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はぐれポーター  作者: 覚賀鳥
第2章 迷宮都市アマーリア編
15/19

15話 王都アルビオン


 僕たちの奇妙で壮大な(そして極めて違法な)王都への旅が始まる、その日の朝。

 空はどこまでも高く澄み渡り、まるで僕たちの前途を祝福しているかのようだった。……まあ、やろうとしていることは、祝福とは程遠い脱税計画なんだけど。


『木漏れ日の宿』の前には、すでにエレインさんたちが準備を整えて待っていた。


「おはよう、シェルパ。ずいぶんと良い外套じゃない。似合っているわよ」


 エレインさんが、僕の新しい緑の外套を見てニヤリと笑う。その視線がなんだか全てお見通しな気がして、僕は少しだけ顔が熱くなるのを感じた。


「おうシェルパ! 準備はいいか! 王都までひとっ走りだぜ!」


「シェルパ君、お馬さん、すっごく可愛いね!」


 カールさんとカーラさんは、それぞれの愛馬の鬣を撫でながら、すっかり遠足気分のようだ。これからやることが国家を相手取った大博打だという自覚はあるんだろうか。


 そんな和やかな(?)雰囲気の中、僕が自分の馬に荷物を取り付けようとした、その時だった。


「―――シェルパ」


 背後から、低く、聞き慣れた声がした。振り返ると、そこには腕を組んだ師匠、ゼルガさんが仁王立ちで立っていた。


「師匠! どうしてここに?」


「ばーか。弟子がクソ面倒な旅に出るってのに、見送りに来ねえ師匠がどこにいるか」


 ぶっきらぼうにそう言うと、ゼルガさんは無言でゴツい革袋を僕に突き出した。中からは、ジャラリ、と金属の擦れる音がする。


「……これは?」


「餞別だ。中身は投擲用のナイフと、特製の煙玉だ。いざって時に使いやがれ。ポーターってのはな、荷物を運ぶだけが仕事じゃねえ。自分の身と荷物を守り抜いて、初めて一人前だ。……死ぬんじゃねえぞ」


 顔を背け、ぼそりと呟かれた言葉。その不器用な優しさが、僕の胸にじんわりと染みた。


「師匠……ありがとうございます!」


 僕が頭を下げると、今度はゼルガさんの背後から、もう一人、僕を呼ぶ声がした。


「シェルパ様……!」


 そこにいたのは、お忍び用のフード付きローブを深く被った、ロゼ様だった。隣にはもちろん、完璧な姿勢で控える執事のセバスさんもいる。


「ロゼ様!? わざわざ見送りに……」


「はい……。どうか、ご無事で。わたくし、ずっとアマーリアで、あなたのご無事を祈っておりますから」


 そう言って、彼女は小さな布の包みを僕の手に握らせた。


「これは?」


「わたくしが……焼きました。その……『木漏れ日パイ』のお礼に、クッキーを。旅の途中で、お腹が空いたら召し上がってください。お守りですわ」


 少しだけ形の不揃いな、手作りのクッキー。でも、そこには彼女の温かい気持ちが、ぎゅっと詰まっているのが分かった。


 師匠からの、実用性MAXの餞別。

 お姫様からの、優しさMAXのお守り。

 二つの温もりを胸に、僕は改めて決意を固めた。絶対に、この旅を成功させて、無事にこの街に帰ってくる。そして、父さんを救い出すんだ。


「―――では、皆さん。行きましょうか」


 エレインさんの声が、僕を現実へと引き戻した。


「目指すは王都! 私の商人魂に火をつけちゃったこと、後悔させてあげるわ!」


 エレインさんはそう言って不敵に笑うと、馬の腹を軽く蹴った。その姿は、まるでこれから戦場へと赴く女騎士のようだった。


 そう、エレインさんの商人魂には、すでに三日前から業火のごとき炎が燃え盛っていた。

 僕たちの王都行きが決まった瞬間から、彼女の行動は神速を極めた。軍資金を手に、文字通り迷宮都市アマーリア中の武具屋を駆け回り始めたのだ。

 彼女の拠点であるこの街の商人ネットワークをフル活用し、その姿はまさに戦場の女傑。あるいはタイムセール開始のゴングと同時にスーパーへ開店ダッシュする歴戦の主婦のようでもあった。


