11話 常時依頼
昨夜のロック・スコーピオン・フルコースは、僕の人生で食べたものの中で間違いなく一番美味しかった。
ふかふかのベッドでぐっすり眠り、迎えた今朝の目覚めは最高の一言。体中に力がみなぎっているのが分かる。
「よしっ! 今日も頑張るぞ!」
僕はベッドから飛び起きると、ぱぱっと着替えを済ませた。昨日、初めて自分の力で稼いだ銀貨一枚は、ポーチの中に入れて大切に腰に下げている。時々、チャリンと鳴るその音が、僕に自信とやる気を与えてくれた。
食堂に下りると、僕の元気な挨拶に、厨房からご主人が顔を出した。
「おう、シェルパ! 今日はずいぶん早いじゃないか。朝飯はしっかり食っていけよ」
「はい! 今日もゼルガさんとギルドに行くんです!」
「そうかい。ポーターの仕事も楽じゃないだろうが、頑張れよ」
女将さんが出してくれた、焼きたてのパンと温かいスープを夢中でかきこむ。パンの香ばしさと、野菜の甘みが溶け込んだスープが、空っぽの胃袋に優しく染み渡った。
「いってきます!」
「いってらっしゃい、シェルパ。気をつけるんだよ」
宿の家族に見送られ、僕は朝日が差し込む迷宮都市アマーリアの石畳を、弾むような足取りで駆け出した。
そうだ、僕はポーター。ただのポーターじゃない。いつか、ゼルガさんみたいな、いや、ゼルガさんを超える『すごいポーター』になるんだ!
昨日の冒険で、僕はその第一歩を踏み出した。今日もきっと、新しいダンジョンに潜って、珍しい鉱石を運んだり、強力なモンスターの素材を回収したりするに違いない。想像するだけで、胸がドキドキと高鳴った。
待ち合わせ場所のギルドに着くと、師匠であるゼルガさんが、すでに腕組みをしながら壁に寄りかかって僕を待っていた。
「おはようございます、ゼルガさん!」
「おう、来たか坊主。寝坊でもしたかと思ったぞ」
「してません! やる気満々で、いつもより早く目が覚めたくらいです!」
僕の言葉に、ゼルガさんは「ふん」と鼻を鳴らしたが、その口元が少しだけ緩んだのを僕は見逃さなかった。
「ま、その意気や良し。だが、冒険者の世界はやる気だけでどうにかなるほど甘くはねえ。まずは仕事を探すぞ」
そう言って、ゼルガさんはギルドの中央に設置された巨大な依頼掲示板へと僕を促した。
朝のギルドは、これからダンジョンに向かう冒険者たちでごった返している。屈強な戦士たちが酒場で景気づけに叫び、ローブをまとった魔術師たちが真剣な顔で依頼書を吟味し、軽装の斥候たちが仲間と今日のルートについて打ち合わせをしている。この活気ある雰囲気が、僕は大好きだった。
「さて、と……」
ゼルガさんは、掲示板に張り出された無数の依頼書に、プロの目で素早く目を通していく。僕も背伸びをしながら、その依頼書を覗き込んだ。
『急募! ダンジョン五階層、ミノタウロスの討伐! 報酬:金貨三枚! 等級3以上パーティ推奨!』
『三階層に出現したゴブリン・ロードの首を求む! 報酬:金貨一枚!』
『七階層で採掘可能なミスリル鉱石の運搬依頼! 運搬量に応じて報酬変動! ポーターランク3等級以上必須!』
「うわあ……すごい……」
どれもこれも、僕にとっては夢のような仕事ばかりだ。でも、そのほとんどには「等級3以上」とか「ポーターランク3等級以」といった厳しい条件が付けられている。僕に至っては、まだ1等級の見習い中の見習いだ。
ゼルガさんは、僕たちが受けられる依頼を丹念に探していく。しかし、彼の眉間には、どんどん深いシワが刻まれていった。
「……ダメだな。ロクなのが残ってねえ」
