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親衛隊は、七人です!  作者: 鳥無し
王子の親友の案内先
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第十五話『唐突な訪問』

 街から少し離れた森の入口。そこに一人の少年が呆然と立ち尽くしていた。

 少年は森の中から木の実を取ってくるように言われていた。森の中は何度も行っているから道には詳しい。入ることをためらう理由なんてない。

 だが少年の瞳は、森の中ではなく上方を見ていた。つまり、木の枝に視線が向けられていたのだ。

 

「……どうしよう」

 少年は困った声を出しながらそれを見つめる。

 木の枝には鞄が引っ掛かっていた。もちろんこれは少年の物である。

 

 少年は鞄を上に放り投げて、それを下で受け止める遊びをしていたのだ。森の入口近くまで来ていることに気付かず、しかもタイミング悪く投げそこなってしまった。そのせいで鞄は木の枝に引っかかり、どうすることもできない。

 

「どうかしましたか?」

 突然後ろから話しかけられ、少年はびくりとして後ろを振り返った。若い女性の声だった。

「お困りのようですが?」

「あ……わ」

 二十歳(はたち)くらいの綺麗な人だった。髪は長く、とても落ち着いた雰囲気の大人の女性という感じだ。しかし、少年の視線は女性の顔ではなく、背中に注がれた。もっと正確に言えば、背中にしょっている巨大な弓に……。

 

 森の近くで弓を持っている人間は珍しくない。森の中には動物だっているのだから、狩りをする人間だって当然いる。

 しかし、その人達が持っているのはもっと小さくコンパクトなものだ。この女性が持っている弓は軽くその倍以上はある大きさだ。

 

「? ああ、(わたくし)はエーフィ・ボルトマン。親衛隊試験を受けにきたものであって、怪しいものではありませんよ?」

 怖がられたと思ったのか、女性は自己紹介をして二コリと微笑んだ。

「か、鞄が……引っかかっちゃって……」

 自己紹介なんてされても、知らない人間には違いないのだから意味はない。しかし、悪い人ではなさそうだと思い、少年は自分がここに居た理由をエーフィと名乗った女性に告げる。

 

「なるほど、それほどしっかり引っかかっているわけではなさそうですね。枝を揺らせば落ちてきますよきっと」

 それは少年も思っていた。しかし、木の幹が馬鹿みたいに大きく、少し蹴ったくらいでは全然揺れてくれない。鞄が引っ掛かっている枝はそれほど太くはないから、枝を直接揺らせることができれば落ちて来るとは思う。

 

「よっこらしょっと……」

 エーフィは、何も迷うことはなくその場に荷物を置き始めた。何をするのだろうと少年が思っていると、背負っていた弓を手に取った。

「あ、あの……?」

「任せてくださいね。私が鞄を落としますので、あなたは下で受け取ってくださいな」

 エーフィはそう言って矢筒から矢を一本取り出し、弓を構える。

 

「……」

 瞬間、エーフィの優しかった表情が鋭くなる。少年はその変貌に一瞬恐怖して体を震わせた。

 ギギギ……という音を立てて巨大な弓がしなる。そして、エーフィが狙いを定め、指を離すと風を切る音と共に矢が高速で放たれる。

 

「わ……わわ! おっと!」

 矢は見事枝に命中し、枝は大きく揺れて鞄を振り落とした。

 少年は落ちてくる鞄に手を伸ばしてそれをキャッチする。

「あ、あの! ありがとうございましたッ!」

 少年はそう叫んで、一気に森の中に駆けだしていった。

 

「え? ちょ、ちょっと……ああ、逃げられてしまいましたね……」

 別にお礼が欲しかった訳ではないから構わないのだが、怯えたように逃げ出されたのは少しショックだった。

 まあ、見ず知らずの人間にこんなものを見せられたら、あんなふうに逃げ出すのが当たり前なのかもしれない。

 

 エーフィは枝に突き刺さった矢を見つめる。

 明日は試験だから、弓の練習のために森に来たのだが、思わず人助けができて嬉しかった。それも、弓を使って人助けができたというのが気持ちいい。

 

