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マガツヒの神 ~三つのお守り~  作者: 印西たかゆき
3/5

周辺の調査

――翌日。私は相変わらず授業や実習を受けていたが、運よくこの日は早く帰れる。そのため、私は最後の授業が終わると荷物をまとめてすぐにアシュリン先生の研究室へ向かった。


「先生!」


 ノックもせずに扉を開けると、そこには昨日と同じようにパソコンに向かっている先生の姿があった。


「おお、来たね」

「はい! あの、それで――」

「わかっている。あれから、私の方でも色々と調べてみたの。そしたら、色々と分かったことがあったわ」


 そう言って、先生はパソコンから離れて話を続ける。


「まず第一に、あの地域では昔から人間が行方不明になる事件がたびたび起きていたみたいなの。しかも、そのどれもが未だに未解決事件になっている」

「え? それってどういう事ですか? 警察は何をしているんですかね?」

「そう思うでしょう? ところが、警察の捜査の結果、犯人はおろか被害者の足取りすらつかめないらしいの」

「ええっ!?」


 私は驚いてしまったが、先生は冷静に言葉を続けた。


「しかも、この辺りは都内でも有数の心霊スポットでもあるらしくて、ネットでは『隠神かくしがみによる神隠し』だと騒がれているみたい」

隠神かくしがみ……」


 私は先生の話を聞いて、改めて背筋が凍るような感覚を覚えた。まさか、あの場所がそれほどまでにヤバい場所だったなんて……だが、先生はさらに驚くべきことを言った。


「それに、ここ最近行方不明者が多発しているのは事実らしい。私が調べた限りでは、あの付近で人影を見たとか、謎の音を聞いたとか……」

「うう……」


 私は先生の話を聞きながら身震いしそうになった。


「でも、どうして私なんかを……」

「それは、まだ分からないな……」


 先生は少し考え込むような表情を見せる。


「まあ、とにかく今は情報が少なすぎる。もっと情報を集めよう」

「はい!」


 私は力強く返事をした。

 それからしばらくの間、先生は事件の情報を熱心に集め続けた。

 その結果、私としてはそれなりに有力な手掛かりを見つけた。だが、それを先生に言えないでいる。


「……どうかしたのか、エレノア?」

「え?」


 私がモジモジとしていると、アシュリン先生は不思議そうな顔をしていた。


「い、いえ、なんでもないですよ」

「本当か?」


 先生は心配そうな表情で私を見る……私は意を決して、先生に質問することにした。


「先生……あの…私が非科学的なことを言ったら、怒りますか?」

「……」


 アシュリン先生は私の質問に黙って腕を組んで考え込む……なんというか、この姿だけでも十分な威圧感を感じる。


「……怒らないぞ」

「ほ、ホントに?」

「ああ。エレノアはいつも頑張って勉強してるもんな……どっかの自称・魔女と違って……」

「うぅ……ありがとうございます」


 私は思わず泣きそうになりながらも、勇気を出して先生に質問する。


「先生……あのですね……私達が体験したあの現象は、心霊現象じゃないでしょうか?」

「……ほう」


 先生はニヤリとした笑みを浮かべると、「詳しく聞かせてくれないか?」と言った。


「はい……実は私、今調べ物をしていて気づいたんですが、あの近辺に一つだけ神社があるんです。

 それで、その神社を調べてみてもそれ以上は情報が出てこなくて……だから、あの現象は神様の仕業なんじゃないかと思って……」

「なるほど…隠神か……」


 先生は不機嫌そうに首を傾げているが、私は構わず話し続けることにした。


「先生は知っていますか? 日本には八百万の神がいるんですよね?」

「そうだが……君は何か勘違いしていないか?」


 先生は私に厳しい視線を向ける。


「いいかい、エレノア……そもそも神とは、人間の信仰によって成り立つものなんだ。つまり、人間がいて初めて神は存在する。逆に言えば、人間がいなければ存在しないということだ。

