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彼と彼女の恋愛風景_あるデートのこと②

 大変ご無沙汰しておりました。生きております。



 デート当日。

 素晴らしい快晴。




 さんさんと降り注ぐ太陽の光と、晴れ上がった蒼い空に、アクセントを加える白い雲の群れ。暑さにうだるかと思えば、ちょうど良い風が定期的に吹き、それほどでもない気候。

 もしも外へ出かけるならば、何をするにせよ『絶好の』という形容詞がつくような日である。


 そんな絶好のお出かけ日和、出かけないという選択肢を選ぶ人間は、ここを見る限りあまり多くなかったらしい。辺りを見渡せばいつも以上に膨れ上がった、人、人、人。出勤するのだろうか、スーツ姿の影もあれば、休日使用で羽目を外した派手な服装をしている若者も大勢いる。そんな群れから覗くのはハイキングに行くのだろうお年寄りの団体で、ほほえましく切符を買う風景も当たり前のように存在していた。浮かれた顔、疲れた顔、各々の感情を抱えながらも、改札口を通り抜け、それぞれの目的地へと旅立っていく場所。それが、駅である。


 そんな雑多な、多くの人が集うその場所で、誰もがその意識に止めてしまう存在があった。改札口近くの券売機、そのすぐとなりにある小さな公園の噴水前。そこに、一目見て高級であると分かる繊細な腕時計の文字盤を眺めるすらりとした人物がいた。如月正宗である。


 女性はため息をつくように、男性は羨ましいと眉を八の字にして彼を見ていた。すぐに視線をそらせるものもいれば、うっとりと浸るものもいる。それは、この駅を利用する人間であれば必ず経験するイベントのようなものだ。

 そんな周囲の感情の篭った視線をものともせず、正宗は少し汗ばんだ首筋をハンドタオルでぐいと拭い、適当にコンビニで買ったミネラルウォーターを一口、ごくりと飲んだ。徐々に鋭くなってきた日差しで火照る身体に、冷たい飲み物はよく効く。すんなりと染み込む冷気に、ほぅと柔らかい息を吐いて、もう一度時計の文字盤を見た。

 彼女と約束した時間まで、あと15分。あと10以内に彼女はここに到着するだろう。彼女は正宗を待たせることに心苦しさを感じるそうだから。彼女の駆け寄ってくる姿を想像してにやける顔を隠すように、被っていた帽子の位置を直した。


 正宗にとって、デートの待ち合わせ時間は、その時間丁度につくものではない。なぜならば、デートを開始する前の最後の準備をする時間が必要だからだ。別に男だから化粧直しも何も必要ないので、女性よりかは身軽である。しかし、彼にはやるべきことがあった。



(せめて20分前には着いておきたかったが……)



 目的地までの切符を二人分往復で買い込んでおき、理子がきたときに渡す飲み物とちょっとした菓子を購入して、最後にトイレで用を足しておく。それが、20分前に目的地に着き、やっておかなければならない最後の準備である。本当はもう少し早く来ていれば、コンビニの中で涼んでいたかったのだが、今回は少々電車が遅れたことが重なったため、それは断念した。大したことではないかもしれない。だがしかし、これは儀式のようなものである。彼女とのひと時をより良いものにするための、自分と彼女に対する宣誓のようなものだ。


 例えるならば彼女とのデートは、戦争である。空を舞う戦闘機も、地を往く戦車も、背や腰に銃火器も存在しないが、彼女という領土をいかに自分という存在で侵略できるかが試されるので、戦争といっても差し支えないだろう。それほどの気概をもって挑まなければ、彼女という無垢な新雪地帯に踏み込むことはできない。何がよくて何が悪いのか、些細な変化にも気を配り、こわごわとその深度を図りながら足を踏み入れていく。しかしそんな緊迫感を伴った戦地は、とても楽しく嬉しく幸せに満ちている。上手く踏み込めば、見たこともない愛らしさを垣間見せるからだ。その反面、もしも何かを失敗してしまえば、一気に撤退せざるを得なくなる。彼女の顔が少しでも自分への不快感で歪むさまは耐えられない。自分という存在の権威が失墜しないためには、その躊躇いも許されない。まさにデッドオアアライブの心境である。


 そして何よりも、彼女の中の自分は、誰よりも誇れるかっこいい最愛の人でなければならない。そのために努力を惜しむなどと愚の骨頂だ。彼女を手放したくないと駄々をこねるのは容易だが、中身を伴わない要求は却下されるしかない。



(まぁ却下させないようにするだけだが)



などと不穏な考えは見て見ないふりをして。だって正宗は紳士であると自負しているから。



(しかし、今日は多少手間取っているようだだな)