 まずは鍛冶ギルドの頑固一徹で知られるギルドマスターの元へ単身乗り込み、極上のワインと甘い言葉、そして金貨による三段攻撃で巧みに籠絡。ギルド所属の全工房に対し、「エレイン商会への武具の優先的卸し」という、もはや恐喝に近い無茶苦茶な言質を取り付けたのだ。


 そこからのエレインさんは、まさに水を得た魚。いや、金脈を見つけたドワーフだった。


「そこの工房のプレートメイル、在庫を全部いただくわ! 端数はサービスしてくれるわよね?」


「こちらのチェインメイルも素敵ね! 意匠が凝ってるじゃない! 残らず頂戴!」


「そこのあなた! その壁に飾ってある兜、売り物じゃない? 関係ないわ、言い値で買うわよ! さあ、値段を言いなさい!」


 彼女が通った後には、ペンペン草も生えないならぬ、鎧兜一つ残らない、という有様だった。あまりの買い占めっぷりに、数日後には街でこんな噂がまことしやかに囁かれるほどだ。


「おい、聞いたか? 迷宮都市アマーリアから鎧が消えたらしいぞ」


「ああ。なんでも、エレイン商会が隣国と組んで、この国に戦争でも仕掛ける気らしい」


 物騒すぎる! 僕たちのささやかな(?)脱税計画が、いつの間にか国家転覆計画レベルの陰謀にまで膨れ上がっていた。


 そんなエレインさんの下で働く僕の仕事は、彼女が買い付けた鎧兜を、人目につかない倉庫でひたすら僕のオリジナルスペル【インベントリー】に収納していくことだった。


「うおお……シェルパの兄ちゃん、そのマジックバッグはどうなってんだ!? もうプレートメイル30は超えてるぞ! 底が抜けるぞ!」


 汗だくで鎧を運んでくる鍛冶工房の職人さんたちが、僕が涼しい顔で鎧の山を異空間に吸い込んでいくのを見て、畏怖と尊敬の入り混じった視線を向けてくる。いや、僕も内心は結構ドキドキなのだ。果たしてこの【インベントリー】に限界はあるのか、という壮大な人体実験(?)も兼ねていたから。


 結果から言うと、杞憂だった。

 プレートメイル三十揃い、チェインメイル二十揃い、合計五十揃いの鎧兜と、それらに付随する武具一式を飲み込んでも、僕の【インベントリー】は「デザートは別腹ですよ?」とでも言いたげに涼しい顔をしていた。

 どうやら僕の収納スキルは、物理法則だけでなく、この世界の常識というものも完全に超越しているらしい。


 そんなこんなで、出発準備にまる三日を費やし、僕たちはついに王都へ向けて旅立つことになった。

 鎧兜五十揃いという、普通なら大規模な輸送隊と護衛の傭兵団が必要な荷物は、全て僕の【インベントリー】の中。おかげで僕たちの旅は、重い荷物を運ぶ鈍重な馬車を使う必要がなくなり、一人一頭ずつ馬に乗って進む、実に軽快でスタイリッシュなものになった。


「じゃあ、行きますか! 目指すは王都!」


「おう! ひとっ走りだな! 待ってろよ王都の悪党ども!」


「わーい! お馬さん、よろしくね! いっぱいニンジンあげるからねー!」


「ふふ、濡れ手で粟の儲け話の始まりよ」


 カールさんの威勢のいい声、カーラさんの無邪気な歓声、そしてエレインさんの悪だくみに満ちた笑み。僕も父さんに教わった乗馬の腕を思い出しながら、愛馬のたてがみを優しく撫でた。