 例えば、君がどこかの新興宗教にハマったとしても、それは所詮偶像崇拝にすぎない。神は実在するものではないんだよ」

「は、はぁ……」


 先生の言葉に私は困惑してしまった。


「あ、いや…すまなかった…最後まで君の話を聞くべきだったな。それで?」

「あ、あの、それでですね…その日本の神々は、人間が信仰するのをやめると悪いことをする神様に変異するのだそうです」

「ふむ……」

「そのせいで、人間達は悪いことが起きるとすぐに『神罰だ!』なんて言い出すのだそうで……」

「……」

「でも、私は思うんです。本当に神罰というものが存在するのなら、なぜ私達人間は今もなお存在しているのでしょうか?

 神罰というのは、神様を信じなくなった時に起きるものでしょう? しかし、私達はこうして生きているわけで……」

「……話がズレてきてないか?」

「あ、す、すみません……」


 先生は苦笑いしながら私を見つめた。


「それで、結局何が言いたいんだい?」

「はい、それで思ったんです。もしかすると、あの現象はネットの噂通り、神隠しの一種なのではないかと……」

「うーん……」


 先生は再び考え込んでしまった。


「先生、あの……」

「エレノア。気持ちはわかるが、やはり非科学的だと思うよ」

「うっ……」


 先生はそう言って優しく微笑んでくれたが、私は内心ガッカリしていた。


「でも、君が考えてたどり着いた答えなら、あえて乗ろう。今は幸い昼間だ。怪奇現象は夜に起きると相場が決まっている。さっそくその神社に行ってみよう」

「は、はいっ!」


 そうして、私達は今日の昼間のうちに、またあの場所へと向かうことになった。


                      ※


「エレノア、準備はできたかい?」

「はい! いつでも大丈夫ですよ!」


――しばらくして、先生の問いに私は元気よく答える。

「よし、じゃあ行こうか」


 そう言って先生はバイクに跨ると、私の方を振り向いて手招きをした。私も、少し遠慮がちではあるが先生の後ろに座って彼女の腰に手を回す。


「しっかり掴まっていろ」

「は、はい……」


 私がしっかりと抱きついたのを確認すると、先生は勢い良くアクセルを回して走り出した。


「……先生、今日は夜までに帰らないといけないんですよね?」

「ああ、そうしないと、あの現象に襲われる可能性が高いからな。もっとも、あの場所を避ければ大丈夫だろうが……」

「はい……」


 そうは言ったものの、私はなんとなく不安な気分になっていた。


「先生、気をつけてくださいね……」

「ああ、君もな」


 先生は真剣な表情で前を向いていた。しばらくバイクを走らせると、例の場所が見えてきた。


「先生、あれを!」

「ああ、分かっている!」


 先生はバイクのスピードを落として、目的の場所近くの路肩にバイクを駐車した。


「行こうか」

「はい」


 私達はバイクを降りてヘルメットを外した。

 そして、そのまま目的地へと歩いていく。


「エレノア、念のためこれを渡しておく」

「これは?」


 先生に手渡されたのは小さな鈴のついたお守りだった。


「……知り合いにもらったんだ……一応、念のために、な……」

「っ! あ、ありがとうございます!」

「いや……」


 私がそう言うと、先生は照れくさそうな表情で言った。そんな先生の様子を見て、私も嬉しくなってきた。

 そして、私達は少し歩いて目的の場所まで行った。


「エレノア……ここがその神社か?」

「はい……間違いありません」


 私達の目の前には大きな鳥居があった。

 その先には古びた神社が見える。私達は横断歩道を渡ってその神社に近づいてみた。


「どうやら、ここは無人の神社のようだな……」

「そうみたいですね……」


 確かに人影は見えないし、境内にも雑草が生い茂っている。よく見れば、神社も所々がボロボロになっていた。明らかに、管理がされていない感じ。


「エレノア、君はこの神社について何か知っているのか?」

「いえ、何も。たまたまグー〇ル・アースで見つけたんですが、調べてみても名称などが出てこなくて……」

「そうか……」


 そう言うと、アシュリン先生は神社の入り口に立ってじっと見上げた。私もそれに倣って先生の隣に立つと、二人で並んで神社を見上げる。すると、突然強い風が吹いて木々の葉っぱがざわめく音が聞こえた。


