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彼と彼女の閑話休題_デート前夜、彼女の部屋




 デートの待ち合わせまで、あと10時間。






 鈴木理子は、困っていた。クローゼットの中身を引っ張り出して、たんすの中身をひっくり返して、ずらりと並べられた洋服たちを目の前にして、眉間にしわを寄せていた。



「どうしよう、ほんとに」



 目いっぱいお洒落しないと、とは言ったものの、目いっぱいのお洒落なぞ、もう既に披露しているのだ。あのときの自分の心情を誤魔化すために言ったせりふではあったが、こうまで首を絞めるとは。



(いや、誰も首なんて絞めてないよね。思いつめてるのは、単にわたしだけだ)



 そうは思うものの、ため息をつく。

 気を使わないで彼に会うなんてことは出来ない。なぜなら、理子はやっと座ることの出来た彼女という席を前にして、そういった手抜きをするわけにはいかないからだ。

 しかしどうすればいいのだろう。自分の可愛い選び抜いた服たちを見つめながら、ため息をついた。



 こうやって広げてみると、ちょっと暗めの色が目立つラインナップ。

 チュニックワンピ、ミニワンピ、マキシ丈、ショートパンツにジーンズ、サルエルにカーゴパンツ。

 なんだかんだで、流行の服をそれなりに揃えている自分に気づく。雑誌を見て、バイトして、どうにかして揃えて来た戦士たち。

 彼に可愛い、と。綺麗だ、と。そのせりふと想いを頂戴するためだけに、頭を捻って揃えた、可愛い戦士たち。



「戦士って、言いすぎか」



 苦笑しながら、ワンピース類は片付けることにする。遊園地でひらひらのワンピースというのは、空気が読めてないだろう。ホームページ上で確認したところ、なかなかアクティヴなアトラクションが多かった。思い切り遊びに行くというのに、下着を気にしなければならないような格好で行くのは、些か無神経であると思う。



(ショートパンツ、とかかな。ジーンズは幾らなんでも活動的すぎる…)



 デニム地のショートパンツ。長袖のタートルネックに、パーカー。デニムの下は、タイツでいいだろう。大して見せられるような足でないので、素足になる勇気がない。本当は、ここで肌を見せておいたほうが、こう、アピールというものになるのではなかろうか、とは思っている。分かっている。

 肌見せ、というのが、女性としてのアピールになると。



(でも)



 

 パジャマ姿の自分の姿を見下ろす。自分でもぷにぷにしたくなる二の腕。ささやかではないが豊かでもない胸。華奢とは言えないウエスト。少し大きめのお尻。むちむちした短い足。どのパーツをとっても、人並みか、もしくはそれ以下だ。最近ダイエットを始めたが、まだ目立った成果は出ていない。



(正宗くんの隣にいた子達を知ってると、保守的にもなると思う…)



 可憐な、清廉な、華美な、豪奢な、華麗な。

 女性から見ても、容貌に対して、プラス評価を出さざるを得ない女性たちばかりだった。勿論、スタイルも抜群な人ばかりだった。モデル体型か、グラビア体型かという種類はあったが、どちらも素晴らしいことには変わりない。



 ちらりと、持っている服を見つめる。

 きっと、彼女たちは、もっと素敵な服を選び、素敵な組み合わせを作り上げ、惜しげもなく自分の武器を披露しているのだろうな。体型カバーなんて言葉、意識することもなく。自信を持って、彼の彼女という席に座ることが出来るのだろう。

 色気だって、肌を出さなくてもあふれ出ている人もいた。キスだって、手を繋ぐことだって、それ以上だって、きっと自信を持って迫ったり、迫られたり出来るのだろう。

 今の自分みたいに、こんなこと考えることなんて、彼女たちには永遠に来ないに違いない。



(あー、ものすごく嫌な女だ)



 勝手に、過去の女性たちに対して根拠のない嫉妬を募らせ、擦り切れていくなんて馬鹿馬鹿しい。彼女たちだって、悩み、涙し、生きている。それくらいわかっている。

 でも、自分よりはきっと上手くやれる、相応しいはず、お似合いだろう、そう告げる声が頭の中で生まれてきてしまう。耳よりももっと脳に近く、深い深い底から、意地悪くそっと囁いてくる。





 お前なんかが、いつまでそこにいれると思うの?






 お前なんかが、そこにずっといられると思ってるの?






 喉が痛む。目頭が熱い。心臓がきゅう、と悲鳴を上げる。呼吸がちょっとだけ荒くなる。だが、こうした衝動を殺すことにも、もう慣れ切っていた。少し深呼吸すれば、ほら元通り。

 この手の自傷はもう癖だ。この痛みがあれば、色々と諦めていられるから。

 ことあるごとに、これを繰り返さなければ、欲張りになる自分が止められなくなると知っているから。


  

 デートのたび、精一杯のお洒落と、渾身の化粧で勇気を出しても、待ち合わせ場所にいる彼を見ると一気に現実に引き戻されれしまう、あの瞬間などいい例だ。

 何でも完璧に着こなして、彼に似合う服装にしてしまうあの美貌。あの足の長さや腰の細さ、がっしりした二の腕や胸板といった抜群のスタイル。

 誰か一人を待つ姿を見て、それを嬉しいという感情よりも、どうしようもなく湧き上がる気持ち。




(ああ、あそこは、わたしが立っていて良い場所じゃないんだ)




