婚約破棄を願ったら、予想外の人がザマァされました・その2
「コーベット未亡人に願えば叶う!」
第二弾です。
前作を知らなくても楽しめるように書いたつもりです。
是非お読みください。
〜コーベット未亡人は、傾国の美女で、そのベールの下の笑顔を見たものは、どんな願いをも叶えざるをえない。例え、その身を生贄として神に捧げ滝に身を投げなさいという命令でも、抗うことは出来ず叶えてしまう、と〜
レイチェル・レブランドは、意を決してコーベット未亡人のお屋敷の呼び鈴を鳴らした。
デビュタントは済ませているが、まだ幼さの残る顔には強さが宿っている。
先ぶれもなく訪問するので、清楚な出立の方がいいに違いないわ。
そう考えたレイチェルは、艶々の栗色の髪をハーフアップにし、ブルーのワンピースを合わせ、今日に臨んだのだ。
出てきた執事は、舞台俳優かと勘違いするくらい整った顔をした若い男性だった。
落ち着いた壮年の執事が出てくると思っていたので、予想と違い焦ってしまい、緊張感がさらに増す。
突然の訪問にも関わらず、サロンに案内されて、視線が泳いでしまった。
その理由は、コーベット未亡人がサロンで待っていたからだ。
未亡人特有の顔を覆い隠すベールを被り、体のラインのわからないワンピースを着た夫人を見て、息を呑んだ。
「あのっ。レイチェル・ラブランドと申します」
「はじめまして。ラブランド伯爵令嬢」
柔らかい声と、優雅な物腰を見て、何も言い出せなくなりそうになるが自分を奮い立たせて、じっとコーベット未亡人を見た。
「突然押しかけて申し訳ありません。私、すごく悩んだのですが、もうどうしていいかわからなくて。そんな時、聞いたのです。コーベット未亡人様なら、どんな願いも叶えてくれると。私には4つ年上の姉がおります。どうかお願いです。姉を婚約破棄させてください」
「私はただの未亡人よ。なんでも願いなんて叶えられないわ。どこでそんな噂を?」
「慈善活動のクッキー配りです。噂では、サンディー男爵令嬢とゴルボット子爵を破局させたとか…」
「またその話ね。私に傾倒したゴルボット子爵が婚約破棄したって噂でしょ?」
コーベット未亡人は失笑する。
「人の気持ちを操るなんてできませんわ。でも、何故お姉様の婚約破棄を願うのか気になりますわね。よかったら、話を聞かせてくださる?」
穏やかな声に少し安心したレイチェルは、ここに来るまでに、馬車の中で練習してきた通り説明を始めた。
レイチェル・ラブランド伯爵令嬢はデビュタントを終えたばかりの16歳で、王立学園の高等部の一年生。
ラブランド伯爵領は王都からは少し離れており、タウンハウスもあるが両親共に領地での仕事があるため、寮住まいである。
4歳年上のメアリーも、同じ寮に住んでいるが、大学部2年生ともなると、生活スタイルが違うし、住んでいる階も違うのでほとんど話すことがない。
その姉には婚約者がいる。
一年前に、同学年のマット・シュワイマー侯爵令息と婚約が決まった。
その頃から、メアリーが大きく変わった。
「婚約って、大きな変化ですから。心持ちが変わってもおかしくない事よ?メアリー嬢はどのように変わったのかしら?」
「大人の対応になったとか、そんなわけではないのです。姉が、別人のようになってしまったのです」
まだ婚約者のいないレイチェルは、友人から聞く婚約者との街歩きや、ピクニックなどに憧れを抱いていた。
きっと、婚約者ができると、キラキラした日常が待っているのだろう。メアリーも婚約者との時間を楽しんでいるのだろうと思っていた。
しかし、偶然目撃したメアリーとシュワイマー侯爵令息様の様子は、想像していた婚約とは全く違った。
「レイチェル嬢はお若いから婚約に夢を見すぎてるんじゃないかしら?婚約って甘い事ばかりじゃないのよ?」
「婚約に夢を見ているのかもしれませんが、それとは全く違うのです」
レイチェルは眉間に皺を寄せて、両手をギュッと握った。
ある日、学園内のパーラーで目撃したのはマット・シュワイマー侯爵令息に対して、ほとんど口も利かず冷たくあしらう姉の姿だった。
