第18話 乱入の火花
裏階段の空気が、俺の心臓を握り潰すように重い。夕陽の赤黒い光が、ひび割れたコンクリートに滲む。タバコの焦げた匂いが鼻をつき、俺、如月隼人、16歳、は壁に押し付けられ、田中の蛇のような目に射抜かれる。ポケットのスマホが、罪の鉄塊のように重い。田中のカツアゲ写真と録音――1年生の涙、田中の「親父が市議で脅す」発言――が、俺の唯一の刃だ。美奈を守るため、早記の試練をクリアするため、この証拠が必要。なのに、田中の手が俺の胸ぐらを掴み、医大の夢を粉々にすると脅す。
「選べ、如月。」
田中の声が低く響く。
「スマホを渡して写真消すか、親父に電話一本で医大の夢と美奈ってガキを地獄に落とすか。」
佐藤が俺の肩を掴み、山本が1年生の腕をひねる。泣き声が階段に響く。美奈の
「隼人おにぃ、そばにいてね」
が頭で燃える。胸の奥で、怒りと恐怖が絡み合う。俺はブラフを放つ。
「お前の親父の汚職疑惑、録音と写真で早記に渡せば、親父のキャリアもお前の人生も終わりだ。」
田中の目が揺れる。効いてる。録音は実は音質が悪く、証拠としては弱い。だが、田中は知らない。俺のブラフが、こいつの恐怖を突く。
「ふざけんな……録音なんて、あるわけねえ!」
田中の声が荒れるが、動揺が滲む。佐藤が耳打ちし、山本が一歩踏み出す。空気が剣呑になる。俺はスマホをチラつかせ、目を逸らさない。
「試してみるか? 市議の息子がカツアゲ三昧、最高のスキャンダルだろ?」
その瞬間、階段の上から野太い声が響く。
「隼人、こんなとこで田中先輩なんかと何やってんだよ!」
振り返ると、沖田翔太、俺の親友でクラスメイト。がっしりした体に、乱れた制服のネクタイ。体育館帰りの汗臭い匂いが、階段の空気を切り裂く。バスケットボールがコンクリートに弾む音が、遠くで止まる。沖田の目が、俺と田中を交互に見る。鋭い、けどどこか軽い笑みが浮かぶ。
「沖田……?」
俺の声が、かすかに震える。なんでここに? 田中の顔が一瞬強張る。佐藤と山本が動きを止め、1年生が教科書を抱えたまま息を呑む。沖田が階段をゆっくり降りてくる。足音が、コンクリートに重く響く。
「おい、田中先輩。」
沖田がニヤリと笑う。いつもみたいに軽い口調だが、目が違う。まるで、獲物を狙う獣だ。
「隼人を脅してんのか? カツアゲの話、俺もちょっと耳にしたぜ。新入生から金巻き上げて、親父の名前使って脅すってやつ。マジ、ヤバいっすね。それ、ほんとに親父さんにバレたら、どうなるんすか?」
田中の目が、明らかに揺れる。
「てめぇ、関係ねえだろ! 黙ってろ、沖田!」
声に焦りが滲む。沖田は肩をすくめ、1年生に目をやる。「お前も、だいぶ怖え思いしたな。こんな先輩、放っとくと後で泣くぜ。」
1年生の震える肩が、わずかに緩む。沖田の声には、妙な安心感がある。だが、俺の胸は締め付けられる。沖田、どこまで知ってる? 俺のブラフを、こいつがどうやって嗅ぎつけた?
「なあ、隼人。」
沖田が俺に近づき、肩をポンと叩く。
「お前、なんか証拠持ってるんだろ? 田中先輩のヤバいとこ、撮ったとかさ。俺、図書室の近くでチラッと見たぜ。お前がスマホ構えてるとこ。」
心臓が跳ねる。沖田、見たのか? 俺のブラフが、急に現実味を帯びる。田中の顔が、青ざめる。
「お前もグルか、沖田!」
田中が吠えるが、声が裏返る。
「グルってわけじゃねえよ。」
沖田が笑う。だが、目は冷たい。
「たださ、田中先輩みたいな奴が新入生イジメて、親父の名前チラつかせてドヤってるの、ムカつくだけ。なあ、隼人、そこの写真、俺にも見せてくれよ。田中先輩の親父さんに、直接送ってみねえ? 市議会議員なら、息子のカツアゲ、めっちゃ興味あるんじゃね?」
田中の拳が震える。佐藤が後ずさり、山本が1年生を離す。空気が一変する。沖田の言葉が、まるでナイフのように田中の動揺を抉る。俺のブラフが、沖田の乱入で、急に鋭い刃になる。
「沖田、てめぇ……!」
田中が一歩踏み出すが、足が止まる。沖田がスマホを取り出し、カメラを向ける。
「お、いい画だな。先輩、めっちゃイイ顔してる。SNS映えするぜ、これ。」
俺の胸が、熱くなる。沖田、なんてタイミングだ。美奈の「そばにいてね」が頭で響く。医大の夢、美奈の未来、俺が守る。この手は汚れてる。だが、沖田の火花が、俺の決意を燃やす。田中をピンチに追い込むチャンスだ。
「田中、選べ。」
俺は声を絞り出す。
「この写真と録音、早記に渡すか、親父に直接送るか。どっちがいい?」
田中の目が、獣のように揺れる。階段の空気が、まるで俺の心を焼き尽くすように熱い。霧の中で、俺と沖田の刃が、田中の喉元に突き刺さる。