 こうして、僕たちの奇妙で壮大な(そして極めて違法な)王都への旅が、高らかに幕を開けたのだった。


 街道を馬で駆けるのは、最高に気持ちが良かった。

 頬を撫でる風、蹄の規則正しいリズム、仲間たちの笑い声。暗い復讐心に囚われていた僕の心が、少しずつ解き放たれていくのを感じる。

 日が傾き始め、エレインさんが地図を広げた。


「この先の丘を越えたら、開けた平原に出ます。今夜の野営地はそこにしましょう」


 そう、僕たちの旅の本当の楽しみは、この夜にこそあったのだ。

 普通、旅の夜といえば、硬い地面での野宿や、虫の多い安宿での雑魚寝が当たり前。だが、僕たちの旅は違う。

 それは「快適」という言葉すら生ぬるい、もはや貴族のバカンスと見紛うほどの、極上の時間へと変わる。


「よーし、着いたな! シェルパ、例のやつ頼むぜ!」


「シェルパ君、早く早く! 今日こそ私がお風呂一番乗りなんだから!」


 カールさんとカーラさんにせっつかれ、僕は平原の真ん中に立ち、一つ深呼吸をする。


「―――【リリース】、我が家」


 僕の言葉と共に、目の前の空間がぐにゃりと歪み、そこからゆっくりと、見慣れた木造りの一軒家が出現する。父さんと母さんが建ててくれた、思い出の詰まった大切な我が家だ。

 前の旅で、エレインさんたちもこの家の反則的な快適さは知り尽くしている。火起こしをして、テントを張って、見張り番を立てて……なんて面倒なことは一切せず、温かいご飯を食べ、ふかふかのお風呂に入り、それぞれの個室のベッドで眠る。これが僕たちの旅のニュースタンダードなのだ。


「ただいまー! うわっ、今日の夕ご飯はシチューだ! やったー!」


「カールさん、また靴下をリビングで脱ぎっぱなしにしないでください! エレインさんに怒られますよ!」


「うおっ、悪ぃ悪ぃ! つい故郷の我が家のような気分でよぉ」


 まるで本当の家族みたいな、賑やかで温かい夜。この時間が、僕の心をどれだけ救ってくれていることか。僕はリビングに響く仲間たちの笑い声を聞きながら、そっと胸を温かくするのだった。


 旅は驚くほど順調に進み、出発から七日後。僕たちの目の前に、ついに目的地の巨大な城塞都市―――王都アルビオンの姿が現れた。

 高くそびえる白い城壁は遠目には壮麗だが、近づくにつれて、その印象は急速に色褪せていく。城壁の所々には大きなひびが入り、補修された様子もない。まるで、美しいドレスを着た貴婦人の、化粧の下に隠された深いシワを見つけてしまったような気分だった。


「……これが、王都?」


 カーラさんが、思わずといった様子で呟く。

 カールさんも馬上で眉をひそめている。


「おいおい、聞いてた話と全然違うじゃねえか。国の首都ってのは、もっとこう、活気にあふれてるもんじゃねえのか? 俺の故郷の村の方がまだマシだぜ」


 その言葉通り、王都はまるで死んだように静まり返っていた。

 巨大な城門をくぐる人の数はまばらで、かつては商人たちの馬車でごった返していたであろう大通りは、閑散として寂しい風が吹き抜けている。道行く人々の顔は暗く、誰もが俯きがちに足早に通り過ぎていくだけだ。開いている店も少なく、ショーウィンドウにはホコリを被ったろくな品物も並んでいない。


「敗戦の影響、そしてゼノン王子の悪政……。ここまでとはね。腐敗は、国の心臓部から始まっているというわけか」


 エレインさんが吐き捨てるように言った。

 父さんを、そして多くの人々を苦しめている元凶が、この街の澱んだ空気そのものを作っているのだ。僕の胸の中に、再び黒い怒りの炎が燃え上がるのを感じた。


 しかし、僕だけが、そんな沈んだ景色とは裏腹に、内心でナイアガラの滝のような冷や汗を流していた。

(き、来た……来てしまった、王都……! ヤバい、ヤバいぞ! この閑散とした絶望シティの中で、僕の【インベントリー】に眠るピッカピカの鎧兜五十揃いは、悪目立ちしすぎる……! まるで葬式会場にサンバカーニバルの衣装で乗り込むようなものだ!)