数分後、ゼルガさんは大きなため息をついて言った。
「ゴブリン退治は昨日、別のパーティが受けちまった後だ。薬草採集は報酬が安すぎる。鉱脈の護衛任務は、場所が遠すぎて日帰りじゃ無理だ」
「え……じゃあ、今日の僕たちの仕事は……」
「ない」
―――ない。
その一言は、僕の燃え盛るやる気に、冷水をバシャリと浴びせかけるには十分すぎた。
「そ、そんな……。じゃあ、今日はもうおしまいなんですか?」
「まあ、普通ならそうなるな。掲示板にいい仕事がなければ、その日は解散。それが日雇い稼業の冒険者の常だ」
がっくりと肩を落とす僕。すごいポーターへの道は、いきなりスタート地点で通行止めになってしまった。これが、仕事の厳しさってやつなのか……。
僕がしょんぼりしていると、ゼルガさんは僕の頭をポンと叩いた。
「だがな、シェルパ。プロはここからが違う。掲示板に仕事がないなら、仕事を作ってもらうのさ。ちょっとここで待ってろ」
「え?」
そう言うと、ゼルガさんは僕をその場に残し、カウンターで依頼の受付をしているお姉さんの元へと向かっていった。
カウンターの向こうでは、ウサギの耳を持つ獣人族の受付嬢、ミリーさんがにこやかに応対している。ゼルガさんは彼女と顔なじみのようで、何やら二言三言、言葉を交わしていた。ミリーさんは少し困ったような顔をしたが、やがて何かを思い出したようにポンと手を打ち、カウンターの下から一枚の羊皮紙を取り出した。
羊皮紙を受け取ったゼルガさんは、ミリーさんに礼を言うと、僕の元へと戻ってきた。その手には、正式な依頼書が握られている。
「仕事、あったんですか!?」
「ああ。まあ、お前が期待してるような派手な仕事じゃねえがな」
ゼルガさんはそう言って、依頼書を僕に見せた。そこに書かれていた文字を、僕は思わず二度見してしまった。
『依頼内容:迷宮都市アマーリア、西地区のゴミ収集及びダンジョンへの運搬』
「……ご、ゴミ収集?」
僕の口から、間の抜けた声が漏れた。
すごいポーターになるはずだった僕の、記念すべき二日目の仕事が、ゴミ拾い?
僕のそんな心の声が聞こえたかのように、ゼルガさんは苦笑した。
「いいか、シェルパ。ギルドにはな、掲示板には張り出されねえ『常時依頼』ってもんがあるんだ。これは、誰かがやらなきゃ街が回らねえ、地味だが重要な仕事のことだ。街の清掃、水路の点検、そしてこのゴミ収集もその一つだ」
ゼルガさんの説明によると、この迷宮都市アマーリアで日々排出される膨大な量のゴミは、最終的にダンジョンへと運び込まれるらしい。
「ダンジョンに捨てられたゴミはな、不思議なことに、数日もすればダンジョンそのものに吸収されて、跡形もなく消えちまうんだ。その原理は学者先生にも分からねえらしいが、おかげでこの街はゴミ問題とは無縁でいられる。その運搬を担ってるのが、俺たちみてえな、その日の仕事にあぶれたポーターってわけさ」
経験の浅い冒険者は、掲示板に仕事がなければ諦めて帰る。だが、ゼルガさんのようなベテランは、こういう常時依頼の存在を知っていて、受付嬢に直接交渉して仕事をもらってくる。これも、プロの立ち回り方なのだ。
「なるほど……」
僕は感心して頷いた。冒険はなくても、仕事はある。そして、どんな仕事にも、それを支える仕組みと、それを担う人がいる。
「よし、理屈が分かったなら、さっさと始めるぞ。ポーターの仕事は、体が資本だからな」
「はい!」
僕は気持ちを切り替え、元気よく返事をした。
ゴミ収集、上等だ! どんな仕事だって、完璧にこなして見せる! それが、すごいポーターへの道なんだから!