「うわぁっ!?」私は驚いて声を上げる。

「……大丈夫か?」

「は、はい……」


 いわくつきと思われる神社に立ち入ってからいきなりこの反応……怪しすぎる。だが、先生はあまり気にしていない様子だ。先生はこういうのに慣れているのだろうか?


「それで、これからどうするんだ?」

「えっと……とりあえず、この神社一帯を調査してみましょう」

「わかった。そうしよう」


 私と先生はそのまま、神社の調査を開始することにした。まずは境内に入ってみると、そこはかなり荒れ果てていた。


「随分酷い有り様だな……」

「ですね……」私は周囲を警戒しながら、ゆっくりと歩く。

「気をつけろよ……おそらく、危険なことは起きないと思うけど……」

「は、はい……」


 私達は周囲を警戒しながら調査を始めた。

 しかし、結局は一人ずつ別々の場所で調査した方が早いということで、先生は本殿を中心に、私はその外周を中心に調査することにした。


「エレノア、くれぐれも無理はするなよ……」

「は、はい……」


 私は先生の心配そうな言葉を聞きながらも、内心では少しワクワクしていた。だって、こんな体験は初めてだから……。

 私は周囲を警戒しながら、慎重に歩を進めた。

――それから数分後、私は境内にある大きな木の下で立ち止まった。


「はあ……はあ……」


 息を整えてから周囲を見渡す。今のところは特に変わったところはない。もしかして、この神社はあの体験とは関係ないのでは……そう思いつつも油断は禁物なので警戒を続けることにする。すると――。


