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一章 「記憶」


夜が明ける前、朝早くから親父は家を出て行った。

僕や母さんを起こさないように静かに。洗い置かれた親父のご飯茶わんと点けっぱなしの換気扇。


今日は目玉焼きを食べて行ったのか。パックから消えた二つの卵と三角コーナーに捨てられた卵の殻。もう二年も親父とろくに話しをしてない。


寝室からせき込む声が聞こえる。僕が「帰ってきた」頃から母さんはずっとこうだ。医者は原因不明の病で、すぐにでも入院が必要だと言う。


親父は、それを受けて母さんを明後日、市外の病院に入院させる事を決めた。

必然的に僕の看病も明日で終わりを迎える。


親父が食卓に残して行った起き手紙を破り捨てる。

母さんだけじゃない。親父も、近所のおばちゃんも、この町全員が俺を嫌な目で見る。

優しかった向かいの姉ちゃんも、あの日以来僕を見ても無視だ。


全てが変わってしまった。十年前のあの日から・・・



高校に着いたのは昼過ぎだった。

担任の教師は僕の顔を見るなり露骨に嫌な顔をし、クラスの連中はひそひそと声をあげた。

空っぽの席に座る、この町で居心地の良い場所は無い。この席だって入学してから数える程しか使ってない。


新品同様のシャーペンと落書きだらけのノートを鞄から引っ張り出し、小ぎれいに書かれた黒板の文字を適当に板書した。


六限目が終わり、クラスの連中は自分の机を運びだし班別に割り当てられた掃除場所へと散って行く。僕は机をそのままに鞄を掴むと教室を出た。間髪入れず、後ろで女子生徒が舌打ちをする音が聞こえた。



愛想が良いと評判の無愛想な商店で袋入りのピーナツを買い、僕はいつもの神社へ向かった。

少し小さめの石段に腰を下ろすと何羽かの鳥が寄って来る。勢い余って袋から飛び散ったピーナツを一羽が食い始めると瞬く間に鳥の群れが加わった。


初夏の風は、まだ青い葉の匂を運んできて鼻を撫でる。ワイシャツを第二ボタンまで開けて、ネクタイを思いっきり引っ張った。

太陽の下を雲が流れ、雲の下を飛行機が飛んだ。そして僕は、記憶をたどった。



あの夏、健太と哲夫と入った塚柳山での出来事を。健太がこの町の名前「和光」を覚え間違えてできた「ワンコ探検隊」の名を叫んだ後、僕達は山へ入った。大きくて汚いトンネルを前にして、哲夫が鼻を垂らしたんだ。でも、健太はそんな事笑って流して僕達はトンネルを塞ぐ金網をよじ登った・・・



今でもよく覚えてる。

でも、僕は次の瞬間この神社で見つけられたんだ。たった一人、それも三年という月日がたった後に。


親父と母さんは初めは泣いて喜んだ。でも、段々と増えて行った周りからの好奇の目に耐えられなかった。夜中に石が飛んできて窓ガラスを割られるなんて日常茶飯事だったし、親父も仕事を首になり、隣町の足場工事で働いている。

母さんは、少しづつ引きこもるようになっていって今は寝室から出ようとしない。


往診に来る医者は母さんの体の状態は良くないと言うけれど、俺は心を病んでしまったんじゃないかと思う。

全て、俺のせいだっていう事はわかってる。でも、まだ十六の・・・

いや、実際十三の子供がどうやったら償えるのか答えは今も出ないままだ。



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