13話 指名依頼
―――王都へ行く。
自我を失い、アンデッドと化してなお、国賊の汚名を着せられ晒され続ける父さんを、この手で必ず解放する。 全ての元凶である第一王子ゼノン。あいつだけは、絶対に許さない。
復讐なんて、難しい言葉はまだよく分からない。 でも、これは、ただの息子の意地だ。 僕を世界一だと自慢してくれた父さんに、安らかな眠りをプレゼントするための、たった一つの、親孝行。 まだ10歳の僕には、あまりに重すぎる誓いかもしれない。でも、やるしかなかった。
そんな壮大な(そして無謀な)決意を胸に秘め、僕は旅立ちの準備を始めるべく、朝日が差し込むアマーリアの街を歩き、冒険者ギルドの重い扉を開けた。
「おう、来たかシェルパ。昨日は大変だったな」
ギルドに入ると、ポーターの師匠であるゼルガさんが、すでに掲示板の前で僕を待っていた。昨日の領主館での一件にも同席していた彼は、僕を心配してくれていたのだろう。その無骨な優しさが、少しだけ胸に染みた。
「ゼルガさん……ご心配をおかけしました。僕は大丈夫です」
「そうか。ならいいが……。お前、何か決めたような顔をしてるな」
さすがはベテランだ。僕の表情から、何かを鋭く感じ取っている。 僕が意を決して王都へ行くことを打ち明けようとした、その時だった。
「あら、シェルパ君。ちょうどよかった」
カウンターから、ウサギの耳を持つ獣人族の受付嬢、ミリーさんがひょっこりと顔を出した。
「丁度、あなた宛に『指名依頼』が一件、届いています」
「え、僕に? 指名依頼?」
聞き間違いかと思った。ポーターで、しかもまだ10歳の僕に指名依頼が来るなんて、天地がひっくり返ってもあり得ない。大抵、ポーターなんてギルドで適当に斡旋される日雇い労働者みたいなものだ。 隣のゼルガさんも「はあ?」と素っ頓狂な声を上げている。
「誰からですか?」
「依頼主は、商人ギルドに所属している方で、依頼内容は、王都までの商品の護衛、及び荷物運搬。期間は往復で約一ヶ月。成功報酬は……破格の金貨五十枚。……どうやら、あなたのその便利な『マジックバッグ』に目をつけたようですね」
「金貨ごじゅっ……!?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。金貨五十枚と言えば、この街で安い家が一軒買えてしまうほどの大金だ。ただの荷物運びでそんな金額が提示されるなんて、裏があるに決まっている。というか、王都行きって……タイミングが良すぎる!
ミリーさんは、驚く僕の顔を面白そうに一瞥すると、口の端をほんの少しだけ吊り上げた。
「依頼主は、ギルドに併設されている酒場であなたをお待ちです。……どうやら、まだ10歳のあなたに、断るという選択肢はないようですよ?」
その笑みは、まるで全てを知っているかのようだった。
僕はミリーさんに礼を言うと、言われた通り、ギルドの奥にある酒場へと向かった。ゼルガさんも
「面白えことになってきたな」
とニヤニヤしながらついてくる。
扉を開けると、そこには案の定、見慣れた顔ぶれがいた。 カウンター席で、優雅にワイングラスを傾けるエレインさん。 その隣で、ジョッキになみなみと注がれたエールを豪快に煽るカールさん。 そして、二人の間でオレンジジュースをちびちび飲んでいるカーラさん。
「遅かったじゃない、シェルパ。主役が最後に来るなんて、良い身分になったものね」
僕の姿を認めたエレインさんが、勝ち誇ったような笑みで僕を見上げた。 ああ、やっぱり。この人が黒幕か。
「……というわけで、エレインさん。指名依頼、ありがとうございます。でも、金貨五十枚はさすがに貰いすぎです」
テーブルについた僕は、早速本題を切り出した。昨日の今日で、こんな手の込んだお節介。僕が王都へ行こうとしているのを見越して、先回りしてくれたのだろう。その心遣いは、素直に嬉しかった。
「あら、気にしないで。これは必要経費よ。むしろ、あなたを雇えるなら安いくらいだわ」
エレインさんは悪びれもせずに言い放つ。
「必要経費って……」
「そうだぜシェルパ! エレイン姐さんが『あの子を一人で王都に行かせるわけにはいかないわ! 最も効率的に巻き込む方法を考えなきゃ!』とか言って、すげえ悪い顔しながら依頼書書いてたんだ!」
カールさんが、口の周りに泡をつけながら豪快に笑う。
「カール! 余計なことは言わなくていいのよ!」
エレインさんがビシッとカールさんのスネをテーブルの下で蹴り上げるが、時すでに遅し。
「シェルパ君、私たちも一緒だからね! 一人じゃないよ!」
カーラさんの天使のような笑顔が、僕の心をじんわりと温める。
本当に、良い仲間を持ったものだ。 僕は改めて三人に頭を下げた。
「ありがとう、みんな。でも、これは僕個人の問題だから……」
「あら、もう私たちの問題でもあるわよ?」
僕の言葉を、エレインさんがピシャリと遮った。彼女はワイングラスを置き、真剣な眼差しで僕を見つめる。