僕とゼルガさんは、ギルドから貸し出された大きな麻袋を(一応、カモフラージュのために)背負い、アマーリアの西地区へと向かった。
西地区は、職人たちの工房や、一般市民の住居が密集しているエリアだ。道の脇には、地区ごとに決められたゴミ収集所が設けられており、そこには様々なゴミが詰め込まれた袋が山積みになっていた。
「うへぇ……」
収集所に近づくと、色々なものが混じった、すえたような匂いが鼻をついた。思わず顔をしかめる僕を見て、ゼルガさんが笑う。
「ポーターが匂いくらいでへこたれてどうする。中にはモンスターの内臓を運ぶ仕事だってあるんだぞ」
「うっ……、頑張ります」
僕は息を止め、ゴミ袋の一つを手に取った。ずしりと重い。
「いいか、シェルパ。ゴミ収集の基本は、まず分別だ。この街のゴミは、大きく三つに分けられる。『燃えるゴミ』、『燃えないゴミ』、そして『資源ゴミ』だ」
ゼルガさんは手際よくゴミ袋の口を開け、中身を確認していく。
「酒場の樽や野菜クズは『燃えるゴミ』。鍛冶屋から出た金属クズや、壊れたポーションの瓶は『燃えないゴミ』。使い古した武具や、まだ使えそうな革製品は『資源ゴミ』として、ギルドが買い取ってくれることもある」
なるほど、奥が深い。
僕はゼルガさんに教わりながら、ゴミの分別を始めた。確かに、中には冒険者都市ならではのゴミがたくさんあった。欠けた剣の刃、魔石のかけら、モンスターのなめし革の切れ端。僕にとっては、どれも興味深いものばかりだった。
「よし、分別はこんなもんだな。じゃあ、これを運ぶぞ。お前のマジックバッグは、どれくらい入るんだったか?」
ゼルガさんが尋ねる。僕の【インベントリー】が、ただのポーター用バックパックを装っていることは伝えていない。
「えっと……、結構、たくさん入ります!」
「そうか。なら、無理のない範囲で詰め込んでいけ。俺はこっちの山を片付ける」
そう言って、ゼルガさんは自分の巨大なバッグパックに、ゴミ袋を次々と放り込み始めた。普通のポーターなら、この収集所のゴミを運ぶだけで何往復もしなければならないだろう。
僕も、自分の仕事を始めよう。
僕は周囲に人がいないことを確認すると、ゴミ袋にそっと手を触れた。
(【インベントリー】、【ストレージ】!)
僕が心の中で念じると、目の前にあったゴミ袋が、シュンッ!という微かな音と共に、跡形もなく消え去った。
(よし、成功!)
これなら、どんなに汚いゴミでも、直接触れずに、匂いも気にせず収納できる。なんて便利なスキルなんだ!
僕は次から次へと、ゴミ袋を【インベントリー】に収納していく。
一つ、二つ、三つ……。
収集所に山と積まれていた十数個のゴミ袋が、わずか数十秒で、全て僕の『中』に収まってしまった。
「……よし、完了!」
僕がパンパンと手の埃を払っていると、ちょうど自分の分のゴミをバッグに詰め終えたゼルガさんが、こちらを振り返った。そして、目を丸くして固まった。
「……ん?」
ゼルガさんは、空っぽになった収集所と、涼しい顔で立っている僕を、交互に二、三度見比べた。
「……おい、坊主。お前、もう終わったのか?」
「はい! 僕のバッグ、見た目よりたくさん入るんです!」
僕はにこやかに答えた。
「いや、たくさん入るっても……限度があるだろうが……。あの山が、全部その小さなバッグに入ったってのか?」
「は、はい!」
「……お前のマジックバッグ、どこのドワーフが作った特注品だ?」
ゼルガさんは、信じられないといった顔で首をひねっている。ごめんねゼルガさん、これはスキルなんです。
僕たちはその後も、西地区のゴミ収集所を次々と回っていった。
どの収集所でも、僕の【インベントリー】が大活躍した。ゼルガさんが汗だくになってゴミをバッグに詰めている横で、僕は指先一つでゴミの山を消し去っていく。
最初は驚いていたゼルガさんも、途中からは「もう何も言うまい……」と、諦めたような顔で遠い目をするようになっていた。
午前中の作業を終える頃には、僕の【インベントリー】の中には、西地区のゴミというゴミが、ほとんど全て収納されていた。普通のポーターがパーティを組んで一日がかりでやる仕事量を、僕たちはたった二人、数時間で終えてしまったのだ。
「さて、それじゃあ、ダンジョンに運び込むぞ」
僕たちはアマーリアの街門を抜け、ダンジョンの入り口へと向かった。
ダンジョンの入り口すぐの、比較的安全なエリアには、ギルドが設置した臨時の詰め所があった。そこには、眠そうな顔をしたギルド職員のおじさんが一人、椅子に座ってあくびをしている。彼が、ゴミの計量係だ。
「よう、ゼルガ。今日はゴミ捨てか」
「ああ。こいつは新人のシェルパだ。よろしく頼む」
「へいへい。じゃあ、そこに集めたゴミを全部出してくれ。重さを量って、証明書を出すからよ」
職員のおじさんが、地面に設置された巨大な魔道具のハカリを指さした。
ゼルガさんが、まず自分のバッグパックから、汗水たらして集めたゴミ袋をドサドサとハカリの上に出していく。
「よし、ゼルガの分は……いつも通りだな。銀貨四枚分だ」
職員さんが手慣れた様子で書類に何かを書き込んでいる。
「じゃあ、次、そこのボウズの番だ」
「はい!」
僕はハカリの前に立つと、目を閉じて集中した。
(――【リリース】、ゴミ袋!)