 初めての遠方デートで受かれていた自分だけではなかったのではないか。いつもより遅く着いたにも関わらず、未だ姿の見えない彼女を頭に浮かべて微笑む。

 彼女は、時間に遅れることをよしとしない。遅くとも必ず待ち合わせの10分前には姿を見せる。それよりも先に彼が着いているだけであり、彼女が時間にルーズなわけでは決してない。それなのに、今日はその姿が見つけられなかった。改札口付近から逸らさなかった目を伏せ、軽くため息をつく。



(俺と同じように、楽しみにしてくれていたのだろうか)



 準備に手間取るくらいに。いつもと同じ行動が取れなくなるくらいに。

 出かけたくなくて遅れている、という可能性は元から頭にはない。彼女に自分がそれほど愛されていないという、今の関係性から考えると冒涜的な意見を、正宗は排除している。単に考えたくないだけ、ともいえるが。

 皮肉げに口元を歪めて、自分の少し浮ついた考え方を評価する。



(くだらない、ただの希望だが…)



 あほらしい、と理性は断罪できるが、それ以上にもしもそうなら、と囀る本能が、彼の心拍数を上昇させる。都合のよい想像は想像だから当たり前だ。だからこそ楽しい。緩む口許を叱咤するように噛み締めながら、彼女との頭の中での逢瀬を楽しんでいると。



「ま、まさむねくん、ごめん遅れたっ」



 肩越しから飛んで来た声が、柔らかに正宗を現実へと振り向かせる。間違えるはずもない最愛の彼女、理子の声だ。



「遅れてなどいない」



 そう答えながら振り向いた目に飛び込んで来た彼女の姿は、正宗の思考を凍結させた。




*********




(やっちゃった、やっちゃった、やっちゃった…!!)



 理子は焦っていた。それと同時に後悔していた。彼をいつも以上に待たせる結果となってしまったことにも反省するし、ここまで電車以外は走ってしまっために汗臭いだろうことも気分が凹む。



(どうしてこう、こう…っ!)



 今までしでかしたことのない失態に頭が真っ白になる。いつものように深呼吸して笑顔を作る暇もなく、正宗を見つけた瞬間に駆け出し、声をかけてしまった。おかげで上手く笑顔も作れていないし、多分ひどい状態だ。身だしなみチェックすらしていない。髪の毛は大丈夫だろうか? 化粧は崩れてない? 変な風に服はまくれ上がってないだろうか? 



(服…!!)



 服、というワードを頭の中ではじき出した瞬間、顔の血流が急速によくなる。あまりの熱さに、今なら目玉焼きだって焼けそうだ、と頭の裏の冷静な自分が嗤っている。

 首がすうすうする。足もすうすうする。腕が日差しを浴びて少し痛い。目に入った淡いピンクは夢じゃない。太ももの気味の悪い青白さもまた、現実を知らしめる。



(こんな格好で正宗くんの前になんで立ってるの、わたし…っ)



 端的に言えば、彼女は予定時間よりも遅めに起床した。決して寝坊ではない。普通に行動すれば、なんら支障の出ない時間である。しかし、それが致命的だったのだ。

 昨夜のうちに服装を決めておいたのは良かった。ただ、変に興奮して着るものを決めたせいで、一晩たつとそのテンションは跡形もなくなっていたのだ。夜中に書いたレポートを朝一で読み直した感覚である。顔から火が出てのたうってしまう、昨日の自分を疑わずにはいられないあの感覚だ。あまりにも普段の自分とは違う選択に躊躇わないわけがなかった。

 ひらひらのピンク。むき出しの鎖骨。太ももの白さ。

 その全てが、これで外に出るなど自分には狂気の沙汰としか思えなかった。馬鹿だろう、どうしてこれで外へ行けると考えたのか。どうしてこんな恥ずかしい格好で正宗に会おうと思えたのか。そもそもそんな勇気なんか自分にはないはずだ、とぐだぐだ羞恥で彩られた思考の迷路にはまり込んでしまい、20分ほど鏡の前で固まってしまった。

 そして、その20分が彼女のリズムを大いに狂わせる。待ち合わせの時間に間に合わせることを最優先事項と考え、予定が狂ったことに焦る頭は、着替えることをまるまる忘れ去るという事態を引き起こした。気づいたときには電車の中で、自分の格好に顔から火が出る思いをしていた最中である。そのまま待ち合わせに向かうという愚行を犯すことになってしまった。


 つまり、今の彼女は普段の理子と比べて2倍(当社比)露出度が上がっている、あの格好で、デートに来てしまっているのである。



(恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい…っ!!)



 先ほどは正宗を見つけたことで、焦った口が気づけば勝手に声をかけていた。少しきつさを増した日差しの中待たせて申し訳ない、という気持ちだけしかなかった。しかし、思い当たらないはずがない。なぜなら、自分の体を意識せずにいられるはずがないのだから。

 心臓がうるさい。耳が熱い。喉が痛い。目が少し潤む。

 目の前にいる正宗をまともに見つめることができない。



(どうしよう、正宗くん、わたしを見てどうなんだろう? 似合ってないかな、嫌だったかな、どうなんだろう、前が向けない、恥ずかしいっ)



 小さな子どものように、その場にしゃがみこんでしまいたい衝動に駆られる。その誘惑に惹かれるが、きっと今以上にひどく恥ずかしくてみっともないだろう、とまた冷静な理子が嘲笑ってきたので却下とした。



(は、恥ずかしくても、仕方ないし。開き直るしかないし!)