「昨日あなたの話、聞かせてもらって考えたのよ。英雄ゲイルの息子が、国賊の汚名を着せられた父君を救うために王都へ……なんて、物語の題材としては最高だけど、10歳の子供が一人でやるにはあまりに無謀すぎるわ。あなた一人で王都に行って、一体何ができるっていうの?」
「それは……」
「だから、私たちが手伝うの。いいえ、これは手伝いじゃないわ。利害の一致よ」
エレインさんはニヤリと笑うと、声を潜めて作戦会議を始めた。
「まず大前提として、あなたが大将軍ゲイルの息子だということは、絶対にバレてはダメ。今の王都でその名を出せば、ゼノン王子の息がかかった連中に即座に捕まえられるわ。あなたはただの『エレイン商会に雇われた、ちょっと優秀なポーター』。いいわね?」
「はい。分かりました」
「次に、王都への口実。これが今回の商売の本題よ」
エレインさんは、人差し指を一本立てて、楽しそうに続けた。
「私の商人ネットワークで掴んだ情報によると、どうやら近々、また帝国との間でキナ臭い動きがあるらしいの。それに伴って、王都では武具の需要が急激に高まっているわ」
「戦争、また始まるのかよ……」
カールさんが顔を顰める。
「あくまで噂だけどね。でも、火のない所に煙は立たないわ。そこで、目をつけたのがこの迷宮都市アマーリアよ。ここは優秀な鍛冶師が多くて、高品質な武具が王都より安価で手に入る。これを王都に持っていって売れば……莫大な利益が見込めるわ」
そこで、エレインさんは僕の顔をじっと見た。その目が、獲物を見つけた肉食獣のようにギラリと光る。
「……シェルパ。あなたのスペル【インベントリー】、私が知る限り、収納限界が存在しない。鎧五十揃いどころか、百揃いでも余裕でしょう?」
「ええ、まあ、たぶん……」
エレインさんはこめかみを押さえ、恍惚とした表情で天を仰いだ。
「いいこと、シェルパ? 私がアマーリアの鍛冶ギルドから、最高品質の鎧兜を五十揃い、買い付けるわ。それを全て、あなたの【インベントリー】に収納してもらう」
「ご、五十揃い……」
「そして、そのまま王都へ向かう。王都の関所では当然、積荷の検査があるけれど……あなたの【インベントリー】の中までは、誰も調べようがない。つまり……」
そこで言葉を切ったエレインさんは、これ以上ないほど悪辣で、最高に美しい笑みを浮かべた。
「―――王都に入るための高額な入領税を、完全にスルーできるってことよ!」
ギルド併設の酒場で、エレインさんはこれ以上ないほど悪辣で、最高に美しい笑みを浮かべた。 その言葉を聞いた瞬間、二人の男が同時にテーブルを叩いて立ち上がった。
「「それって脱税じゃねえか!!」」
僕の師匠であるゼルガさんと、剣士のカールさんの声が、綺麗にハモった。今まで黙って話を聞いていたゼルガさんが、ついに我慢の限界といった様子で眉間に深いシワを刻んでいる。
「エレイン! いくらなんでも10歳の子供に脱税の片棒を担がせる気かよ!」
「そうだぜ姐さん! 俺たちまでお尋ね者になったらどうすんだ!」
カールさんとゼルガさんが、珍しく意見を一致させて猛抗議する。しかし、当のエレインさんはどこ吹く風だ。
「人聞きの悪いこと言わないでちょうだい。これは『戦略的物流コストの最適化』よ。それに、これはただの金儲けじゃないわ。あの忌々しいゼノン王子への、ささやかなあてつけにもなるの」
「あてつけ?」
「ええ。今、王都の武具市場は、ゼノン王子の息がかかった御用商人が牛耳っているわ。彼らは粗悪な品を法外な値段で軍に卸して、私腹を肥やしている。そんな連中を出し抜いて、私たちが高品質なアマーリア製の武具を適正価格で市場に流せばどうなると思う?」
「……騎士や兵士たちが喜ぶ?」
カーラさんが首を傾げる。
「それもあるわ。でももっと大事なのは、ゼノン派閥の商人たちの面子が丸潰れになって、金の流れを少しだけ乱せるってことよ。私たちが儲けたお金が、巡り巡ってあなたの活動資金になる。まさに一石二鳥、いいえ、一石三鳥の完璧な計画じゃない?」
悪びれもせずに言い切るエレインさんに、ゼルガさんとカールさんはぐうの音も出ないようだ。言っていることは無茶苦茶なようで、妙に筋が通っている。というか、この人は僕の復讐をダシにして、ちゃっかり大儲けしようとしているだけなのでは……。
だが、仲間たちが僕のためにここまで考えてくれている。その事実が、何よりも嬉しかった。 それに、なんだかワクワクしてきた。 ただの復讐じゃない。仲間たちとの、大掛かりな悪巧み。そう思うと、暗く沈んでいた心に、少しだけ光が差したような気がした。
「……分かりました。やります。僕の【インベントリー】、自由に使ってください」
僕がそう言うと、エレインさんは満足そうに頷いた。ゼルガさんは
「はぁ……知らねえぞ、俺は……」
と頭を抱えているが、その口元が少し笑っているのを僕は見逃さなかった。




