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彼と彼女の恋愛風景_あるデートのこと①


「デートに行こうと思う」


 如月正宗は、彼女である鈴木理子にある日、突然こう切り出した。

 

「デート?」


「そう、デートだ」


 重々しく、まるでひどく重大な単語を口にするかのように眉をしかめながら、正宗はその単語を繰り返した。

 デート。

 誰と誰だ? もちろん、理子と正宗とのだ。考えなくても、ここにいるのはこの二人だけなので、それ以外に想像しようがない。


「どうしたの、急に」


「恋人同士にデートはつき物だ」


「そうだけど。割と二人で出かけてない?」


 先日も、美味しいカフェオレをだす店があると友人に聞き、正宗を伴って出かけたばかりだ。大した遠出ではなかったが、電車を一本乗り継いだ先にある、こぢんまりした洒落た店だった。また行こうね、と微笑みあって解散したのを覚えている。


「勿論それもデートだ。それが不満なわけでは決してない」


「不満だったら傷ついちゃうな」


「不満も何もない! 別にそれが悪いわけではなく、誤解するなよ、いつものデートがデートではないと言っているのではなくだな、」


「分かってるよ、揚げ足とっちゃったかな、ごめんね」


 猛然と抗議を始めた正宗に微笑む。変なところで突っ込んでしまったのは完全な失策だ。鬱陶しいとか思われていないと良いが。まあ、正宗で考えてみればそんなことは考えてないだろうと理子は思う。昔からの付き合いだ、度量は狭くないことを良く知っている。


 その通りで、正宗はまったく持って不快など感じていなかった。むしろ、理子の浮かべた微笑みで頭の中はいっぱいいっぱいになっている。


(そんな二人っきりで可愛い顔を見せるなど……!)


 人気のない教室に二人きりというシチュエーション。いつぞやは耐えたが、今回こそ…と頭の隅でささやきかけてくる不埒な思考を一生懸命押しつぶして、こちらもにっこりと微笑み、話を元に戻す。


「とにかく。デートをする。今週の土曜日だ。空いているな?」


「空いてなかったらどうするの」


「! それならば仕方ないが…」


「空いてるけどね」


 べぇ、と舌を出して動揺した? と笑う理子。その顔がまた可愛すぎて、今すぐここで、いや近場のホテルに連れ込んであれやこれやくんずほぐれつ、まで考えて、正宗は今いる教室まで意識を戻す。危うく彼女の腕をとろうと上げかけた腕も下ろす。不思議そうにおろした腕を見つめる無垢な瞳には気づかない。気づいてはいけない。一つ咳払いをする。ごほん。


「で、ここなんだが」


 差し出されたチケットをみて、理子は驚いた表情で正宗を見つめた。

 最近話題のテーマパークだ。特集がテレビでも雑誌でも多く組まれ、その名前を知らない人はそうはいないだろうと思われる。動物園と遊園地が一緒になっていて、一日中遊べると評判だ。お値段も某夢の国よりかは安く、お土産品のクオリティも高い。子供から大人まで、という陳腐な言葉の実現を見事に達成しているそのテーマパークのチケットは、購入するだけでも骨が折れると評判の代物である。


「動物園と遊園地が一緒にあるというのが売りだそうだ。どちらも好きだったな?」


 驚いた顔が嬉しかったのか、にこにことこちらを見てくる正宗。してやったり、という雰囲気が愛しくて、思わず笑みを深める。


「まあ、うん。どっちも好きだけど」


 ついでに、いつか行ってみようと友人と計画していたものだ。まだ具体的なものは立てていなかったが。とにかく、彼氏と行くとは思っていなかったので、完全に不意打ちだった。


(騒がしいところ、苦手じゃなかったっけ)


 大学構内で見かけた、そんな姿。

 理子という彼女がいるのはみんな知っている。入学式から二人一緒でいたし、一緒に登校するさまも下校するさまも多くの人が見ている。しかし、そうして広まっているものの、諦めない人も少なからずいるのだ。


『騒がしいのは苦手だ』


 眉をしかめて、近づいてきた女性たちを振り払い、手を引いてこの教室に逃げ込んだのではなかったか。


 あれをただ逃げるだけの方便としても、もともとあまり人が多いところは好まない様子だった。一度登校時間をラッシュタイムに設定したことがある。そのときの彼の眉間のしわは、恐ろしいほど多く深かった。あれほどでないにしろ、人の多い通りや店に入っても、似たようなしわが出来る。

