ー3
「んーっ。よく寝たーっ。」
昨晩は夢も見る事なく
ぐっすり熟睡できた。
弱り果て、傷ついた身体は
あの苦い薬のお陰か
昨日の今日だというのにもうすっかり元気を取り戻している。
スーッ、コトッ
襖を開ける音がして
ガチャガチャと食器がなる音とともに
男が部屋へ入ってきた。
「起きたか?朝飯の仕度ができている。冷める前に早く食べてしまえ。」
「わっ!また朝からすごい豪華…」
煮物に焼き魚、おひたしに味噌汁、ツヤツヤの白ご飯…出汁巻きもすごく美味しそう。
それに納豆に漬物まで揃ってる。
「寝ぼけた顔をしてないでさっさと食べろ。」
「寝ぼけてなんかないわよ!流石だなって感動してただけじゃない!」
「ふんっ、当たり前だ。ごちゃごちゃ言ってないで食え。」
「はぁ…はいはい、いただきまーす。」
そう言って煮物の人参を口に運ぶ。
「……………美味しい。」
「だろう?昨日から仕込んでおいた煮物に、魚は今朝俺様が直々にとってきたやったんだ。」
「とってきた!?どこから?」
「川に決まっているだろう。盗んだと思ったのか、馬鹿女。」
「ちっ違うわよ。」
やはりこの男は料理の腕もそうだが口の悪さも天下一品。
いちいち腹が立つ。
「そういえばあんたは何も食べないの?」
「あぁ。妖怪は早々腹は減らん。食すとしてもお前たち人間には想像もつかん物だ。」
「じゃあ人間の食べ物は食べたりするの?」
「そうだな…甘い物と酒は好きだ。」
「ふぅん…」
自分が食べない物をわざわざ私のためだけに作ってくれるとは
なんだか申し訳ない気持ちになる。
「ありがとう…」
「いや、早く元気になってもらわねばおまえがいるとこの部屋も他の事に使えんからな。」
「そう…だよね…」
何を一人浮かれていたのだろう。
そう、私はあくまで客人。よそ者なのに。
寝床に食事までもらって
何時の間にか勝手にここに住む気でいた。
馬鹿だ。男言う通り本当に私は身の程知らずの馬鹿女。
そう、私はとうに住む場所も家族さえ無くしたというのに。
「どうした?元気がないぞ?」
「あ、ううん。なんでもない。」
「お母さん、に会いたくなったか?」
「え?」
「どうせおまえ家出かなんかして来たんだろ。もう音をあげたのか?馬鹿女。」
男はニヤリと馬鹿にしたように笑いながら部屋の隅に置いてあった私の鞄を運んで来た。
「荷物はこれだけか?」
「う、うん…」
「それ食べたら早く帰ってやれ。親も心配しているだろう。」
「………色々ありがとうね…」
「人を更生させるのも、正しい道に導くのも神の仕事だからな。」
男はふふんっと偉そうに胸を張る。
「俺もそろそろ行かなければならん所がある。いつまでもおまえの面倒ばかりは見ておれん。」
「ん………?何故まだそのような浮かない顔をしている?…もしかして俺様と離れるのが寂しいのか?」
「馬鹿っ!そんなわけないでしょ!?」
「おまえはそう言って強気な顔をしてるほうが似合う。」
そう言ってよいしょ、と立ち上がり私の頭をぽんぽんっと数回優しく叩いた。
そしてじゃあな、とでも言うように手を降り、私に背を向けるようにして部屋を出て行った。
一人この大きな部屋に取り残された私は
もうここへ来ることもないのかと
ぐるりと辺りを見渡した。
相変わらずきちんと掃除されていて、まるで生活感がない。
私の食べかけの朝食と起きたままの布団だけが
唯一ここに人がいることを示している。
ミーンミンミン…と外で鳴いているの蝉の声が妙に耳につく。
…また……1人ぼっち…
寂しかった。
全てを無くしたあの日よりもっと。
もう一度他の温かさに触れてしまったのだから…