テラス席に座っている姉の姿は、今までとは違い、派手な巻き髪と長いまつ毛、そして今流行っている胸元の大きく開いた真紅のドレスを纏っていた。
しかも、取り巻きの女性達からチヤホヤされている。
「私の知る姉は、髪を綺麗に編み込んで、品の良いメイクに、清楚系のワンピースを着ている姿です。あのような派手で流行を追い求めるような女性ではありませんわ」
語気を強めるレイチェルをなだめるように、コーベット未亡人は紅茶すすめながら言った。
「流行を追い求める事は素敵なことではありませんこと?その服装やメイクは今しかできないのかもしれませんわ。結婚したら派手な服装は封印するのが一般的でしょう?」
「服装の変化だけではないのです」
パーラーでは、向かいの席に婚約者のマット・シュワイマー侯爵令息が座っていたのだが、そちらは全く見ていない。
メアリーの視線の先にいるのは、隣の席に座っている男性で、しかも、男性の向かいには女性が座っている。
レイチェルには、メアリーが婚約者がいる男性にちょっかいをかけている状態に見えた。
「驚いて、その日の夜に姉の部屋を尋ねました。でも、侍女が出てきて追い返されたんです。それまで姉妹仲はそれなりに良かったのに、姉が私を遠ざけるようになりました」
しかも、出てきた侍女は見たことのない女性で、室内の様子を垣間見ることすら出来ずに追い払われてしまった。
疑問に感じたレイチェルは、遠くからこっそり観察したり、大学部の噂話を何とか収集した。
噂話は信じがたい内容ばかり。
メアリーはいつも殿方を意識した服装とメイクで、取り巻きを連れて歩いていており、婚約者ではなく、ダニエル・オドネル侯爵令息によく話しかけているらしい。
しかも、ダニエル・オドネル侯爵令息の婚約者であるエリザベス・コンステア伯爵令嬢に対して、取り巻き達と共にいつも嫌味を言っているらしい。
「姉の行動を聞いて、愕然としました。自分の婚約者には冷たい態度を取っておきながら、婚約者のいる男性と親しげに話すだなんて」
「メアリー嬢の婚約者であるシュワイマー侯爵令息と、メアリー嬢が親しげにしているオドネル侯爵令息はどちらも、建国からの侯爵家。名家の令息同士、競わせているおつもりなのかもしれませんわね」
「もしも、そうだとしてもエリザベス・コンステア伯爵令嬢を苛める理由にはなりませんわ。全ては婚約してからおかしくなったのです」
「だから、婚約破棄を願っているのね」
「はい」
感情が抑え切れず、今にも泣き出しそうなレイチェルに、コーベット未亡人はハンカチを差し出した。
「ご両親にも言えず、かといって姉であるメアリー嬢の悪評を広げたくないから、友人達にも言えなかったのね」
「…はい…」
泣くまいと我慢しているが、右目からぽろりと涙が溢れたので、コーベット未亡人は手に持ったハンカチで拭いてくれた。
そして、そっとレイチェル嬢の手に握らせた。
「一気に吐き出してスッキリできたかしら?本当はもう少しお話ししたかったのだけど、もう日が傾くわ。寮の門限に遅れてしまうと大変ですから、もうお帰りなさい」
コーベット未亡人は、サロンのドアを開けて、退出を促したので、レイチェルは立ち上がった。
「そのハンカチは魔法の糸で織られているの。糸は時間が経つとね、白色から青い色に変わるのよ。ハンカチが貴女の瞳のような綺麗な青に変わったら、お姉様であるメアリー嬢に渡してください。きっと幸せが訪れるから」
どういう意味だかわからずに、レイチェルはお屋敷を後にした。
色が変わるハンカチなんて見たことがない。
そもそも魔法の糸って聞いたことがないので、レイチェルは綺麗に洗った後、チェストに飾った。
それからも、姉の振る舞いが気になって、時々、大学部のパーラーが見える渡り廊下に行ってみたが、あれ以来姉を見る事はなかった。
ある朝目が覚めると、ハンカチが淡いブルーになっていた。
それは学園の創立記念パーティーの日、だった。
白いハンカチには、白い糸で薔薇の刺繍が施されていたようで、生地の色が淡いブルーに変わったおかげで、浮かび上がってきた。
ハンカチなのに幻想的な風景のようだ。
