第ニ部 親水池へ
荷を部屋に置いたあと、澪と教授は親水池の調査のため、村の中心部へ向かった。
道中、誰一人として村人に出会わなかった。だが、どの家にも洗濯物が干されていたり、囲炉裏からわずかに煙が立ち上っていたりする。
確かに人はいる。ただし、姿を見せたがらない何かの理由があるらしかった。
「ここだよ、親水池。」
教授が指差した先には、低く石垣で囲われた池があった。
直径はおよそ10メートル。
外縁には苔むした丸石が等間隔に置かれており、池そのものが何かの結界のような印象を与える。
澪は背筋に冷たいものが走るのを感じながら、池のほとりに立った。
澄んでいる——とても。
底が見えるほど透明でありながら、同時に底知れぬ深さを湛えているようでもある。
池の中央には、ぽこぽこと絶え間なく水泡が上がっていた。
「……湧水量、かなり安定してますね。あの水泡、止まる気配がない。」
澪が呟くと、教授はメモを取りながらうなずいた。
「だろう? それが異常なんだよ。この規模で、季節にも天候にも左右されないなんてね」
教授は足元の小石を拾い、水面に放った。
——ぽちゃん。
その音と共に、水面がわずかに揺れた。その瞬間だった。
「……っ。」
澪は一歩、後ずさった。
今、水面の奥に何かが覗いたように見えた。人の顔。——いや、顔のような影。
「どうかしたかい?」
「……いえ、見間違い……です。」
澪は目をそらした。自分が水に過敏すぎることは自覚している。
幼い頃、母を水難事故で亡くして以来、水を見るたびにどこか胸がざわつく。
だが今回は、単なるトラウマではない何かが潜んでいる——そう直感した。
池のほとりには、小さな石碑が立っていた。
風化が進んで読みにくかったが、澪はその表面に指を這わせて、文字をなぞった。
「——水、絶やすなかれ。水、振り向くなかれ……?」
「そう。これがこの池の【教え】らしいよ。」
教授は石碑の脇に置かれた古い注連縄を指さした。
「この親水池、どうやら【神域】とされているらしい。だが、どうしてこのような場所に神が祀られるようになったのか……そこが問題なんだ。」
風が吹いた。池の表面がさざ波を立てる。
どこからか、またしても水音が聞こえてくる。だが、それは風の音とも違い、明らかに——
人の声のようだった