18話 オークションと脱出劇
「さあさあ皆様、お待たせいたしました! まず最初の一品は、こちら! 迷宮都市アマーリアのドワーフ職人が鍛え上げた逸品、『ガーディアン・ヘルム』でございます!」
深紅のドレスを翻し、エレインさんが高らかに声を張り上げる。僕が【インベントリー】から取り出し、ステージ袖から手渡した兜が、魔法の光石を浴びて鈍い輝きを放った。
「見てください、この分厚い鋼! ただの鋼ではございません! なんと『物理防御力(小)上昇』の魔法効果が付与されております! これさえあれば、ゴブリンの棍棒など赤子の張り手! オークのパンチすら、心地よいマッサージに早変わり! さあ、開始価格は金貨10枚から!」
エレインさんの巧みなセールストークに、会場がどよめく。王都では魔法効果付きの防具など、貴族や騎士団の上層部しか手に入れられない超高級品だ。それが、たったの金貨10枚スタート!?
「12枚!」
「馬鹿を言え、俺が15枚出す!」
「ふん、田舎傭兵は引っ込んでな。こっちは20枚だ!」
会場の空気は一瞬にして熱を帯び、あちこちから威勢のいい声が飛び交う。まるで、乾いた薪に火を放ったかのようだ。
「はい20枚! そこの恰幅のいい商人様から20枚入りました! おおっと、あちらの眼光鋭い傭兵団長様が指を3本! 30枚だ! さあ、他にはいらっしゃいませんか!? この兜一つで、部下の生存率が跳ね上がること間違いなし! 部下の命は金貨30枚より安いと!? そんなブラックな団長様はいらっしゃいませんよねぇ!?」
エレインさんの悪魔的な煽りに、傭兵団長の顔が引きつり、商人たちの目が血走る。値段は面白いように吊り上がっていった。
その様子を、僕とカールさん、カーラさんはそれぞれの持ち場で固唾をのんで見守っていた。
「すげえな、エレインの奴……。普段の胡散臭さが、ここでは神懸かった才能に見えるぜ」
入り口で用心棒として腕を組むカールさんが、呆れたように呟く。
「うん! エレインさん、キラキラしてる! 私も、悪い人が入ってこないように、ちゃんと見張ってるからね! えいっ!」
カーラさんは、一生懸命に眉間にしわを寄せ、入り口を睨みつけている。その姿は、威圧感というよりは、怒っているハムスターのようで、正直とても可愛らしかった。
僕の役目は、舞台裏でエレインさんの指示通りに【インベントリー】から次々と商品を取り出すこと。
「シェルパ、次は『俊足の具足』よ! あの足の遅そうな団長さんを煽って、高値で売りつけてやるわ!」
「は、はい!」
僕が何もない空間から、流線形の美しい具足を取り出すと、手伝ってくれていたギードさんが「ひっ」と短い悲鳴を上げた。
「お、おい小僧……。その鞄はどうなってやがるんだ……。さっきから見てりゃ、鎧だの兜だの、湯水のように……?」
もはや、僕の【インベントリー】の特異性にツッコミを入れる気力も残っていないらしい。ギードさんは、ただただ遠い目をして首を振るだけだった。
オークションは、僕の想像を遥かに超える熱狂の渦に包まれていた。
「続きましては、こちら! なんと『炎耐性(小)』が付与された、サラマンダーの鱗を編み込んだカイトシールド! これさえあれば、火竜のブレスも怖くない! ……かもしれませんわ!」
「『かもしれない』って言ったぞ、今!」
「細かいことは気にするな! 40枚!」
「こっちは50枚だ! うちの商隊は火山の麓を通るんでな、喉から手が出るほど欲しい!」
エレインさんは、まるで手練れの手品師のように、次から次へと魅力的な商品を提示し、客たちの欲望を巧みに操っていく。
時には妖艶な笑みで裕福な商人を誘惑し、時には鋭い言葉で傭兵団長のプライドをくすぐる。その姿は、戦場を支配する女将軍のようでもあった。
オークションが最高潮に達したのは、最後の目玉商品が出された時だった。
「皆様、大変お待たせいたしました! 本日のトリを飾りますのは、このフルプレートアーマー一式! その名も『不落の城塞』!」
僕が【インベントリー】から取り出したのは、全身を覆う漆黒の鎧。磨き上げられた鋼鉄は、不気味なほどの威圧感を放っている。