あまりの見事さにレイチェルは息を飲んだ。
コーベット未亡人は、青になったハンカチをメアリーに渡したら、幸せが訪れるといっていた。
きっと、夜に開かれる記念パーティーで出会えるはずだから、その時渡そう。
パーティーの参加の条件は、学園の生徒であることと、デビュタントを済ませている事なので、レイチェルにも参加資格がある。
レイチェルは、メアリーがデビュタントの時に纏ったレモン色のドレスを着て、クラッチバッグにコーベット未亡人から頂いたハンカチを入れた。
今日はなんとしてもメアリーと話そう、そう心に決めて。
会場は学園内ではなく、迎賓館で行われる。
友人達と馬車で向かい、中に入ると、人の多さに驚く。
今年、初めてパーティーに参加するレイチェルは、友人達と離れないようにしながら、メアリーを探した。
そのうちに、オーケストラの演奏が始まり、パートナーのいる男女が踊り出した。
殆どが大学部の生徒だ。
優雅にクルクルと踊る姿は、華やかで夢を見ているみたい。
その中に、メアリーを見つけた。
肩を出した真っ赤なドレスと、大きなルビーのネックレスは、美人なメアリーに似合っている。
もしかしたら自分が、過去のメアリーに囚われているだけなのかもしれない。
今しか出来ないメイクや服装なのかもしれないし、もしかしたら、婚約者のマット・シュワイマー侯爵令息の好みに合わせているのかもしれない。
誰が見ても、メアリーとシュワイマー侯爵令息様のカップルは美男美女で目立っているので、メアリーの派手な格好は、自分の魅力を最大限に出す方法なのだろう。
曲が変わり、踊りの輪から抜けるペア、新たに加わるペアがあり、人が入れ替わって行く。
レイチェルは、その様子を楽しげに眺めていた。
まだパートナーがいないレイチェルは、デビュタントは父と踊ったのだ。
だから、楽しげに踊っている自分より年上のカップルが、いつもより素敵に見える。
いつまでも眺めていたいが、メアリーが踊りの輪から抜け、広間の方に向かって行ったので、レイチェルもそちらに向かう。
広間に足を踏み入れたとき、大きな声が聞こえた。
「お前との婚約を破棄する!」
叫んでいたのはダニエル・オドネル侯爵令息だった。
学園内のパーラーでメアリーが親しげに話していた、あのダニエル・オドネル侯爵令息だ。
婚約破棄を宣言されているのはエリザベス・コンステア伯爵令嬢。
メアリーが苛めていると噂で聞いた令嬢だ。
「エリザベス、お前にあるのは金だけだ。美貌もなければ、俺に知恵を授けてくれる事もない。勉強だけしか取り柄のないお前とは婚約を破棄する!」
オドネル侯爵令息の宣言で、広間はシンと静まり返る。
「…その言葉、承りました」
小さな声だが、エリザベス嬢が返事をした。
表情があまり変わらないエリザベス嬢は、ベビーピンクのフワリとしたウエストメイクのないドレスのせいなのか、ぽっちゃりとしてみえる。
「お前と違ってメアリー・ラブランド伯爵令嬢は、美貌があり、どうしたら俺が上手く立ち回れるかアドバイスをくれる。何故、俺はお前と婚約せねばならなかったのか!」
吐き捨てるように言った後、オドネル侯爵令息はメアリーの方を向いた。
「俺は、約束通り婚約を破棄した。次はお前の番だ、メアリー」
観ている全員の視線がメアリーに集中する。
「何をおっしゃいますの?誰が婚約破棄しますの?」
メアリーは冷たい視線でオドネル侯爵令息を見る。
「今、ダニエル・オドネル侯爵令息様は、エリザベス・コンステア伯爵令嬢に婚約破棄を宣言し、二人ともがそれを了承されました。今、ここにいる生徒全員が聞きました。つまり、婚約破棄が成立したのですわ」
背筋をすっと伸ばしたメアリーの視線の先には、エリザベス・コンステア伯爵令嬢がいる。
それから、ダニエル・オドネル侯爵令息に視線を戻した。
「貴方は最低だったわ、ダニエル様。コンステア伯爵家に婿養子に入る予定で婚約を結び、事あるごとにエリザベス嬢に暴言を吐き、酷い態度を取った。優しかったのは初めだけ。家名と威厳をチラつかせて、事あるごとに金品を要求していたわね」