 心臓がバクバクと嫌な音を立てる。違う、違うんだ。僕はビビりなんかじゃない。決して。ただ、人よりちょっとだけ、いや、かなり慎重派なだけなんだ! そうだ、そうに違いない!


 そんな僕の内心の葛藤など知る由もなく、僕たち一行は王都の正門に設けられた検問所へとたどり着いた。


「止まれ! 身分証を提示し、王都に入る目的を述べよ!」


 城門を守る衛兵たちの鎧は古びてくすみ、その表情には覇気というものが一切感じられない。死んだ魚のような鈍い視線で、僕たちを制止する。僕の心臓が、喉から飛び出しそうなくらいドクンと跳ね上がった。


 しかし、僕の隣にいたエレインさんは、そんな衛兵の威圧にも全く動じることなく、まるで舞台女優がステージに上がるかのように、優雅に馬から降りた。


「ご苦労さまです。わたくし、迷宮都市アマーリアを拠点としております、エレイン商会のエレインと申します。こちらが身分証ですわ。今回は、王都での新規販路開拓のための市場調査に参りましたの」


 彼女の堂々とした態度と、差し出された確かな身分証に、衛兵の険しい表情が少しだけ和らぐ。彼は僕たち一行をざっと見渡し、そして当然の疑問を口にした。


「商談だというのに、ずいぶんと身軽だな。商品を運ぶ馬車も、荷物一つないようだが?」


(きたああああああああ! やっぱりそこを突っ込まれたあああああ! 人生オワタ\(^o^)/ さらば僕の平穏な日々! こんにちは王都の地下牢!)


 僕はもうダメだ、と天を仰ぎかけた。だが、エレインさんは完璧な笑みを浮かべたまま、少しも慌てずにこう答えたのだ。


「ええ、今回はまず市場の視察が目的ですので。本格的な商品は、後から別便で運ばせる手筈になっておりますの。何か、問題でもおありでして?」


 最後の一言に、ほんの少しだけ圧を込める。さすがエレインさん、交渉術のレベルが違う。


「む……」


 非の打ち所のない返答に、衛兵は言葉に詰まったようだ。彼はしばらく僕たちを値踏みするように見ていたが、やがて面倒くさそうに手を振った。


「……ふむ。よかろう。入領税は一人銀貨一枚だ。払ったらとっとと行け」


 衛兵はちらりと僕たちの軽装に目をやったが、それ以上何も問いただすことなく、顎で「行け」と示した。この国の現状に絶望し、真面目に仕事をする気力すら失っている、といった様子だ。


 あまりにもあっさりと王都のゲートを通過し、僕はようやく大きく安堵の溜息をついた。助かった……!


 すると、隣を歩いていたエレインさんが、僕の顔を覗き込んでニヤリと笑った。


「あらシェルパ、顔色が真っ青よ? もしかして、緊張していたのかしら?」


「べ、別に! そんなことありません! この街の空気が、ちょっと淀んでただけです!」


「ふーん? 顔から滝みたいに汗が流れていたけれど?」


「これは新陳代謝がいいだけです!」


「じゃあ、足が子鹿みたいに震えていたのは?」


「武者震いです!」


「僕は! ビビりじゃなくて、超絶慎重派なだけですから!」


 僕の必死の言い訳に、カールさんとカーラさんがくすくすと笑う。その明るい笑い声だけが、この沈黙した王都でやけに場違いに響いていた。

 こうして、僕たちの奇妙で壮大な脱税計画は、静かに、しかし確実に、この死んだような王都で幕を開けた。

 父さんを救うため、そしてこの街に一泡吹かせるための、僕たちの戦いが、今、始まろうとしていた。


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