座右の銘は「確認を怠るべからず」
少々ふざけた内容となっていますので、御気分を悪くされたら申し訳ありません。
「なあ、私が何をしたと言う?」
拘束された腕をまるで親の仇を見るような目で睨みつけながら、顔すら見ていない相手に問いかける。
「しっかりと義務教育期間は特別な事情がない限り休まず、それ以後の高校、大学ともに怠けることなく勉学に勤み、その後も簡単とはいかないまでも、何とか会社への就職にこぎつけ、安定した収入と共に平和な一人暮らしを満喫している・・・。さあ、私に何の罪がある?」
長々としたセリフを一息で放ち、尚も腕を睨む。
「強いて言えば・・・今、この場から逃げ出そうとしていることかな」
カコーンッと日本の風情漂う甲高い鹿威しがその場に響き渡る。
ここはどこか?
聞いて驚け、・・・日本だ。
格調高き日本庭園が広がる、まさしくここは別世界。
いやあ、錆び付いた時間に追われる現在の世の中にこそ、必要だよね、こういう空間って感じの。
その場の空気に合うように、常日頃はスーツとパンツに身を包み、家に帰れば上下スウェットをパートナーとしている私にとって、着物は凶器ですね、ハイ。
このシチュエーションと結婚適齢期に該当するであろう私というコンボで、勘の良いお人なら既にお気づきであろう。
そう、・・・動物園だ。
「・・・とりあえず、あなたの発想が理解できない」
「人間だって、立派な動物だ。舐めるなっ!!」
人間だって哺乳類の仲間なんだぞ、胎生なんだぞ。
みんな生きてるんだ、友達なんだ(一部除く)
分かってる、これが現実逃避ってことくらいは。
「舐めてません。強いて言うなら、あなたを舐」
はい、自主規制。いや、して下さい。
「イヤー――ッ! 全国の純情な乙女の皆様、ここに変態という害虫が」
この渾身の叫びに溜め息を吐かれる相手方。
っく、このイケメンが。それすら様になっているとは。
爆発してしまえっ。
「もう結婚の結の字くらいには進んでるんですから諦めてはどうですか?」
「屈しない、ああ、私は屈しないぞ。例え、人類誕生から滅亡の月日が経っても諦めてたまるものか」
「純粋にその前に寿命が来ますよ」
「ええい、物の例えだ、スルーしろ。とりあえずその手を離せ。家で私の帰りを待っているジョゼフィ―ヌ(カメ)に餌やりをする約束が」
「ああ、それなら・・・」
そう言って、スーツのポケットから取り出したるはシンプルなデザインのクロスが付いた一つの鍵。その大きさといい鍵の形状といい、どうにも見覚えがあるのだが。
「今日の朝、あなたが準備している間に家にお邪魔して餌やりをしておきました」
・・・待て。まず、一つ言わせてもらおう。
私は家を出るとき確かに玄関の鍵を閉めたし、確認もした。ああ、覚えている。そして、私の鍵はしっかりとバッグに入っている。なら、その不気味な鍵は、紛れもなく我がマイホームの合鍵・・・か?
「はい、あなたが留守の間に作らせていただきました」
「・・・それは、犯罪では?」
「ご両親の許可なら得ていますよ」
マイファザーアンドマザーよ、あなた方はこの変態に私を生贄として差し出す気なのですか・・・?
「返して」
「すみませんが、これは僕のですから」
爽やかな顔の裏からの黒い何かが出ていますよ、自重してください。
ほら、あちらを颯爽と歩く仲居さんが立ち止まってときめいておいでですよ、是非ともあなたとこの立ち位置を変えたい、切実に。変わった瞬間、逃亡しますので悪しからず。
どうか、肉食鬼畜動物の生贄となっていただきたい。
「・・・なにを考えていらっしゃるんですか?」
や・め・ろー――――っ!!
なんだ、その艶めかしいオーラは!?
この色気ナッシングな私に分けやがれ、ってくらい垂れ流しはおやめください。視線が会うたびに、私の心の何かがガリガリと削られていく感じがするのでっ。
「お、お願いだから離して・・・」
くそう、心なしか目頭が熱くなってきたぞ。
私のヒットポイントはゼロに限りなく近いから、ラスダンのボスよ、見逃してくれ。というより、1レベルの相手に大人げないとは思わないのか!??
「・・・っ、誘ってるつもりですか?」
・・・ハイ?
えっと、何を仰ってるんでしょうか。いつからお互いの会話が成立しなくなったのか、誰か教えてください、後生ですから!
「私は結婚したくないんですっ。定年まで働いて、残ったお金で細々と、推定寿命万年なはずのジョゼフィ―ヌ(何度も言うがカメ)と、ラブラブに暮らしたいんです!!」
そう、私はカメを愛しているっ。人間以上にっ!!(嘘です)
「・・・残念ながら、ジョゼフィ―ヌは雌ですよ?」
「そんなの知ってますよ。飼い主ですよ、当たり前です」
出会いは、ショップの水槽の中。円らなお目目に一目ぼれしたのがきっかけ。即お持ち帰り。
「ついでに、拒否は不可というより、撤回できないが正解でしょうね」
・・・アレ、満面の笑みでなにを言ってらしゃるんですか?
あと、懐から紙を取り出してますが・・・。
「はい。これ、婚姻届」
「・・・判子、打ってませんが?」
広げられたら、断じて赤の印を押さないであろう自分が想像できる。
「昨日、自分で打ったんだよ。机の上で」
ひとまず行ったことは耳を疑うことだった。
・・・空耳? 幻聴? 私は何も聴いてない(暗示)
「ほら」
と、折りたたまれていた禁断の扉が開け放たれ、記入済みな上、しっかりと押された判が・・・。
「・・・いつの間に」
「いくつか判子のいる書類の間にこっそり挟んで、朝に取りに行ったらちゃんと打ってありましたよ。生真面目ですよねぇ、でもうっかり屋さんですね」
うん、笑顔で貶していることにいくら鈍い私でもわかるよ。
いくら徹夜明けで、鬱陶しい書類の山があったとしても中身の確認をしよう。うん、これ今後一生の座右の銘にしよう!
「外堀も埋めたし、あとは城を落とすだけです。・・・覚悟してくださいね」
・・・極上の笑顔にて締めくくられた言葉に、私は近所迷惑になるような悲鳴を上げることしかできませんでした。