「なんだ!いきなり。エリザベスとの婚約を破棄したら、メアリーもマット・シュワイマーと婚約を破棄して、新たに俺と婚約すると約束したじゃないか!」
思いもよらぬ展開にダニエル・オドネル侯爵令息は怒り出すが、メアリーはそれを無視して話を続ける。
「勝手に買い物をして、請求書はエリザベスに回す。しかも、沢山の平民に手を出して、そのデートでの買い物も全て、エリザベスに請求書を回していたわね、コレがその証拠よ」
沢山の写真と請求書の写しをメアリーはばら撒いた。
「エリザベスとの結婚がどうしても嫌だけど、コンステア伯爵家の資産は欲しいダニエル様は、来月に控えた結婚の初夜にエリザベスに毒を盛るつもりだったわね」
「何を言い出すんだ!言いがかりだ」
「証拠はあるわ。貴方が毒を買い集める様子を写した写真よ。それから動物で実験してたわね?死なないけど、寝たきりになる毒を。それは違法よ。今頃、寮の部屋を家宅捜索した警ら隊が、そろそろ到着しますわね」
「そんな嘘、誰が信じるか」
「あら!本当ですわ。ダニエル様って結構、迂闊でおだてると何でも話してくれますもの。何故私がいつも取り巻きを連れて貴方と遊んでいたと?」
「は?何のことだ?」
「街のカフェや会員制のサロンで、私達とダニエル様でよくお酒を飲んだでしょ?貴方様ってスカスカな自慢話しかしない上に、たいしたことないのに高いプライドを振りかざしてつまらなかったの」
メアリーは右手を頬に当て、少し首を傾げ、ため息を吐いた。
「本当に浅いオトコで、2人で会うのはバカらしかったもの。それならお友達とお話をして、つまらない時間の使い方を誤魔化さなきゃいけないでしょ?無駄な時間とお金を使うのは馬鹿馬鹿しくて、たまらなく嫌でしたわ。でも、時折り、貴方様は将来の計画を話してくれた。エリザベスに毒を盛るつもりだと」
にっこりと笑い、低い声で無表情に説明するメアリーの視線を見て、本当に軽蔑していることがわかる。
「嘘だ。メアリーは、マット・シュワイマーより、俺といると楽しい。俺の方が賢いと言ってくれたじゃないか。それから、お前もエリザベスの事をバカにしたり、罵ったりしてたじゃないか!」
見ていた生徒達がざわつく。
普段、メアリーがエリザベスに冷たくしている事を沢山の人が知っていたからだ。
「違いますわ」
いきなりエリザベス・コンステア伯爵令嬢が一歩前に出た。
「メアリー様達は、人前では私を罵ったり、無視したり、嫌がらせに近い事もしていましたが、それはメアリー様の『ダニエル・オドネル侯爵令息様と私の婚約を解消させる』という計画のうちなのです」
今まで黙っていたエリザベス・コンステア伯爵令嬢だったが、一生懸命に説明をはじめた。
声を出すのに勇気が必要だったのか、メアリーの取り巻き達が、エリザベス嬢と手を繋いでいる。
「皆様は、私を気にかけてくださって、よく謝罪の手紙やプレゼントをくださいましたし、夜な夜な、誰にも見つからないようにしながら、話し合いもしていました。どうやって、この婚約を解消するか」
エリザベス嬢は目に涙を溜めながらも、笑顔を作る。
「本当に皆様に助けられました。やっと最低な婚約を解消できましたわ。私はメアリー様みたいに、自分を悪役に見せてまで、人を助ける勇気などございません。私のために、長い間、いろいろな人から誤解されて…本当にごめんなさい。そしてありがとう」
エリザベス嬢の手を握っている、メアリーの取り巻きのご令嬢2人が、エリザベス嬢を抱きしめる。
「お二人も、私のためにありがとう」
メアリーのお礼に、抱きついた2人も泣き顔になった。
「いいのよ。元々、私達、仲良しだったじゃない!」
「そうよ。人前で酷い事ばかり言ってごめんなさい」
抱き合う3人を眺めて、メアリーも笑顔を見せる。
その時、王都の警ら隊と騎士団が会場に入ってきた。貴族の不祥事は騎士団が指揮をとって取り締まる。
「ダニエル・オドネル侯爵令息、違法薬物所持と、動物虐待の罪で、ご同行願おう」
騎士団に囲まれたオドネル侯爵令息は何も言えず項垂れて、連行されていった。
「やっと終わったのね」
