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はぐれポーター  作者: 覚賀鳥
第2章 迷宮都市アマーリア編
10/19

10話 初仕事②

 

「左翼から三体追加! ロバート、足止めを頼む!」


「承知!」  


 リーダーであるセルブさんの鋭い声が、薄暗いダンジョンに響き渡る。冒険者等級4のパーティ『鉄の拳』は、二階層の崖っぷちに広がる細い岩棚で、厄介なモンスターの群れに足止めを食らっていた。


 カシャカシャカシャッ!


 不快な音を立てて僕たちを取り囲むのは、『ロック・スコーピオン』。一匹一匹は仔牛ほどの大きさだが、鋼鉄の外殻を持ち、群れで行動する性質を持つ。その数が、ざっと見て十匹以上。狭い足場で戦うには、あまりにも分が悪かった。


「ちぃっ、こいつらキリがねえな!」


 戦士のギーグーさんが、ウォーハンマーで一匹の頭を叩き潰しながら悪態をつく。しかし、その隙を突いて別の個体が彼の脇腹目掛けて毒針のついた尻尾を突き出してきた。


「ギーグーさん!」


「させん!」  


 僕が声を上げるより早く、ポーターの師匠であるゼルガさんが、背負っていた荷物の中から予備の盾を投げ渡す。ギーグーさんはそれを空中でキャッチし、毒針を弾き返した。見事な連携だった。


 しかし今度は僕の目の前で、巨大な岩と見紛うほどの黒いハサミが、空気を切り裂く轟音と共に振り下ろされた。


「うわあああっ!」


 咄嗟に横へ跳んで回避するも、僕がさっきまで立っていた場所の岩盤が、まるでクッキーのように粉々に砕け散る。巻き起こった爆風と衝撃波に、十歳の小さな体は木の葉のように吹き飛ばされた。


「シェルパ、伏せろ!」


 パーティのリーダー、セルブさんの怒声が飛ぶ。


 ズウゥゥンッ!


 再び振り下ろされたハサミが、今度は僕のすぐ足元を強打した。凄まじい衝撃に、足元の岩盤が悲鳴を上げる。


「え……?」


 メキメキメキッ! という嫌な音。視線を下に落とすと、僕が立っている地面を中心に、蜘蛛の巣のような亀裂が放射状に広がっていくのが見えた。


「坊主! そこから離れろ!」

 

 ポーターの師匠であるゼルガさんの焦った声が聞こえる。でも、もう遅い。  僕の足元は、まるで支えを失ったかのように、ズブリと沈み込んだ。


「シェルパ!」


 ゼルガさんの絶叫が聞こえた。体が崖の外へと放り出され、一瞬の浮遊感の後、凄まじい勢いで落下が始まる。 (死ぬ!)  そう思った瞬間、ガシッ!と強い衝撃と共に、僕の落下が止まった。僕の右腕を、崖の上から身を乗り出したゼルガさんの力強い手が、ギリギリで掴んでくれていたのだ。


「坊主! しっかり掴まってろ! 今、引き上げる!」


「ぜ、ゼルガさん……!」


 僕の体は宙吊りになり、眼下には光も届かない底知れぬ闇が広がっている。ゼルガさんの腕一本に、僕の命はかかっていた。  なんとか体勢を立て直そうと、僕は崖の側面に足をかけようとした。しかし、僕が必死の思いで足をかけた小さな岩の突起が、僕の全体重を支えきれずに、ボロリと音を立てて崩れ落ちた。


「あっ―――」


 その衝撃で、僕の体は大きく下に振られた。そして、無情にも、僕の手はゼルガさんの汗ばんだ手から、スッ、とすり抜けてしまった。  スローモーションのように、世界がゆっくりと動く。  僕の目に最後に映ったのは、信じられないという表情で、虚空に伸ばされたままのゼルガさんの手と、彼の背後で絶叫するパーティの面々の顔だった。


「うわあああああああああああああっ!」


 再び、僕の体は奈落の底へと吸い込まれていく。風が耳元でごうごうと唸りを上げた。 (今度こそ、本当に終わりだ……!)  恐怖で心臓が縮み上がる。だが、その絶望の淵で、僕の脳裏に稲妻のような閃きが走った。  僕のユニークスペル【インベントリー】。それはただの収納スキルじゃない。 (『物』や『生物』だけじゃない。『概念』や『現象』も、収納できる!)


 そうだ、このスキルなら! やるしかない!  僕は落下しながら、意識を極限まで集中させた。これから僕の体を襲うであろう、絶望的な『現象』を頭に思い描く。


 ――【ストレージ】対象、【落下による衝撃】!!


