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「こちらでございます。」
「ひっろーい!!」
長い廊下を歩き着いたそこは
テレビで見るような何処かの高級旅館の温泉。
湯気に包まれて良くは見えないが
サウナや露天風呂までついているらしく
相当な広さがあることは間違いない。
「こちらは地下1500メートルから汲み上げた正真正銘の単純温泉でございます。」
「筋肉痛や神経痛、うちみや疲労回復などの効能があるバランスの取れた良質な温泉となっております。」
「お着替えと鞄は此方に置いておきます。またお上がりになる頃迎えに参りますので、それまでどうぞごゆっくり。」
狛犬たちが出て行くのを見て
早速脱衣所で着ていた物を脱ぎ捨てる。
ガラガラ…と風呂場の戸を開けると
先程と同様、私は温泉から出る白い湯気に包まれた。
濡れて滑りやすくなっている大理石の床を
転ばぬようゆっくりと前に進む。
側のシャワーで体を流し、長い髪を頭の上で一つに結び、そうっと湯に足をつけてみた。
チャポン……
一気に熱が全身へ広がっていく。
そのままゆっくり肩まで浸かる。
少し熱めのお湯が気持ちいい。
ふぅーっ
思わず出たため息が一人きりの風呂場に響き渡る。
そう言えばこんな風にゆっくり風呂に浸かるのはいつぶりだろう。
前に父さんや母さんと住んでいた家には風呂は付いていなかったため
週に三回近所の銭湯に通っていた。
「懐かしいな…」
父さん、母さん…今頃どうしているのだろう。
嫌な考えを振り払うかのように
私は勢いよく立ち上がる。
その瞬間待ってましたとばかりにおこる立ちくらみ。
そのままのぼせる前に頭と体を洗ってしまおうと
先程のシャワー場所に向かう。
シャンプーにリンスにトリートメント
洗顔料やポディーソープ
体を洗うスポンジまで揃っている。
しかも全て女子の憧れのブランド、「Luxury」のもの。
商品によっては値が張るものも多く
私なんかじゃ到底手の届かない代物だ。
「凄い……」
少し気が引けたが
何も持ち合わせていなかった私は有難く使わせてもらうことにした。
「良い香りーっ」
市販の安いシャンプーしか使ったことのなかった私は
暫しこの香りと泡立ちの良さの感動に浸る。
一通り全身を洗い終わり
最後にサバっと頭から湯をかぶる。
折角なので露天風呂にも浸かろうと思ったがのぼせそうだったため
さっさと濡れたタオルを絞り、体を拭きながら湯気と一緒に脱衣所へ向かった。
柔らかいバスタオルで体を拭き、
ガサゴソと鞄から下着の詰め合わせを取り出す。
今日のパンツは熊さん柄だ。
寝巻きであろう浴衣を羽織り、
そしてそのまま備え付けのドライヤーで髪を乾かしていると
引き戸の向こうから声をかけられた。
「透様、よろしいでしょうか。」
「…?どうぞ。」
ガラガラ…と戸を開けて鬼璃が隙間からひょっこり顔を出す。
「透様、湯加減は如何でしたでしょうか?」
私はドライヤーのスイッチを切り、現れた狛犬のほうへ顔を向ける。
「とっても気持ちよかった。ありがとう。」
先程までの怒りは何処へやら、
私は機嫌良く笑顔で答えた。
「それはようございました。ではお部屋の方に案内させていただきますので準備ができ次第お声を…ともう準備は万端という感じですね。では、参りましょう。お荷物お持ちしますね。」
「あ、ありがとう…。」
風呂場へ向かうときよりも
数倍長い廊下を行く。
これは絶対迷うな…などと考えをめぐらしていると、
やっとこさ私の部屋だと言われる戸の前に辿り着いた。
おかしなことにここだけ何故か
『ふすま』ではなく『ドア』が私の前に立ちふさがる。
「どうぞお入りください。」
さほど重くない内開きのドアを開けると
この場所には余りにも不釣り合いな光景が目に飛び込んできた。
「…………何、これ…」
空いた口がふさがらないとはこういう事だろう。
大きな和室宴会場に豪華な食事。
そして高級旅館のような天然温泉。
ここまできたら部屋も当然和室だろう、という私の期待は見事に裏切られる。
フローリングの床に天蓋付きの大きなダブルベット
天井には煌めくシャンデリア
そして壁には大きな薄型テレビが張り付いていた。
「熈濤様が透様にと…ご不満でしたでしょうか…?」
「いや…不満とかそんなんじゃなくて…」
とにかくただ驚くばかりだった。
こんなお城のお姫様の住んでいるような部屋が私のだなんて。
もうここが神社だなんて誰に言っても信じてもらえないだろう。
正直こんな常識はずれの事がおこって大丈夫なのかと今更ながら不安になる。