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はぐれポーター  作者: 覚賀鳥
第2章 迷宮都市アマーリア編
13/19

13話 指名依頼


 ―――王都へ行く。


 自我を失い、アンデッドと化してなお、国賊の汚名を着せられ晒され続ける父さんを、この手で必ず解放する。  全ての元凶である第一王子ゼノン。あいつだけは、絶対に許さない。


 復讐なんて、難しい言葉はまだよく分からない。  でも、これは、ただの息子の意地だ。  僕を世界一だと自慢してくれた父さんに、安らかな眠りをプレゼントするための、たった一つの、親孝行。  まだ10歳の僕には、あまりに重すぎる誓いかもしれない。でも、やるしかなかった。


 そんな壮大な(そして無謀な)決意を胸に秘め、僕は旅立ちの準備を始めるべく、朝日が差し込むアマーリアの街を歩き、冒険者ギルドの重い扉を開けた。


「おう、来たかシェルパ。昨日は大変だったな」


 ギルドに入ると、ポーターの師匠であるゼルガさんが、すでに掲示板の前で僕を待っていた。昨日の領主館での一件にも同席していた彼は、僕を心配してくれていたのだろう。その無骨な優しさが、少しだけ胸に染みた。


「ゼルガさん……ご心配をおかけしました。僕は大丈夫です」


「そうか。ならいいが……。お前、何か決めたような顔をしてるな」


 さすがはベテランだ。僕の表情から、何かを鋭く感じ取っている。  僕が意を決して王都へ行くことを打ち明けようとした、その時だった。


「あら、シェルパ君。ちょうどよかった」


 カウンターから、ウサギの耳を持つ獣人族の受付嬢、ミリーさんがひょっこりと顔を出した。


「丁度、あなた宛に『指名依頼』が一件、届いています」


「え、僕に? 指名依頼?」


 聞き間違いかと思った。ポーターで、しかもまだ10歳の僕に指名依頼が来るなんて、天地がひっくり返ってもあり得ない。大抵、ポーターなんてギルドで適当に斡旋される日雇い労働者みたいなものだ。  隣のゼルガさんも「はあ?」と素っ頓狂な声を上げている。


「誰からですか?」


「依頼主は、商人ギルドに所属している方で、依頼内容は、王都までの商品の護衛、及び荷物運搬。期間は往復で約一ヶ月。成功報酬は……破格の金貨五十枚。……どうやら、あなたのその便利な『マジックバッグ』に目をつけたようですね」


「金貨ごじゅっ……!?」


 思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。金貨五十枚と言えば、この街で安い家が一軒買えてしまうほどの大金だ。ただの荷物運びでそんな金額が提示されるなんて、裏があるに決まっている。というか、王都行きって……タイミングが良すぎる!


 ミリーさんは、驚く僕の顔を面白そうに一瞥すると、口の端をほんの少しだけ吊り上げた。


「依頼主は、ギルドに併設されている酒場であなたをお待ちです。……どうやら、まだ10歳のあなたに、断るという選択肢はないようですよ?」


 その笑みは、まるで全てを知っているかのようだった。


 僕はミリーさんに礼を言うと、言われた通り、ギルドの奥にある酒場へと向かった。ゼルガさんも


「面白えことになってきたな」


とニヤニヤしながらついてくる。  


 扉を開けると、そこには案の定、見慣れた顔ぶれがいた。  カウンター席で、優雅にワイングラスを傾けるエレインさん。  その隣で、ジョッキになみなみと注がれたエールを豪快に煽るカールさん。  そして、二人の間でオレンジジュースをちびちび飲んでいるカーラさん。


「遅かったじゃない、シェルパ。主役が最後に来るなんて、良い身分になったものね」


 僕の姿を認めたエレインさんが、勝ち誇ったような笑みで僕を見上げた。  ああ、やっぱり。この人が黒幕か。


「……というわけで、エレインさん。指名依頼、ありがとうございます。でも、金貨五十枚はさすがに貰いすぎです」


 テーブルについた僕は、早速本題を切り出した。昨日の今日で、こんな手の込んだお節介。僕が王都へ行こうとしているのを見越して、先回りしてくれたのだろう。その心遣いは、素直に嬉しかった。


「あら、気にしないで。これは必要経費よ。むしろ、あなたを雇えるなら安いくらいだわ」


 エレインさんは悪びれもせずに言い放つ。


「必要経費って……」


「そうだぜシェルパ! エレイン姐さんが『あの子を一人で王都に行かせるわけにはいかないわ! 最も効率的に巻き込む方法を考えなきゃ!』とか言って、すげえ悪い顔しながら依頼書書いてたんだ!」


 カールさんが、口の周りに泡をつけながら豪快に笑う。


「カール! 余計なことは言わなくていいのよ!」


 エレインさんがビシッとカールさんのスネをテーブルの下で蹴り上げるが、時すでに遅し。


「シェルパ君、私たちも一緒だからね! 一人じゃないよ!」


 カーラさんの天使のような笑顔が、僕の心をじんわりと温める。


 本当に、良い仲間を持ったものだ。  僕は改めて三人に頭を下げた。


「ありがとう、みんな。でも、これは僕個人の問題だから……」


「あら、もう私たちの問題でもあるわよ?」


 僕の言葉を、エレインさんがピシャリと遮った。彼女はワイングラスを置き、真剣な眼差しで僕を見つめる。


「昨日あなたの話、聞かせてもらって考えたのよ。英雄ゲイルの息子が、国賊の汚名を着せられた父君を救うために王都へ……なんて、物語の題材としては最高だけど、10歳の子供が一人でやるにはあまりに無謀すぎるわ。あなた一人で王都に行って、一体何ができるっていうの?」


