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第15話 汚れた手

放課後の学校、裏庭。物置の裏、雑草が生い茂る薄暗い一角。夕陽が沈み、コンクリートの壁に黒い影を刻む。俺、如月隼人、16歳。細身の体に少し伸びた髪が、汗で額に張り付く。ポケットの中のスマホを握りしめる。録音ボタンを押す手が、震える。胸の奥で、ぐちゃぐちゃの感情が暴れ回る。怒り、恐怖、罪悪感。まるで、心臓を誰かに握り潰されて、息ができねえ。胸が、張り裂けそうになる。


(美奈を、守らなきゃ。あいつの笑顔が、俺の全てだ。なのに、こんな汚ねえ手で、俺は……!)


美奈、6歳。大きな目、「隼人おにぃ」と呼ぶ小さな声。昨日の職員室、目を真っ赤にして駆け込んできた姿。


「怖い夢、見た……黒い人、来るって……」


テレビの殴る音に震えた夜。暗い部屋の夢。あいつの笑顔の裏に、どんな地獄が隠れてるのか。考えるだけで、腹の底から熱い炎が燃え上がる。なのに、俺は何も知らねえ。美奈の過去、俺には真っ暗な闇しか見えねえ。それが、胸を焼き尽くす。まるで、俺の無力さが俺を飲み込む怪物だ。


冬美早記の私信が、頭に焼き付いてる。


「1週間後に、私の記事を上回るネタを持ってきなさい。なんでもいいわ。先輩の本性、喧嘩の原因がカツアゲだった、誰かの汚い秘密。できなければ、わかるわよね? 大切な人のために、他人の人生を売る覚悟があなたにできるか。」


あの女の歪んだ笑み。雑誌編集者らしい、狡猾な罠。あの記事(「如月隼人、暴力的な問題児」)を上回るネタ? ふざけんな。美奈を守るためなら、なんでもする。だが、他人の人生を売る? そんな汚ねえ手で、俺は美奈を守れるのか? 頭が、ぐちゃぐちゃになる。胸が、締め付けられる。まるで、霧が俺の心を飲み込んで、未来まで消しちまう。


物置の裏、田中先輩の声が聞こえる。去年、俺と喧嘩した3年生。カツアゲ野郎。俺が突き飛ばしたのは、アイツが新入生を脅してたからだ。あの時の怒りが、腹の底で再び燃える。スマホを握りしめ、録音ボタンを押す。雑草の陰に身を隠し、息を殺す。田中の声が、響く。取り巻きの笑い声が、裏庭に刺さる。


「いやー、先輩、マジ悪ですなぁ。気の弱い新入生を脅して、50万とか100万とか巻き上げるとか、エグすぎっすよ。」


取り巻きの一人、チビの佐藤がニヤニヤしながら言う。声が、軽薄で汚え。


田中のドスの効いた声が続く。  


「ハハ、楽勝だぜ。あのメガネの1年、ほら、図書室にいつもいるガリガリなやつ。俺の父親の名前出して脅したら、アイツ、震えながら50万差し出しやがった。『親父が市議会議員だぞ、逆らったら親ごと潰すぞ』って言ったら、銀行のカードまで渡してきたよ。マジ笑えるわ。」


「先輩、最高っす! その金で何買ったんすか? 新しいバイク? それともクラブで豪遊?」


もう一人の取り巻き、山本がでかい声で煽る。タバコの匂いが、雑草の間を漂う。生ゴミみたいな臭いが、鼻をつく。


「バイクの部品買ったよ。次はあのサッカー部の1年、背高いやつ狙うぜ。アイツ、親が医者で金持ちらしいから、100万はいけるんじゃね? 俺の親父の名前、ほんと便利だわ。市議の息子ってだけで、みんなくそビビるんだからよ。昨日も、アイツの姉貴に『親父に話してSNSで人生終わらせてやる』って言ったら、姉貴まで金持ってきたぜ。80万、ウハハ!」


田中の笑い声が、裏庭に響く。まるで、俺の心を踏み潰すように。


スマホを握る手が、震える。録音データが、ガチガチに固まる。胸の炎が、爆発する。



(このクソ野郎ども……! 新入生を脅して、50万、100万? 親まで脅して、笑ってやがる!)    


この会話、早記の求める「ネタ」だ。これを渡せば、アイツは美奈や孤児院から手を引くかもしれない。だが、こいつらを売る? 俺の喧嘩の原因、カツアゲへの反抗だったことも暴かれる。あの時、俺が田中を突き飛ばしたのは、新入生を庇ったからだ。それを記事にされたら、俺の過去が掘り返される。胸が、張り裂けそうになる。


(美奈を守るためなら、なんでもする。だが、こんな汚ねえ手で、俺は……!)


録音を止め、スマホをポケットにしまう。裏庭の雑草が、足元でざわめく。夕陽が沈み、影が濃くなる。頭の中で、美奈の「隼人おにぃ」が泣き叫ぶ。あいつの怯えた目、震える小さな手。俺がここにいられなくなったら、誰があいつを守る? 佐伯先生か? 他の職員か? 誰も、美奈の過去を知らねえ。俺しかいねえ。なのに、このデータ……。他人の人生を売る覚悟。早記の罠に、俺はハマっちまうのか? 心が、ぐちゃぐちゃになる。まるで、俺の決意すら霧に飲み込まれそう。 


夜、孤児院の図書室。薄暗いランプが、美奈の細い髪を照らす。彼女は低い椅子に座り、絵本を胸に抱いている。6歳の小さな手は、ページをめくるでもなく、ただ本をぎゅっと握る。大きな目が、どこか遠くを見ている。昨日の悪夢が、まだそこにある。


「隼人おにぃ、黒い人、来ないよね?」


美奈の声が、震える。俺は彼女の隣に腰を下ろす。クッションが沈む。胸が、締め付けられる。あいつの怯えた目が、俺の心を抉る。


「大丈夫だ、俺がいる。絶対に守る。」


だが、ポケットのスマホが、まるで鉄の塊のように重い。田中の声が、頭に響く。「50万差し出しやがった」「親ごと潰すぞ」「姉貴まで80万」。それを早記に渡せば、美奈は助かるかもしれない。だが、俺の手は汚れる。胸の炎が、燃え尽きそうになる。 


(美奈、俺は……お前を守るためなら、なんでもする。だが、こんな俺でも、お前は……?)


佐伯先生の声が、頭に響く。


「新川なんて苗字は、美奈ちゃんのお父さんの亡った曽祖父の苗字で、死亡届が出されてるはずなのに」


早記の情報収集力。あの女、どこまで美奈の過去を握ってる? 俺は何も知らねえ。なのに、こんな汚ねえ手で、俺は戦うしかねえのか? 胸が、張り裂けそうになる。


「隼人おにぃ、そばにいてね。」


美奈の小さな手が、俺の袖をぎゅっと掴む。その温もりが、俺の心を燃やす。だが、ポケットのスマホが、俺を嘲る。早記の試練が、俺を締め付ける。 


(他人の人生を売る覚悟、か。ふざけんな。美奈は、俺が守る。どんな手を使っても。)

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