後ろ姿を眺めながらメアリーは呟く。
「アイツが罪に問われても、違法薬物くらいじゃ、たいした刑にはならないかもしれないけど、もう婚約破棄されたから、自由なのね」
エリザベス嬢が嬉しそうに、メアリーとハグをした。
「まだ終わっていないわ。私にはまだやらなきゃいけないことがあるの」
メアリーは、そう言うと、マット・シュワイマー侯爵令息の方に行き、向かい合って立つ。
そしてカーテシーをした。
「マット・シュワイマー侯爵令息様、私の『エリザベスを助けたいから、偽の婚約者になって欲しい』という、無理難題を聞き入れてくれてありがとうございました。ダニエル・オドネル侯爵令息のコンプレックスを刺激するためには貴方様の婚約者という立場が必要だったのです」
シュワイマー侯爵令息はにっこり笑った。
「一年前、メアリー嬢から、計画を聞かされた時は驚いたよ。僕の婚約者という立場を利用して、友人のエリザベス・コンステア伯爵令嬢を助けたいっていう無謀な話。そこから偽の婚約者として君という人を知ったよ」
その声は穏やかで優しい。
「お恥ずかしい限りですわ。1年間、私達の計画にお付き合いいただき、ありがとうございました。貴方様の協力無くして、エリザベス嬢は助けられませんでした。数々の暴言や酷い態度をお許しください」
「全く、気にしていないよ。アイツのコンプレックスを煽るのに、必要な事だったからね?『マット・シュワイマーより俺の方がすごい』と思わせるには必要な作戦だったのはよくわかっているよ」
メアリーが婚約者に対して酷い態度を取っていたのも、ダニエル・オドネル侯爵令息に話しかけていたのも、エリザベス・コンステア伯爵令嬢を苛めていたのも、全部演技だったのね。
一年にもわたる演技はきっと大変だっただろう。
妹の私にも、誤解されているのだから。
「ここまで本当にありがとうございました。これで計画が成就致しましたので。マット・シュワイマー侯爵令息様、婚約を解消願います。これからは本当に愛する方と婚約を結んでください」
清々しい笑顔で笑うメアリーは、本当に美しかった。
すると、マット・シュワイマー侯爵令息は跪き、ビロードの指輪ケースを出すと蓋を開けた。
淡いブルーの魔法石の指輪がキラリと光る。
メアリーの瞳と同じ色だ。
「メアリー・ラブランド嬢、私と結婚してください。1年間も、友達のために自分を悪く見せるなんて、誰にでもできる事じゃない。その優しい性格も、目立つために好みじゃない服を着る所も、たまに爪を噛む所も、巻き髪を作っているのに一部寝癖がついていた所も、全部が魅力的だったよ」
突然の事にメアリーは驚いて、顔を両手で押さえる。
「寝癖は、初めのうちだけよ」
その声は潤んでいた。
「メアリーの全部が好きです。生涯をかけて幸せにするよ」
マット・シュワイマー侯爵令息の顔は真剣だ。
聴衆は息を呑む。
メアリーの返事が聞きたくて息を呑む者、掌を組んで『はい』と言って欲しいと待つ者。
みんなメアリーに注目するが、メアリーは顔を覆ったままだ。
「メアリー?」
「返事しなさいよメアリー」
「早く、メアリー!」
友人達が順番に名前を呼ぶ。
しかしメアリーは動かない。
「はい」
少し間を置いて、小さな声の返事が聞こえた。
それと共に歓声が上がり、マット・シュワイマー侯爵令息はメアリーを抱きしめた。
メアリーは泣いていたのだ。
レイチェルはメアリーのもとに駆け寄った。
「お姉様!おめでとう」
「ありがとう」
笑顔で泣きじゃくりながら手を差し伸べてくれる。
そんなメアリーの涙を拭こうと、咄嗟にハンカチを出した。
「こんな高価なハンカチで私の涙なんか拭いちゃだめよ」
思わず出したのは、コーベット未亡人から頂いたハンカチだった。
「いいの。これはお姉様のものだから」
レイチェルはそう答えて、メアリーの涙を拭いた。
淡いブルーのハンカチの薔薇の刺繍は、いつの間にか金糸の刺繍に変わっていた。
〜コーベット未亡人にお願いすると、全てが叶う〜
お読みいただきありがとうございます。
面白かったら、是非評価をお願いします!
 