「この鎧には、なんと三つもの魔法効果が付与されております! 『物理防御力(中)上昇』! 『衝撃吸収』! そして、迷宮都市の秘術による『自己修復』機能! 多少の傷なら、一晩寝て起きれば元通り! こんな夢のような鎧が、今、あなたの目の前に!」
会場の空気が、凍り付いた。誰もが息をのみ、その黒い鎧に魅入られている。
「……開始価格は、金貨100枚から!」
エレインさんの宣言を皮切りに、それまでとは比べ物にならない怒号のような競り合いが始まった。
「200枚!」
「ふざけるな! 300だ!」
「俺の全財産を賭けてやる! 500枚だッ!!」
金貨の額が、もはや僕の金銭感覚を遥かに超えた領域で飛び交っていく。
最終的に、この漆黒の鎧は、一番最初に僕を助けてくれた、顔に傷のあるレジスタンスのリーダー、ダリウスさんが、驚くべき高値で落札したのだった。彼は僕に向かって、小さく片目をつむいでみせた。
こうして、数時間に及んだ熱狂のオークションは幕を閉じた。僕たちが持ち込んだ鎧兜五十揃いは、一つ残らず、驚くべき値段で売り切れたのだ。
オークションが終わり、客たちが満足げな顔で帰っていくと、地下のワインセラーには僕たちとギードさんだけが残された。
そして、テーブルの上には――。
「「「おおおお……っ!」」」
僕とカールさん、カーラさんの三人は、目の前の光景に思わず声を上げた。
そこには、落札された代金として支払われた金貨が、文字通り「山」を築いていたのだ。キラキラと輝く金の奔流は、まるでおとぎ話の世界だ。
「すげえ……。こんな量の金貨、生まれて初めて見たぜ……」
カールさんが呆然と呟く。
「きれい……! 食べられるのかな?」
カーラさんは、目を輝かせながら金貨を一枚つまみ上げ、かじろうとしていた。ダメ、それ硬いから!
「ふふん、まあこんなものかしらね」
エレインさんは、ドレスの裾を翻しながら、満足げに金貨の山に腰掛けた。まるで、竜の巣に鎮座する女王様だ。
「さて、ギードさん。売り上げの計算、お願いできるかしら?」
「おう、任せとけ」
慣れた手つきでギードさんが金貨を数え始め、やがて驚愕の声を上げた。
「おい、エレイン! 仕入れ値を差し引いた純利益、ざっと見積もって金貨3,000枚は下らねえぞ!」
「金貨、さんぜんまい……!?」
金貨一枚が銀貨10枚の価値だから……ええと、もう計算が追いつかない!
「当然の結果よ。それより、嬉しいのはこっち」
エレインさんは、一枚の羊皮紙をひらひらさせた。そこには、オークションの参加者リストが書かれている。
「このリストに載ってる連中は、みんな王都でゼノン王子に煮え湯を飲まされてきた者たち。彼らが私たちの武具を手に入れたことで、王都のパワーバランスは少しだけ変わるわ。ゼノン派の商人どもは、今頃地団駄を踏んでるでしょうね。ざまあみろ、ってことよ」
してやったり、と笑うエレインさん。
武具は売れた。利益も上がった。ゼノン派の連中を出し抜くこともできた。そして何より、父さんを解放することもできた。
僕たちの、当初の目的はすべて達成されたのだ。
「よし、じゃあこの儲けで、王都で一番うまい飯でも食いに行くか!」
カールさんが腕をまくると、エレインさんが「あら、何を言ってるのかしら?」と冷ややかに言った。
「飯なんて食ってる暇はないわよ。―――夜が明ける前に、この街を出るわ」
彼女の瞳は、すでに次の戦いを見据えていた。
「これだけの騒ぎを起こして、ゼノンの犬どもが気づかないはずがない。長居は無用。稼げるだけ稼いだら、さっさとトンズラするのが、賢い商人のやり方よ」
エレインさんは金貨の山から立ち上がると、僕に向かってにっこりと笑った。
「それに、忘れてないわよね? この利益には、王都への税金が一銭も含まれていないことを。見つかったら、私たち、ただの脱税犯よ!」
「胸張って言うことじゃねえだろ、それ!」
カールさんのツッコミが、薄暗い地下室に虚しく響き渡った。
僕たちは、夜の闇に紛れて王都を脱出する準備を急いだ。