「……」

 エーフィはまた眼光を鋭くして、弓を構える。狙うは矢が命中した枝だ。

 先ほどと同じく、エーフィの指が離れると、矢は風を切って目標に向かう。そして見事先ほどとほぼ同じ位置に命中した。

 目標に命中すると、エーフィはすぐさま矢を手に取ってまた枝を狙って放つ。それを五回ぐらい繰り返した時、枝がバキバキという音を立てて折れた。

 

「えい」

 エーフィは落ちてくる枝と弓矢をひょいと避けて、地面に転がった自分の矢を回収する。

「さて、行きましょうか」

 一人つぶやいて、エーフィは森の中に向かって歩き出す。

 

 ふと、少年も森の中に入って行ったことを思い出す。怯えていたし、出会ったらどうしようかと一瞬思案した。

 頭でも撫でてあげればいいか、そんなふうに考えながらエーフィは森の中に入って行った。

 

 *    *    *

 

「はやく、はやく! クララちゃん! カルラちゃん!」

「まってよ、モニカ」

 まだ日が昇ったばかりの時間。そんな早朝に全力で走るモニカを、クララとカルラが追いかけていた。

 クララが先日購入した刀。その刀を使いこなすために、朝練をするのだとクララは言った。それならばと、モニカとカルラも参加することになり、三人は朝練をすることにした。

 しかし三人が向かっている先は訓練場ではない。城の中の目立たない一角、そこにその場所はあった。

 

「おはようございます! エーフィさん」

「おはようございます、モニカさん」

 モニカがドアを開けてその場所に飛び込むと、そこには大きな弓を構え、専用の衣を身にまとったエーフィが立っていた。そこは弓術場だった。

 親衛隊試験に合わせて建設されたこの場所には、エーフィ以外に弓の練習をする者はいない。三人が朝練をしている時にこの場所を見つけ、エーフィが一人で練習をしているのだと知った。そこで、邪魔にならないならばここで一緒に朝練をしたいとモニカが申し出ると、エーフィが快く受け入れてくれて今日に至る。

 

 エーフィの弓はこの国のものではなく、東の国のものだった。父親が東の国の愛好家なのだという。そのつながりで、クララの武器の使い方も知っていた。クララはこれを喜び、詳しく使い方を聞いている。

 

 ちなみに、カルラの試験内容が絵であったことはばれてしまった。モニカに話して以来、吹っ切れたようにあちこちでカルラは絵を描いていたので、それをきっかけにエーフィにばれてしまったのだ。

「かわいらしい絵ですね」

 エーフィはカルラの絵を見ながらそう言ってほほ笑んでいた。

 

  *    *    *

  

「やぁ! ……やぁ!」

「そうそう、その調子です」

 弓術場で、クララが木刀を握って素振りをしている。その横にはエーフィが居て、時々指示を出す。

 エーフィとモニカ達との朝練が始まってから、もう一週間ほどが過ぎていた。真剣はあまり練習には向かないため、エーフィはわざわざ実家から木刀を一本取り寄せてくれた。クララは、木刀のお金を払いたいと言ったのだが。

 

『父が東の国の文化を理解してくれる人が、親衛隊に居たのを喜んでいるのです。これは、父を喜ばせてくれたクララさんに対しての、私のお礼として受け取ってください』

 

 エーフィにこう言われて、料金は受け取ってもらえなかった。

 モニカが『お父さん思いなんだねー』と言うと、エーフィは少し顔を赤くしながら『はい』と照れたように答えた。どうやらエーフィは、かなりお父さんっ子らしい。わざわざ弓を東の国の物を使っているのも、その影響らしかった。もちろん、個人的にも好いているという理由もある。

 

 剣術の指南の方だが、エーフィは本当に基本的な部分しか知らなかった。それでもクララにとっては、小さな道しるべになってありがたかった。基本的な動作や構えを教えてもらえれば、後は自己流にアレンジして行けばいい。正しい基本を少し学んだことで、刀を振る違和感はだいぶ薄れた。

