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「そういえば……」
「ん?」
千里眼がどうだ、などという話をされた後だ。
当然の疑問が頭をよぎる。
「どうして帰る家がないってこと知ってたのに親が心配しているとかなんとか言って私をわざと追い出そうとしたの?」
「あぁあれは……お前を試したのだ。」
「…は?」
「お前がこの俺様と共に過ごすのに相応しい人間かどうか試させてもらったのだ。」
「ちょっ………あんな怖い思いまでさせて……!」
「まぁまぁそう怒るな、このもてなしは俺からのせめてもの詫びだ。存分に楽しむがよいぞ。」
「……………!最低!ほんの数ミリでも優しいなんて思った私が馬鹿だったわ!」
「おお!よく分かっているじゃないか。そうだ、お前は馬鹿だ、馬鹿女だ。」
バッ…と
殴りかかる勢いで立ち上がる私を必死でなだめる狛犬たち。
そしてその様子を酒をすすり、さも愉快そうに見物している神様。
この妖怪はどういう神経をしているのだろうか。
「…透様っ!この鬼璃に免じてどうかその拳をお収めください!」
「透様!」
狛犬たちを巻き込むわけにもいかず
仕方なくどんっと元の位置に腰を下ろした。
しかしどうしても腹の虫がおさまらない私は、
やけになって目の前に広げられた豪華絢爛なフルコース料理を手当り次第口にかきこむ。
ゴホッゴホッ…
「とっ透様!お水を!」
一気に食べ物を口に入れ
案の定咽せている自分がなんとも格好悪い。
「やっぱり馬鹿…」
またもや嫌味を吐こうとした熈濤を神使である狛犬が銚子を片手に
すんでのところで遮る。
「まぁ、どうぞどうぞ…」
「ん。」
男は盃に並々と注がれた酒をぐいっと一気に飲み干し
「今年の酒は少し苦味がきついな。」
と眉間にシワを寄せ少し渋い顔をした。
「申し訳ございません…。」
「いや、お前の責任ではなかろう。
「はい…」
「そろそろだな…」
「近々こちらにお目見えになるとのことです。」
「そうか。」
「時に熈濤様、透様とはもう……」
「まだだ。」
「…ん?私が何?」
先程のことからまだむくれていた私は少し声をとがらせる。
「………嫌、なんでもない。それより…おい、風呂の支度は出来ているのか?」
「はい、何時でも入っていただけます。」
「そうか。ならば天琥、食事がすんだらこいつを風呂に入れてやれ。」
「へ…?」
余りにも唐突に予想外の言葉をかけられ思わず声が裏返る。
「この後俺は会わなければならん人物がいるのでな、後の事は鬼璃と天琥が面倒をみる。」
「ははっ、透様、なんなりとお申し付けを。」
「ちょ、ちょっと!」
「じゃあな、馬鹿女。明日から忙しくなる、ゆっくり体を休めておけよ。」
そう言って残りの酒をごくごくっと飲み干し、
空になった盃をそこに置くと
私の方をチラリとも見ることな
く部屋から出て行った。
「なんなのよ、あいつ!」
「申し訳ございませぬ、透様…」
「ですが透様、熈濤様はあぁ見えて透様をとても気にかけておいでです。」
「あの時もそうでございました。」
「あの時?」
「はい、透様が一度ここから出ていかれた時です。」
「見つけるまでに時間がかかってしまい、あいつには怖い思いをさせてしまっととても後悔しておいででした。」
「えっ…」
「そのぐらい透様には……いや
我々が言えるのもここまでです。」
「この続きは熈濤様ご本人から直接お聞きくださいまし。」
「ん…?」
何だかはっきりしないまま
半ば強制的に話を終了された私は
結局怒りの矛先を見失ってしまう事となった。
「ごちそうさま……」
「もう宜しいのですか?」
「うん、結構食べたしね。」
我ながら見事な食べっぷり。
人参を除いてもうほとんどが私の胃袋の中。
「食後に梨などございますが…」
「あぁ…今はいいや、ごめんね。」
「さようでございますか。では後ほどお部屋の方にお持ちいたしますね。」
「……部屋って?」
「はい、熈濤様が透様に、と特別に設えたお部屋でございます。」
「あ…そうなんだ…。」
何から何まで至れり尽くせりとはこのことか、
ここまでされると逆に気が重い。
「ではそろそろお風呂の方に…」
「あ、うん。」
「では参りましょうか。」