「ねぇ」

「ひっ!?」


 思わず振り返ると、そこには和装の女の子が立っていた。


「な、なんですかあなた? いつの間にそこにいたの?」

「……」


 少女は何も言わずにこちらを見つめてくる。

 綺麗な着物を着た長い黒髪の少女だ。歳は10代前半くらいに見えるが、その瞳からは不思議な威圧感のようなものを感じる。


「あ、あの……?」


 私が困惑していると、彼女は口を開いた。


「気を付けてね?」

「え?」


 彼女が何を言っているのか理解できなかった。


「あの……どういうこと?」

「……」少女は相変わらず無言のままだ。

「あの……」

「……連れていかれたら、還れない」

「え?」


 少女はそう言うと、振袖の中からお守りを取り出して私に手渡してきた。


「これは……」

「……」少女は無表情で私を見ている。


 私は手渡されたお守りを見た。それは先生からもらったものと少し違っていて、申し訳ないが、かなり古びている。表面には文字が書かれている。


『神隠しのお守り』


 私はハッとして顔を上げた。


「も、もしかして、あなたは……」

「……」少女は微笑むだけで、何も答えなかった。

「ま、待って! お願い、教えて!」


 私は必死に問いかけるが、少女は踵を返して歩き出してしまった。


「ど、どこに行くの?」

「……私は、もう行かなくちゃいけないから」

「そ、そんな……」

「大丈夫だよ」

「え?」

「きっと、また会えるから……」


 そう言って、女の子は神社の陰に隠れると、そのまま出てくることはなかった。


「……消えた?」


 私は呆然としていたが、すぐに我にかえった。


「そうだ! 早く先生のところに戻らないと!」


 私は慌てて駆け出した。


「先生! 先生!」


 私は先生の姿を探して走り回ったが、なかなか見つからない。


「先生……どこにいるんですか……」


 不安な気持ちになりながら探すこと30分……ようやく先生を見つけた。


「先生……よかった……ここにいたんですね」

「ああ、君か……どうした?」


 先生は不思議そうな表情で私の方を振り向いた。


「どうしたって……先生を探していたんですよ。どちらにいらしてたんですか?」

「どちらって……ずっとこの辺りで調査をしていたわ」

「え?」


 それなら、先生は私とあの女の子のやり取りを聞いているはず……私は恐る恐る、先生にそのことを確かめてみた。


「先生……和服の女の子を見かけませんでしたか?」

「いや、見ていないな」


 アシュリン先生からその言葉を聞いた瞬間、私の顔面から血の気が引いていくのが、自分でもよく分かった。


「……どうやら、何かあったみたいね。外に出ましょ。話はそこで聞くわ」

「はい……」


 そして、私と先生は神社の調査を中断して本堂から出て、境内の石で出来た階段に座る。


「それで……何があった?」

「はい……」


 私はあの女の子とのやりとりを説明した。


「……なるほど……その子は一体?」

「わかりません。でも、嫌な感じはしませんでした……」

「そうか……」先生は顎に手を当てて何か考えている様子だ。

「先生……どうしますか?」

「なにか、めぼしいものはみつかった?」

「いいえ、何も……」

「それなら…とりあえず、一度病院に戻って対策を考えよう」

「そうですね……」


 私達はバイクに乗って、病院へと戻った。


                     ※


「――それで、エレノア……これからのことだけど」

「はい……」


 私達は病院に戻ると、まっすぐアシュリン先生の研究室に行ってソファに座り込む。

 私はコーヒーの入ったマグカップ片手に先生と話す。


「まずはエレノアが見たという女の子のことを詳しく聞かせてくれないか?」

「はい……名前は分かりませんが……年齢は10代前半くらい、たぶん小学生くらいです。それで着物を着ていて、長い黒髪でした」

「現地の子かな?」

「たぶん……そうだと思います。今時、あそこまでちゃんとした和装で遠出するような子供はいませんから…」

「ふむ……それなら、どこか近くで神事か祭りでもやっていて、そこから現れた子供だろう。だが、それにしても気になるな…」

「彼女が言ったことと、お守りですか?」

「ああ」


 私は、カバンから先生からもらったお守りと少女からもらったお守りを取り出して机の上に置いた。


「同じ日にお守りを二つもらうことは偶然――と判断するのは容易い。かといって、私は別にその女の子と示し合わせて君にお守りをあげたわけではない。

 となると……やはりその女の子、あの地域で起きることについて、何か知っているのかもな。しかも、私達がそれを調査していることまでお見通しだったというわけだ」

「はい……」

「これはあくまで推測に過ぎないが、彼女は君の身に起きることまで予測していた。そしてこのお守りを君に渡した。裏を返せば、そこから先は責任を持たないということだが……子供にそこまで求めるのは酷だし、大人げないな」

「そうですね……」


 先生の言葉を聞きながら、私はあの子のことを思い出していた。あの子はいったい何者なんだろうか? どうして、あんな場所に一人でいたんだろうか?


「エレノア?」

「は、はいっ!?」

「大丈夫か?」

「だ、大丈夫ですよ!」

「そうか? まあ、無理はするなよ?」

「は、はい……」


 先生は優しく微笑んでくれた。やっぱり、先生は頼りになる……。

 それから、私と先生はしばらく雑談をした。そのおかげか、話し終える頃にはあの女の子との出来事による緊張はだいぶほぐれていた。


「よし、それじゃあ今日はもう遅いから、続きは明日だ。君は帰りなさい」

「はい」


 先生に言われて私は素直に従うことにした。確かに疲れているのかもしれない。


「それでは、お先に失礼します」

「ああ、おやすみ」


 先生に挨拶をして部屋を出た私は、そのまま病院を後にした。

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