 

「なるほどね。ありがとうエーフィさん。後はしばらく自分で練習して見るから、エーフィさんは弓の 練習に戻って。あんまり私に時間を使わせるのは悪いわ」

「そうですか、では何かあったらすぐに言ってください。と言っても、私も頼りない先生ですので、あまりお役には立てませんけど……クスクス」

 二人はそう言って別れ、それぞれ練習を始めた。

 

 ところで、モニカとカルラはどうしているのか? 二人もこの弓術場にいる。そしてモニカは……。

「はぁ~、お茶がおいしいねカルラちゃん」

 カルラのすぐ横で、のんびりとお茶を飲んでいた。カルラは相変わらず、せわしなく筆を動かして絵を描いている。

 周りには、エーフィの弓の音、クララの素振りをする音、カルラが筆を走らせる音が心地よく響き、お茶を飲むにはうってつけの雰囲気だった。このまま床に座っていたら眠ってしまいそうな……。

 

「こら、モニカ! 何サボってるのよ」

 モニカがお茶を飲んでまったりしているのに気づいたクララが、素振りをやめてモニカに向かって歩いてくる。

「小休止だよクララちゃん。見てよ、私の体だって汗だくでしょ?」

 誤解を招く状況だったが、モニカは完全にサボっていたわけではない。つい先ほどまで、弓術場の周りを走り、それを終えると弓術場の中で筋トレをしていた。そして、そろそろいい時間になったので、お茶を飲みながら周りの音の心地よさに抱かれながら休んでいたのだ。

 モニカの脇には密かに小太刀が置かれている。一度は手放したはずだったが、クララに殺されかけたことで考え直し、もう一度手に取ったのだ。相変わらずしっくりは来ないが……。

 

「はい、クララちゃんもお茶をどうぞ」

 モニカが笑顔でお茶を差し出してくる。時間を見ると、確かにそろそろ切り上げてもいい時間だった。

「はぁ……もらうわ。エーフィさんも呼びましょうか?」

 クララがそう言ってエーフィのことを振り返る。

「集中してる……それに今、私描いてるから……」

 筆を走らせたまま、カルラがそう言った。どうやら、今カルラはエーフィのことを描いているらしい。確かに、長い髪を揺らしながら、真剣な表情で弓を引くエーフィの姿は、絵にしたいくらい美しかった。

 

「それにしても、エーフィさんって弓を引いている時って表情が変わるよね」

 モニカがお茶をすすりながらそんなことを言う。

「確かにね、それだけ真剣ってことでしょ。弓を引いている時のエーフィの集中具合はすごいもの。傍にいると、呼吸をするのすら忘れてしまいそうな厳かな雰囲気がある。見ているだけで時間を経つの忘れてしまうわ」

 一つ一つの動作、弓のきしむ音、矢が的に当たる音、そしてエーフィの真剣な表情。そのどれもが、独特の雰囲気を醸し出していて、息を飲んでしまう。さらに、弓はほぼ狂いなく的に命中する。弓術試験に合格するのも納得だった。

 

「ちょっと……怖いくらい……」

 絵をかきながら、カルラは小さくそう呟いた。カルラの言葉だけを聞くと、失礼だと言いたくなるのだが、弓を構えるエーフィの表情は、確かに少し恐怖を覚えるほど研ぎ澄まされているのだ。普段包容力のある、優しい表情をしているからなおさらだ。普段と弓を構えている時のギャップのせいで、見る者に小さな恐怖心を与える。

 

「何やら私の名前が聞こえた気がしましたが、どうかしましたか?」

 矢を一本的に当て、一連の動作を終えると、エーフィがモニカ達を振り向きながらそう言った。どうやら、弓に集中しながらも、モニカ達の会話が聞こえたらしい。

 

