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「ねぇ、どうして熈濤はここまでしてくれるのかしら。私みたいな何もできない平凡な女子高生に。」
「それは…透様は熈濤様にとってとても大切な客人と同時にとても大切な人なのでございます。」
「透様は覚えてらっしゃらないでしょうか…」
後ろから現れた天琥が待ってましたとばかりに割り込んでくる。
「おい!天琥!それは…」
「でも……」
「熈濤様のお気持ちが最優先だ。我々ではない。」
「……………」
「ねぇ、さっきから何を言っているの?気持ちが…とか覚えてる…とか……」
「……………」
私の問いに二人はばつが悪い悪そうに下を向くと固く口を噤む。
「ねぇ?」
「……………」
「さすがの私だって怪しいとは思うわよ。会って間もないただの人間の女にここまでしてくれるだなんて。さっきの食事のときだって私と熈濤がどうとかって…そろそろはっきりしてくれないかしら?」
「…それは……我々の口からは申し上げられませぬ……」
そう言って左右に首を振る鬼璃は今にも泣きそうな顔で私を見上げる。
「泣いたって無駄だからね!」
内心相当良心がとがめたが、ここで押されてしまえば私の負け。
当分この心に生まれたモヤモヤと共に
何を企んでいるのか、とこの人たちに疑心を抱きながら過ごさなければならなくなってしまう。
頑として依然と態度を変えない私に
とうとう天琥が重い口を開けた。
「あの…透様、今から言う事を熈濤様には決して私たちから伝え聞いたと言わないでいただけますか?」
「うん。約束する。」
「おっおい…天琥…」
「仕方ないじゃんか、どうせいつかはわかる事。透様に何時までも不安を抱かせたままではいたくはない。」
「……………」
そう言うと二人は決心したように此方に向き直り
ゆっくりと話し始めた。
「透様、この神社は元々熈濤様の物ではない事はご存知ですか?」
「…うん。あいつの口から直接聞いた。」
「さようでございますか。では話が早い。」
「…単刀直入に申し上げますと………透様は…生贄でございました。」
「いっいっ…生贄!?」
予想外の言葉に思わず声が裏返る。
「生贄とは申しましても殺してしまうのではなく…簡単な話、透様を土産物として黄泉の国へ送るのでございます。」
「ここ稲荷神社の稲荷神…天人様は今、隠れるようにして黄泉の国で生きておられる、そんな噂を小耳に挟みました。」
「ほんのつい昨晩のことであります。そして我々はその事実を確かめるべく、直接黄泉の国の神である黄泉津大神、イザナミ様の元へ訪ねたのです。」
「噂は本当でございました。生きている、と言うこと以外は……」
「それは…どういうこと…?」
「はい……天人様は…もう既にこの世の物では無くなっておられました…。」
「黄泉の国に長くいすぎたために、もう体の半分以上をあちら側へとられてしまっていたのです。」
「普通、神という存在は黄泉の国に長く滞在したとしてもそのような事が起こる事は滅多にありません。」
「しかし、天人様は元々人間であるであるお体にもう生きていたくない、という思いが拍車をかけたのでしょう。人々の欲望で黒く汚れてしまった小さな人神様は…」
「人であった記憶も、神であった記憶も無くされ」
「残っていたのは深い恨みの心。」
「それが消えかけている身体をこちらに繋ぎ止めている唯一のものでございました……。」
「なんだかとても悲しいことね…残ったものが恨みの心。皮肉にもそれが神様の身体の消滅を繋ぎとめているなんて…。」
「はい………」
暫しの沈黙。
それを破るかのように鬼璃がまた話しを始めた。
「我々は…なんとかできないものか、とイザナミ様に頼み込みました。」
鬼璃に続くように天琥もまた重たい口を開く。
「するとイザナミ様は申されました。代わりの者を連れてくるのだと、その人間と引き換えにこの者を返してやると…」
「それが私ね?」
「はい。イザナミ様は知っておられました。透様の存在を。」
「稲荷神社に人間の女がいるだろうと、神を返してやる代わりにお前の大切な者を、その女を差し出せ、と熈濤様に申されました。」
「しかし熈濤様はその申し出を断り…」
「その態度に激怒したイザナミ様は透様を………」
そこで二人は言葉をつまらせる。
そんな狛犬たちに私は恐る恐る脳裏に浮かんだ嫌な可能性を質問してみる。
「…なんとなく分かるわ。私だって馬鹿じゃないもの。私…殺されるのね?」
「……………………はい。」
「やっぱり…」
内心、そうじゃなければ…、と願った私の思いは見事に打ち砕かれる。
「でも正確には殺される、のではなく透様を熈濤様から奪うため、黄泉の国に連れて行かれるおつもりです。」
「でも黄泉の国って死者の世界、あの世なわけでしょ?それって殺されるのとなんら変わらないじゃない…。」
「…………………」
長い沈黙が私たちを包む。
窓を揺らす風の音がやけに大きく聞こえる。
十六年の短い人生。
これまで普通の人となんら変わらない人生を歩んできたつもりだ。
それが一日で家を失い、家族を失い
そんな私が助けられたのは妖狐である稲荷神社の稲荷神…。
そして狛犬達。
その上今度は黄泉の国の神、イザナミに狙われている…だなんてこんな事、誰が予想していただろうか。
「私、どうなるの…?」
「……………」
「ねぇ、答えてくれなきゃわからないわ」
「……………」
「ふんっ、お前は俺様に守られていればいい。それだけだ。」
「熈濤…………!」