彼女の深い愛情_すねた背中
わたしの彼氏は、不思議な人だ。
本当に、不思議な人物だと思う。言うならば、同じ星に住んでいながらにして、異星人のような存在だ。
それでも彼は純然たる人というカテゴリに該当することは知っている。しかし、それにしてはあまりにも彼のスペックがチートすぎて躊躇ってしまうのだ。
彼は、完璧主義者だ。いい意味でも悪い意味でも、これと決めた事柄に対しては妥協を一切許さない。
自分の理想とする完成型になることに執念をかけ、それを今のところ達成しているので自信に満ち溢れている。
たとえば、彼の執念の一つとして、勉学が上げられる。現役時代、どの学年、どの模試でも全教科において一位を他人に譲ったことはなく、その本番である大学入試においてもダントツの成績で合格した。
それを手放しで喜ばず、当然だと鼻で笑ったあの顔を見ていると、悔しさを通り越して呆れてくる。 その自信たるや、自己肯定感をもてずに悩む若者がいる昨今、頼むから分けてくれ!とお願いしたくなるくらいだ。わたしもその一人にあたる。
そんな完璧主義者であるにも関わらず、変なところで抜けていたりする。私の中で、おっちょこちょいである、という彼の評価の一つは、この先も変わることはないだろう。
策略をめぐらせて、それを完遂するといういわゆる「仕事」と言えるようなことは完璧にこなせるのだ。だが、それ以外の、あまり気を張ってするようなことではない「日常生活」では、変なミスをしでかして、ひどく落ち込んだりする。
気を配っていればそういったことはないのだろうが、気を配るほどのことがらではない、と自動的にスイッチが切り替わるらしい。
そんな間抜けな部分も、「かっこいい」と「綺麗」のいいとこどりをしたような素敵な容姿をしているからこそ、それがことさら可愛く見えたりして、女性からの人気もうなぎのぼりだ。
いわゆる、ギャップ萌えというやつである。素晴らしい。
学校内で、彼が買った弁当を盛大にこけてぶちまけたときは、その間抜けな可愛らしさに女性教授陣ですらきゃあきゃあと黄色い悲鳴をあげていたものだ。
あれを見ているので、彼は年上、それも大分年上でも篭絡することが出来る、マダムキラーでもあるらしい。彼の守備範囲がどれだけ広いのかは知らないが、とりあえず、いかなる女性でも対応できそうだ。
幼女や少女に対しての人気もあるが、出来れば下の方面の許容範囲は厳しくあっていただきたい。
幾らわたしでも、ロリコンはどうやろうとも褒められないのだ。
頭脳明晰、眉目秀麗、容姿端麗といった美辞麗句を惜しみなく謙譲される彼だが、さらに実家がまた凄い。
巨大企業、世界各国に支社があるクラスの大会社のお坊ちゃまなのだ。そのせいか、帝王学の教育もばっちり施され、それが確実に彼の中に根を張り、未来の優れた社長への片鱗を覗かせている。
自慢げにそういった話を帰り道でされたことがあった。そういった話をあまり聞いたことがないわたしでも、なかなか興味深い話で、うんうんと聞いていた覚えがある。
また、彼も単に薀蓄を垂れ流す、というよりか、こちらの反応を欲しがっているような話しぶりだった。すごいねえ、とそれでも半分程度しか理解しない頭で言ったら、妙に嬉しそうに笑っていた。褒めて欲しかっただけらしい。あのときの彼の笑顔が、ひどく可愛かったことを覚えている。
今は株とかFXとかに手を出しているそうだ。赤字は一度もなく、着々と持ち金を増やし続けているらしい。ああいった取引で黒字のみ、というのはチートすぎるだろう、やっぱり。
その稼いだお金で、この間奢ってもらったけれど、何か釈然としない。ここまで人間として性能の差があると、複雑な気分だ。どこのマンガや小説だ、と小一時間問い詰めたい。
そんなやたらと華美なたすきをかけまくっている人、如月正宗は、わたしの恋人である。
しかし、ここでわたしがお嬢様であるとか、頭脳明晰であるとか、さぞかし可憐であるとか、そんなことを想像しないで欲しい。間違いなく、一般的な家庭で育った、ごくごく普通の、本当に目立ったところを探すほうが難しい人間が、わたしである。本来彼の隣に立つ機会など、絶対にありえない、というような人種なのだ。
そんな私が彼の恋人である理由は、わたしの生まれた場所の運が良かったから、に他ならない。おうちがお隣同士であるという、最大にして最高の幸運に恵まれたのだ。
大きい家と小さな家、というそれでも関わりの薄そうなものだったが、その位置関係のおかげで、互いの両親が顔を覚えていたのもまた幸運だった。
両家の妊娠が同時期だったのも幸運だったし、かかった病院が一緒であったのも幸運だった。病院内ですれ違う機会がものすごく多かったのも幸運以外なにものでもなく、また出産日もそれほど離れていなかったことが、親密さを助長してくれたのも幸運である。そんな数々の親同士の縁から、両家は和気藹々とした仲を築いていったのだ。