「あ、ごめんエーフィさん。邪魔しちゃった?」

「いいえ、私もそろそろ切り上げて掃除をしないといけないと思っていましたので」

 エーフィが弓を下ろし、モニカ達の方に歩いてくる。

 

「大したことは話していないわ。ただ、エーフィは弓を引いている時は表情が変わるって話をしていたのよ」

「表情……ですか? 昔からよく言われるのですが、そんなに変わっていますか?」

 どうやら本人には自覚がないらしい。モニカ達は、エーフィの問いに、頭を縦に振って答える。

「あ、あらら……皆さん全員に肯定されると、否定のしようがありませんね。私も一度は自分がどんな顔をしているのか見てみたいのですが、弓を引いている時は鏡を見る訳にも行きませんし……」

 エーフィ本人、自分の表情が変わること自体は認めているらしい。だが、実際に見たことはないので、いまいちしっくりきていないようだ。

 

「……はい、私の描いた絵でよければ」

 カルラが沈黙を破って、自分の絵を指さした。そう言えばカルラはさっきまでエーフィの絵を描いていたのだった。エーフィは、精密な絵から形を崩した絵まで色々描ける。今回は、精密にエーフィの姿を描いたのだろう。

「私の絵を描いてくださったのですか? ありがとうございます。では失礼して……。!? こ、怖ッ! 何ですかこの表情は!」

 エーフィがカルラの絵を見た瞬間、後ろにのけぞって口に手を当てた。


「目が鋭くて鷹のよう……口はぎゅっと結ばれていて慈悲の心を感じさせない……。何よりこの雰囲気、まるで人を殺していそうな……いや、殺していると言われても納得するほど凶悪な表情をしていますよ! この人は!」

 エーフィが怯えながら自分の顔をそう批評するのを、モニカ達はポカーンとして見ていた。やがてクララが一言呟く。

 

「よくそこまで自分の顔を酷評できるわね……」

「……えへ? ちょっとふざけ過ぎちゃいました? クスクス」

 どうやら半分演技だったらしい。エーフィは怯えていた表情からケロリといつもの軟らかい表情に戻り、自分の頭をコツンと叩きながら舌を出した。

 それを見たモニカ達は、エーフィが以外とお茶目な面も持っているのだと知り、その意外性に驚く。

「クララちゃん。案外エーフィさんって楽しい人?」

「……年上で、大人っぽい雰囲気をだしていたけど、結構カワイイ人ね」

 モニカとクララはぼそぼそと会話して、お互いの感想を確かめ合う。

 カルラはエーフィに絵がうまいと褒められて、嬉しそうに微笑んだ後、また筆を走らせ始めた。もう少しで完成するらしい。

 

 エーフィはもう一度自分の絵を覗き込んで、感慨に浸っているようだった。

「いや……しかし私って本当に怖い表情をしているのですね。今までの周りの人達の反応にも納得です」

「あはは、怖いってことはないと思うけど……。エーフィさんは小さい頃から弓をしているの?」

「はい、父が好きだったと言うのもありますが、私も弓が好きだったと言うのが一番大きいですね。弓を引く時にしなる音、矢が放たれる音、矢が的まで描く放物線、的に命中する厳粛な音……そのすべてが私は好きで、私のもっとも幸せな時間ですね」

 そこまで言い切れるのはなかなかないのではないだろうか? そこまで好きだと言うなら、少しは照れや恥ずかしさが声色に混ざってもいいはずだ。しかしエーフィの言葉にそんな感情はみじんもなく、当然の事実を告げているかのような様子だった。

 

「へぇー、そんなに好きなものがあるっていいね」

 モニカはなんだか温かい気持ちになりながらそう言った。クララもそれに頷き、カルラは自分の絵とどこか重なるところを感じたのか、力強く頷いた。

 モニカにそこまで言われると、さすがに照れたのか、エーフィは少し頬を赤くする。

 

「ありがとうございます。弓を引けるだけでも幸せなのですが、弓の力で誰かを幸せにできたら、自分ももっと幸せになれるんじゃないかって思っているのですよ」

「あ、じゃあそれで親衛隊に?」

 クララが、エーフィが親衛隊試験を受験した理由を理解し、そう聞き返す。エーフィはそれに頷いて肯定する。

 

