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二章 「跡」

家の前に着くと、白いセダンタイプの車が止まっているのが見えた。

長いこと待たせてしまっただろうか?

僕は車に駆け寄った。


車内に人影は無く、エンジンも止まっていた。辺りを見回してみても、その姿は無い。仕方なく家の扉の前に立つと、ほんの少しだけ開いているのに気付いた。朝カギを掛け忘れたんだろうか?嫌な汗が背中を伝う。



ゆっくり開けた扉の先、五センチ程の所に揃えられた革靴があった。

やっぱり、それは医者の物だとすぐに判断できた。彼はいつも踵を踏みつぶしてこの革靴を履いていたからだ。それに、この町でこの家に上がる他人ひとなんて他にいない。


扉を閉め、靴を脱いで上がりこむと寝室のドアが少し開いている事に気付いた。

母さんにいつも診察を受けている時は、自分の部屋へ行くことを約束させられていたから僕の興味を惹いた。息を殺してドアの前に立つ。

小さな、本当に小さな声で母さんが話していた。医者は落ち着いた口調で、相槌を打っている。

ドアノブに手を掛け、ゆっくりと引いた。二人はほぼ同時に僕を見る。



「刹也、帰ったならただいまくらい言いなさい」


いつもより気丈に振る舞う母さんがとても細く見えた。


「こんにちは」


言葉だけを医者に向けるとハンガーからカーディガンを抜き、母さんにかけた。


「刹也君、今までよく頑張ったね。これからは、私達が責任を持ってお母さんをサポートしていくからね」


そう言って医者は、鞄に何かを詰めた。

想像すれば簡単なことだろうけど、やめておいた。

少なくともこれから世話になる連中だ。少しくらいは信用したい。 


「母をよろしくお願いします。どうか、病気を治して下さい」


「もちろんさ」


誇らしげに笑む母さんの肩が小刻みに震えていた。



医者が帰った後、僕は簡単な夕食を作ると母さんを食卓に招いた。

二人向かい合って食卓を囲むのは久しぶりで、酷く懐かしく思える。

考えれば、両親ふたりはこうやって我が子のいない三年を過ごしていたんだ。


暗く、気の休まらない毎日。ひょっとしたらと街中を駆け巡る日々。

きっと、僕はたったの数年で一生分近くの苦労を両親にかけてしまったの違いない。

歳のわりに老いた姿は、親不孝者の犯してしまった罪の跡だ。

自分に移すことのできない、ずっと消えない跡。


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