そんな妊娠、出産から始まったお付き合いだったものだから、彼とはまさしく、おしめが取れる前からの付き合いである。
生まれてから十何年、ずっと隣には当たり前のように彼がいる。それが当たり前のように感じる、という贅沢な環境の中、それでもわたしは、一度も彼ときょうだいのような意識になることはなかった。最初から、わたしは、彼を仄かに、けれどしっかりと、想っていたのである。
小さい頃から美しかった彼と、勿論同い年の仲のいい友達、という関係を保っていた。しかし、ませた思春期になった途端、仲良しこよしと一緒に過ごしていた関係は、改善を求められる。途端に意識し始めたのか、それまで登校の際には手をつないで言ったものだったが、それを避けられ、一緒に登校することすらなくなることとなった。
けれど、わたしにとってはそれは当たり前のように彼ともっと仲良くなれるサインなのだ、としか感じていなかったのだ。女のこの方が、成熟が早いと一般的に言われているように、わたしもまたそういった意味で早熟だった。彼と、いわゆる特別な仲になりたくてしかたなかったのだ。小学校の高学年にして。
だから、告白しよう!と思い立ったわけだ。
しかし、そこですんなり告白、めでたくお付き合いという幸せはやってこなかった。登校を共にしなくなったおかげで話す機会は激減し、クラスも離れていたため会うことすら難しくなる。
この時期特有の、異性と一緒にいるのが恥ずかしい!という気恥ずかしさのせいか、近寄ることすら遠慮しなくてはならない、という学年全体の空気もまた、しり込みさせる要因となった。
中学になればなんとかなる!という期待を持っていたのだが、それがまた甘かった。
あちらに、中学に上がった途端ひっきりなしに彼女が出来るという事態が起こったのだ。
そんなふうに考えていたのは、わたしだけじゃなかったらしい。
気づけば、美人さんからかわいこちゃん、年下から年上まで、ありとあらゆる女性が彼という甘い蜜を啜りに群がり、そして彼も適度におめがねにかなった子に蜜を分けていた。
わたしは、その蜜に群がることすら出来ず、ただ遠巻きに呆然とその様子を見ているだけの馬鹿な人間だったのである。
あのころを思い出せば、なんといいますか、異常にため息が多くなる。
気づけば変わるパートナーにやきもきした夜は数知れない。なんで切れ目のタイミングで告白できなかったのか! 手に入れられなくても、こんな気持ちを引きずったまま生活しろだなんて、人が悪すぎやしないか。
そんな暖めた片思いのせいで、わたしには哀しいことに彼氏は出来なかった。片思いにきりきりする日々を過ごし、卒業式のあの日、やっとこさ隣に誰かがいない状況が出来て、告白できたのだ。
そしてやっと終われる、という変な強みを持って告げた瞬間、あのふてぶてしい笑みでOKの返事をもらった。呆然としていながら、でも不思議と笑ってしまったのを覚えている。
そう。そして、そんな、やっとわたしの彼氏となった男の話だ。
彼は不思議なのだ。わたしがほかの男一緒にいると怒るのだ。
先日、ちょっとなかの良い男子と最近発売したゲームについて熱い論議をしていたら、どこからかそれを聞きつけて、乱入してきた。ゲームなんてやりもしないのに、必死に話しについてこようとする姿に微笑ましく思っていたら、何が気に障ったのかそのまま人気のない教室につれていかれ、お説教されてしまった。
いわく、「俺とよりも楽しそうに会話しているとは何事だ」とか。
いわく、「俺の前以外でそんな可愛い笑顔で笑うな」とか。
無茶苦茶だ。横暴だ。そんなの無理に決まっている。即答したらそれはそれで、きーっとなって怒られた。別にヒステリックに、本当にきーっとなったわけではない。漫画で効果音をつけるとするならば、きーっという感じだった。湯気が見えたのだ。ただの想像の産物だが。
いわく、「俺が同じことをされたら嫌じゃないのか」とか。
いわく、「ほかの女と俺が楽しげに話していたら嫌だろう」とか。
別に、と返した。死ぬほど怒られた。要約すれば、単に嫉妬して欲しいという意見だった。自分もものすごく嫉妬したから、お前も思って欲しいということらしい。
わたしにはそれを嬉しいと想う気持ちもあったが、ただの束縛にしか感じられなかった。だってそうだろう、彼と会話しているときが一番楽しいときのことが多いし、可愛い笑顔で笑うな、だとかいつだって笑顔は一緒だ。楽しければ笑うのだ。それを制限しろ、というのは、彼の前以外では人形のように過ごせというのか。意味がわからない。
また、彼はわたしと話しているときが一番楽しいのではないではないか。笑顔は誰にだって大体一緒ではないか、浮かべる過程のみで考えてみれば。その場の感想で質は変わるだろうけれど。ということを言ってみた。
冷静になってきていた彼は、それにしゅんとしてごめんなさい、と呟いた。
妙にかわいかったことを覚えている。
ああ、本当に好きだな、と感じて、まあでも次からはなるだけ気をつけるよ、と反省の弁を口にしておいた。