 美形には、しわすらも美しいものに見えるから悔しいものだ。


 それが自分のために。

 絶対に、ごった返しの人の群れがいるという場所に、誘ってくれている。


(あ、やばい)


 その事実を理解して、嬉しさのあまり顔がにやけてくる。理子のために、その騒々しさの中へ自ら誘ってくれた。

 こういうとき、間違いなく自分は彼女なのだと実感できる。そして、彼女の特権を実感できる。そばにいるから、こうした甘いお持て成しを受け取れるのだ。これが、彼女という甘み。


 何年も夢見た彼女という位置の甘みだ。


 あまりの嬉しさに蕩けたような顔でチケットを受け取る。その顔にまた正宗の脳内葛藤を生み出しているとは露ほども気づかず、理子は大事そうに財布にそれをしまいこむ。

 ここなら絶対になくさないし、忘れない。


「どうしたの、これ」


「親父がどうせ行かないから、どんなものか報告しろと行って渡してきた」


 口が裂けても、デートをするにはどこにいけばいいのか雑誌を買い集めて分析したとは言わない。近しい友人からこぼされたこの遊園地の名を聞いて、チケットを買いにダフ屋に直行したなんてことは絶対に言わない。しかもすんなり見つからなくて、店という店をめぐり、問い合わせ、ようやく見つけた二枚だとは絶対に悟られてはならない。

 そんな姿を見られたら、恥ずかしさでと情けなさで彼女の前で切腹しかねない。それは大げさだが、彼女のイメージの中では格好のいい人間のままでいたい。


「如月の事業でも、こういう部門があるからな。敵情視察といった意味も含めて、ぜひとも出かけたいと思っている」


 仰々しい理由を並べながら、知らず知らずに胸を張る正宗。前もって理由を考えてきてよかった。尤もらしいだろう。自分の死に物狂いを見せ付けて、理子がチケットを受け取りにくくなってはならないと、真剣に考えただけあると、自画自賛する。


 そんな得意満面な正宗とは裏腹に、理子はなんだかちょっとだけがっかりした気持ちを味わっていた。財布に入れたチケットの色が、ちょっとだけ褪せて見えた。

 とても嬉しい。その嬉しい気持ちに変わりないが、そこにおじさんというファクターが存在すると知らされてしまったせいで、少しだけ膨らんでいた気持ちがしぼむ。


(ああ、わたしのためにここに行く、って決めたわけじゃないんだ)


 遊園地と動物園! 自分の好きなものの足し算である。もしかしたら掛け算であるかもしれない。ぜひとも行きたい、と友人に提案したのも自分だ。正宗が騒がしい場所が嫌いだ、といっていた記憶から、二人で行けるなどと考えたこともなかった。

 だから、ひどく嬉しかったのだ。そんな場所に自ら行ってくれると言ったのだ、と思った。

 それなのに。

 そこまで考えてから、理子は愕然とする。


(それなのに、ってなに?)



 今、何を考えた?



「じゃあ、目いっぱいお洒落しないとね。折角話題のところなんだし、いっぱい自慢できるようにしないと」


(か、可愛い……!)


 花が開くように、太陽が輝くように、星が瞬くように。

 色々な言葉を一度にくっつけて表現したいくらい可愛らしい。にこにこと笑顔を浮かべて、今日帰ったらネットで探索しておこうと話している。この笑顔で、あれだけ奔走した自分の情けなさなどおつりが来るくらいだと感じる。

 むしろ、遊園地とか動物園だとかはどうでもよくなり、今すぐああしてこうしてそれしてどうにかしたい気分に陥っている。そんなことはおくびにも出さないが。


(ああもう、なんて欲張りになってんだろ)


 理子は、自分の胸中に浮かんだ気持ちにもやもやしていた。

 それなのに、なんて思った? それは、ひどく欲張りでわがままな気持ちではなかったか?


(最低。ほんと)


「じゃあ、土曜日、楽しみにしてる」


「ああ!」


 対照的な心で、二人は笑みを交わす。




 それは、土曜日まで後二日の出来事だった。

 

連作にしてみました。

けっこうだらだら続くかもしれません。

あっさりかけるように、頑張ります。

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