「はい、弓で仕事をすることができるなら、私にとってこれ以上の幸せはありません」

 そして、エーフィは少し儚げな表情をする。

「それに……これは父の……」

 

 急に雰囲気を変えてエーフィが何か呟いた。その呟きがはっきりとは聞こえなかったので、モニカは首を傾げる。

「え? 今なん……」

「なんだ、今日はずいぶんと賑やかだな」

 モニカがエーフィに問いかけようとすると、弓術場に男の声が混じった。

 モニカは扉に対して背を向けていたから、その姿は見えなかったが、それが誰かはすぐに分かった。なぜならその声は……。

 

『お前はそれでも俺の親衛隊になりたいと思うか?』

 

 モニカがここにいる理由だったのだから。

「ノルベルト様!」

 モニカが名前を呼びながら振りかえると、そこには本当にノルベルトが居た。隣に一人、男の親衛隊らしい護衛を付き添わせ、ドアに手をかけて小さく笑みを浮かべながらこちらを見ている。

 男の親衛隊は、ずっぽリと頭にフードを被り、顔がよく見えない。

 

「ノ、ノルベルト様!? なぜこんなところに……」

「……!?」

 クララとカルラそして、モニカも慌てながらどうすべきか混乱している。

 道具をかたづけるべきか? 姿勢を正して頭を下げるべきか? それともノルベルトの目の前から姿を消すべきなのか? そのどれもが正解で、そのすべてをしなければならないような気がして、三人は完全に取り乱していた。

 

 ノルベルトはそんな反応に満足したのか、一度頷いてから口を開く。

「久しいなお前達、訓練に見学にいって以来か? おっと、そこの弓を携えている者とは一月ぶりくらいだったな」

 エーフィのことだ。エーフィは一か月前にも、ノルベルトに会ったことがあるのか? 三人はそう思ってエーフィを振り返る。すると、エーフィは申し訳なさそうな顔をして俯いていた。

 

「あ、あの時は大変な失礼を……」

「ひと月たってもまだあの程度のことをひきずっているのか。真面目な奴だな」

 モニカ達には話が見えない。エーフィはノルベルトに何か失礼なことをしたのだろうか?

 

 三人がそんなことを考えていると、ノルベルトはその三人の感情を察したのか、説明してくれた。

「大したことではない。弓の練習場ができたと言うので見学に来たら、早速練習している者がいた。その者は、建築が始まってから毎日のようにここに現れ、完成を首を長くして待っていたらしい。それがそこのエーフィだ」

 それのどこが失礼にあたるのだろう? 建物が完成したと言うなら、弓の練習をしても何の問題もないはず。

 すると、今度はエーフィが話す。

「しかし、主が来ていると言うのに、それにも気付かず永遠と弓をひいていたなど、失礼以外の何ものでもありません……」

 その一言でようやくエーフィがなぜ申し訳なさそうにしているのか分かってきた。

 要するに、ノルベルトが来ていると言うのに、それを無視して練習をし続けたことを申し訳なく思っているのだ。だが気付かなかったということは、ノルベルトは声もかけなかったのだろう。その状況で、主に気付かなかったとしても仕方あるまい。そのことを引きづっていると言うなら、確かにエーフィがまじめ過ぎだと言うのには納得だった。

 

「将来の部下に気を使わせたくないと言うなら、正式に採用されるまで姿を現わせなければいいのです。どうしてあなたは部下をからかうようなことばかりなさるのか理解に苦しみます」

 ノルベルトのわきに控えていた男の親衛隊が、呆れ混じりにそう呟いた。

「将来の主の人柄が分からないのでは訓練にも身が入らないだろう? 自分が何のために厳しい訓練に耐えているのか分からないのではやる気がそがれる。お前達に対しても、時折姿を見せていたはずだが?」