利益の金貨3,000枚は、僕の【インベントリー】に【ストレージ】した。もはや、このスキルなしでは僕たちの旅は成り立たない。
「世話になったな、ギードの爺さん」
「フン、お前らみたいな厄介者、とっとと出ていけ。……だが、まあ、たまには顔を見せに来い。面白い話の土産付きでな」
ぶっきらぼうに言うギードさんの顔は、どこか寂しそうに見えた。僕たちは彼に深く頭を下げ、『銀の天秤亭』を後にした。
夜の王都は、昼間とは打って変わって不気味なほど静かだった。僕たちは、衛兵の巡回ルートを避けながら、壁に身を潜めるようにして城門へと向かう。
だが、運命の女神は、僕たちに安々と微笑んではくれなかった。
大通りに出る直前の角を曲がった瞬間、僕たちの目の前に、十数本の松明の光が壁のように立ち塞がった。
「見つけたぞ、違法オークションの主催者どもめ!」
現れたのは、隊長らしき男に率いられた、20人近くの衛兵の一団だった。完全に包囲されている。
「どこから情報が……!」
エレインさんが悔しげに唇を噛む。オークションの参加者の中に、裏切り者がいたのかもしれない。
「問答無用! 全員捕らえろ! 抵抗する者は斬り捨てて構わん!」
隊長の号令一下、衛兵たちが一斉に剣を抜き、じりじりと包囲網を狭めてくる。
「くそっ、やるしかねえか!」
カールさんが大剣を抜き、カーラさんも二本の短剣を構える。僕も、いざとなったら【インベントリー】で衛兵たちの剣を根こそぎ収納してやろうと、神経を集中させた。
だが、相手の数はあまりにも多い。このまま戦えば、僕たちの消耗は避けられないだろう。絶体絶命、とはまさにこのことだった。
衛兵の一人が、一番弱そうに見えた僕に狙いを定め、剣を振りかぶった。その刃が、月光を反射してきらりと光る。
もうダメか、と僕が覚悟を決めた、その瞬間だった。
「―――隊長の息子に、指一本触れさせるかッ!!」
夜の静寂を切り裂く、雷鳴のような声。
次の瞬間、建物の屋根から、黒い影がいくつも舞い降り、僕たちと衛兵たちの間に割って入った。
黒いフード付きのマント、その手には抜き身の剣。先頭に立つのは、オークションで漆黒の鎧を落札した、ダリウスさんだった!
「な、何奴だお前たちは!」
衛兵隊長が狼狽する。
「我らは、英雄ゲイル・ウォーカーの意志を継ぐ者! この腐った王都を正す、影の刃だ!」
ダリウスさんの叫びを合図に、レジスタンスと衛兵たちの激しい戦闘が始まった。
その戦いは、一方的だった。
レジスタンスのメンバーは、一人一人が歴戦の強者だ。烏合の衆である衛兵たちなど、まるで相手にならない。鮮やかな連携で次々と衛兵たちを無力化していく様は、まるで統率の取れた狼の群れのようだった。
「シェルパ君、こっちだ!」
ダリウスさんは、あっという間に衛兵隊長を伸すと、僕たちを手招きした。
「この先にある古い水路が、城壁の外に繋がっている。我々がここを食い止めているうちに、早く行け!」
「ダリウスさん……! ありがとうございます!」
「礼には及ばん。これも、ゲイル隊長への恩返しだ」
ダリウスさんは、僕の肩を力強く叩いた。
「シェルパ君。お前の存在は、ゼノン王子に知られてしまっただろう。しばらくは、ゲイルの息子だとバレないように、身を隠すんだ。お前は我々の、そしてこの国の希望の光だ。その光を、ここで潰えさせるわけにはいかない」
その言葉が、僕の胸に熱く響いた。
僕たちは、ダリウスさんたちに導かれ、秘密の水路を抜けて、無事に王都の外へと脱出することができた。
振り返ると、王都の空が白み始め、夜明けの光が差し込んできていた。
「シェルパ、行くぞ」
「うん!」
カールさんとカーラさんの声に、僕は頷いた。
ダリウスさん、そして父さんの仲間たちに別れを告げ、僕たちは新たな旅路へと足を踏み出す。
必ず、戻ってくる。
もっと強くなって、この手に掴んだ力で、父さんが愛したこの国を取り戻すために。
朝日を浴びながら、僕は心に固く誓った。僕の隣には、かけがえのない仲間たちがいる。僕の【インベントリー】の中では、父さんと母さんが安らかに眠っている。
僕たちの旅は、まだ始まったばかりだ。