 後ろに控える、彼女のバトンを待っている誰かを感じて、思わず振り返ってしまう自分を、彼は知らないだろう。

 彼に注目する群集の視線に負けないように、精一杯深呼吸をしてから笑顔を作る自分を、彼は知らないだろう。

 お前程度がなんで、という強い感情の視線に押しつぶされそうになりながら、それでも隣に居たくて踏ん張っていることも、彼は知らないだろう。

 知られては、ならない。こんな、自分を、彼は望んでいない。

 けれど、こんな自分を、自分もまた望んでいないのだ。

 ずっと彼のそばにいられない自分なんて。

 だから、自傷する。自戒する。痛めつけてしまう。

 譲りたくない、なんてみっともなく席にすがり付いてしまう自分なんて、絶対に許すことができないから。



「あー、もう、どうしよう」



 なんでこんなに自信がないのか。そんなのは分かっている。彼は、自分のことを、彼女としてよりも、幼馴染としてしか必要としていないような気がしてならないからだ。

 女ではない。決して、女性を自分に求めていない。付き合って三ヶ月、それなのに、キスもしていないカップルなんて、今のご時勢、いるのだろうか。

 それが中学生、高校生までなら可愛らしい済まされるかもしれない。また、それが別に他のカップルならば大切にしてもらっているのだ、と笑って励ますことができる。

 だが、彼の過去を知っている自分にとっては、単なる対象外宣告に他ならない。


 

(いっそ勝負下着でも着ていくとか?)



 ちらりと、たんすの2段目に目をやる。奥底に封印した、レースが綺麗な取って置きの白い下着。布地が少なく、清楚だがどうにも色っぽいというあの下着。いつか、彼に捧げる自分の初めてのために、購入したとってきの代物。

 こうした色っぽいものを着ていけば、多少は意識してくれるだろうか。見えないお洒落に気を使うと、色気が出ると雑誌で読んだことを思い出す。



「ばかみたい」



 苦笑する。そんなことになるはずがない。

 まだ、手を握ったくらいしかしていないんだから。抱きしめられることすらされていない。触れ合ったのは、手のひらだけ。三ヶ月付き合って。三ヶ月も、付き合って。

 歴代の彼女たちなら、キスも、それ以上もすんでいる頃だ。無理やり笑って聞いていた数々の彼女たちとも思い出話を考えれば、それは確実なことだ。

 どきどきしながらあの下着を買った三ヶ月前の自分を笑ってやりたい。そして慰めてやりたい。仕方ないんだよ、どうしようもないんだよ、と。

 お前なんて、その程度なんだからさ。



「ちょっとくらい、あざとくなっても、いいよね」



 自傷によって興奮した頭で、服を引っ張り出す。自分はそれほどくだらなくない。そう奮起した小さな自分が、パジャマを脱がせ、体に服を着せていく。

 先ほどのショートパンツに、タイツではなく黒のオーバーニー。これで絶対領域は完成する。勿論、なんの萌えどころのない代物だ。ただの、太ももの肉を見せるだけ、食い込んで恥ずかしいだけだ。

 上は、ピンクのチュニックワンピ。胸元できゅっと絞り、すそにかけてふわっと広がった、乙女チックな衣装。胸が大きく見え、デコルテを綺麗に見せるとの文句につい買ってしまった、あからさまな女性的デザインの一品。こんな膨張色を着たって、なんの可愛さもない。痛々しいだけだ。



 鏡に映った自分を見れば、不似合いで、狙いすぎていて、恥ずかしくて、馬鹿みたいだった。

 でも、これくらい思い切らなければ、どうしようもないような気がして。





「ちょっとくらい、いいよね」




 これくらいしないと、女性だって思ってもらえないような気がして。

 幼馴染よりも進歩した関係なんだよ、って分かってもらえないような気がして。


 初めて出した肌に顔が赤らむ。くっきりと浮き出た鎖骨のラインが、自分の中では非常に性的に見えた。けれど、日の下にさらされてこなかった肌が、光るほど白くて、気持ち悪いと思ってしまう。これでは、欲情など望むべくもないように思ってしまう。

 それでも、多少大胆になってもいいではないか。だって、彼女のなんだからさ。


 体を繋げないことが不安なのではない。他の女の子にしていた、当たり前のようなことを与えられないが怖いのだ。



  まるで、お前なんか彼女ではないと、言われているような気がして、怖いのだ。



「もう、被害妄想過ぎるよ、ほんとに」



 明日は楽しいデートだというのに。なぜこんな深刻になるのか自分でもわからない。

 もう眠ってしまおう。服装も決まったことだし。何の心配もない。ただ、明日、彼に会って、幸せをかみ締めればいいのだ。そうだろう?



 暴走しすぎた思考を殺しながら、姿見に映る自分に笑いかける。

 その笑みは、なんだかとても、はかなく見えた。

 それはとても自分じゃないみたいに、綺麗だったなんて。

 感じたことは内緒だけど。







 デートまで、あと10時間。


  


もっと明るく悩む話だったはず。

……どうしてこなった。

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