「それは……」


「だから、私たちが手伝うの。いいえ、これは手伝いじゃないわ。利害の一致よ」


 エレインさんはニヤリと笑うと、声を潜めて作戦会議を始めた。


「まず大前提として、あなたが大将軍ゲイルの息子だということは、絶対にバレてはダメ。今の王都でその名を出せば、ゼノン王子の息がかかった連中に即座に捕まえられるわ。あなたはただの『エレイン商会に雇われた、ちょっと優秀なポーター』。いいわね?」


「はい。分かりました」


「次に、王都への口実。これが今回の商売の本題よ」


 エレインさんは、人差し指を一本立てて、楽しそうに続けた。


「私の商人ネットワークで掴んだ情報によると、どうやら近々、また帝国との間でキナ臭い動きがあるらしいの。それに伴って、王都では武具の需要が急激に高まっているわ」


「戦争、また始まるのかよ……」


 カールさんが顔を顰める。


「あくまで噂だけどね。でも、火のない所に煙は立たないわ。そこで、目をつけたのがこの迷宮都市アマーリアよ。ここは優秀な鍛冶師が多くて、高品質な武具が王都より安価で手に入る。これを王都に持っていって売れば……莫大な利益が見込めるわ」


 そこで、エレインさんは僕の顔をじっと見た。その目が、獲物を見つけた肉食獣のようにギラリと光る。


「……シェルパ。あなたのスペル【インベントリー】、私が知る限り、収納限界が存在しない。鎧五十揃いどころか、百揃いでも余裕でしょう?」


「ええ、まあ、たぶん……」


 エレインさんはこめかみを押さえ、恍惚とした表情で天を仰いだ。


「いいこと、シェルパ? 私がアマーリアの鍛冶ギルドから、最高品質の鎧兜を五十揃い、買い付けるわ。それを全て、あなたの【インベントリー】に収納してもらう」


「ご、五十揃い……」


「そして、そのまま王都へ向かう。王都の関所では当然、積荷の検査があるけれど……あなたの【インベントリー】の中までは、誰も調べようがない。つまり……」


 そこで言葉を切ったエレインさんは、これ以上ないほど悪辣で、最高に美しい笑みを浮かべた。


「―――王都に入るための高額な入領税を、完全にスルーできるってことよ!」


 ギルド併設の酒場で、エレインさんはこれ以上ないほど悪辣で、最高に美しい笑みを浮かべた。  その言葉を聞いた瞬間、二人の男が同時にテーブルを叩いて立ち上がった。


「「それって脱税じゃねえか!!」」


 僕の師匠であるゼルガさんと、剣士のカールさんの声が、綺麗にハモった。今まで黙って話を聞いていたゼルガさんが、ついに我慢の限界といった様子で眉間に深いシワを刻んでいる。


「エレイン! いくらなんでも10歳の子供に脱税の片棒を担がせる気かよ!」


「そうだぜ姐さん! 俺たちまでお尋ね者になったらどうすんだ!」


 カールさんとゼルガさんが、珍しく意見を一致させて猛抗議する。しかし、当のエレインさんはどこ吹く風だ。


「人聞きの悪いこと言わないでちょうだい。これは『戦略的物流コストの最適化』よ。それに、これはただの金儲けじゃないわ。あの忌々しいゼノン王子への、ささやかなあてつけにもなるの」


「あてつけ?」


「ええ。今、王都の武具市場は、ゼノン王子の息がかかった御用商人が牛耳っているわ。彼らは粗悪な品を法外な値段で軍に卸して、私腹を肥やしている。そんな連中を出し抜いて、私たちが高品質なアマーリア製の武具を適正価格で市場に流せばどうなると思う?」


「……騎士や兵士たちが喜ぶ?」


 カーラさんが首を傾げる。


「それもあるわ。でももっと大事なのは、ゼノン派閥の商人たちの面子が丸潰れになって、金の流れを少しだけ乱せるってことよ。私たちが儲けたお金が、巡り巡ってあなたの活動資金になる。まさに一石二鳥、いいえ、一石三鳥の完璧な計画じゃない?」


 悪びれもせずに言い切るエレインさんに、ゼルガさんとカールさんはぐうの音も出ないようだ。言っていることは無茶苦茶なようで、妙に筋が通っている。というか、この人は僕の復讐をダシにして、ちゃっかり大儲けしようとしているだけなのでは……。


 だが、仲間たちが僕のためにここまで考えてくれている。その事実が、何よりも嬉しかった。  それに、なんだかワクワクしてきた。  ただの復讐じゃない。仲間たちとの、大掛かりな悪巧み。そう思うと、暗く沈んでいた心に、少しだけ光が差したような気がした。


「……分かりました。やります。僕の【インベントリー】、自由に使ってください」


 僕がそう言うと、エレインさんは満足そうに頷いた。ゼルガさんは


「はぁ……知らねえぞ、俺は……」


と頭を抱えているが、その口元が少し笑っているのを僕は見逃さなかった。



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