次の瞬間、僕の目の前の空間に、何もない場所から突如として、小山のようなゴミ袋が出現し、ドドドドドッ!という凄まじい音を立ててハカリの上に降り注いだ。
その光景に、職員のおじさんは、口にくわえていた楊枝をポロリと落とした。ゼルガさんでさえ、何度見ても慣れないのか、少しだけ目を見開いている。
「な……な、なんだ今の……!? 今、どこから出した!?」
「えっと、僕のマジックバッグの性能がいいんです!」
僕は、もはやお決まりとなった言い訳を口にした。
職員のおじさんは、目の前のゴミの山に呆然としていたが、やがて我に返り、ハカリの目盛りを覗き込んだ。そして、その場で凍り付いた。
「……に、5……5百……キロ……?」
彼の声は震えていた。
「おい、ゼルガ……! お前のとこの新人、一体何者だ!? ポーターが一人で半日で運んでくる量じゃねえぞ、これ!」
「ははは、こいつは特別製でな」
ゼルガさんが、なぜか得意げに胸を張っている。
職員のおじさんは、ぶつぶつと何かを呟きながら、震える手で僕の分の計量証明書を書き上げた。
ギルドに戻った僕たちは、その証明書を受付のミリーさんに提出した。
「はい、確かに。お二人とも、お疲れ様でした。本日の報酬、合計で金貨一枚と銀貨四枚になります」
ミリーさんはにこやかに言うと、カウンターに銀色の硬貨を四枚、金貨一枚を並べた。
ゼルガさんはそのうち銀貨四枚を取ると、残りの一枚を僕の方に押しやった。
「ほら、シェルパ。お前の分だ」
「え……! でも、僕、ゼルガさんの半分も働いてないですよ!?」
「何言ってやがる。量はどう見てもお前の方が運んでるだろうが。それに、お前がいなけりゃ、この仕事は丸一日かかってた。これは、お前が自分の力で稼いだ、正当な報酬だ」
「ゼルガさん……」
僕は、差し出された銀貨を、そっと手に取った。
昨日手にした銀貨とは、また違う重みを感じた。
派手な冒険じゃない。誰かに褒められるような heroic な活躍でもない。街の人が捨てた、汚くて臭いゴミを、ただひたすらに運んだだけ。
でも、この仕事がなければ、この迷宮都市アマーリアは、ゴミで溢れてしまう。これも、この街を支える、立派な仕事なんだ。
「ありがとうございます!」
僕が深々と頭を下げると、ゼルガさんは「おう」と短く応え、僕の頭を優しく撫でてくれた。
その日の夕方。
僕は『木漏れ日の宿』の食堂で、メルと一緒に夕食を食べていた。
「へえ、シェルパ、今日はゴミ拾いのお仕事だったんだ!」
「うん。すっごく大変だったけど、街が綺麗になるって思ったら、なんだか嬉しくなったよ」
「そっかー。えらいね、シェルパは!」
メルに褒められて、少し照れ臭い。
僕はポーチから、今日稼いだ金貨を取り出して、テーブルの上で転がしてみた。
キラリと光る金貨。
すごいポーターへの道は、ダンジョンの奥深くにあるだけじゃない。この街の、足元にも転がっているんだ。ゼルガさんは、きっとそういうことを僕に教えたかったんだろう。
どんな仕事も、プロとして完璧にこなす。
それができるようになった時、僕はきっと、自分が目指す『すごいポーター』に、一歩近づけるに違いない。
「よし、明日も頑張るぞ!」
僕は新しい決意を胸に、ご主人が作ってくれた温かいシチューを、スプーンで大きくすくった。




