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幸せな夢を見た。
小さい頃、動物園に行ったときの夢。
お父さんとお母さんに連れられてお弁当持って出かけたっけ…。
優しかったお父さん、お母さん。
2人に手を引かれて
本当に楽しくて夢のような時間だった。
でも楽しい時間は過ぎていくのがとても早くて
私の足じゃ追いつけない。
「お父さん、お母さん。どこいくの?置いてかないで…1人ぼっちにしないで……もうお顔が見えないよ…」
「お父さん…お母さん…」
目を覚ますと私は布団の上に寝かされていた。
……ここは…どこ?
何処かの家の客間だろうか…
十二畳程の広めの和室。
神棚には生け花や人形が飾られている。
隅々までよく掃除されていて床にはチリひとつ落ちていない。
「目覚めたか。馬鹿女。」
振り向くと
今朝の目つきの悪い銀髪のコスプレ男が盆を持って私の真後ろに立っていた。
銀髪もコスプレも目の錯覚なんかじゃなかったようだ。
「また出た!あんたなんでこんな所にいるのよ!」
「はぁ?お前何も覚えていないのか?」
男は呆れた、とでも言いたげな顔で大きくため息をつき
「今朝お前倒れたんだよ、あの石段の上でな。」
「………へ?」
「急にお前が上から降ってくるものだから驚いた。」
「え…私…落ちたの?あの石段の上から…?」
「あぁ、そうだ。」
「でっでも普通あんな高さから落ちたら無事なわけないでしょ。」
「ふんっ俺が受け止めてやったに決まっているだろう、感謝しろ。馬鹿女。そして気を失っていたお前をここへ運んでやったのも俺様だ。」
「えっあ、あぁ…ありがとう…」
「当然だ。それから身体の傷が癒えているだろう?それを治してやったのも俺だからな。」
「本当だ…でも…どうやって…?」
倒れたのが今日の朝だとしたらそれからまだ一日も立っていない筈なのに
体中の痣や痛み、足の裏に出来た豆までも不思議なことに全てが綺麗さっぱり消えて無くなっていた。
「簡単な術を施してやっただけだ。」
「術…?あんた何ものなの…?」
尻尾と耳を付けたただの変態コスプレ野郎だと思っていたが…意外に優しかったり術がどうとかって本当にこいつはいったい何者なんだろうか。
「俺か?ふんっ、知りたいなら教えてやろう。俺様はな、この稲荷神社の稲荷神だ。」