 そうだ。今から着替えに戻る時間などあるわけがない。そんな時間があるならば、テーマパークではしゃいでいたほうが楽しいというものである。旅の恥は掻き捨て、それほど人は自分を見ていない!という気持ちを奮い立たせ、未だ火照る顔に笑みを浮かべ、愛しい恋人に、理子は向き直った。


*******************



 本日デートを行うテーマパークへ出発するための駅改札前付近。待ち合わせとしては絶好の場所である噴水の前にて、如月正宗は、目の前に恥ずかしそうに笑みを浮かべながら立つ鈴木理子に対して、かけるべき言葉を見出せないでいた。

 かける言葉を見出せないだけでなく、彼女の姿を見た時点で思考が綺麗さっぱり無限の彼方へぶっ飛んでしまったようで、かれこれ5分間、身動きすらしていない。 その美貌も相成って、本物の彫刻のように、彼は愛しい彼女を目の前にして、その場に立ち竦んでいた。




「……」




 吹き荒れる思考は、彼の全ての能力を奪い去ったようだ。脳みそが停止しているのだから、それからの指令の受容器たる身体が、動くはずもない。そう、本当に微動だにしない。少しも動かない。ただただ、目の前に立つ理子を凝視している。





(かわいい)





 彼の頭の中で吹き荒れているのは、その単語だった。ニューロンで回るその単語には、あらゆる意味が付随している。ありとあらゆる意味だ。

 素朴な、純粋な、柔和な、優しい真心で包まれた意味。

 粗暴な、汚泥な、狂気な、荒々しい本能で塗りこめられた意味。

 そして、何よりも彼の腹の底でたまる、ある種の食欲を孕んだ『食べてしまいたい』という意味。

 今まで隠しに隠されてきた理子の肌を初めて見た衝撃は、彼の優秀で聡明な頭脳を、万の意味を持つ一つの単語で、見事に破壊していた。





(どうして、どうして俺はホテルを予約しなかったんだ……!!)





 そんな心からの、心のみの慟哭を繰り広げているとは露知らず。

 一方の彼女である理子は、心底困っていた。

 なんせ、ようやく自身の恥ずかしさを振り切って向き直ったと思ったら、今度は微動だにしなくなった恋人である。そんなに自分の格好が悪かったのか、と泣きたくなるような気持ちを抑えながら、その眼前で手をひらひらと目の前で振ってみる。

応答はない。顔を覗き込んでも、手を握ってみても、わき腹を擽っても、目の前で手をたたいても駄目だった。

 思いつく限りの処置を施しても、そのまま、正宗は固まっていた。



(やっぱりだめだった? やっぱりこの格好はだめすぎた? それともちょっと正宗くんよりも遅く着いたのがまずかった?)



 その様子に、彼女である理子は、ただおろおろと、けれど対応策を考える。自分を少し見開いた目で凝視したまま止まってしまった正宗の前で、色々変な行動をする自分はどれだけ滑稽なのだろうと思う冷静な部分は無視だ。



「ま、まさむね、くん?」



 理子のもうどうすればいいのかわからない、といった不安を滲ませた声に、正宗の意識は現世に蘇る。



「どうした理子!?」

「い、いや、正宗くんが固まって動かなかったから…」

「固まってなどいない。理子を見ていただけだ」

「微動だにしなかったよ」

「呼吸を止めていたわけではない。問題などないだろう」



 いや、呼吸も止まってたように見えたけど、と口の中で呟く彼女。その少し赤くなった頬に齧りつきたいと考えながら、彼女の手を自然な動作で捕獲する(断じて逃がさないようにと思ったわけではない)。



「少し遅かったな。珍しい」

「…ちょっと寝坊しちゃったんだ。ごめんね」

「! 断じて責めているわけではない、珍しいから言っただけで」

「そっか。ならよかった。…次は遅れないから、ね?」



 申し訳なさそうにこちらを見上げてきた理子を見て、また正宗は頭の中で様々な口外できない欲望を絶叫しつつ、表面は冷静にむっつりうなずいて見せた。そのあたりのコントロールには涙ぐましいものを感じさせたが、それを知るのは正宗以外誰もいない。それが正しいあり方ではあるのだが。



「じゃあ、行くか」

「うん」



 理子は、繋がれた手を、きゅっと握り返した。


 文の書き方が変わっているかもしれません。そして切なさ要素はありません。デートなので、なるだけ存分にいちゃつかせようと思っております。また、今の限界まで頑張ったのですが、後日修正するかと思います。ご容赦ください。

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