 僕がそう念じた瞬間、落下速度が最高潮に達し、視界の先に固い岩盤が迫っていた。  

 間に合え!  僕がぎゅっと目を瞑り、全身の筋肉を硬直させた、その刹那。


 トンッ、と背中にごく軽い感触。  それだけだった。  予想していた、体が粉々になるような痛みは一切ない。

 恐る恐る目を開けると、僕は大の字で地面に寝転がっていた。


「で、できた……。本当に、できちゃった……」


 落下という運動エネルギーが生み出す、致死的な『衝撃』。その『現象』そのものが、僕の体に届く寸前に切り取られ、僕だけの秘密の空間【インベントリー】の中へと綺麗に吸い込まれたのだ。


 自分のスキルの規格外っぷりに呆然としつつも、すぐにハッとして顔を上げる。遥か頭上、僕が落ちてきた崖の上から、ぼんやりと明かりが漏れていた。


「そうだ! みんなは!?」


 僕だけ助かっても意味がない。ロック・スコーピオンの群れはまだ……!


「おーい! シェルパー! 生きてるかーっ!」


 頭上から、聞き慣れた野太い声が響いてきた。ゼルガさんの声だ!


「ゼルガさん! 僕は無事です! 怪我もありません!」


 僕は喉が張り裂けんばかりに叫び返した。よかった、みんなも無事だったんだ。


「無事か! よし、絶対にそこを動くな! 今、助ける!」


 しばらくすると、穴から一本の頑丈そうな縄がスルスルと垂れてきた。


「坊主! その縄を体にしっかり巻きつけろ! 解けないように、ちゃんとやるんだぞ!」


「はい!」  


 僕は垂れてきた縄を掴んだ。脳裏に浮かぶのは、カーラさんの顔だ。彼女はシーフで、ロープワークの名手でもあった。


『いい、シェルパ君? いざという時に自分の命を守る技術も必要なのよ。この「もやい結び」は絶対に解けないし、体に食い込みにくいから、必ず覚えておいてね!』


 カーラさんが丁寧に教えてくれた結び方を思い出しながら、僕は体に縄を巻き付け、手際よく固定していく。うん、これなら完璧だ。


「準備できました!」


「おう! 今から引き上げるぞ!」  


 その言葉を合図に、僕の体はふわりと宙に浮き、ゆっくりと崖の上へと引き上げられていった。見上げると、セルブさん、ギーグーさん、ロバートさんが三人で必死に縄を引いてくれている。  


 ようやく地上にたどり着くと、ゼルガさんが僕の体を力強く抱きしめた。


「……よかった。本当によかった……!」  


 その声は、震えていた。


「この大馬鹿者が! 心臓が止まるかと思ったわ!」  


 次の瞬間、僕の頭に痛くない程度のゲンコツが落ちてきた。心配と安堵がごちゃ混ぜになった、ゼルガさんなりの愛情表現だ。


「ご、ごめんなさい……」


「まあまあ、ゼルガさん。シェルパが無事で何よりだ」  


 リーダーのセルブさんが、苦笑しながら僕の頭を撫でてくれる。彼の足元には、僕が落ちた後に掃討されたロック・スコーピオンの死骸が転がっていた。


「しかし、よく無傷だったな。底は三階層だぞ。普通なら即死だ」  


 ギーグーさんが不思議そうに首を傾げる。


「きっと、途中で運良く何かに引っかかったんですよ。とにかく、助かりました!」  


 僕は【インベントリー】のことは隠して、適当にはぐらかした。


「さあ、感傷に浸るのは後だ! お宝が俺たちを待ってるぜ!」  


 セルブさんの威勢のいい声で、僕たちはロック・スコーピオンの解体作業に取り掛かった。


「シェルパ、よく見ておけ。こいつの殻はな、上質な盾や鎧の素材になる。特にこのハサミと尻尾の先端は高く売れるんだ」  


 ゼルガさんが解説しながら、ギーグーさんと共に手際よく解体していく。硬い外殻をこじ開けると、中からぷりぷりとした半透明の肉が現れた。


「うわ、すごい……」


「こいつの肉は絶品でな。味はエビとカニの中間ってとこだ。焼いても煮ても美味い」  


 セルブさんがニヤリと笑う。  僕も解体を手伝い、切り分けられた殻や肉を次々と【インベントリー】に収納していった。


 結局、この日はこの群れを仕留めただけで、僕たちのダンジョンアタックは終了することになった。

 僕が穴に落ちたことで、パーティもかなり消耗してしまったからだ。  


 それでも、僕の【インベントリー】のおかげで、持ち帰る鉄鉱石の量はこれまでの最高記録の十倍。それに加えて、ロック・スコーピオン十数匹分の素材一式。これはとんでもない稼ぎになる、と帰り道でセルブさんが上機嫌に話していた。


