第18話 断れば首をへし折る
先ほどの奴隷たちはまだマシだったのだろう。
重い扉の先、そこにいたのは見た目からでもわかるような病や怪我を負った奴隷たち。肌が爛れていたり、片腕がなかったり、口が裂けていたり。
スラムロック出身のトビですら、目を背けたくなる景色がそこにはあった。
「一体、なんですかここは……」
「怪我や病で粗悪品になった者たちを集めた場所です。もちろん、その分お安くなっております」
同情はする。
だけど、全員を助けることはできない。
(ごめんね。君たちをここから出しても、僕に全員を養えるほどの甲斐性も覚悟もない。目的は一つだけだ)
部屋のさらに奥。目玉商品、と主張するような大きな檻の前に着く。
金の美しい髪が肩まで伸びている。青い瞳、白い肌。尖った耳……脂肪が少ない体つき。間違いなくエルフだ。
女エルフは両脚をぺたりとつけ座っている。その目つきは野獣のようで、初対面のトビを噛みつきそうな形相で睨みつけている。
一見、見た目に異常はなさそうだが、
「どうですか? 美しいでしょう? エルフの中では珍しく歳も若い! なんとまだ19歳ですよ。ご主人様が天寿を全するまでこの美貌を保つでしょう」
「どうして彼女はここに? 特に怪我とかしてる様子は無いけど」
「見た目ではわかりにくいですが、両脚が骨折しております」
トビはエルフの脚を見る。よく見ると、紫色の痣が見える。
「コイツは気性が荒くて……何度躾けても噛みついてくるのです。これまで三度売りましたが、いずれも返品されてしまいましてね」
トビは部屋の中を確認する。
場所が場所だからか、トビと目の前の奴隷商の他には監視員が一人しかいない。
「プライドが非常に高い。前の買い手にも反抗して、折檻されましてね。あの両脚の骨折は前の買い手によるものです。もしも良い買い手が見つからなければ系列店の娼館にでも連れていこうと考えていたところです」
「すみません。あっちの獣人にも興味があるので、ちょっと見てきていいですか?」
トビは監視員の近くにある檻を指さす。
「はい! 是非ともご案内します!」
「いや、あなたはここに残ってエルフを見ていてくれませんか? 他の客に買われたくないので」
「は、はぁ……わかりました」
トビは監視員の方に歩み寄っていく。
途中、奴隷商の方を振り返り、奴隷商の様子を確認する。
「こら貴様! もっとお客様に愛想よくせんか!!」
奴隷商はエルフの檻を蹴り、憤っていた。その隙に、
「あがっ!!?」
トビは右手で監視員の腹を殴り、意識を絶つ。
(あと、一人)
トビは奴隷商に背後から近づき、
「ぬおおぉ!!?」
奴隷商の首を背後から掴み上げる。
「な、にを――!?」
「あなたにはいろいろと聞きたいことがある」
檻の中のエルフが、驚いたような顔でトビを見る。トビはニッコリと笑って、
「お前、は……」
「ソフィアとマロマロンさんの知り合いだよ」
知った名を聞いて、エルフは表情を僅かに緩めた。
「さて奴隷商さん。ここに他のエルフが運ばれたか、もし運ばれたとしたらどこに売られたか、この子の手錠と足枷、檻のカギの場所。全部ぜ~んぶ聞かせてくれるかな? 断れば首をへし折る」
「は、はいぃ!!!」
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トビは一人、奴隷館を出た。
「トビさん」
「ソフィア。至急仕事がある。とりあえず、この奴隷館全体に睡眠魔法を掛けてくれないかな?」
「え?」
「事情は魔法を掛けている間に話すよ」
トビとソフィアは近くにある酒屋の屋根の上に行く。ソフィアは屋根の上から眠り粉を奴隷館に送り込む。
「建物の大きさからして、全員が眠るまで30分ほどでしょうか。入り口付近の人間は約15分で眠るでしょう。当然、密閉空間には効果がありません」
「堅そうな扉は全部さりげなーく隙間を開けてきたから多分大丈夫。多少の取りこぼしは仕方ない」
「それで、一体中でなにがあったのですか?」
「……エルフが一人、檻に入れられていた。金髪で、ミディアムヘアー。プライドが高い女の子。歳は19」
「ミランさんだ……! ぶ、無事だったのですか!?」
「両脚が折られていたけど、命に別状はなさそうだったよ」
「両脚を……! なんてことを……!」
「とりあえず僕についてた奴隷商を拷問して枷と檻のカギの場所はわかった。それに、他のエルフ四人の場所もわかったよ」
「本当ですか!?」
「運が良いことに残り四人のエルフはそこの奴隷館を経由して、バグマンという富豪にまとめて買われたらしい」
「そうですか……それなら、ミランさんを助けた後、その富豪の家に行って残りの四人を助ければ!」
「ミッションコンプリートだ。意外に事はトントン拍子で進みそうだね」
ソフィアは神妙な面持ちで、
「その、拷問した奴隷商は……そのあと殺したのですか?」
「いいや。気絶させて人目のつかない場所に放っておいた」
ソフィアはホッとした様子で視線を奴隷館に戻す。
トビは、奴隷商の言っていたある話を思い返す。
『バグマン様はとても優秀な用心棒を飼っております! ガロンという馬鹿強いサムライです!』
『サムライ?』
『極東の島国にいる剣士のことです! 百の精鋭に勝る力を持つらしいですよっ!』
トビは目を細める。
(サムライ、か)
「トビさん……? 大丈夫ですか?」
「あ、ごめん。ちょっとぼーっとしてた」
「そろそろ散布が終わります」
「OK」
トビとソフィアは立ち上がり、奴隷館に足を向ける。
「行こうか」
【読者の皆様へ】
今週の土曜日に新しくラブコメの新作を出すので、そちらもぜひ読んでみてくださいませ。