第35話 馬鹿だから
クリシュと名乗った男はまるで旧友にでもあったかのような声色でメイビスと話す。
「元気してた~? 15年振りぐらい?」
「探してたぜ~クリシュ。俺の唯一の未練よ。テメェさえ殺せれば俺の人生百億万点だ」
「……じっちゃん、アイツなに? 説明してよ」
メイビスはクリシュから目を逸らさずに、イヴンの質問に答える。
「アイツは吸血鬼になった元人間で、俺のギルドの……副ギルドマスターだった男だ」
「うっわ。マジで」
「魔王様の気配を感じない……死んじゃったかな。俺が眠っているこの15年の間に色々あったみたいだね。アンタも随分老いぼれた」
「お前は昔のままだな」
「メイビスさんも吸血鬼になればよかったのに。そうすれば昔のまま、イケメンの姿でいれたのに」
「馬鹿言え。俺は今も変わらずイケメンだろうが」
軽口を叩き合いつつも、両者共に隙の無い立ち姿だ。
「さすがに寝起き一発目でアンタとやるのはきつい。だからさー、ちょっと気を散らさせてもらうよ~」
クリシュは、まるで固まった小麦粉を引きちぎるかのように、体を分裂させた。分裂したクリシュはそれぞれ体を再生させ、まったく瓜二つの存在となった。
「近くに村あるでしょ? いっぱい人の匂いを感じる。人質にしよっと」
片方のクリシュが飛び上がり、空いた天井から山の外に出た。
「ちっ! この野郎! ――お前ら! すぐに村に戻ってあのクリシュの分身体をぶっ殺せ!」
「メイビスさんは……」
トビが聞くと、メイビスは有無を言わせない目つきで、
「俺はコイツをやる! パッと見、分裂の力配分は49対1だ! 言うまでもなく今出ていった方が1な! アレならお前等でも倒せる! 奴が人質を取る前に早く戻れ!!」
「わかった! じっちゃん! 気を付けてね!!」
いち早く、メイビスを最も信頼しているイヴンが村の方へ足を向けた。トビとソフィアもそれに続く。
「確かにあっちの俺は弱いけど、あんなガキ共に倒せるような相手じゃないよ?」
「テメェ如きの分身体、アイツらで十分だよ」
「はぁ?」
「だってそうだろ。才能の壁にぶつかって、現実から逃げて、吸血鬼に身を落としたドクズ君の分身体なんて、取るに足らねぇよ」
「ちっ。昔からアンタのそういう説教臭いとこ、大嫌いだ……!」
---
山中にある村。そこに、一体の悪鬼が現れる。
「いーねいーね。女もいっぱいいるじゃんか。久々にヤるか。人妻がいいな~、男の前で犯して殺して、怒り狂った男も殺す。それが最高に楽しい……」
悪鬼クリシュは、子供と手を繋ぎ村を歩く女性を見つける。
悪鬼に気づいた女性は男児を抱え込む。
「な、なに! あなた!!」
「いいもんみっけ!!」
クリシュは女性に近づき、子供を殺そうと拳を引く。
「ひゃははははっ!! 子供はいらねぇ! 死になぁ!!」
「……因果応報」
クリシュと女性の間に割り込む影が一つ。
割り込んできたのは少年、黒髪の少年だ。少年は籠手をクリシュの拳に合わせ、衝撃を反射する。
「!?」
クリシュの右腕がミシミシと軋み、肌にヒビが入る。
少年は拳を引き、怯むクリシュの頬を殴り飛ばした。
「……おっとぉ、お前はたしかさっきメイビスさんと一緒にいた……」
「タイミングが多少ズレたな。第一段階で止まっちゃった。ま、いいか。次は完璧に合わせる」
トビは女性の方に笑顔で振り返る。
「避難してください。アイツは僕が足止めします」
「は、はい! ありがとうございます……!!」
トビはクリシュと向き合う。
村人たちは次々とクリシュの存在に気づき、慌てて逃げだす。
「どういう理屈だ? なぜ、一瞬、俺の耐性が消えた?」
「さぁ? どうしてでしょう?」
「けっ、生意気なガキだ……!」
クリシュの姿が消える。
クリシュはトビの周囲を縦横無尽に駆け回る。が、その姿は見えない。見えないほど速い。クリシュが地面を踏み砕き、舞い上がる砂しぶき、そして足音だけがクリシュの現在地を測る手がかりだ。
「はははっ! どうだ! お前の眼では到底追えないだろ! 右か? 左か? 前か? 後ろか? さぁってどこから攻撃がくるでしょうか!!」
ゲラゲラと笑うクリシュ。一方トビは、何のアクションも起こさず、ただ自然体で立っていた。
「正解は……!!」
ドン!! と一際大きな音を立て、クリシュは跳躍。高速を保ったまま、トビの上から踵落としを繰り出す。
「上でしたぁ!!」
「因果応報」
「は?」
トビは、あっさりと、踵落としに籠手を合わせる。クリシュは衝撃を反射され、右脚を折られた。
「てめっ!」
クリシュは慌てて距離を取る、が、すぐにトビは距離を詰める。
トビはクリシュの心臓を狙い、籠手を突き出すが、クリシュはなんとか体を捻ってこれを躱す。同時にクリシュの脚が治る。
「クソ、ガキッ……がぁ!!」
クリシュはトビの腹に回し蹴りを当て吹っ飛ばす。トビは家の一つに背中から突っ込むが、すぐに首を鳴らしながら立ち上がった。
「てめぇ、俺の動き、見切れていたのか!?」
「見切れてはいませんよ。ギリギリ目で追うのが限界でした」
「ならなぜ因果応報を使えた?」
クリシュの質問に対し、トビは気まずそうに頬を掻く。
「ん~、少し待ってくださいね……言葉を選びますから」
「あぁ?」
トビは顎を撫で、数秒考え、言葉を絞り出す。
「あなたが馬鹿だから?」
「あぁん!?」
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