家族
ついてない日ってとことんついてない気がする。
シカトなんていつものことで
上履き隠されたり
体操服捨てられてたり
トイレで水をかけられたり…
そんなことももう日常茶飯事。
でも大丈夫って笑えた。
いくらイジメられたって
友達がいなくたって
私には帰る家があったから。
少し家が貧乏だからって
一軒家じゃなくてボロボロのアパートだったって
ゴールデンレトリバーはいないけど
夜ご飯にステーキは出ないけど
家に帰れば温かいご飯があって
それだけで充分だった。
優しいお父さんとお母さんがいて
それだけで幸せだった。
涙が出るのは
さっき財布落としたからじゃなくて
お弁当が捨てられてたからでもなくて
…もう帰る場所がない。
ただいまって言える場所。
いつも通り靴が片方無くて
学校のスリッパで帰る。
貯めてた貯金をはたいて
必死に買った4000円のスニーカーだったけど
仕方ない、また明日から当分スリッパで通うことになるだけ。
裸足じゃないだけましだ。
いつも通り角の家の大きな犬に吠えられて
いつも通り近所の弁当屋で残り物のおかずを分けてもらって
いつも通り錆びたボロアパートの階段を登る。
そしていつも通り203号室の
所々腐りかけている板に取り付けられた
薄汚れたドアノブを回す。
「ただいまーっ。今日はそこの弁当屋で天ぷらもらってきたよ。海老の天ぷらサービスしてもらっちゃっ…」
…あれ?
静かすぎる……
…誰も……いない…?
3人で住むには
少し窮屈なワンルーム。
それが今は妙に広く感じる。
ふと、部屋の真ん中に置いてあるちゃぶ台に目をやると
何か書かれたメモと千円札が数枚置いてあった。
「お帰り。私たちがいないことに、あなたはさぞ驚いているでしょう。父さんたちは今別々の場所にいます。今までの幸せよりも母さんは母親ではなく女でいることを、父さんはもう一度人生をやり直すことを選びました。あなたもこれからは父さんや母さんに振り回されることのなく自分の人生を強く生きていってください。
追伸、このアパートも立ち退き強制執行命令が出ました。差し押さえれる前に必要なものを持って家を出なさい。少しだけですがお金を置いていきます。これが父と母としての私たちが出来る最後の贈り物です。大切に使ってください。ー父さん、母さんより」
泣くことも出来ず
怒る気力さえ無くして
私はただその場に座り込んだ。
これからどうしていったらいいのかという不安よりも
この一瞬で全てを失ったという虚無感のほうが大きかった。
考えれば考えるほど
良くない思いつきは増えていくばかりで
生まれてきたことに疑問さえ感じる。
私の帰る場所……
どれぐらいそうしていたのだろうか、
何時の間にか辺りは暗くなっていた。
このままずっとこうしていたかった。
でも気づけば死んでいた、なんて
都合のいい話があるわけもなく
私はしぶしぶ重い腰を上げた。
とりあえず明かりをつけようと
暗闇の中、手探りでスイッチを探す。
しかし既に電気が止められていたらしい。
仕方がないので、明かりは部屋の隅に置いてある小さな懐中電灯に頼ることにした。
…そう言えばここ、立ち退き命令が出てるんだっけ…
ヤクザに鉢合わせするのも何かと都合が悪くなりそうだったため
懐中電灯の明かりをたよりに
手早く荷物をまとめる。
さすがに制服の女子高生が1人、夜にふらふらと出歩くのはぶっそうだと思い
適当に着替えて行くことにした。
脱ぎ散らかした制服も
棚の上の家族写真と一緒に
まとめて鞄に放り込み、
ファスナーを閉める。
さほど重さのないそれを肩にかけ、
最後にちゃぶ台の上の手紙と千円札3枚をポケットに詰め込むと
私は足早に部屋を後にした。