「ええ、おかげで大変苦労いたしました」

 男の親衛隊の言葉には少しノルベルトを叱責するようなとげがあった。なんとなく、ノルベルトに振り回されて、苦労しているのだろうなということを、四人はその様子から理解する。

 

「ああ、紹介がまだだったな。こいつは男の親衛隊の副隊長をしている者だ。ここにいる者達は親衛隊の候補だ。副隊長としてあいさつをしておけ」

 ノルベルトはそう言って副隊長を振り返る。しかし副隊長は首を振った。

「必要ありません。いつか共に仕事をする時があれば、その時に分かるでしょう」

 副隊長はそう言って名乗ることを拒んだ。モニカ達は、その予想外の返事に目を丸くする。副隊長はその視線に気付き、ため息を一つつく。

「……私は姿を消していた方がいいようですね。建物の外におりますので、用があれば呼んでください」

 雰囲気が悪くなったことを察したらしく、副隊長は弓術場から出て行った。

 

「あいつなりに気を使ったつもりなのだ。許してやってくれ」

 ノルベルトは苦笑しながらそう言った。

「い、いえ……」

 クララは歯切れ悪く返事をする。

 

「弓の練習を見に来たつもりだったが、今日はもう終わりのようだな。では出直すか」

「そんな、その程度のことで出直させるわけにはいけません。もう少し弓の稽古をしますので、ご覧になって行ってください」

 エーフィはそう言って、ノルベルトを引きとめた。そして慌てて的に向かい、二、三度深呼吸して気持ちを落ち着かせる。

 弓を構える頃には、もうしっかり弓に集中していた。

 

 弓術場に入ってきた時は微笑んでいたが、エーフィが訓練を始めると、ノルベルトは真剣な表情でその訓練を見つめ始めた。突飛な行動とは裏腹に、まじめに親衛隊達のことは見ているらしい。心の準備ができていないうちに、この眼光に見つめられていたらどっと疲れたに違いない。

 エーフィ以外の三人は、こんな雰囲気のままではとても訓練をする気にはなれない。大人しくノルベルトの横に座り、エーフィのことを見ていることにした。

 

 エーフィはノルベルトに見られていても、手元が狂ったり、表情が戸惑ったりしている様子はない。エーフィ自信が怖いとまで批評した、あの真剣な表情のままだ。

 

 ノルベルトはしばらく真剣な表情でエーフィを見ていたが、やがてエーフィから視線を外して空を見上げて呟いた。

「弓か……」

「弓がどうかしたんですか?」

 モニカが、その言葉の意図が気になって聞き返す。

 

「最近、森の中でイノシシが暴れているのだそうだ。退治して欲しいという要望が街から出ているのを思い出した。しかし、ちょうど今他のことで手がいっぱいで、父上も兄上もイノシシ狩りまで手が回らないらしい。となれば俺が指示してやるしかないが、どう処理したものかと悩んでいたところだ」

 弓から狩りを想像し、狩りからイノシシのことを思い出したというわけだ。確かノルベルトは国のことにはほとんど関わったことがないそうだが、国王とオスカー王子が指示を出せないとなると、ノルベルトが行動するのかもしれない。まあ、モニカ達には関係のない話だ。

 

「……確か、ここにいる者達は中央以外から来た者ばかりだな」

「え? あ、確かにそうですね」

 ノルベルトの問いかけを、モニカが肯定する。確かに今この場にいるのは中央以外から来た者達ばかりだ。しかし、なぜ今そのことを聞いたのだろう? ただなんとなく気付いただけか?

 

 それからノルベルトは少しの間沈黙した。そして、周りを見渡し、誰も聞いていないことを確認してから言った。

「……よし、お前達で明日イノシシを狩ってこい」

 

「「「……は?」」」

 突然のノルベルトの言葉に、ノルベルトの周りにいた三人が声をあげる。

 エーフィにもその声は届いていたが、一連の動きが終わるまで声をあげることができず、心の中でその言葉の意味を理解しようと反芻していた。

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