない。
「捕まったらどうなるんだろうな?」
右の賊がのんきそうにそう呟いた。これには先頭の賊が答えた。
「そうだな、減俸三か月に地方での強制労働。それに説教がついてくる感じか。ベルはまあ……おしりぺんぺんというところだろう」
その言葉に賊たちが爆笑する。城の中ではしゃべるどころか、掛け声ひとつ出さなかった賊たちが、途端に楽しそうに会話を始めた。
「しかし、疑問だねぇ。こんな回りくどいことしてまで立ちなおさせる価値が、あの新米にあったのか? それも、親衛隊長まで使って」
右の賊が……いや、ベルの男の親衛隊の一人が、先頭の親衛隊長。エリクに向かってそう問いかけた。
「生まれ持って価値を持っている人間は少ないさ。自分という人間に価値を付加したいと思うなら、それに見合うだけの努力が必要だ。ベルは俺たちに命令を出して、あの新米にその手助けをしたのさ」
「こめんどくさい」
そういって右の親衛隊の男は笑う。
「俺が教えるまで酒の味も知らなかったガキが、いっちょまえに人の成長を手助けか? そういうことは、俺と一晩酒に付き合って潰れなくなってからしてもらいたいもんだね」
ちなみに、この男がノルベルトに酒を教えたのは、ノルベルトが酒を飲んでいい年齢になるまえだ。軽い性格ゆえに、ノルベルトはこの男と一緒にいたずらをすることも多い。この前のイノシシ狩りもそうだった。
「俺は口裏を合わせただけだぜぇ? それなのにカペルの奴。俺をナイフ練習の的にしやがって。お前あんなのと付き合ってて疲れないのか?」
右の親衛隊は、隊長エリクに向かってため口で話しかける。エリクに向かって敬語で話さないのは、別にこの男が不真面目だからではない。親衛隊すべての人間が、公式な場以外ではこのように隊長相手でも気安く話している。
「何を言っているんだ。俺たちに付き合って、疲れるのはカペルのほうだろう?」
「「違いない。わっははは!」」
エリクの言葉に、後ろの二人はまたしても爆笑した。
「しかし、成長の手助けをするにしても少々乱暴だったんじゃないか? いい腕だったが、例の事件以来へこんでいたらしいじゃないか。下手をすれば俺たちのせいで完全に心が折れていたかもしれないぞ?」
今度は左の男がエリクに話しかける。
「鳥の親は、雛鳥が卵から生まれそうになっているときどうすると思う?」
「は? 急にどうした?」
突然のエリクの言葉に、質問した男が首をかしげる。
「放っておくんじゃないのか? 親の役目は生んだ時点で終わりだろ?」
「いいや違う。親鳥は雛が生まれるときは、外から殻を食い破るのさ」
エリクのその言葉に、後ろの二人は、ずいぶん乱暴な手助けをするものだと思った。
「卒啄と言ってな。雛鳥が生まれるというときは、親鳥がくちばしで卵の殻を破ってやるんだ。早すぎてはだめだ。雛鳥がまだ外の世界に対応できないからな。遅すぎてもだめだ。遅すぎれば卵の中で雛鳥は窒息してしまう。雛鳥と親鳥が絶妙のタイミングで殻をつつく必要がある。だからその行為を、啐啄同時という」
エリクのその言葉に、二人は何が言いたいのかを理解する。
「ベルが啐啄同時をしたっていうのか? おいおい、普段親衛隊とかかわらないベルが、どうやって啐啄同時をするっていうんだよ?」
「さてな。ベルには遠くを見通すことができる鳥の目でもあるのかもしれないな」
エリクはそう言って空を見上げた。このエリクも、まだ親衛隊候補だったころに、ノルベルトに救われたことがある。月の夜がなんだか懐かしくて、思わず微笑んでしまった。
「それにしても、予定外の者がいたけど、あれもやはり新米なんだろう」
「ああ、あのチビな。ちょこまか動いてたが、頭はあまりよくなさそうだったな」
右の男がそう言うと、左の男がお前が言うなと突っ込みを入れた。
「おそらく偶然居合わせたんだろう。あいつは強くなるぞ」
エリクがそう言うと右の男が笑った。
「お前にタコ殴りにされてたじゃないか。確かにずいぶんとしつこく立ち上がってきたが、それだけじゃあ……」
「いい目をしていた」
エリクはそう言った。
「眼力のことを言っているんじゃない。俺の動きをよく目で追っていた。俺の拳の動き、蹴りの方向。攻撃を避けた後の俺の体勢。それらに対して目で完全に追ってきていた。おそらく最後、わざわざ剣の向きを返して、柄で殴り飛ばしたのも見られたな」
「それにしちゃあ攻撃が全部入ってたじゃないか」
「己の反応速度に体がついていかないんだろう。そして、攻撃自体は見えても、それにどう対応すればいいかがわからない様子だったな」
「要するにバカっていうわけだ」
右の男が言った言葉が身もふたもなかったので、他の二人が笑う。
「とにかく任務はこれで終わりだ」
「俺たちの仕事って雑用が多いよな。最強の私兵集団が聞いてあきれるぜ」
「俺たちの仕事が雑用ばかりのなのはいいことだ。国が平和な証拠だからな。これで血みどろの相続争いでも起これば剣を振るう機会もあるだろうが」
エリクはそう言ったが、おそらくそんなことにはならないだろうということを理解している。それは親衛隊全員の共通認識でもある。ノルベルトが王座に興味があるとはとても思えない。もちろん、ノルベルトがそれを求めるなら、だれであろうと切り捨てる覚悟は有している。
「さあ、せっかくベルがくれた満月の夜だ。どこか月の見える屋台でも見つけて、酒を飲むとしよう」
「「おう!」」
こうして城を騒がせた三人は、夜に消えていった。