それにしても、彼は不思議だ。
そう思わないだろうか。
いつか彼がわたしの手を離すことなんて、わたしは分かりきっているのに。
だから、彼が他の女の人と一緒にいても、ああそういうときが来たんだろうな、と想うだけで、嫉妬すら起こらない。だって、もうそれは諦めているからだ。
諦めて、それでもしぶとく彼を想い続けてきたから、なんとかこの位置を今もらっているんだと分かっているからだ。
ずっと昔から、片思いだった。
びっくりするほど、わたしには、彼しかいなかった。
一緒に遊ぶ幼馴染としているときだって、ずっと隣にいたくて。
(いつか気づいてくれるものだと信じていた馬鹿なころ)
初めての彼女ができたとき、その次もできたとき、次々と連なっていく彼女たちとの恋を、笑って応援した。
(その切れ目を狙っていたのにそんな隙すら与えてもらえなかった馬鹿なころ)
ラブレターの橋渡しだとか。
(切れ目を狙っていたくせにそんなことを引き受けてしまう八方美人で臆病な馬鹿なころ)
好きですと囲まれる姿を見ているから。
(呼び出そうと教室の前に行って、怖気づいて帰ってしまった馬鹿なころ)
そういった感情は擦り切れてぼろぼろで、もう反応すらしなくなった。ただ、自分に運がなかった。勇気がなかった。意気地がなかった。でも、擦り切れるまで恋心を諦めない意地汚さだけが残っていた。
長くさらされた恋の暴風に、その気持ちは息も絶え絶えになりながら、健気に終焉を待っていた。その終焉があまりに訪れないものだから、ひどく心臓の底がぎりぎりと鈍く痛むだけで、仕方ないな、としか感じられなくなってしまった。
ある意味、自業自得なのかも知れない。
嫉妬なんて、ただの身勝手な感情だ。ここに至る前に勝手に感じすぎて、それでもう疲れてしまっていた。自分の手中に納まったのなら、納まっていてくれる今の時間だけは、別に使わなくたって良いではないか。
切れ目のなかった彼女たちの連なりが、今はわたしの番なだけだと、ちゃんとわたしは分かっているのだから。
いつかその次の子にバトンをまわす日がくるのだ、と冷静に分かっているのだから。
もう、期待したくないのだ。
もう、疲れたくはないのだ。
期待したら、勝手にわたしはわたしを裏切ってしまう。勝手に抱いた感情で、自分を傷つけてしまう。とても欲張りな、わたしのせいで。
優しい笑顔でもらったお土産。ずっと包装したまま飾ってあった。
(もしかしてわたしの気持ちが通じたのだろうかと有頂天になった馬鹿なころ)
でもそのお土産が彼女のおまけだったとか。
(彼女のかばんにそれよりももっと良さそうなものがぶら下がっているのを見てしまい、それにショックを受けた馬鹿なころ)
彼女と過ごした時間がどれだけ素晴らしかったか、とか、嬉しそうに朝帰りの顔で語ってくれたあの瞬間。
(どこのお土産だったの、と浅はかにも聞いてしまい、耳を塞ぎたくなるほど幸せな時間の記憶を笑顔で聞いた馬鹿なころ)
醜い感情に彩られた嫉妬なんかで、今の幸せな時間を汚したくないのだ。
あなたといる、この貴重で素敵な時間は、綺麗なものしか感じたくないのだ。
もう、なんにも、感じたくないのだ。
わたしは彼を好きだ。間違いなく、彼以外を考えられないくらい、愛してる。
でもね、いつでも手を離してあげられるように覚悟を決めた、そんな好きなんだよ。君とわたしじゃあ、どうしてもどうしてもどうしても、住む世界は違うから。選べる選択肢は、違いすぎるから。
わたしなんかが精一杯高飛びしても届かない、そんなビルの上に君は立っている。だから、わたしは高飛びをやめたんだ。気まぐれに君が降りてきてくれている時間を、大切にしようと思ったんだよ。
わたしがなんのこともないOLになる間に、企業の社長として何百人の人の生活を支えるんだろう。決定的な違いって、そういうことなんだ。
最初で最後の愛を、君に捧げるよ。
すべての初めてを、君に上げたいと願っているんだ。
だけど、あなたと別れても、他の人と付き合わないわけじゃないだろうね。だって、ひとりぼっちは寂しいから。ちゃんと、好きな人も愛する人も作るだろう。上に括弧がきで二番目に、三番目に、とかあるかもしれないけれど。その人たちを、酷いことをしたという自覚の代償に、全て捧げて愛することを誓っている。
そんな覚悟をしているなんて、きっと彼は分かっていない。分からないだろう。彼は、とても自信に溢れた素敵な人だから。
いつか振り返ることもなくなるそのときまで。
わたしは、あなたの側で、笑っていよう。
ちょっとすねたその背中を慈しみながら。
一回目の修正をいたしました。
なるだけ読みやすく改行をし、かなりの加筆修正を施しました。
ですが、まだまだ推敲を重ねていきたいと想います。随時、ご感想、ご意見等お待ちしております。
また誤字脱字ありましたら、ご報告お待ちしております…。案外直していても見逃してしまうようなので…。