 ギルドで換金を終えた後、セルブさんは僕の前に立つと、一枚の銀貨を差し出した。


「シェルパ、今日のボーナスだ。お前がいなければ、この量の鉱石は持ち帰れなかった。それに、ロック・スコーピオンの素材もな。よくやった」


「え……! い、いいんですか!?」  


 銀貨一枚。それは、僕がいつも泊まっている『木漏れ日の宿』の宿泊費、2日分に相当する額だ。


「当たり前だ。お前は今日、立派にパーティの一員として働いた。正当な報酬だ」  


 震える手で、銀貨を受け取る。ずしりとした重みが、僕の手のひらに伝わってきた。これが、僕が初めて自分の力で稼いだお金……。


「それと、これも持っていけ」  


 そう言って、セルブさんは大きな麻袋を僕に手渡した。中には、解体したばかりのロック・スコーピオンの肉がぎっしりと詰まっている。


「こ、こんなにたくさん!」


「今夜は祝杯だ。宿の主に美味い料理にしてもらえ」


「ありがとうございます!」  


 僕は何度も何度も頭を下げた。胸の中が、じーん、と熱くなるのを感じていた。


 僕が拠点にしている『木漏れ日の宿』は、安くて居心地のいい、僕にとっての我が家のような場所だ。


「ただいま戻りましたー!」  


 宿の扉を開けると、カウンターの奥からひょっこりと顔を出したのは、僕と同じ十歳の女の子、メルだった。


「あ、シェルパ! おかえりなさい! 初めてのダンジョン、どうだった?」


「ただいま、メル。うん、すっごく大変だったよ! でも、ほら、見てこれ!」  


 僕は得意げに、ロック・スコーピオンの肉が詰まった麻袋をカウンターに見せた。


「わー! なにこれ、お肉? すごく大きい!」


「ロック・スコーピオンっていうモンスターのお肉なんだ。ご主人に料理してもらおうと思って!」


 僕たちの騒ぎ声を聞きつけて、厨房から恰幅のいいご主人が顔を出した。


「お、シェルパか。無事に帰ってきたか。ん? その肉は……ほう、ロック・スコーピオンとは、珍しい食材を持ってきたな! こいつは調理にコツがいるが、上手くやれば絶品になるんだ」  


 ご主人は食材を値踏みするプロの目で、肉の鮮度を確かめている。


「ご主人! これ、料理してもらえませんか? みんなで食べたくて!」


「おう、任せとけ! 腕が鳴るぜ! 今夜はパーティだ! 一番いいエールを用意してくれ!」


「あらあら、シェルパ、怪我はなかったかい?」  


 奥から出てきた優しい女将さんが、僕の頭を撫でてくれる。この宿は、本当に温かい。


 それから一時間後。『木漏れ日の宿』の食堂には、食欲をそそる最高にいい匂いが立ち込めていた。  テーブルの上には、ご主人が腕によりをかけて作ってくれたロック・スコーピオンのフルコースがずらりと並んでいる。

 シンプルにガーリックバターで焼いた『スコーピオンステーキ』、香味野菜と一緒に煮込んだ『スコーピオンのクリームシチュー』、そして器に豪快な盛り付けされている『スコーピオンのグラタン』。


「「「いただきます!」」」


 僕とメル、女将さん、そして厨房から出てきたご主人の四人で、元気に声を合わせた。  僕はまず、一番食べたかったステーキにフォークを入れる。一口大に切って、口に運ぶ。


「……んんっ!」  


 噛んだ瞬間、口の中にじゅわっと旨味のエキスが広がった。その味は、まさにエビのぷりぷりとした食感と、カニの濃厚な甘みと旨味を足して二で割ったような、まさに至福の味。


「おいしい……! なにこれ、すっごくおいしい!」


「でしょー! お父さんの料理は世界一なんだから!」  


 メルが自分のことのように胸を張る。彼女は、大きな口でグラタンを頬張り、口の周りをチーズだらけにしていた。


「火の通し加減が絶妙だろ? こいつは熱を入れすぎると身が固くなっちまうんだ」  


 ご主人も満足げに頷いている。


 僕たちは夢中で料理を食べ続けた。今日一日の疲れが、美味しい料理と一緒に溶けていくようだった。


 お腹がはちきれそうになるまでスコーピオン料理を堪能した後、僕は自分の部屋のベッドに寝転がっていた。  

 天井を見上げながら、今日一日のできごとをぼんやりと振り返る。  ダンジョンに潜ることの怖さ。崖から落ちた時の、あの絶望感。


 でも、それだけじゃなかった。  

 僕のスキルで、絶体絶命のピンチを切り抜けられたこと。  

 僕を助けようとしてくれたゼルガさんの、あの必死の形相。  

 カーラさんに教わった技術が、僕の命を繋いでくれたこと。  

 そして、初めて自分の力で稼いだ、銀貨一枚の報酬。


 僕はポケットから、あの銀貨を取り出した。ひんやりとした金属の感触が、手のひらに心地いい。  この銀貨一枚に、今日の僕の頑張りが全部詰まっている気がした。ただ荷物を運ぶだけじゃない。知識を学び、技術を磨き、仲間と連携する。それが、冒険者なんだ。


 ダンジョンは、やっぱり怖い場所だ。  でも、そこで働く人たちは、みんなすごい。  僕も、そんなすごい人たちの一員に、少しだけなれたのかもしれない。


「ポーター、か……」  


 なんだか、すごくカッコいい仕事に思えてきた。  明日も頑張ろう。ゼルガさんに、もっとたくさんのことを教わって、いつか最高のポーターになってやるんだ。


 そんな決意を胸に、僕は心地よい満腹感と疲労感に包まれながら、ゆっくりと眠りに落ちていった。  夢の中では、なぜかメルと一緒に、もっと大きなロック・スコーピオンを追いかけ回していた。もちろん、夕飯のおかずのためだ。

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